表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国境の町の殺人事件を追ってみた  作者: 高宮 紅露
5/7

滞在五日目は推理と検証

「お、来たね。もう用意は出来てるよ」

 翌日、再び捜査本部を訪ねた俺達は昨日との落差にひどく驚いてしまった。

 ――綺麗に片づけられていたのだ。

 昨日みたこの部屋は幻か何かだったのか、と思えるくらいに整理整頓された部屋は、半分ン程が備品に陣取られてはいるものの足の踏み場も座れる椅子も存在していた。

 ドールが半ば徹夜で頑張ったらしい。

「整理も良いけど捜査も頼むぜ?」

「そりゃわかってるんだけどねー。ルビー君に頼まれた書類がどうしても見つからなくて」

「あんなになるまで散らかすからですっ」

 ルミナがふん、と鼻を鳴らしやれば出来るんだから初めからやりなさいよと抗議をする。

「で、これが頼んでいた書類か?」

「あぁ。ぜひ見てくれ」

 椅子のひとつにどっかりと腰を下ろして目の前に積まれた資料に目を通して行く。

「なぁ、ドール。遺品も全部ここにあるんだよな」

「あーそうだな。例外の1件以外なら全部あるはずだよ」

「んじゃ、一つ頼まれてくれ。被害者の所持金と遺品の中に含まれている書面全部を掘り出して欲しいんだ」

 今俺がチェックしているのは被害者の名前と出国手続きの進捗状況が書かれた紙だ。

「了解、探してみるわ」

 今日ここに同行したのは昨日に引き続いて片づけをするためだったルミナはする事が無くなってしまったので暇そうだった。

「ルミナー、暇なら素材でも見に行ってみたらどうだ?」

「うん、そうしようかな。見終わったら宿に戻ってるね」

「おう、気を付けて」

 ありがと、と胸の前で小さく手を振るとルミナは応接室を出て行った。

 別行動してもらった方がこちらとしても気兼ねしないで済むのだ。

 過去の事件、被害者は全員『発行済み』ステータスとして処理されているのを確認すると、今度は申請用紙に記載された所持金額(と言っても自己申告ではあるが)を見ておく。

 被害者たちはそれぞれ十分すぎる程の資産を持っている事が判った。

 何もしないで滞在するにしても、1年近くはホテル暮らしが出来そうな額だ。

「用意できたよ」

 ドールが空いていた机に先ほどお願いした物を全て置き終わったようなので現物を見る事にする。

 まずは財布。

 全て革製の、一昨日レオナードから手渡されたのと同じタイプの物である。

 しかし……中身は先ほどの自己申告と比べて非常に少ない額だった。

 例えば、金貨にして200枚と申告した被害者の財布には金貨50枚程しか入っていない、という具合だ。

 金が欲しい、これが動機なんじゃないかと思い始めた。

 理由はまだイマイチわからないがとてつもなく大きな買い物とか……。

 全員分の自己申告した所持金と実際残っていた金額を比較すると、金貨にして300枚程不足していることが分かった。

 一般的な家庭の年収分、と言えば大した事無さそうに見える額だが……。

 頭を切り替えて今度は書面を確認する。

 俺の予感が当たっていれば『あるはずの物がない』事になるのだが……。

 やはり、誰もが持っていなかった。

 出国手続きが完了し引き渡しまで完了した『許可証』を。

 そして誰がどれくらい資産を有していて、いつ許可が下りたかを知りえる人間。

 はっきり言えばアルバートは本件における重要参考人と見ていいだろう。

