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国境の町の殺人事件を追ってみた  作者: 高宮 紅露
6/7

滞在六日目は因縁の対決

 作戦の概要を説明し終えた時には既に西の空すら黄昏に飲み込まれて満天の星空が静かに活動を始める頃合いだったのでみんなで夕食を取って解散となった。


 明けて翌日。

 朝から俺は部屋にこもって武器の手入れに勤しんでいる。

――『彼』が来ました。

 昨晩、夕飯の後ソフィの店からの使いが彼女の伝言を運んで来た。

 許可証(ただし効力はない)発行から3日以内、という犯行時期を考慮するなら昨日か今日ソフィの店に現れるはずだと踏んで昨日説明した時に伝言するよう頼んでおいたのだ。

 彼、アルバートが店を訪れる理由はもちろんソフィの髪を入手するためだろう。

 305号室で落としてしまったのか触媒としての効力が切れたのかは不明だが手元にない以上は入手しに行く、と読んでの頼みだった。

 ドールには部屋の結界に少しだけ細工をしてもらい、ちゃんと効力がある事も確かめてもらった(ただしそれで彼は心の中で泣いていたが)。

 そんなわけで、今日は朝から引き籠りと洒落こんでいるのである。

「来るかなぁ」

 今日最も重要な役割を果たすルミナが気怠そうにつぶやく。

「ルミナ、大丈夫か?」

 あまり緊張している様子が見られないのが少し気になったのだ。

 彼女には囮と言う危険な役回りをさせてしまう事になる。

 ならお前がやれば良いだろう、と思うかもしれないが力の弱い女性を相手にする事で精神的優位に立たせておく方が躊躇なく行動に移るだろうと判断したからだ。

 もちろん理論上、彼の武器は封じたがもし俺の推理が間違っていたとしたら? と言う不安はいつだって100%払拭できないものだ。

「それは大丈夫だよ。ルビーを信じてるから」

 俺の推理が当たってると言いたいのかもしくは何かイレギュラーが発生してもきちんと解決に導いてくれると思われているのか、あるいはそのどちらもだろうか。

 同じ物を見、同じ言葉を聞いても俺とルミナの感じ方は随分と違う。

 正反対だった時だって一度や二度ではない。

 俺は人を、その態度を、発言をまず無条件に疑ってかかる。

クセと言ってもいいくらい俺にとっては自然な事だ。

『品定めするような目つき』と過去に言われた事がある。

無自覚に初対面の相手へ向ける視線が鋭いらしい。

俺自身よっぽどの事が無い限り簡単に他人を信頼しないし、視線への不快感から俺の事を無条件に信頼しないという人は多い。

 対してルミナは目の当たりにしたほぼ全ての人をまず信じる。

信じるからこそすぐに相手の信頼を得やすい。

この町では、俺の事を認めてくれる人たちに恵まれたので情報収集もやり易かったが、普段はほとんどルミナに任せっきりになってしまっていたのだ。

 こんな二人でもほとんど対立せず旅が続けられているのは俺がやる事、やりたい事の大抵を許容し見守ってくれるルミナの寛容さの賜物だと思う。

 だからこそ、信じられているが故に失敗は出来ない。

「責任重大だな」

 東の果ての国を目指しての旅。

これからたくさんの国、地方を巡る長い旅だ。

 まだ出発した国も出ていない序盤でどちらかが倒れる訳には行かない。

「とりあえずご飯行こう? お腹すいちゃった」

 正確な腹時計を持つルミナが空腹を訴える。

 お昼、か。

 まぁ確実に狙いに来ない時間帯だし腹ごしらえしても問題はないだろう。

 何故来ないか、は簡単だ。

『絶対に部屋にいない時間帯』の上『多数の人に見られる可能性がある時間帯』だからだ。

「そうしようか。何食べたいんだ?」

「肉!!」

 ほんっと肉好きだなぁ。


「ルミナちゃんルミナちゃん、今日は新鮮な羊の肉が手に入ったからこのハンバーグが超オススメだよ!」

 階下のレストランに降りるなりジーナが『今日のおすすめ』を教えてくれた。

「えっ、じゃあそれ二つ!!」

 既にルミナの肉好きは周知の事実になっているようだ。

「あ、ジーナにちょっと頼みがあるんだ」

「え、何々?」

「俺達、食べたらまた部屋に籠るけどさ。その後訪ねて来る人がいたら『ルビーは外出中で暫く戻らない』と言ってもらいたいんだ」

 まぁ……嘘をついてくれと言ってるんだけどもジーナは何かを察したのか俺の目を見てうん、わかったと言ってくれた。

 それにしても……普通に俺の分まで注文された事は二人ともまったく意に介さないようで、ジーナは注文票に今のオーダーを淡々とメモした。

取り立ててあれが食べたいとかの願望はないので異議を申し立てはしない。

そもそもここのオススメメニューが外れだった事が無いので信用している。

 いつもの角席に陣取って料理を待つ。

このすでにおなじみとなった空間ももう少しで手放す事になる。

 寂しくないと言えば嘘になるがこれもまた旅のだいご味の一つだろうと思う事にしている。

「楽しみねぇ」

 先ほどもたまらず声をかけたがすぐそこに控えて観察するとは言え殺人犯と僅かな時間、一人で対峙する事に不安や恐怖を感じないのだろうか。

 信じる、と言う行為はそこまで気持ちを強く持てる物なのだろうか。

 俺が信じる物と言えば自分の知識と剣の腕くらいだ……あれ、これだと俺寂しいヤツ見たいじゃないか。

 ルミナの事を信じてないわけでは無いのだが俺に向けられる彼女の信頼と俺が抱く信頼は発音するだけなら同じ旋律だが微妙にベクトルが違うように感じる。

「どうしたの?」

 考え込んでいるのを気にしてルミナがのぞき込んでくる。

 一連の事件についての見解は先ほど全て話をしたから考え込む事がまだあるのかと思われたかもしれない。

 考え込むよりも本人が目の前にいるんだし聞いてみるか。

「怖くないのか?」

「何が?」

 意にも介していない様子のルミナ。

「さっきも聞いたけど囮の事だ。短時間とは言え犯人と一人で対峙するんだし」

「さっき信じてる、って言ったじゃない」

 何よ今更、とそっけなく返される俺の不安。

「ああ、聞いた。聞いたけどよ……」

 ああ、そっか。ルビーだもんねと不安を顔に出した俺を見てこう言った。

「それはね、裏返しでもあるのよ。ルビーがわたしを信じてくれている、大事に想ってくれている、ってね。わたしだけじゃないよ。ドールさんもソフィさんもジーナさんもマスターも、この町でルビーと知り合った人みんな、ルビーが好きでルビーの力を信頼してるの。期待してるって事じゃないよ。何かをして欲しい訳でもないの。でも自分は何かしてあげたいんだよ」

「してあげたい?」

「うん。もしルビーが困ってて自分が何か助けになれるなら動きたいんだよ。でもそれは自己責任だし結果がどうなってもいいのよ。怪我して痛い思いしたとしても自分で決めた事だからね。そりゃあルビーは言い出しぺだからちょっとでも悪い方向に行ったら悪いなぁって思うでしょうけどね?」

