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国境の町の殺人事件を追ってみた  作者: 高宮 紅露
3/7

滞在三日目は別行動

 翌朝。一階の酒場エリアで朝食を取っているとドールが店内へと入ってきた。

「おはようルビー君。昨日はよく眠れたかい」

「おはよう。それがさぁ」

 一昨晩の一連の事件についてドールに話をする。

「あちゃー、また起こったのか。何が目的なんだろうねぇ」

 ドールの話によると室内で起こったのはこれで3件目、その他屋外で1件の事件があったそうだ。室内と屋外の事件が同じ物なのかどうかは当局が現在調査中という事らしい。

「まぁ事件のほうは役人連中に任せるとして。行けるかい? ルビー君」

「あぁ。食べ終わったらいつでもいいぞ」

 今日の朝ごはんはスクランブルエッグに厚切りベーコンだ。

「オーケー。それじゃコーヒーでも飲みながら待つとしますかね」

「そうしてくれ。終わったら声かけるよ」

 ドールはカウンターの空いている席に座ると勝手にコーヒーをカップに注いで飲み始めた。

「ルビー、気を付けてね」

「あぁ。何事も起こらない事に期待したいね」

 まぁ起こらなければ起こらないで報酬が減額される可能性もあるわけだが。

「さて、ご馳走様でした、っと。行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」

「ルミナも頑張ってな」

 立ち上がって軽く手を振る。

「うん、まかせて」

 ルミナが手を振り返すのを見るとコーヒーを堪能しているドールのほうへ向かう。

「終わったぞ。行こうか」

「お、待ってました」

 カップに半分ほど残ったコーヒーを一気飲みしてドールも立ち上がった。

「ついてきてくれ、割とすぐそこなんだ」

「そちらの魔法使いのお客様」

 さて、行こうかと出口に向かって歩き始めた時、ジーナがドールを呼び止めた。

「コーヒー代は置いていって下さいね」

 ――店内が笑いの渦に巻き込まれたのは言うまでも無かった。


 本人曰く『ついうっかり』コーヒーを飲んでしまったというドールに案内され護衛対象の待つ場所へと行く道すがら一昨晩の事件について詳しく話をしていた。

「まぁ、僕なら『第四の可能性』を考えちゃうね」

 話が役人に話した結界に阻まれずに魔法を使う方法に至った時、ふとドールはそんな事を口にした。

「ほう、他にも方法があるのか」

「まあ無くはない、というかな。不可能ではないけどいざ実行するとなると色々と条件がね」

「どんな方法なんだ?」

 魔法使いであるドールの意見は聞くに値する。

「ん~、ルビー君だって実際知ってるし使ったことがあるかもしれない方法だよ」

 皆目見当もつかない。

「なんだそりゃ。さっぱり判らんぞ」

「まぁそうだろねぇ、でも昨晩ルビー君もルミナちゃんもその恩恵に預かっていたんだよ? 食卓でさ」

 昨晩の献立は若鶏とサラダだが……。

「食卓ねぇ」

 本当に思い当たらない。

 こちらから回答が出てこないのを見てドールが答えを告げた。

「魔法の威力を外に逃がさない結界を作ってしまえばその中で何が起ころうが外部に影響する事はないのさ」

 言ってみれば『結界の中に結界を張る』と言う事か。

 若鶏を調理するのに使うオーブンがまさにそれだ。

「まぁ可能性の話だけどね。それにそんな結界を形成できるにしたって……まてよ」

「何だもう一つあるじゃん、誰でもできる方法が」

 こんな短時間に2つもの可能性を考えだせるとはさすがにプロと言った所か、素直に感心した。

「何だって?」

「魔法が込められた道具だよ」

「あぁ……確かになぁ」

 何らかの魔法を封じ込めた道具は結界の中でも込められた魔法を発動させる事ができる。

 魔法をうまく使えない人向けに、主に護身用アイテムとしてごく普通に入手可能であり、かつ魔法の詠唱に対して反応しその効果を無力化させようとする結界の中でも設定された手順さえ踏めば極めて殺傷力の高い魔法すら使う事が出来る。