 だが、何故許可証を回収する必要があったのかは判らない……まてよ。

 ふと気になって自分が昨日発行された許可証を取り出し確認してみる。

 あー……そういう事か。

 納得だ。

 しかし同時に困った事態にもなってしまった。

 何故なら、次のターゲットは俺とルミナになりそうだったからだ。

 まずい。

街中で強力な魔法の行使を禁止されている今、ルミナに単独行動をさせる訳には行かない。

すぐ迎えに行かなければ彼女が狙われてしまいかねない。

 だがドールに一つ頼み事をしなくては。

「どうやら、真相に近づいてきた様だ」

「本当か?」

「あぁ。だが俺は最低あと一つ物証が欲しい」

「それは何だい?」

「昨日ドールに頼まれた事。密室の作り方だよ」

「それなぁ。やっぱ合鍵で入ったんじゃねーのかなぁ……宿屋のドアロックは開錠の魔法じゃ開かない様になってるしなぁ」

「大丈夫だ、それも思いついたし試してみればはっきりする」

 天の啓示、と言わんばかりに閃きが脳内に響き渡った。

 恐らく、もし可能なら、という段階ではあるが何故だか急に『ピンと来てしまった』のだ。

 まだ誰にも犯人の心当たりについて明言はしていなかったので手短に説明する。

「ドール。ソフィにも声をかけて二人で俺達の部屋まで来てくれ。210号室だ」

「ルビー君はどうするんだ?」

「ルミナを探しに行ってから合流する。あぁ、それとついでに……」

「わかった」

 ボソボソと耳打ちをした内容の肯定を聞いてから、急いで階段を降り足早に庁舎を出て商店街へと向かう。

 クソ、1階でヤツがいるかどうかくらいは確認しておくんだった。

 焦って判断を誤った自分が悔やまれる。

 どこだ、どこにいるルミナ!

 手芸用品の店……いない。

 アクセサリーショップ……いない。

 革細工専門店……ここにもいない。

 比較的大きめの通りから外れて宿への近道となる薄暗い細道へ。

 ここにはアクセサリーに関する店は無いだろうが……1件だけ見つけた。

 接着剤等の樹脂を扱う店のようだ。

 外から店内の様子が暗くて見えないので仕方なく中に入る。

「ルミナ!」

 見つけた。

「あ、ルビー。もう終わったの?」

「あぁ。終わったよ」

 内心の動揺を悟られない様平静を装うべく呼吸を整えて答える。

 さすがに庁舎からここまで心配で全力疾走しましたなど恥ずかしくて言えない。

「お疲れ様。ここは結構揃いが良いみたい」

 ん、樹脂を扱う店……か。丁度いい。

「なぁルミナ、俺あんまり詳しくないんだけど金属製の物を型取りできる物と型を取った物から複製できる樹脂何てあるのか?」

「うん、あるよ。まず型取りは粒子が細かいこれ。あとは……この樹脂素材なら固めてもそんなに収縮しないはずだよ」

 ではその二つを購入する事にしよう。

「珍しいね、ルビーも何か作るの?」

「今回だけな、たぶん」

「そっか」

 俺はこういう手先の器用さが求められる事はちょっと苦手なのだ。

「よし、こっちは終わった。ルミナは?」

「わたしも終わったよ。帰ろうか」

「そうだな」

 俺が息を切らせてまで全力疾走でルミナを探した事は不思議と特に何も聞かれなかった。

 入手した素材の使い道についてあれこれと楽しそうに話すルミナの話をうんうんと聞きながら、その一方でもし今から行う検証がうまく行けば残る課題はドールが受け持った一つだけという事になるなぁと考えていた。

 