「そりゃそうだ。だからって絶対誰もが傷つかない作戦なんて立てられない、不可能だ。リスクを伴ってこそ得る物もある。今回だって……」

「うん、分かるよ。だからさ、怖いのはわたしじゃなくてルビーの方じゃないかな」

「俺が?」

「そうだよ。ルビーは『敵』だと認識した相手に対して剣を向ける事は出来るじゃない。でも敵だと思ってない相手には誰にも傷ついて欲しくないでしょう?」

 その通りだ。

俺は見える範囲にいる人たちに幸せでいて欲しいと思っている。

 それが俺の『弱さ』であり『恐怖の対象』である、と言うのは認める必要がありそうだ。

「そういう事か」

「うん、そういう事」

 他人を信じていないから、ではない。

失いたくないからつい過剰に気にしてしまうのだ。

「ルビーは心配性すぎるのよ。それと何でも背負い込み過ぎかな」

「自分が出来る事はいつだって全力のつもりだ」

「うん、だからルビーはルビーが思ってるほど他人から信用されにくい人じゃないんだよ。自分の為に頑張ってくれてる姿をちゃんと見れるからね。まぁそれをルビーが感じないのは残念だとは思うけどね」

 感情に疎いから自分に向けられた好意に対して鈍いわけか。

「何でなんだろうな」

「人の感情を理解出来ない事?」

「そうだ。もうちょっと理解出来たらいいのにとは思うさ」

「ルビーはちゃんと理解できてると思うよ。ただそれを自分の中で言葉として表現出来ていないだけ。受け取った感情を感情のまま把握してる、って事はそれだけ相手へベストな切り替えしが出来るって事よ」

「うーん……」

 よくわからなくなってきた。

「ほらよく言うじゃない。盲目の人に『自分が貴方の目になる』とかさ。さしずめわたしはルビーの『心』になるよ。ルビーに接する人が良い人なのか悪い人なのかわたしが見極めて、伝えるよ」

 ルミナが俺の心、か。

 俺だって感情が無い訳では無いが、もし感情任せに間違った方向へ進みそうになった時きっと彼女は俺の最後の自制心としての役割を果たしてくれる事だろう。

「じゃあ、俺はルミナの何になればいいんだ? 俺は何の役割を担えばいい?」

「そのままでいい、じゃ納得しないよねえ」

「そりゃそうだ。相手に与えてもらってばかりじゃなぁ」

「そもそもルビーにはもう色んな事してくれてるんだけどなぁ」

「そういう訳にも行かないだろ」

「だから背負い込みすぎて言ったのにもう……」

 苦笑いをしつつも顎に手を当ててう~んと考え込むルミナ。

「そうだなぁ。ルビーはわたしの『剣』であり『盾』、かなぁ」

「ふむ……」

 どうせ戦闘になれば俺はどちらの役割もこなす事になるんだし二つでもまぁいいか。

「わかったよ。それでいい」

 まったくルミナにはかなわない。

「うん」

 ふふっ、と互いに見つめあって噴き出す。

 本当に、この娘と旅が出来て良かった。

 そんな和んだ場は、突如として打ち砕かれた。

 バン!! と勢いよくレストランの扉が開かれ疲労困憊な感じの兵士風の中年男性が突然に踏み入って来た。

「す、すまないが水を一杯もらえないだろうか……」

 どすっ、と床に倒れこんだ男の両肩は大きく上下している。

「お、おいアンタ大丈夫か?」

 店主が慌ててコップ一杯の水を手に駆け寄り、抱き起すと手にしたコップを手渡す。

「す、すまない。王都から急ぎ知らせを持って来たもので……」

 あれ、あの男は……。

「ルミナ、ちょっと外す」

「あ、うん」

 見た事のある顔だったので確かめようと席を立ち男の方へと近づいて行く。

「やっぱり! ガウリさん!」

「なんだ、ルビー知り合いなのか?」

 抱き起した店主に問われてそうだ、とすぐさま肯定すると、

「ルヴァーナ公爵付きの従者……つまり騎士ですよ」

 騎士にしては分厚い金属製の鎧はおろか盾も持たず荒野を彷徨ったかのように全身泥だらけで服は所々破れている、という酷い有様だった。

「あ、貴方はルビー様。そうですかこちらにおいででしたか……」

「いつも言っているでしょう、俺はただの居候だったんだし貴方の方こそ身分が高いんだから様付けはよしてください、と」

 俺の方も本来であれば『サー・ガウリ』と言わねばならない所だがそれは過去に断固拒否されてしまったのでさん付けで呼ぶことにしている。

 水を飲んで一息入れられたのか、ガウリは自身の力で立ち上がり、俺達は固い握手を交わす。

「どうしたんです? そんなになってまで」

「それはその……」

「言い辛い事なら無理に言わなくても良いですよ」

 貴方こそ敬語はおやめください、と前置きした上で簡潔に理由を話してくれた。

 俺が世話になったルヴァーナ公爵は隣国シウルベルツへの出兵に反対し現国王で実弟のガルガンティ王と対立、もう一人の弟であり王位継承権を返上していないシグモイド殿下を暫定国王として旗揚げ、クーデターを起こして政権を取ったのだとか。

「ガルガンティ王への不平不満は貴族、平民に深く広く刻み込まれておりましたので大した抵抗も出来ずに降伏したのです。王都のほぼ全員が我々の味方でした。そこで取り急ぎ全国へ発布した前王の命令取り消しとシウルベルツの女王へ親書を送り、わが国としては事を構える事はしないとしたためた書簡を送り届ける役目を担わせて頂いた……のですが」

 そこでガウリの目の色がぐっと険しい物へと変化した。

「どこから知ったのかこの町を囲う塀が見えて来た所で何者かに襲われたのです。単独だったので山賊と言うわけでは無さそうでした。しかし妙に強いヤツで……」

「顔は見たのか?」

 頭の固い騎士様の希望に添える様あえてタメ口で質問をする。

 首を横に2、3度往復させるガウリ。

「いえ。フードを被っていましたので……。あそこまで曲刀を扱える人材などこの国では見た事も聞いた事も無く……」

「曲刀使いだって!?」

 ガウリは騎士身分、そこらのごろつきなど難なくあしらえる程武器の扱いに長けている人間だ。

 そんな騎士を軽く圧倒するほどの使い手に、俺は一人だけ心当たりがあった。

 だが、遭遇するはずがない。

 その男は俺がこの手でとどめを刺したからだ。

 しかし……万が一、と言う事もある。

「分かる限りで教えてくれ。どんな剣技だったんだ? もしかして二刀流か?」

「ええ、そうです二本の曲刀を使って……どうやら反りの内側が刃という特殊な刀のようでまるで獣が獲物に噛みつくかのような見た事のない太刀筋で……」

 ガウリがたどたどしい口調で思い出す限りの事を話していくうち、俺は確信せざるを得なかった。

 アイツが、生きている……。

 信じたくはないがあれほど独創的な剣技は一度見たら記憶から消し去るのは難しいし、世の中がいくら広いとは言え同じスキルを習得している人物がもう一人いるなど考えたくはない。