 ただし、高威力の魔法が込められた道具など高額過ぎて一般的には入手が困難だ。

「色々わからないな」

「ま、今の時点ではね。さて、着いたよここが依頼主の家さ」

 目の前にあるのは一言で言えば『豪邸』。

 俺が宿泊しているあの酒場の実に3倍程度の大きさがある。

 細部まで行き届いた装飾に目を奪われそうになる東方風の大きな門の前には警備をしていると思しき二人の屈強な男が立ちはだかっている。

「今日、お宅らのボスの護衛を務める事になっているドールってモンだ。こっちはツレのルビー」

 臆する事なく門番に対して名乗り出るドール。

「伺っております。どうぞこちらへ」

 門番の一人が一礼すると門を開け中へ案内してくれる。

「おい、今ボスって言わなかったか?」

「あぁ、言ったぞ」

 ちょっと焦った俺の口調に対して平然と肯定するドール。

 どう考えたって嫌な予感しかしない。

 大きすぎる屋敷、自前の門番、多額の報酬、ボス呼び。

 どういう人物が依頼主なのか予測するには十分すぎる程にネタが揃っているじゃないか。

 通されるがままにどんんどんと高価たかそうな壺がいくつか飾られている屋敷の最奥の部屋に通されると、そこには眼光鋭い白髪の、『いかにも』な老人が威厳を見せつける様に堂々と大きなソファに腰かけていた。

 ここまで来てアレだけどさすがに裏社会の住人、それもその頂点にいるうちの一人を護衛するってのはあまり気乗りしない話だ。

 まぁ別に一般人を傷つけるような依頼ではないので断る事はしないけど。

「おうおう、待ちかねたぞ。んでそっちは……」

「なぁに、お触れで魔法禁止になっちまったんでな。腕の立つ助っ人を同行させる事にしたのさ。いいだろ? 爺さん」

 この二人は本当に依頼者と請負人なのか? と思うほどに容赦のないタメ口で会話するドールとそれを意にも介さない様子で受け止める爺さん。

 二人とも大物の器、と言う事なんだろうか……。

 俺はドールの物言いに結構ヒヤヒヤさせられていた。

「構わんよ。だが本当にそちらさんは腕が立つのかのう?」

 ほっほ、と意地の悪い笑いをする老人。

「ルビーと申します。何ならお試し頂いても構いませんが」

 一応、こちらは金を貰う立場なので最低限の礼儀は通しておく。

「この年齢になると疑り深くなってのう。お言葉に甘えて少し試させてもらうとするかのう」

 老人が一度、指を鳴らしたのを合図に手練れと思しき男が5人程部屋に入ってきた。

「そこの赤毛の兄ちゃんを痛めつけてやれ」

 その言葉を合図に手練れは一斉に襲い掛かってきた。

 唐突に始まった俺の『性能テスト』。

 これもあるだろうと予測していたので特に驚く事もなく冷静に対処。

 まず思いっきり左に飛びのいて5人の中で最も左側にいる男の右フックを回避し、空ぶったその力を利用して二人目を巻き込んで投げ飛ばす。

 腰の短剣を引き抜いて投げ飛ばした相手の首筋へ勢いよく押し当てる。

 もちろん刺しはしない。

「動くな」

 残る二人を睨みつけて、静かだが威圧感を十分に込めた声で一言静止を促すとまるで静止の魔法にでもかけられたかのように二人共がぴたりと動きを止めた。

 テストならここまでやれば十分なはずだ。

「皆、引け」

 俺の思惑通り老人の強い一言を合図に残りの二人は戦闘態勢を解除する。

 ドールならまだしも爺さんの方も平然とした顔でいられる辺り、けしかけて来た5人よりは修羅場をくぐり抜けて来たのだろう。

「ほう、やるではないか若いの。これは認めるしかなさそうじゃ」

 俺は短剣をルミナお手製の鞘に納めると転ばせた相手の手を引いてを立たせてやった。

「下がって良い」

 5人は老人に向かって一礼をしたのち、部屋を去って行った。

「自己紹介がまだだったな若いの。儂はレオナード。この界隈の裏社会を取り仕切っておる」

 だろうなぁ。予想通りだ。

 だが不思議な事にこのご老体からは邪悪な感じが微塵もしない。

「のう、若いの。おぬし今『なぜ裏社会のボスを護衛しなきゃならんのか』と思っておるじゃろ」

「まぁ、そーですね」

 隠しても仕方ないので言い当てられた本音を素直に肯定した。

「ほっほっほ、正直じゃのう。じゃが儂も儂の組織も『必要悪』なんじゃよ。普通は見捨てられる人間、救われない人間を救うためにこの道を歩んできた。王政府や役人どもがいくら良い施策を打ち立てようとも、必ずその裏で施策から見放され、困窮し果ては死んでしまう人間はおる。ではその人間を救うのは何じゃ? 神か? いや違う。それもやはり人間よ」