 宿に着いた俺は『ドールとソフィが来たら部屋に入れてやってくれ』とルミナに言うと、自分は洗い物をしていたジーナへカウンター越しに話しかけた。

「ジーナ、すまんが頼まれて欲しい」

「また合鍵?」

「あぁ。頼む」

「うん、ちょっと待ってね」

 水道を止め、エプロンで手の水気を落としたジーナがカウンターの奥に備え付けられたキーボックスから305号室の鍵を取り出し、手渡してくれた。

「助かる、今回はすぐ返すから」

 先ほど、ルミナと入った素材屋で思い出したのだ。

 後でルミナに聞こうと思って保留していた事があった事を。

 今は現場を荒らす事になってしまうがそれらを拾って3人の前で確認してもらうしかない。

 そう、『机の下に落ちていた正体不明の欠片と粉』についてである。

 階段を駆け上がって3階、左手に進んだ廊下の突き当りにある部屋、305号室のドアを開ける。

 やはり目的の物は先日ここを訪れた時と同様、机の下に散乱していたそれらを拾い上げ、1階のジーナの元へ鍵を返しに行った。

「ありがとう、助かったよ」

「ほんとに早かったのね。お役に立てて何より」

 笑顔で鍵を受け取ると定位置へ鍵を戻しに行く彼女を見ながら声をかける。

「なぁ、俺達が使っている部屋って結界張りなおしたばかりだったりする?」

「あ、よく解ったね。あの部屋は丁度ルビーさん達が来た日に替えたばっかりだよ」

「なるほど。術者は覚えてる?」

「あー、そりゃもう。だってうちはほら、この通り寂れて来てるからさ。役場に安い値段でお願いする他無い訳よ」

 厨房の奥で自分の店をディスられた店主が『こらジーナ!!』と怒鳴り声をあげる。

「ごめんってー。冗談だってばー」

 などと言うやりとりの後、ついに術者の名前が判明した。

「あのね、ルビーさんも顔は見た事あるはずだよ。だってその晩起こったあの事件で最初に部屋に踏み込んだお役人さんだもん」

 アルバートだ。

「305号室も彼が?」

「うん、最近はお願いしたら必ずあの人が来るねぇ。店長とも凄い頑張る人だねえって話した事もあるよ」

「わかった。ありがとう」

 限りなくグレーに近いクロじゃないのか、これ……。

 じゃ、と小さく手を挙げて別れの挨拶をした俺は次に3人が待つ210号室へと向かう。

 ココン、と軽くノックをすると内側から『はーい』とルミナの声がして数秒後にカチャリと言う音と共にドアが内側から開かれた。

「お、揃ってるね」

 既にドールがソフィを伴って中に居た。

「一体何が判ったというのか気になるじゃん。ソフィまで連れてこいって言うし」

「ルミナ。ドール。ソフィ。これから話す事に異論は出るかもしれないが最後まで黙って聞いて欲しい。反論は後でまとめて聞く」

 普段より低めの声でそう告げると全員が無言で首肯した。

「この一連の事件、犯人は――」

 全員の顔を見渡してから告げた。

「――アルバートだ」

「な、何で……そんな事……」

 ドールは驚いてはいるが例の兵器の件があって『あり得なくはないかも……』という顔だ。

「どうして? あんなに優しい人なのに……」

「ルミナ、優しい人だから凶行に及ばないとは限らない。『あの事件』だってそうだったろ?」

「……そうだったね」

 ルミナは沈痛な面持ちになってしまった。

「……」

 一方、それとなく察していたであろうソフィは無言だった。

「それぞれ、思う所はあるだろうがまず聞いて欲しい。あくまで俺の推論でしかない部分もかなりあるとは思う。でも動機、手口、目的について全てつじつまが合うんだ」

 黙って先ほど305号室から拾ってきた物をルミナに手渡す。

「これは……何?」

 一粒を取って光に透かして見るルミナ。

「見た事あるはずだよ。ここに泊まった初日を思い出してみて」

 あの日、荷物を置いてから事件が発覚したジーナの絶叫が聞こえるまでの間。