「ルビー……?」

 いつの間にかすぐ脇にいたルミナが不安そうに名前を呼ぶ。

 それはそうだろう、多分今の俺はまさしく『鬼の形相』をしているだろうから。

「ルミナ……もしかしたらアイツが生きているかもしれない……」

 苦々しい口調でそれだけを言い放つと両拳をぐっとあらんかぎりの力で握る。

 そうでもして自制しないと暴れだしそうなのだ。

「とりあえず、ご飯食べよう? そして今は今やるべき事に集中しよう?」

 自分で自分の拳を壊してしまうんじゃないか、と言うくらいぎっちりと握られた拳に、そっとルミナが両手を添えて、優しく諭す。

「あぁ。判っている。目先の役割を果たすよ」

 もちろんだとも。

 アイツの所在が掴めてない以上、目の前に転がっている問題を片づける。

 もし本当に生きているなら、絶対に俺の行く先とアイツの行く先はどこかで交わるだろう。

 こちらにルミナがいる限り、必ず。

 そしてその時こそ、確実にとどめを刺す。


 ルミナ曰くマトンのハンバーグはとてもとてもジューシーでクセのない味で美味しかったらしいが今日の俺は空腹と言う生理現象を満たす以外で腹を膨れさせる事はできず、舌はまったくもって精神的に機能不全になってしまっていたので味を楽しむことは出来なかった。

 それでも、やるべき事を成すべく部屋に戻るとすぐさま備え付けのバスルームに明かりも点けずに籠っている。

 なお、ガウリは少し体力が回復した所で領主への報告があると宿を後にした。

 そういえばこの部屋に滞在してからずっと大浴場を利用しているのでじめじめとしたバスルーム特有の空気は感じられない。

 部屋とバスルームを隔てるドアは下部に通気のため横木を45度回転させて数本取り付けたような感じになっており、そこから室内を薄っすらと覗き見る事が出来る。

 ルミナにはアルバートが来るまで適当に時間を潰してくれ、と伝えていたらいつも通りアクセサリー制作に勤しんでいるような音が聞こえてくる。

 本当に芯の強い娘だ。

 しばらくその状態が続き、不謹慎にも眠気を覚えてきた頃、素早いノックが3回響く。

「ルミナさんいらっしゃいますかー? アルバートです」

――来た。

 息をひそめ、気配を殺して格子の隙間から部屋の観察を始める。

『アルバートさん? どうしたんですか?』

『いやぁ、実は先日お渡ししました出国許可証に不備がありましてね。修正のため参りましたが今お時間よろしいでしょうか』

 相変わらず口調は丁寧である。

『あ、そうなんですね。今開けますねー』

 中々演技が上手い。今の所自然に話せている。

 続いてドアが開く音が聞こえる。

『お邪魔しまーす……あ、ルミナさんの道具中々凄いじゃないですか』

『あ、分かります?』

『そりゃ自分も嗜みますからね、まだ全然上手くないですけど』

『今度アルバートさんの作品も見せてくださいね』

 そんな機会はまず訪れないと思うが……。

 アルバートがルミナの彫金用ハンマーと携帯用金床を興味深げに手に取っている。

 ついでに言うとレオナードからもらった革袋をこれ見よがしに同じく机上へと置いている。

『そうですね。ではその前にお仕事させてくださいね。お渡しした許可証貸して頂けますか』

『あ、はい。ちょっと待ってくださいね』

 予め俺の分の許可証は机上に置いてあるので、ルミナが自分の分を出して両方を手渡す。

『ありがとうございます。あ、ルビーさんは外出でしたね。実は許可証のここ、にお名前を自署頂きたかったのですが……また今度にしましょうかね』

『あ、それなら伝えておきますよ。アルバートさんの所に持っていくように。わざわざまた来てもらうのも悪いですしね』

『助かります。それでは、こちらにご署名をお願いします』

 そろそろ来る。

 いつでも扉の向こうへ飛び出せるように頭の上にあるドアノブを、音を立てない様にそっと暗がりの中で探し当てる。

 ルミナは『はーい』と返事をし、許可証を机の上に置き、椅子に座る。

 机の片隅にあるペンに手を伸ばし、署名をし始めた所でアルバートが動いた。

 腰からドールが持っていたのと同じ柄を取り出し、ルミナの背中左側……心臓のある位置に刃が生成されるような角度で構え……。

 次の瞬間、ルミナが昨日の検証と同じように凍り付いた。

 しかし、魔法の刃は発生していない。

『!?』

 想定していなかった事態が起こり非常に判りやすく慌てるアルバートを確認した俺は浴室から一気に飛び出して武器を持つ右手を思いっきりつかんだ。

「おい」

「こ、これはこれはルビーさん。一体どうして……」

「誤魔化すな。お前がこの町で起こっている連続殺人の犯人だな?」

「な……っ。言いがかりだ! いい加減にしないと私の権限で貴方を拘束しますよ!」

 この期に及んで逆切れとは情けない。

「アルバートさん、良い人だなって思ってたのに……」

 氷漬けだったルミナが一瞬にして自身を覆う氷を全て溶かしつくす。

「!!」

 魔法の刃だけでなく急速冷凍の術も破られたアルバートは目を最大限大きく開いて声にならぬ声を上げる。

「もう全部判ってるんだ。だから対策させてもらったよ、その武器も魔法もね」

「う、う、う、うるさいっ。ななな何の証拠があってそんなデタラメを……」

 廊下へ続く扉が勢いよく開く。

「証拠ならあるぞ」

 掴まれた腕を振り払おうともがくアルバートを俺は彼の背中に素早く移動し空いている方の手で首をホールド、がっちりと取り押さえる。

「ド、ドール……だと」

「これ、君の部屋から見つかったんだけど?」

 ポケットから白色の鍵を数本取り出して見せるドール。

「あとはこれだね。何だか判るかい?」

 逆の手で今度は一面に何かの表が書かれた紙を数枚取り出す。

「なんだよそれは」

「こっちは解除記録。何の? とか野暮な事聞くなよ。そしてこっちが『役所に依頼のあった結界張り直し依頼のリスト』だ。これも何を意味しているか、判るな?」

「全てお見通しってわけか……」

 それまで必死に拘束から逃れようと全身に力を入れてもがいていたアルバートがようやく観念したようで抵抗を止めた。

「残念だよ、アルバート」

 目を伏せて遺憾の意を表すドール。

「俺はもう少し聞きたい事があるんだ、ドール、引き渡すぞ」

「わかった……」

 アルバートには見られないのでドールに目で合図を出す。

 ――?

 何だ? と言う感じに目を細めて意図を読み取れずにいるのを確認した。

 まぁ、ルミナと同じようにはいかないか。

 仕方ないのでアルバートの拘束を緩める前に聞きたい事を聞き出してしまおう。

「なぁ、アルバート。ちょっとこのまま質問させてもらうぞ」

「ルビー、早く引き渡しして欲しいんだが……」

「すまん。すぐ終わる。なんでアンタみたいな丁寧に仕事をこなす人があんな雑な犯行をしたんだ? まるで見つけてくれと言ってるように見えたんだが」

「どういう事だい?」

「証拠となりそうな物をわざと置いて行った様に見えるんだ。もし自分で計画したならもっと色んな隠ぺい工作しそうな物だ。不備のある出国許可証なんてそりゃ犯人特定できますって言ってるようなものじゃないか? 合鍵作成で生じたゴミもそのままだったし」