 なるほどね。つまり光の当たらない所を照らす光は闇ってわけだ。

 闇を纏ってはいるが悪には染まらない。

そういうスタンスで自分の組織を運営してきたんだな。

「分かりました。私とて裏社会に生きるから全てが悪とは思っておりませんよご老人」

「おぬし、その若さで相当難儀を強いられて来たようじゃのう」

 何故か、『必要悪』という単語が頭を過る。

 俺も、そしてルミナも数年程前から以前の事を覚えていない。

 それまで自分が何をして、どうしてあの町にいたのかすら覚えていないのだ。

 俺達はそれぞれ、拾って保護してくれた人がいた事で生き延びた事は事実だ。

 そういう役割を行政機関は担わない。

 運が悪いと野垂れ死にしてしまう。

 そして運よく拾ってくれる人が現れたとしてもその人が拾った人間を人間として扱うかどうかは別問題であり、奴隷と化している者も少なくないと聞く。

 レオナードの立場であれば例えば拾った人をそれこそ金儲けの道具として売る、ロクに食事も取らせず死ぬまで働かせるなんて事はまずないだろう。

 但し、限りなくブラックに近いグレー、汚れ仕事と蔑まれるような事がメインではあるだろうが。

「そうかもしれません。あんまり過去の事は覚えてないんですけどね」

「それも結構。今回の依頼について問題があるわけではないからの」

 レオナードは『俺が過去を語りたくない』と受け取ったのかもしれないがそれはそれで良かった。

 突如、ノックの音が響いて先ほど俺達が通ったドアが開かれた。

「レオナード様。ソフィ嬢が到着されました」

「通せ」

「はっ」

 扉が閉められるとレオナードはゆっくりと立ち上がった。

「ソフィ?」

「うむ。本日同伴させる女性でな」

 その娘も彼が助けたうちの一人なのだろう。

「おお、ソフィやまた綺麗になりおって」

 まるで本当の孫娘を迎えるかのように、レオナードは部屋に通されたまっすぐに伸びた艶やかな黒髪とルミナ以上の色白さによって神秘性を感じさせられる女性に声をかけた。。

 東方風の濃い紫色のワンピースに身を包んでいるのが彼女、ソフィの魅力を一層引き立てていた。

「おじい様に引き取られてから一日だって努力は怠っておりませんもの。それで、こちらの方々はどなたですの?」

「今日、護衛として雇った者たちじゃ。二人とも手練れ故、安心するが良いぞ」

「まぁ。おじい様は敵が多いですものね。でもそれなら私一人でもよろしかったですのに」

 この町の裏側はレオナード率いるこの組織だけと言うわけではないらしい。

それでこその護衛任務と言う訳だ。

襲ってくるとすれば同業他社、それも恐らく少数精鋭で暗殺という形を取る可能性が最も考えられる。

だから遠隔攻撃の出来る魔法使いに声をかけていたのだと推測できる。

しかし現国王の命令によって殺傷能力を持つ魔法を市街で使う事は禁止されてしまったしいくら裏の組織と雖も報告されれば睨まれて正規軍によって壊滅させられる可能性が高い。

それなら俺みたいな近接アタッカーじゃなく同じ遠隔攻撃に長けた弓術を修めた人にでも声をかければいいのに。

遥か昔、まだ人類が魔法技術を持っていなかった頃には数百メートル先からでも頭や心臓を打ち抜く事の出来る銃火器とか呼ばれる兵器があったそうだけど、今や魔法技術確立初期のトラブルでこの世界では爆発と言う現象が起こらなくなってしまったのでせいぜい目視できる範囲を警戒すれば事足りる。

まぁだからこそ『近接でもいい、物理的な攻撃に長けているなら』と考えたかもしれない。

そんな事を考えていてふと、一つの疑問にたどり着く。

ドールが他人の実力をある程度判別できる審美眼を持っているのは一昨日の邂逅で分かっている。

では何故あの日、つい先ほど町に着いたばかりの俺に声をかけて来たのだろうか。

ぱっと見で決めるよりは一日も町をぶらつけばいくらでも適任者を見つけられそうな物だが。

特に、この緊張感が高まり出国も入国も不便を強いられている状況なら暇を持て余している旅人だって多いはず。

そんなわけで彼の人選については単に実力を認められた、と素直に喜べない面もあるのだ。

俺が深く考え事をしているうちに話が進んでいたようで、レオナードが大声で部下に出発の用意を命じた怒声で我に返った。

「そういえばソフィ、例の物はちゃんと持っておるな?」

「はい、おじい様。ちゃんと忍ばせております」

「例のもの?」

「あぁ、あれか」

 ドールは理解しているようだった。

「見せてあげなさい」

 はい、と目を伏せて爺さんの言に首肯したソフィは桜の花をあしらった刺繍が施された巾着袋から黒い金属製の……形状が『√』に似ている筒、を取り出した。

「何だそれ」

 見た事のない道具だった。

 ソフィが無言で手渡してきたので素直に受け取ってまじまじと観察してみる。

 引き金が取り付けられているという事はボウガンの一種だろうか?