 ルミナは机の下を見てゴミが溜まってる、と言い備え付けの掃除用具で片づけた。

「あ、あぁこれ……あの時のゴミと同じだ。でもどうして?」

「305号室の机の下に落ちていたんだよ。それが何かは判るかな?」

「う~ん……そうだなぁ。これ多分樹脂素材じゃないかなぁ。そんな光り方してる」

 うん、とその考えを肯定して俺はさらに続ける。

「じゃあルミナ、一つお願いがある。俺がさっき買ってきた素材を使ってこいつを複製して欲しい」

 指さしたのは机上に置かれたこの部屋の鍵だ。

「え? 鍵を作るの?」

「そう。作って欲しい」

「わかった」

 俺から素材を受け取ると、机の上にある鍵も拾って作業を始めるルミナ。

「もしかして、その複製が密室のトリックだとでもいいたいのかい? ルビー君」

「その通りだ。まぁこれがダメだったら他の手段を検証しないと行けないけどね」

 改めて3人を見渡して、先を続ける。

「いいか、俺の推測はこうだ。まずアルバートはソフィが本気で好きで、出来れば結婚したいと思っている。今ソフィの身元はレオナードが保証しているが、これをクリアするためには……言い方が悪いが最低でも『レオナードがソフィを買った値段』を補填しなくちゃいけない。でも一介の役人にそんな大金用意できるわけがない。そこで思いついたのが今回の事件だ。闇雲に通り魔をして金品を奪った所で実入りは実際漁って見ないと判らないという不安要素が付きまとうが、彼は自分の立場を利用して実入りが確実な人をターゲットにする事が出来たんだ」

 出国手続き用の申請用紙によって。

「そうやって目星をつけた相手に許可証発行許可が下りると、わざとそのままでは出国できない様に細工をした許可証を与えたんだ。こんな風にね」

 懐から自分に宛てて発行された許可証を広げ、見せる。

「分かるかな? これ明らかに足りないものがあるんだよねぇ。一つはここ、自署による氏名の記入。そしてもう一つはここ。領主のは押されているから後は町長も認めました、という朱印が必要なんだ。つまりこうだ。わざと不備のある書類を手渡し、後日滞在先へと赴き、『不備がありまして』と部屋に入れてもらう。机の上に許可証を置かせてはまず署名させる。そうやって後ろを向いた所を……」

 ドールの腰に吊るされた兵器を指さす。

「そいつでブスリ、ってわけさ」

 ふーむ……とドールが唸る。

「それは、大前提が崩れたら全く成り立たないと思うんだけども……」

 ドールがちらっと無言のままのソフィを見る。

「本当の事です。彼、アルバートからは幾度も一緒になろう、結婚しようと言われていました……。ですがそれは彼からだけでなく……」

「数名の客から同じような事を言われていたって事か」

「はい、まあ皆さん酒の席ですから若い女性にそういう事を言ってお楽しみになるんだと思うんです。いえ、思っていました……ですが……」

「彼だけは違った、と」

 はい、と段々かすれる声でソフィは続けた。

「ある日、彼は言いました。『もうすぐ君を迎える事が出来る。そしたら隣の国にでも言って家庭を持とう』、って。でもそれから数日後、彼が普段ではあり得ない程にお金を使いだして……」

 ひとつため息を吐いて、ソフィはさらに続けた。

「どうしたの? って聞いたら『凄い副業を始めたんだ、手間はかかるけど本業よりずっと楽でいい』って。あの時の目……ああいうのを犯罪者の目って言うんでしょうか……わたしは怖くなってしまって聞いたんです。『悪い事はしてないよね?』って。そしたら……『君の為にやれる事に悪事なんて一つもない』と言い出して……まさか……と」

 事件らしい事件が今までほとんど起きなかったこの町では例え窃盗でも話題が尾ひれを付けて広まってしまうのに、聞こえてくるのは人が死んだというニュースのみでは関連付けて考えるな、と言う方が難しいかもしれない。