 凍結、という手段を使わなくても返り血を自分が浴びずに済む方法だってあったはずだし、わざわざ使用制限のある武器を使う必要もないのだ。

「ルビー君はそうかもしれないけどなぁ。実際これまでぜんっぜん判らなかったんだぜ?」

「俺じゃなくても点と点を繋げて推論を組み立てるのに長けた人なら……やれたと思うよ。でもそれよりも何よりも」

 一瞬の間をおいて、最も聞きたかった事を訪ねる。

「で、誰なんだ? 君に入れ知恵した人は」

 これであの名前が出てくれば……と思ったのだがそう簡単にはいかなかった。

「名前は知らねえ。顔もハッキリと見たわけじゃねえよ。フード被ってたしな。金髪の男だ、声も聞いた事無い知らないやつだ」

「そいつは、腰の両方に曲刀を佩いて無かったか?」

「あ、ああ。その通りだ」

 ガウリが深手を負わされた相手、俺達がまだ旅立つ前にこの手で失命させた相手。

 そして、たぶんアルバートを唆した相手は多分同じヤツだ。

「お前なんでそんな得体の知れない奴の口車に乗ったんだよ」

「行けると思ったんだ……そういう気にさせられたと言うか何と言うか」

 そう、そういう男なんだアイツは。

 ずけずけと土足で他人の心に入り込んできたかと思えばいつの間にか意のままに操られている人を何十人も見て来た。

 催眠術とかそういう類のものではない、純粋に話術による人心掌握を得意とする上、武術にも長けているので間接的にはもちろん直接的にも二度と相手にしたくない人物である。

「ルビー……」

 ルミナも同じ想像をしたようだ。

「やっぱり……『そういう事』らしい」

「うん……」

 ルミナほどに真贋見極める目を持つ人間すら色々と騙されていたし人を引き付けるカリスマだけはあるのだ。

 まぁ、この話はまた別の機会にでもゆっくり語るとしよう。

 もしアイツが生きていて今回の事件を俺への復讐兼生存を示唆する事だとしたら確実にどこからか情報――つまり顛末を知ろうとするはずだ。

 根拠は無い。

 が、そういう男だと言うのは嫌というほど理解している。

 ここまで話をした上でもう一度ドールに目で合図をする。

 ようやく意図を理解してくれたドールは仕方ねえな、と帽子を目深に正す。

「よし、聞きたい事は聞けたし引き渡すぞ」

「わかった」

 この男がこちらの読み通りに動いてくれるかは賭けだったが背後にいるのがヤツなら結果を早く聞きたいと思っているだろうからこの後どこかで落ち合う手はずにしているはずだ。

 首を拘束している腕を離し後ろ手に回した腕を両手で抑えるようにしてドールの方へと歩ませる。

 2歩、3歩と進み……。

「ぬわあああ!!」

 突如、アルバートがキレた。

 左足で思い切り俺を蹴飛ばし拘束を強制的に解除させるとドールへと体当たりを試みる。

「うおっと」

 バランスを崩したようにその一撃を回避したドールを横目で見たアルバートはそのまま開きっぱなしのドアから部屋の外へ出てしまった。

「よし、追いかけるぞ」

 二人に声をかけて逃走したアルバートを追って外に出る。

 すぐ脇の大浴場に続く階段からは物音がしない事を確認しレストランへ続く方の階段に向かって走る。

 階下で洗い物をしていたジーナにアルバートの逃走方向を訊ね自分もそちらへとさらに走る。

 目視できる距離を走るアルバートが走る速度は多分全力疾走すれば余裕で追いつけるのだが彼に余計な知識を与え煽動した黒幕……恐らく二度と会いたくなかった顔見知り、ヤツの元へ案内させるべく着かず離れずの距離を保って追う。

 ちらりと後方を確認すると、ドールは魔法使いを自称する割に健脚で俺のスピードに淡々とついてくる。

 ルミナは少し遅れているが旅を続けて来た事で少し体力が増えたのかちゃんと後を終えている。

「ルビー君」

「なんだ」

「ここら一帯はレオナードのエリアだ。追ってばかりより彼に協力を仰いだ方がいい」

 そういえばこの先の角を左に曲がった所に彼の屋敷があった事を思い出した。

 今は付いてこれているがいつルミナが息切れするかの不安もある。

 ここはドールの提案を受け入れて残せる余力を多くしておくべきだと判断した。

「わかった。屋敷へ向かう」

 しかし、十字路に差し掛ろうという時不意に呼び止められる。

「おや、ドールにルビー。なーにしとるんじゃ」

 噂をすれば何とやら。

 数名の部下を連れたレオナード本人が怪訝そうな表情で立っていた。

「レオナード、丁度良かった」

「ドール、おぬしはもう少し年長者に敬意をじゃな……」

「そんな説教は後だ。今俺達の前を走っていった奴がどこに行くか見当つかないか?」

「? 何か事情がありそうじゃな。話してみろ」

 再開を喜ぶ間もなくドールが簡単に事情を説明するとレオナードの部下の一人が自身のボスに向かって進言した。

「ボス、もしかすると例の……」

「うむ。『猫の目のキャッツ・アイズ』の連中かもしれぬのう」

「猫の目会?」

 聞いた事のない名前についオウム返しで聞き返してしまう。

「奴らはワシが知る限りではもう何十年も前から国をまたぎ広い範囲で活動する……言ってみれば秘密結社みたいなものじゃ。稀にとんでもない力を持って生まれる子がおるじゃろ。そういう子は親御さんから怖がられ、挙句虐待されてしまうケースがあるんじゃよ。猫の目の会はそういう子供たちを集め匿うための組織じゃ。元々はな」

「どういう事です?」

「両親からも見放されたような人で、力の強い者が集まった集団が暴走すればどうなる?」

 力を誇示し表舞台で堂々と生きようと親、いや国や世界に対して喧嘩を売ろうとするかもしれないなと思った所でレオナードがニヤリと笑った。

「ルビー、その通りじゃ。彼らの全てがそうだとは言わぬ。しかし『急進派』と言う派閥はどうしたって出来てしまう。おっと、話が逸れてしまったのう。つまり、その猫の目の会に属すると思われる人物がここ数週間、とある廃屋に住み着きおってな。ワシが交渉のために部下を何度か送ったのだが話し合いにも応じずほとほと困っておったのよ」

 猫の目の会とやらの事は分かったが、今回の事件の黒幕とどう関係があるのかが微妙に判らない。

 いやもしかしたらヤツだと言うのは俺の思い込みで、全てはその会員が仕組んだ事だったのだろうか?

