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やっと一緒に帰れますね

 クラスマッチは3年1組が全競技で圧倒した。


 ソフトボール、男女のバレー、バドミントン。

 すべて優勝は3年1組だった。

 強いにもほどがある。


「悔しい……私はまだ、月海先輩の足下にも及ばない……」


 柴坂さんが落ち込んだ様子で教室に戻ってきた。

 ぼくらソフトボールチームは最初に負けたので、あとは教室でだらだらしているだけだった。

 ひどい負け方だったのでみんな疲れていた。ぼくも机に突っ伏したまま長いこと寝てしまった。

 初戦突破したのは女子のバドミントンだけで、男子は応援に行きづらい雰囲気だったのだ。


「柴坂さん」


 座ったまま声をかけた。もう他のみんなは帰ってしまい、ぼくと柴坂さんしかいない。


「あら、戸森さん。男子は全員帰ったのだと思いました」

「他のメンバーはね。それより、応援行けなくてごめん」

「気にしないでくださいな。第二体育館は女子しかいませんでしたから、来ても気まずいだけだったと思います」

「やっぱり男子はいなかったか」

「それより、月海先輩は次元が違いますわね」

「あ、対戦したんだ」

「ええ、決勝戦で」

「しれっと準優勝してる!? すごいじゃん!」

「嬉しくはありませんけれどね。月海先輩のスマッシュ、速すぎます! あんなのとても返せませんわ!」

「そんなにやばかったのか」

「ほとんどの対戦相手があのスマッシュで沈んでいきましたわ……。なんとか返せても夏目先輩が見事に全部拾ってしまいますし、隙がありませんでした」


 そういえばバドミントンは全試合ダブルスのみだったか。夏目先輩、運動神経もいいとか強すぎるな。


「あのレベルで戦えるのにどの運動部にも入っていないのが非常にもったいないですわね。インターハイだって出られるはずなのに……」

「月心流が最優先だからね」


 ギラッと柴坂さんの目が光った。


「そう、その芯の通った姿勢はやはり素晴らしいですわ。技術だけでなく精神も学ばせていただかないと」


 柴坂さんが自分のバッグを掴んだ。


「これで帰ります。戸森さん、今日はお疲れさまでした」

「うん、お疲れ」


 柴坂さんを見送ると、ぼくもスクールバッグを肩にかけた。もう教室には誰もいない。帰ろう。


     †     †


 日が長くなって、まだ夕焼けがぼくの影を細長く伸ばす。校門を抜けると生暖かい風が吹いた。梅雨の気配を感じる。


「景国くん?」


 背後から声をかけられた。

 制服姿に戻った月海先輩だった。


「まだ残っていたのね」

「教室で昼寝してたらこんな時間になっちゃいました」

「私の方も記念写真を撮って解散になったところ。クラスマッチは早く負けた方が早く帰れるんだけどね」

「閉会式やらないですもんね。でも、やるからには勝ちたいですよ」

「そうね。うちもスポーツでは負けたくないっていうメンバーがそろってるから」

「ここまで圧勝の年ってなかなかないんじゃないですか?」

「一つのクラスが全競技優勝したのは初めてだそうよ」

「やっぱり」


 自然な流れで、ぼくたちは歩き始めていた。

 当然、帰る方向は同じ。

 離れる必要はないのだ。


「やっとですね」

「何が?」

「こうやって一緒に帰れるのが、です」

「そういえば、そうかも」

「カツアゲに遭った時は帰りの途中だったじゃないですか。学校を出るところから一緒っていうのはこれが初めてです」

「それ、気にしていたの?」


 言葉に詰まった。

 思い切って言ってしまうべきなのか、一瞬迷った。

 けれど川崎先輩も言っていた。

 早いうちに勝負を決めるべきだと。

 ならば言え。

 正直になるんだ戸森景国。


「お昼ご飯を一緒に食べるようになってから、ずっと気にしてました。これで帰り道も一緒だったらもっといいな、とか……」


 間があった。

 先輩は少し下を向いて、考え込んでいる様子だった。


「それが景国くんの正直な気持ちなのね」

「はい」

「そう……私は、まだどこかで怖がっていたのかも」

「怖がる?」

「景国くんと学校の外で一緒にいることに。告白してきた人がどこかで私たちのことを見てるんじゃないかって思って、どうしても不安になってしまうの」

「ぼくがやられるかもしれないからですか」

「ごめんなさい、景国くんが弱いと言いたいわけじゃないのよ」

「いいんです。ひ弱なのは自分が一番よくわかってます」

「景国くん……」


 追い詰めるような言い方になってしまった。


「でも」


 ここはちゃんと言わなきゃいけないところだ。


「いるかどうかわからない人たちのことを気にするより、ここにいるぼくのことを気にしてもらえたら……なんていうか、嬉しいです」


「一緒に、帰りたい?」

「……はい」


 また、間。

 それから、月海先輩がため息をついた。


「景国くんのことを考えているつもりだったけど、違う方向に考えが行っていたみたい」


 ふふ、と月海先輩が微笑んだ。


「そうよね。貴方の言う通り、いま確かにここにいる人を優先するべきなのに、私はそこに目を向けられなかった」

「月海先輩……」

「じゃあ、いいのね?」

「え」

「明日から一緒に帰っても、景国くんは問題ないのね?」

「も、もちろんです!」


 ぼくたちは同時に笑った。


「楽しみが一つ増えた」

「ぼくもです。朝はどうしますか?」

「私はかなり早く出るわよ。景国くん、起きられる?」

「…………ええと」

「無理しなくていいわ。私も人に早起きを強要したくはないし」


 ぼくが返事をしようとすると、先輩が手でさえぎった。


「でも、これから帰りは一緒。よろしくね」


 月海先輩の言葉が体に染み渡る。

 ぼくは立ち止まって、頭を下げた。


「あらためてよろしくお願いします、先輩」


 月海先輩が肩をすくめた。


「景国くん、妙なところで堅苦しいんだから。でも、ありがとね。おかげで目が覚めた気がするわ」


 ぼくたちはうなずきあい、また歩き出した。

 まぶしい夕焼けに照らされて、月海先輩が輝くほどに美しく見えた。

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