 後から聞いた話、じゃあどうしてそんな人のプレゼントを身に着けていたのかと尋ねたら『そうしないとあの人、癇癪を起すんですよ……』と何とも寂しげな答えが返って来た。

「町長の息子さんが殺されたのもやはりアルバートがやったと見ているんだが、どう思う?」

 ソフィに向かって尋ねる。

「それも当たっていると思います。ご子息が殺された翌日、『ライバルがいなくなった、これで俺の物だ』って言いましたので……」

 度々、指名が重なってしまう事があったそうだ。

 だからゲオルグの息子がソフィと親しいという事が判ってしまった、と。

「よ、よし。それじゃ早速僕の権限で……」

「ちょっと待ってくれ」

 食い気味にドールの発言をストップさせる。

「ドール、忘れたか? まだ解決していない問題があるだろう?」

「あ、ああ。でも密室の謎は検証次第なんだろ?」

「そうだ。じゃあどうやって彼は宿屋の部屋の鍵をコピーする時間を設けたんだ?」

「どうって……」

 公職に就いている立場であろうと、全く何の問題もない部屋を検分させてくれ、では怪しまれてしまうだろう。

 その後、人が死ぬのであればなおさら感づかれてしまう。

「ん、ん~。判らん」

 ドールがお手上げの意思表示をしたのを合図に再び説明をはじめた。

「結界だよ。さっきここの店員に聞いてきたんだが305号室はつい最近、結界を張り替えたらしい。役場に依頼したらしいんだが、その時請け負ったのが……」

「アルバート、ってわけか……」

「そういう事。結界の張り直しなら合鍵を作る時間くらい余裕であるでしょ」

「何やってくれちゃってんのアイツ……」

「出来たよ」

 片隅で黙々と作業に集中していたルミナが樹脂製の鍵を持って来た。

「ありがとう。さっき手渡したモノ、やっぱり俺の予想通りだったかい?」

「うん。ほら、そこにたくさん」

 ルミナの座っていた場所には鍵の形を整えるべく本体から削り取られたカスが散乱していたのだ、305号室に設置されている机の下の如く。

 鍵の繊細な凹凸を表現するために、アタリを付けて削げば不ぞろいの球体が落ちるし、ヤスリで細かい造形を整えたら粉が落ちる、と言う説明をルミナから受けた。

「よし、さっそく使ってみよう」

 俺はルミナお手製の鍵だけを持ち、一旦部屋の外へ出るとロックがかかったのを確認してからゆっくりと合鍵を差し込み、右方向へと回した。

 ――カチャ。

 開錠の音が部屋の内外に響いた。

 そのまま扉を開け再び室内に入ると、

「検証終了。この方法で作成した鍵は十分使える」

 とますます自身の推理を裏付ける証拠を入手したのだった。

「じゃあ、後は水浸しの理由かー」

 ドールが足を投げ出してやけっぱち気味にぼやいた。

「まーそれが一番苦労しそうだよな」

 刃物で体を貫通させる、と言う事は当然現場は血しぶきでひどく汚れるものだ。

 特に犯人――アルバートは大量の返り血を浴びていないとおかしいのだ。

 だか犯行は人目につく場所で恐らく白昼堂々と行われている点を考慮すれば、血まみれの人物の目撃情報などすぐに集まりそうなものである。

 目撃情報がない=血まみれの人物はいなかった、とは単純に考える事は出来ないが、少なくともこの人通りの多い町の中で誰の目にも触れずに逃げおおせる可能性は極めて低い。