 この町に潜む理由は……そうか。

「レオナード、貴方はその猫の目の会に引き渡されそうな対象者をある程度目星をつけて子供を引き取っているのでは? そして恐らくその中で最も力の強い子が、ソフィ」

「……その通りじゃ。アレはワシが引き取った中でも桁外れでな。今回も恐らく彼女をスカウトに来たか邪魔なワシを消しに来たかだと思っておったのだが……」

 実際、本来の目的はそのどちらか、あるいは両方なのかもしれない。

「ルビー、話は後だ。レオナード、その廃屋の場所を教えてくれ」

 ドールが自らの仕事を全うしようと話を遮る。

 確かに今は彼の言う通り犯人を追わなくては。

「おい、お前案内してやれ」

 レオナードの左隣で直立不動の姿勢を保っていた大男が「うっす」と返事をし、

「さぁ、お客人方。こちらです」

 と先導を開始した。

 ルミナとドールが大男に続いて走り出す。

「レオナード、念のためソフィに護衛を」

「うむ、任せておけ」

 それだけ言うと俺も彼らの後に続いて走り出した。


 意外と言うか大胆と言うか目的地の廃屋は何とレオナードの屋敷から1ブロック南にあった。

 どうりでレオナードの屋敷の警戒が厚いわけだ。

「オーケー、トラップ何かは無さそうだ」

 遠見の魔法で建物の内外をチェックし終えたドールがひとまずの安全を保障した。

「よし、行こう。アンタは戻ってもいいぞ?」

 先ほどと同じく直立不動の大男に声をかける。

 ここから先は危険が伴うし無関係なこの人を巻き込むわけにはいかない。

「いえ、自分も参ります。これでもそこそこは戦いの心得もあります故」

「そうか、ではよろしく頼む」

 中にどれくらいの戦力があるか不明なのでこの申し出はありがたい。

 とはいえ彼の戦力がどれくらいなのかもまた不明なので様子見してキツそうなら下がらせるつもりだ。

「ルミナ、頼む」

 無言で頷いたルミナが魔法を使う。

 蒼く淡い光が4人を包み込んで、すっと掻き消える。

「衝撃を和らげる魔法だ。過信は禁物だがな」

「へぇ。ルミナちゃんは大昔で言う所の『司祭様』ってわけか」

 ドールが感心の声を上げる。

「よし、突入だ」

 いつもの細剣ではなくドールがひと目で見抜いた強力な魔法が掛けられている幅広の剣を抜き、先頭に立って廃屋のドアをそっと開ける。

 ガリガリ、とドアが床を擦る音が響く。

 室内は2階まで吹き抜けで、建物の中を隔てる壁も一切なく家と言うよりは倉庫に近い。

 そして。

 這いつくばっているアルバートとその奥にづーど付きローブを纏った3人が見えた。

「おやおやおや。もう着いてしまったのですか」

 真ん中に立つローブが不快感極まりない声で呪詛でも吐くかの様に口を開いた。

「ネスク!!」

 やはり貴様か。

 今の一言だけ聞けば因縁の相手である事をはっきりと確認できた。

「久しぶりだねぇ。ル ビ ー 殿」

 フードをわざとらしくゆっくりと跳ね上げる男。

「やはり……貴様生きていたのか……ッ」

「何怖い顔してるんだい。感動の再開と行こうじゃないか。ねぇルミナ?」

 ルミナがぎゅっと袖を掴んでくる。

 掴まれた所から様々な感情が伝わって来る、ような気がした。

 生きていた事に対する安堵、かつての仲間すら切り捨てようとした事への怒り・悲しみ、そしてまた対決するのをやめて欲しいと言う……叶わぬ願い。

 俺はともかくルミナにとってはまだ仲間、と言う思いも少なからず残っているのだろう。

「そんな顔されたら何も言えなくなるじゃないか。酷いなルミナ」

 両手を上げて不遜な態度を取るネスク。

「な、何しに来たのよ……これ以上わたしに何をしたいの……」

「やだなぁ。ボクの目的は今も昔も変わらないよ?」

 ブレない、と言えば聞こえはいいのだろうがつまりはまた大勢の人間を巻き込んで大事件を引き起こすつもりなのだろう。それだけ聞ければ十分だ。

 残念ながらルミナの衝突を避けたいという願いはやはり叶えるわけには行かない。

「一つだけ聞きたい。何故生きている」

 その言葉にやれやれ、とおどけた仕草をしてみせられて殺意がどんどんと湧いてくる。

 スローモーションでオーバーアクションする必要何かねえだろ、さっさと答えろよクソが。

「儀式は失敗に終わったとは言え、『あの場』には大量の魔力が集まっていたんだよ? 術者さえいれば完全な蘇生だって出来る、そうは思わないかい? え? ルビー殿よ」

 今すぐ飛び掛かりたい衝動をぐっと権を握る拳に込めてまだ我慢だ。

 こうやっていちいちカンに触る話し方や態度は初めてまみえた時から既に気に入らなかった。

「そんな奇特な阿呆がこの世にいるとはな」

 怒り心頭で放ったその言葉を受けて、向かって右側の小柄な人物がフードをまくり上げる。

「うそ……貴女……」

 ルミナがその顔を見て驚いた。

 俺も見た事のある顔だ。

「ルミナさん、お久しぶり」

 甲高い声で再開を述べるその人物は子供ではない。

 成人男性の半分くらいの背丈ではあるがそれでちゃんと成人している種族。

 草原に住まうと言われているフローレス族の魔法使いで名前は確か……。

「モニカ!」

 そうそう、モニカと言った。

 と、言う事は確か番いの人間の男がいたはずだが……それがもう一人のフードの人物と言う訳か。

 俺が予測を立てると、それを肯定するかのように最後の巨躯の人物がフードごとローブを脱ぎ捨てた。

「モルドー! 貴方まで……」

 鋼のように鍛えられた筋肉で造られた上半身に頭髪は一切なく、その代わり顎鬚を黒黒とはやした褐色の大男、モルド―は頭を掻きながら申し訳なさそうな顔をこちらに向けた。

「ルミナさん、ルビーさん。すまん。でも俺はコイツとずっと一緒だったんだ。幼い頃から。今更何をしようと見捨てる訳にはいかねえのよ」

 小声でルミナに『少しの間会話しててくれ』と伝えてドールとレオナードの部下に討伐案を提案する。

「いいか、これは個人戦じゃねえ。団体戦だ、4対4のな。ルミナは多分と言うかほとんど動かないだろうからあの女、モニカの相手をしてもらう。だが俺達は個人戦に持ち込みつつも周囲の戦況を確認、不意打ち出来るなら2対1でも3対1でもいいからとにかく戦闘不能に追い込む作戦で行こう」

「受け持ちは?」

「そうだな、ドールはアルバート、アンタはモルドー、あの大男を頼む」

「分かった」

「了解した」

「ルミナ、モニカの相手を頼む」

「う、うん……」

 なるべく戦いたくないから引いて欲しい、と言う話をしていたルミナにも受け持ちを伝える。

 あの中で戦闘が長引く要素があるとすればモニカの癒しの魔法なので最優先で潰しておきたい相手ではあるのだが、そこはルミナをぶつける事での心理戦をさせようというつもりだ。

