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同じ部屋で朝を迎えて

 ぼくたちは、こたつを挟んだ両サイドに布団を敷いて横になった。


「懐かしいわね」

「小学校の頃は普通にこういうことしてましたもんね」

「中学で何も変わらなければ、あの関係が続いていたのかもしれない。わからないものね」

「でも、戻りつつあるような気もします」

「……そうだったら、嬉しい」


 闇の中で、互いの声だけが響く。

 結局、月海先輩はジャージの下だけ使って、上はブラウスのままで寝ている。中途半端な格好がかえって刺激的だった。

 何も見えなくなった分、想像してしまうので精神衛生上よろしくない。


「こほっ」と先輩が咳をした。


「熱を出すなんて何年ぶりかしら……」

「学校休んだことないですよね? 先輩は風邪ひかないイメージがありました」

「自分でもそう思ってた。でも今日は無理しちゃった……」

「キッチンまで洗ってくれなくても大丈夫だったのに」

「ああいうのを見るとつい綺麗にしたくなっちゃうのよ。景国くんのお母さんが出かけてから始めたの」

「わざわざ待ってたんですか……」

「そういう性分だから。それまで思い出話につきあったりして」

「すみません、なんせ話し好きな母親なので。……あれ、先輩が来たのって何時くらいでしたっけ?」

「5時過ぎくらいかな」


 母さんが家を出るのはいつも6時以降だ。


「体調よくないのに長話につきあわされたら、それは悪化しますって。キッチンで倒れてたらきっと叫んでましたよ、ぼく」

「もしかしたらそうなってたかもしれない。あと少しだからって続けたのがいけなかったわ」

「ここで横になるって判断はよかったと思います」


 うう、と先輩がごそごそ動いた。


「立っているのがつらくなって、せめて邪魔にならない場所に――って思ったはずなんだけどよく覚えていないの。図々しいにも程があるわね……」

「いえ、安全なところにいてもらえてよかったです。もし庭とかで倒れてたら明日まで誰も気づけなかったはずですから」

「景国くんは私を責めないの?」

「これだけ色々やってもらってますから。それに……」


 あ、また口が滑った。


「それに?」

「その、思いっきり先輩に触っちゃったので」


 返事はなかった。ただひたすら沈黙。


「そ、そんなの気にしなくていいわ。非常事態だったんだものね」


 声がちょっと裏返っている。動揺しているらしい。


「む、胸とか触ったわけじゃないでしょ?」

「それはやってません! 脇には腕を入れましたけど……」

「か、景国くんっ!」

「は、はいっ」

「貴方は正直すぎるわ! そういうことはわざわざ言わなくていいの!」

「自己申告は必要かと思って……」

「余計なこと言われたら変な想像しちゃうじゃない……」

「どういう?」

「……また私をからかうモードに入ったのね」

「す、すみません。流れでつい」


 月海先輩がため息をついた。


「でも、嬉しかった」

「…………」

「景国くんが私を助けようとしてくれたこと。今夜は忘れられない夜になりそうね」

「ぼくも、です」


 そうだ。

 こんなに特別な夜はない。

 このままずっと先輩と話していたいくらいに。

 しかし、先輩にもぼくにも休息が必要だ。

 週明け、いつも通り登校できるように、今夜はもう寝よう。


 すー、と吐息が聞こえた。


 耳を澄ます。

 先輩は眠ったようだ。

 かすかな寝息がかわいらしい。普段は凛々しい人だからこそ、こうした違いに惹かれるものがある。


 ぼくも目を閉じる。すぐに睡魔が近づいてきた。


「かげくにくん……」


 ぼんやりした意識の中で、そんな声が聞こえた気がした。


     †     †


 目が覚めた時、もうあたりはかなり明るくなっていた。


 視線を動かす。

 立っている月海先輩の横顔が見えた。スカートの中にブラウスの裾をしまっている。


 あ、危なかった……!


 あとちょっとタイミングが早かったら先輩の着替えを見てしまっていた。

 でももったいない……いや、駄目だ駄目だ。これ以上考えるな。


 先輩がこっちにやってきた。


「景国くん、起きられそう?」

「あ……はい」


 気づかれてはいなかったようだ。

 ぼくは上半身を起こす。うん、熱は引いたかな。


「私、家に戻ってもう一度休むわ。本当にありがとう」

「動けるんですね?」

「ええ、平気。また月曜日に会いましょう。話したいことはその時に」

「わかりました」


 先輩が頭を撫でてくれた。


「頼もしかったわ、景国くん」


 じゃあね、と手を振って先輩は帰っていった。ふわっとしたシトラスの香りだけがしばらく残っていた。


 布団もジャージも綺麗に折り畳まれていた。まだ回復しきっていないだろうに、律儀な人だ。


 ぼくはもうほとんど元に戻っていた。

 この土日は出かけないでゆっくりしよう。月曜日は万全の状態で登校したいしね。


「ただいま~」


 母さんの声。とっさに壁掛け時計を見た。午前6時30分。


「あれ、あんたここで寝てたの?」

「や、やけに早いね今日は」

「残業が早く片づいたから」

「へ、へえー」


 母さんが居間をぐるぐる見る。そしてニヤッとした。


「マジでうまくやるとはね」

「母さん、そういうことは起きてないからね?」

「ふーん?」

「いや、ホントだって!」

「でも同じ部屋で寝てたんなら実質もう――」

「だ、だから誤解だってばー!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう結婚しろよお前ら〜 読者は血の涙流しながら思ってるはず
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