 そう考えると凶器からして全てが見当違いとなってしまうが……。

 返り血を浴びずに体を前後に貫通するほどの傷を負わせる方法。

 そもそも血による汚れが部屋全体を通して少ないのは最初から気になっていた。

「ドール、他人事のように言ってるがお前さんの調査対象だろう。何か判った事とかないのか?」

 こっちは割り振られた役目を果たした、後はドールの番だ。

 まぁ難題だろうし俺も出来る事があればさらなる協力もやぶさかではないのだが。

「可能性についてはいくつか思考実験はしたんだけどねー」

「何か閃いたのか?」

「うーん……何とも。でも一つ試してみたい事はあるなぁ」

 両手を頭の後ろで組んで思い返すように天井を見上げながらドールが話を続ける。

「急速冷凍の魔法使えば何とかなるんじゃねーかなと思ったんだよ。でもなぁ……」

 肉や魚なんかを冷凍保存するための魔法か。

 でもそれは俺にも解る、不可能だ。

「影響範囲が小さすぎるんだよな。せいぜい両手いっぱいくらいのサイズが関の山だし水量を逆算しても絶対それだけじゃ足りないんだよなぁ」

 とても人間一人を覆えるような魔法ではないのだ。

 ん、んー。

 なんだ、何か……昔そんな事があったような。

「あ」

 あまり思い出したくない事を思い出して思わず声を上げてしまう。

「どうしたルビー君」

「もしかしたら……だけどな。ルミナ、『あの事件』で使われた増幅術って使えたりしないか?」

 『あの事件』という単語にビクッ、と一瞬肩を震わせたルミナだったが顎に手をあててう~んとひとしきり考え込むと、

「どうかなぁ。あそこまで大がかりなのはちょっと現実的じゃないかなぁ」

「それはそうだ。増幅術だけでも72時間ぶっ通しの儀式だったんだろう? そうじゃない。一部だけでも効果のありそうな所を切り取って何とか出来ないかと思ってな」

 そう、町全体を対象にするような物でなくていい。

 人ひとりを対象として拡大出来るだけの物があれば……。

「あの時はねえ、現代に伝えられている限りほぼ全ての増幅術を上手く組み合わせていたのよ。その中でも簡単に出来そうなのって言うと……やっぱり触媒かなぁ」

 ドールがひゅう、と口笛を吹いた。

「やっぱそれしか無いよなぁ。でもそこらで手に入る触媒なんて万能だけど威力は低めなんだよね。もっとこう……急速冷凍、と言わないまでも氷雪系に特化したモノなんて……」

 魔法の知識が豊富な3人が頭を抱えている中、突破口を開いたのは先ほどから黙って俺達の話を聞いていたソフィだった。

「あの……よろしいでしょうか」

 おずおずと挙手をするソフィに3人の注目が集まる。

「わたしの生まれ育った村には呪術師のおばあちゃんがいたんですよ。おばあちゃん、もうあんまり強い魔法は使えないって言ってたの。でもある時狂暴化した熊に襲われて瀕死になった木こりのおじさんがいたんです。その時、本当に小さな怪我を治すための魔法一つで全身の傷口がほぼ全部塞がったんです。後でどうしてそんな事が出来たのか尋ねてみると……古来より伝わる『薬』があると。それを使えば大幅に魔法の効果が増幅されるんだそうです」