 ネスク本人は置いておいて、ヤツの甘言に乗せられた人はあまり傷つけたくはない。

 最も、モルドーは本心から協力している風だが。

「お前も戦えよぉ? アルバート。道案内してくれたせめてもの返礼によ」

 ねちっこいネスクの言い回しにわ、わかった……とひどく怯えた声のアルバートは立ち上がって魔法の刃を生成し、構えた。

「――風圧ウィンド・プレッシャー!」

 左手を大きく右に払って風圧を前方に発生させ、先制する。

 すぐさま全力でダッシュしネスクの前にいるアルバートに水平に構えた剣を振る……と見せかけて思い切り脇腹を蹴ってドールが詠唱している魔法の射線を通す。

「っらあ!」

 続けて水平切りをネスクに向かってお見舞い。

 バックステップで回避されたのでそのまま突きの体勢で一足飛びに前へ。

「おおっと」

 ネスクがシミターを抜いて突きを払う。

「なんだ、お得意の二刀流はナシか? ナメられたもんだな」

 突きが回避されたのですぐに2歩後ろへ下がり間合いを取る。

「安い挑発だが乗ってあげようかね。その剣で挑んでこられては少々分が悪いからねぇ」

 左手でもう一本のシミターも引き抜き、右の曲刀を左下、左の曲刀を右上に腕がクロスするように構えるネスク。

「モニカ! もうやめよう? こんな事」

 俺の後方でルミナが必死に説得を試みている。

 前方では巨体VS巨体が、入り口付近では遠隔VS近接がそれぞれ繰り広げられている。

「ぐふぉお!」

 レオナードの部下の拳がモルドーの腹にめり込む。

 溜まらずに腹を抱えて蹲るモルドー。

 しかし部下の方こそダメージが大きいようで痛みに耐えて立つのもやっと、という感じだ。

 モルドーの格闘術は以前も見たがまるで拳が急所に引き寄せられるかのように効果的な命中を次々と生み出す。

 むしろこの数分持っているのが奇跡的なくらいに。

「ルミナ、阻害!」

 番いのダメージを軽減すべくモニカが何らかの魔法を使うと予測したのでそれを阻止するよう直接指示。

「――沈黙空間サイレント・フィールド

 ルミナとその周囲のみ魔法の詠唱が無効化される力場に覆われる。

「や、ちょっと! モルドー!」

 力場から逃れるべくモニカがドールとアルバートの戦域の先、相方のいる方向へと駆け出す。

「石の束縛ストーン・バインド

 アルバートの袈裟斬りをサイドステップで回避したドールがモニカへと魔法を放つと、力場の中で床から隆起した『石の蔦』に足を取られ動けなくなるモニカ。

「よそ見とは……イライラするなぁ」

 ネスクが直進し両拳に力をぐっと籠める。

 下段から襲う曲刀を剣で払い、上段からの斬りつけは上体をよじって回避し、

「――点灯ライト

 ネスクの目の前に突如光源を発生させる。

「むっ」

「――消灯エクスティンクション

 一瞬の隙をついて思いっきり剣を斬り上げる。

 鋭利な刃は敵の体に浅く刺さる感触を伝えて来る。

「……ルミナを、返せ」

 お互い距離を取って再び構えなおした所でネスクがそれまでの嫌らしい口調ではなく真面目な感じで呟いた。

「あの子は、俺が、あの満月の夜さ迷っているのを見つけたんだ。名前も判らないと言うから眩い月明りからの連想でルミナと名付けた。あの子が望む物は何だって与えてやりたい。不幸は取り除いてあげたい。俺が! この俺があの子の王子様になるはずだったのに!! 横から出てきて俺の大事な物をかっさらったルビー、貴様は許さん……っ」

 ついに『殿』と言う敬称を外して俺の名を呼び捨てにした、真剣な眼差しで物語る仇敵が急に哀れに思えてしまう。

 こんな時、普通はどう返すのだろう。

『そんな事知るか』、だろうか。

 それとも『お前がどんなに言いつくろった所で犠牲になった命が戻る訳じゃない』だろうか。

 しかし俺はこの男に対しては一片の同情すらする事がないのでこう切り返した。

「なるほど。つまりテメェは自分が恋焦がれた女が自分に振り向かなかったからと言って拗ねているわけか。くっだらねえ。ハイハイ、選ばれなかったんでちゅから素直に身を引きまちょうねー、ボク。もう分別のあるいい大人なんでちゅからそれくらいわかりまちゅよねえ~?」

 言い終えるかどうかのタイミングでこちらに向けられた殺意が3倍増しくらいに跳ね上がったのを感じる。

 コイツの性格からして自分が下に見られるのは我慢がならないだろうと挑発したのが見事にクリティカルした様だ。

「き……っさまあああああああああ」

 むき出しの野生の感情のまま再び突進してくる猛獣を今度は大きめのサイドステップで回避。

「ぐあっっ」

 突如、レオナードの部下が悲鳴を上げて床に倒れこんだ。

 全身血まみれで片足はあり得ない方向に曲がっている。

 まずいな、もっと周囲を見ておくべきだった。

 己の対戦相手を倒したモルドーは先ほどの一撃以外大したダメージも無かったのか戦況を見て俺の方へと向かって来た。

 この状況で二人相手はちょいと厳しい……と前と横の動きに注意を払っていると。

 パァン!

 聞き覚えのある『銃声』と表現する音がするとモルドーの左腕が即座に凍り付いた。

「ソフィ!」

 戸口に見知った長髪の女性が腕を突き出して拳銃を構える恰好で立っていた。

「おじい様より事情を伺い、助太刀に参上致しました」

 彼女ならモルドーの巨体とも十分に渡りあえる。

「すまない、助かる!」

「ソフィ、だと」

 意外とその声は目の前にいるネスクから発せられた。

「そうか、あれが今回の第一目標だったか……」

 やはりそうか、この3人は猫の目の会の軍門に下った、と言う事か。

 この見下される事が嫌いな男がよく他人の支配を受けられるものだ。

 いや、案外急進派のトップに躍り出るつもりなのかもしれない。

 ならばなおさらここで潰しておくに限る。

「ソフィ! その大男はルミナには手を出さないはずだ。いざとなったらそう立ち回ればいい」

 ずるいかもしれないがここで死者を出す訳にはいかないのだ。

「ルビー、考えが悪役そのものじゃぁないか。君は自分の仲間を盾にする作戦をどう思うんだい?」

「ハイハイ、おこちゃまはおねんねの時間でちゅね、寝言は寝てから言いまちょうねー」

 紅い宝石が嵌められた柄の先端を左手で握り火炎系の魔法を詠唱する。

『力ある言葉』に応じて本来ドラゴンのブレスのように放射状の炎が相手を襲う魔法は発動せず、代わりに宝石の力で刀身全体が炎を発する。

 次いで、水流系魔法で熱に対する防御を施す。

 刀身で激しく燃え盛る炎はその高温で使用者すらも真っ赤な舌で飲み干そうとしてしまうため、その対策である。

 そして相手は炎が陽炎を作り出すせいで正確な太刀筋の把握が困難になる。

 これでネスクはそうそう特攻が出来ないはずだ。

 触れただけでも火傷を負うし近づくだけでも膨大な熱で体力を奪われるからだ。

「ほう、その剣にはそういう使い方もあるのか」

 二度目の挑発には乗らなかったネスクは冷静だった。

 コイツがかつて欲した物の一つがこの剣であった。

 元々ルミナが所持していた剣だったが彼女以外は抜く事はおろか運ぶこともできず、何故か俺だけが抜き、扱う事が出来たという代物だった。

「さて、終わりにしよう」

 炎を纏った剣を両手で水平に、切っ先を相手に向けて構える。

「貴様がな」

 この町で起こした騒動一つをとっても頭の回転が速いこの男に攻略法を思いつかせる前に屠らねば。

 ジャリリリリッ

 石畳が削られる音がして、俺とネスクの合間を背丈ほどもある緑色の衝撃波が駆け抜ける。

 ドールが魔法を詠唱させまいと近接の間合いに持ち込みたいアルバートをけん制するために放ったものだ。

「!!」

 その瞬間を見逃さなかった。

 衝撃波に一瞬気を取られたネスクへ渾身の突きを放つ。

 紅蓮の直線を描いて狙った一点……対峙する相手の心臓へ収束する炎の『槍』は本体の刃もろとも深々と突き刺さる。

 ――あの日もこうだった。最初にこの男の命を望んで奪った時も……。

 左胸がえぐられ半月状の穴が空いたネスクは言葉もなくその場に崩れ落ちた。

 どくどくと体内に残った血液が穴を通して外部に漏れ出る様をゆっくりと見、術を解除。

 周囲を見ると既に他の戦闘も決着がついていた。

 アルバートは剣を叩き落されストーン・バインドによって拘束。

 モルドーは両足を凍結させられ転倒。

 モニカも石の蔦に足を取られたままだった。

「終わったか」

 3人の様子を見終わって剣を鞘に収めるとルミナ、ドール、ソフィの順に駆け寄って来た。

「ルビー……」

 ルミナのやりきれない表情に俺はこう言った。

「ルミナ、仕方なかったんだ」

「うん、分かってる……分かってるよ」

 主犯は死んだが平和な町を脅かす事に加担したモルドー、モニカの二人は留置所に拘束して事情を聞けそうだ、と思った矢先。

 一陣の突風が室内を駆け巡る。

「何だ!?」

 明らかに魔法による現象だがダメージは一切なく堆積したホコリを巻き上げ視界を奪うのみ。

 程なく風が止むと丁度アルバートが拘束されている辺りに人影が見えた。

「ポーリア!」

 淡いピンク色をした髪を腰まで伸ばし、今にも消え入りそうな華奢な体躯の少女に向かってルミナが叫ぶ。

 ポーリアと言えば確か……やはりネスクに付き従う者で……。

「お前……ネスクの作戦で死ぬはずだったのにまだ付き従っているのか!」

 そう、ネスクがかつて町一つを犠牲にして行おうとした儀式がもし中断されていなかったら、この少女は生贄として命を落としていたはずだった。

 それも、自ら望んで。

「ルミナちゃん、ルビーさん。すみません。でもあたしには……あたし達には彼が必要なんです。どんなに世間から疎まれても誰に蔑まれても彼無しで生きていくなんて出来ない……」

 項垂れて喋るその姿はどこか危なげで庇護欲を掻き立てられる男性も多い事だろう。

 しかし、彼女は言い寄る男は全て振ってネスクを……『自身を絶対に受け入れない』相手の傍にいる事を望んだ。

「必要って言ってもな。もうと言うかまた殺したぞ」

 淡々と事実を告げてやるとポーリアはさっと両手を左右に開く。

 モルドーとモニカの拘束が解除され、左胸を失った遺体が瞬時にして彼女の足元へと転移した。

「ちょっと! ポーリア!?」

 おかしい。

 元々生贄になろうと言うほど力の強い娘ではあったのだが、こんなドールにも難しい芸当を瞬時にやってのける程では無かったはずだ。

「さっきネスクが言っていたでしょう。途中で終わったとは言え魔力は集束してたって。それ、どこにあると思う?」

 そういう事か。

 ドールが突入前、ルミナを『司祭』と表現したがポーリアもルミナと同じ力を持っていた。

 そしてその力はあの時、あの場に集まった魔力を全て一身で受け止めた、と。

「まさかとは思うがそいつを蘇生したのはお前か?」

 はい、と肯定するポーリア。

 答えを受けて俺は再び剣を抜いた。

「ルビー?」

 今度は俺の行動に疑問を持つルミナ。

「もしまたそいつを復活させると言うなら……」

 切っ先をポーリアに向ける。

「お前もここで殺す」

「ルビー!?」

 ルミナが叫ぶ。

「もう一度言います。あたしには……いえあたし達にはまだ彼が必要なの。だからお願いここは行かせて下さいっ」

 体をくの字に曲げて頼み込むポーリア。

「判っているのか? そいつを何度蘇生しようがまた同じ事をしでかすぞ」

「それは判っています……この人が何をしたいのかも、それがまた大惨事を引き起こすだろう事も全部、全部判っています。それでも……」

 必死に声を振り絞ってポーリアが叫んだ。

「それでも、あたし達にとってこの人は必要な人なんです!!」

 自分の知らない無数の命より、たった一つの命、か。

 その気持ちは判らんでもない。

 俺だって根っこの部分では自分に関係のない人がどこでどう死のうが気にも留めないからだ。

 だが、相手が悪い。

 そのたった一つの命はやがて周囲の人間全ての命すら喰らいかねない。

 何故そうまでして必要としているのか……と考えるとイライラとしてくる。

「君だってこの町でそいつが起こした事件は知っているんだろう! 他人をたきつけて犯罪者に仕立て上げ、凶行に及ばせて死んだ人間だっているんだぞ!! この先一体何十人・何百人の命を、運命を弄ばせるつもりだ! 言ってみろ!!」

「それは……そもそもあの時貴方が……」

「もう少し根本から考えろよ! そいつがバカな事画策しなかったら俺が敵対する事も街の人たちが傷つき、苦しめられる事も無かったんだぞ!!」

 俺がネスクを殺す事にこだわるのは簡潔に言えば『復讐』である。

 大切に思っている人を傷つけられ一生消えない傷を負わされたツケをその身で支払ってもらうがためだ。

 そして俺とルミナが旅立ったのもその傷を治せるかもしれない、という小さな可能性を求めての事だった。

 強いて言えば、誠に遺憾ながら俺達もネスクに運命を変えられた人間の一人である。

 語気に気圧されたのか事実を突きつけられたからなのか俯いて押し黙るポーリアは……たぶん声を潜めて泣き出したのだろう。二つ、三つと地面に光る物が零れ落ち始めた。

「俺ももう一度言うぞ。蘇生するというならお前を殺す」

 無抵抗な人間に武器を向けたくはない、しかし無抵抗だからと言って無害とは限らない。

 ネスクの信奉者で、この先も命令に従って行く限り罪のない人にとっては害獣となりえる。

「ルビー、お願い。剣を下ろして」

 突如、背中から手を回して抱き着いてきたルミナの声は震えていた。

 振り向くとルミナもまた涙し、険しい表情をしていた。

「お願い」

「ダメだ」

「さぁ、行きなさいポーリア。そしてネスクが目覚めたら伝えて頂戴。『わたしは貴方が真に臨む物を全く望んでいない。今のままで十分だ』って」

「ルミナ! 放せ!」

「判った。必ず伝えるね……」

 最後にもう一度ポーリアは最敬礼すると振り返って廃屋を後にした。

 モルドーが遺体を担ぎ、モニカもそれに続く。

「ルミナ!」

 いっそう抱き着く力を強めるとルミナは『あのね、』と囁くように切り出した。

「ハッキリと言った事、無かったの。あの時……ネスクの組織にいた時ずっとね。そりゃあさ、ちょっとは嬉しかったんだよ。だって……」

「うん」

 構えた剣を再び鞘に戻す。

 こうなってしまった以上追跡は難しかった。

「彼はわたしの記憶を取り戻すためだけにあんな事を始めたんだし……」

 強固な魔法による記憶の封じ込めが行われているようだ、と聞かされた事がある。

 ヤツはそれをこじ開けようと、思い出を取り戻させようとその他全てを犠牲にするつもりだったのだ。

「わたしがいけなかったの。そんなのいらない、今があればいいってハッキリ言わなかったから。だからね、今ちゃんと伝えたから。もう大勢の人を巻き込むような事はしないと思う」