 言い終わるとふう、と艶やかなため息を吐くソフィ。

「なるほどなぁ。呪術の薬か。でもそんなものは簡単に手に入らないぞ……」

「いや、そんな事ないだろ」

「おいおいルビー君。今や伝承者がいる事自体珍しい呪術だぞ? 魔法のアイテムみたいにぽんぽん手に入るわけじゃないんだぞ」

「ドールはあんまり古代の神秘系に関する知識、あまりないんだな」

「何せ魔法使いだからな、仕方ねえだろ」

「んじゃ手短に。頭髪さ」

「髪の毛を触媒にするのか?」

「その通り。それも色味で選べばいい」

 今の人類は魔法を得る前の人類と違って髪の色が多種多様になっている。

 解りやすい事に、火炎系の魔法が得意な人は赤、氷雪系なら青と言う具合だ。

 そんな事を3人に向かって説明をすると、ソフィがあっ、と口に手を当てて声を上げる。

「私の髪なら……あるいは」

 再びソフィは過去、店で起こった小さな事件について口を開いた。

 要約するとタバコの火が原因でテーブルが燃えてしまった時、咄嗟に急速冷凍魔法で消化しようとした事があった。

 その魔法の使い方は正しい。

 だが、結果がおかしかったらしい。

 灰皿とその周囲のみを凍結するはずの魔法は机とその周囲、術者まで巻き込んで相当の広範囲……店内の半分ほどを凍結させてしまったらしい。

「その時……片方の手がわたしの髪に触れていたの。あの時は魔法があんなに強く出てしまった理由は分からなかったんですけど。今やっと合点がいきましたわ」

 と、話を締めくくったソフィはやはり艶やかなため息を漏らす。

「検証しよう。ソフィ、さすがにこの部屋が凍り付くのはまずいから1本だけ髪の毛を貰えないか?」

 髪の毛をくれとか怪しすぎるセリフを言ったのは生まれて初めてである。

 今後はこんな事を言わないでもいい事件を追いたいものだ。

「わかりました」

 手櫛を2、3度入れて指に絡まり抜けた毛をどうぞ、と差し出された。

「ああいや、それはドールに渡してくれ」

「え? ぼく?」

「この中で一番魔法に長けているからな。それに……」

「それに?」

「ドールじゃないとその剣起動できないだろう?」

「え、何これ使うの?」

「そりゃ検証だからな、使うぞ。まさか使用制限かかるまで使用済み、ってわけでもあるまい?」

「や、まぁ使えるけどさぁ」

 以前と同様渋るドール。

「この事件の検証のため、って理由書けばいいだろ。ほらやるぞ」

「いやいやちょっと待てって。何に突き刺すつもりなんだよ。まさか人体じゃあないだろうね?」

 ニヤリ、と言う擬音が聞こえてきそうな片目を吊り上げて嫌らしい笑い顔をドールに向ける。

「その左手で実験すれば大丈夫じゃないかなぁ? ここにはルミナもいるし……」

「タイム! タイムだって!! そんなん痛すぎるじゃないか!!」

 慌てて必死に抗議するドールをいじるのは面白かったが俺は急に真顔になって否定した。

「ま、冗談だ。ルミナ、さっき型取りに使った素材を頂戴」

「はい」

「これなら厚さもあるし十分代用になるだろ」

「くっそ、後で覚えてろォ……んでどーすりゃいいのさ?」

 検証の手順を伝えるとやってみる、と答えが帰って来た。

 ドールが腰から『柄』を取り逆手に持つと自身の胸元に構える。

「こいつは俺が持っておく。あ、ルミナとソフィはあっち。飛び火ならぬ飛び氷が当たるかも」

「よし、じゃあいつでもいいぞ」

 凍結魔法を詠唱し始めるドール。

 ただし一文を追加して少し細工を施してもらう。

 その後、刃生成のための単語ワードを詠唱してもらう。

 胸元の柄が青白く光ると斜め下向きに刃を生成、俺が手にする樹脂素材を貫通した。

 その瞬間、発動時間を遅らせた凍結魔法が樹脂素材を中心に展開。

 みるみるうちに素材だけでなく周囲すらも凍り付かせようと魔法の効果が襲い掛かってくる。

「うわっと」

 急激な冷気を感じてとっさに素材から手を離し、バックステップで回避してしまう。

 ドールも同様に刃を収めると後方へ飛退いていた。

 するとそれが合図だったかのように一本の大きな氷柱がその場に出来上がってしまった。

 人間一人を飲み込んでもおかしくない程の、氷柱が。

 よし。

 検証は成功だ。

「でもさぁ。これっていわゆる『状況証拠の可能性に関する検証』だよね。絶対これ、って言う確たる証拠が無い、って言うかね。誤魔化された時、問い詰めて白状させる事、できる?」

 ルミナが冷静に的確な指摘を飛ばす。

 確かに最もな指摘ではあるが、ここはひとつ古典的な手段で解決しようと思う。

「そうだな、確かにその通りだ。だからみんな、ちょっと協力して欲しい」

 改めて3人に向けて、最後の詰めについて説明を開始した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