「……そうか」

 俺は今後も執拗に狙ってくると思うがな、とは言いかけて言葉を飲み込む。

 そんな事はルミナが一番よくわかっているはずだ。

 もうしない、とは俺をなだめるための方便だ。

「ルビーはさ、楽しくて人を殺めるような人じゃないでしょ。いつもどうしようも無くなって、それ以外の手段で解決できない時だけ人に剣を向けてきたじゃない。そこが彼と貴方の決定的に違う所だし貴方の魅力なのよ。だから、だからね」

 拘束を解いてお互い正面から顔を見る形で、ルミナははっきりと言った。

「勝手なお願いかもしれないけど。わたしのかつての仲間に、軽々しく『殺す』なんて言わないで」

「ルミナ……」

 かつて。王都アーク・ポリスに最も近い町、王都の玄関口として栄えているサナレの町においてネスクは自警団の団長として王都からやって来た領主に雇われていた。

 その領主と言うのが先日打たれた狂王に心酔していたため、サナレで悪逆の限りを尽くし始めた。

 自警団は元々町の人たちが自衛手段として組織したのが始まりであるため、領主はその団長に自分の息のかかった人間を配置する事で事実上私軍とし、また増員と称しては犯罪者を積極的に率いれたため自警団とは名ばかりのごろつき集団へと変貌してしまったのだ。

 自警団に所属していたルミナは団長としてガラの悪い人間すら自分に跪かせるカリスマ性を持ったネスクを尊敬する一方で日々町に出ては暴れまわる『新入り』を粛正すべくパトロールに明け暮れていた。

 そのうち、ネスクは『強力な魔法をかけられた道具』を片っ端から略奪するよう団員全てに命じる。それは表向きの理由としては『自警団、引いては領主への反逆の芽を摘む』事を掲げていたが、その実態は集められた魔法の力と団員をはじめ町のほとんどの人の命を巻き込んで古代の大魔術を発動させる事にあった。

 その理由はたった一つ。

 ルミナの失われた記憶を呼び覚ますという事。

 先ほどの会話の通り、ネスクはルミナに好意を寄せていたのだ。

 ルミナがその気持ちを受け取らなかったとしても好意を寄せる相手が昔の記憶を持っていないのは可哀そうだとでも考えたのかもしれない。

完全な自己満足ではあるが。

 そこらの事情は知る由もないが、彼にとって難題はルヴァーナ公爵とその屋敷の攻略となった。

 王位継承権が既に無いとはいえ王族に名を連ねる人物への略奪行為は王家に、国家に反逆する意図ありと取られかねないからだ。

 一計を案じたネスクはルヴァーナの屋敷を含む広い区画で暴動を起こし、その混乱のどさくさで公爵とその家族を暗殺しようとしたのだ。

 幸い、事前に計画を察知したルミナが駆けつけて一命を取り留めた公爵達ではあったが、娘であるエイミーはこの時の傷が元で二度と歩けない体となってしまった。

そしてこの件は俺にネスクを討つ決意を固めさせたのだった。

 こうして思い返してみるとまた自分の中に黒い感情が沸々と湧き上がるのを全身で感じる。

 ルミナは、ネスク本人の事は諦めが着いているかもしれないが、あの三人がもし自警団がおかしくなる前から寝食を共にした仲間であるなら思い入れがあってもおかしくはない。

 それに、後から聞いた話だが汚れ仕事は全て『新人』に行わせていたらしい。

 つまり彼らは信奉者ではあるが悪事に加担していない、と言う事になるのではないか。

 大きな部分で言ってしまえば『犯罪者の仲間』と言えなくはない、しかし手出しを一切しておらずその考え方に共感し生きる支えとして共にいたいと思うだけの人だとしたら?

 罪のない人を切り伏せる事はネスクと何ら変わらない行動を取った、と誹られるのではないだろうか。

 黙認が罪かどうかはこの際考慮に入れるべきかどうか……。

「ルビー、今いっぱい考えてる……?」

「考えてる」

「うん」

「あの子、ポーリアはね。死んでくれって言われたんだよ自分が想いを寄せる人から。わたしの記憶を戻すために行使しようとした大魔術はね、古の神様を誰かの体内に呼び寄せて本当の奇跡を起こさせる物だったんだって。でも神様の力をその身に受け入れると人間には強すぎて死んじゃうんだって。あの子は自警団の中でも特に力が強かったから、そう言われたんだって」

 好きな人から死ねと言われたら喜んで死を選ぶのか?

 それは『感情が普通に持てる人間』が選択する事としては普通なのか?

「その話は前にも聞いたな」

「うん、でもね」

 ルミナが一呼吸置いて、先を続けた。

「ルビーが今考えている事は多分外れ。あの子はすごく優しいから自分が犠牲になってもわたしの記憶が戻る方が幸せだって考えてくれたんだよ」

 しかし……。

「命より重い物なんて、ないよ」

 俺もそう思う。

 だから殺めるのは最低限、他の命を脅かすものだけだ。

 命を一つ消す事で他の多くの命が救われるのならそれでいいと思う。

 もちろん命が存在する以上、他の生き物の命を奪う……つまり食べる事は否定しないがそれは少なくとも快楽のために殺す訳では無い。

「だからわたしは一人でも阻止するつもりでいたの。誰にも死んでほしくないから」

他者の意図による死はダメだと言っている……のだと思う。

「幾万の命よりたった一つの命、か」

 うん、とルミナがうなずいた。

「わたしだってね、避けようの無い死を否定する気は、ないよ。何よりおいしい肉はありがたく頂くし」

「お前食いしん坊だもんなぁ」

 茶化すな、とばかりにばしっと一発、腹を軽く殴られた。

「だからね、避けられる戦いはなるべく避けたいし自分の命を投げ出してもいいって思ってくれた人にはなるべく幸せでいて欲しい、かなぁ」

 降りかかった火の粉は払うしか無いが自分から火の粉を振りかけて欲しくはない。

 きっとそう言いたいのだろう。

 この町でドールに持ち掛けられた護衛任務の時、俺は何故襲ってきた刺客の命を奪わなかった?

何故ああも気を使って極力傷つけない戦い方を選んだ?

 そうだ。あの時は意識していなかったが出来る事なら多少痛い目を見る程度で留めたいと思っていたからだ。

それはきっと今ルミナが必死に俺を止めようとしている気持ちと同じだ。

「もし……もしもだよ」

「うん?」

「彼らが俺を襲えって命令されて実際立ち向かってきたら俺は迎え撃つよ?」

可能性がゼロではない以上ルミナにもこれだけは覚悟しておいてもらわなくてはならない。

「うん、そうなったら仕方ないね。ならない事を祈るけど」

 まったく、この娘には敵わない。

「さ、帰ろう。思いっきり動いたし腹減って仕方ないや」

「うん、ありがとう」

 後顧の憂いを断っておきたい気持ちは強いもののルミナのたっての願いは聞き届けない訳にもいくまい。

 そういえば前回、死んだ事をはっきり確認しなかった上に戦闘終了後すぐに立ち去ったから直後に適切な処置さえ施されれば蘇生の魔法を使わずとも生きていた事にも一応の説明は付けられる。

 また邂逅する事があるなら……その時は確実な方法で葬るしかない。二度と復活させないためにも。

「まーったく。こっちの事は無視して二人で世界作っちゃってさ」

「本当ですわ。先ほどのルビー様の剣より熱うございました」

 あ。

 そういえばそこにいらっしゃいましたっけね……。

 振り返って何事も無かったかのようにドール、ソフィに笑顔を見せた。

「さ、帰ってメシだメシ」

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