 それにしてはボウの部分が丸々無い上、弦を巻き上げる装置がある部分には先端よりも太い、深い溝の入ったドラムが装着されていた。

 ドラム部分はロックされているのか指を添えて上下に滑らせてみてもびくともしなかった。

「これはまさか」

 一つだけ、検討外れもいい所を承知で予測するとしたら先ほど述べた太古の兵器、銃火器なる物ではないかと思い当たった。

 だが爆発と言う現象が起こらなくなった今ではただの鉄の塊でしかないはずだ。

「ルビー君の予想は当たってるよ。これは大昔に主力武装だった銃火器……拳銃と言うヤツだね」

「そんなもの今じゃ使い物にはなら……」

「ちょっと、いやかなりの改造をしてるから問題ないよ」

 食い気味にドールが補足の説明をしだした。

「こいつはね、いわゆる『連発可能な魔法道具』として使えるようにしたんだよ。弾丸と呼ばれる……そうだな、弓で言えば矢に当たるようなモンがあってさ。そいつを打ち出す装置なのさ。だからちゃんと効果ある兵器、なのさ」

 先ほどソフィが『私一人でも』と言ったのはこれがあるからか。

 同じく先ほど俺が考えたように『少数精鋭の暗殺部隊』が襲ってくるのが確定情報として入手出来ているのであればあるいは俺もドールも不要だったのかもしれないのだ。

 確証がない以上は、考えられる襲撃方法全てに対応できるよう準備しておく必要があり、そのための俺達二人(元々はドール一人だが)だったわけか。

「レオナード様、準備全て整いました」

 ノックと共に部屋へ入って来た黒服の男が自らの主に恭順の礼を持って告げた。

「うむ。では行くとしよう」

 

 目的地は町の北側出口から少し進んだ場所にあるあばら家という事でレオナード、ソフィの二人と護衛の俺とドール、そしてレオナードの部下数名での出発だった。

 昨日同様、日差しは既に夏に近いためソフィはレオナードも入れて蝶の刺繍が散りばめられた桜色の日傘をさしての歩みとなった。

 郊外であれば攻撃的な魔法も使用できるので俺の役割は主に街中での対応である。

 とはいえ町の中でもドールが敵意を感知する魔法を使って警戒をするため反応があった場合のみ動けばいいので幾分気は楽だ。

 ま、何事も無ければただ遠足するだけの楽な仕事だしな。

 などと考えたのがフラグだったのか。

「はいはい、来ましたよ。前方約20メートルに10人ね」

 近道になると言う裏通りに入った途端にドールが声を落として警告する。

 そもそも近道などと言ってはいるがこの町はほぼ正方形、どの道もまっすぐ南北、もしくは東西に延びているので理由は決して時間短縮などでは無いはずだった。

 いくら裏社会の住人とは言え表通りを歩いてはならない、という法律は存在しないので堂々と日の当たる大通りを進む方がこの人数での行軍は余裕があるはずなのだ。

 それでも、裏通りを通るというのはつまり『こういう事態を想定して』の事であろう。

 それにしても10人とはこの狭い裏通りで立ち回るには多すぎる人数だ。

 銃火器が歴史に登場するより以前、暗殺と言えば忍びやすい夜や人目につかない場所からの刺殺が主だったという。

 今は銃火器に代わって魔法を使って遠距離からの攻撃が主流であるものの、他の組織も暴君と名高い国王の命令に背いてまでレオナードを殺すつもりはないらしい。

 つまりは一種の『原点回帰』なのだろう。

 暗殺の歴史を知らずとも消去法でこの方法を選ぶしか無かった、という事だ。

 しかし地理的には二人が並んで歩ける程度の細い道であるから対処の仕方は容易だ。

「先行する。一人ずつ間隔を充分にあけて来てくれ」

 一言告げて一行の足並みから一人だけ前に躍り出て行く。

 ドールが告げた距離のあたりは建物こそ無いものの背丈以上の塀が左右に立ち並んでいるせいで見通しの悪い狭い十字路となっている。

潜んでいるのはその十字路の左右だろう。

 ひとまず足早に交差点を通り抜けつつ目だけで左右を確認、どちらにも5人ずつの配置なのを確認した。

 通り過ぎるフリをしつつ即座に踵を返すと、向かって左側に潜伏している集団の先頭にいる一人へ向かって勢い任せに体当たりをかます。

「グハッ」

 上手くみぞおちに肘を入れる事ができ、相手はたまらずその場で崩れ落ちる。

「テメェッ!」

 倒れた相手のすぐ後ろに控えていた男が怒りを露わに腰の剣を抜く動作に入る。

 なるほど、冷静で咄嗟の判断も出来る人間がいるのか。

 しかしこちらは――少なくとも俺は今回の依頼中に人を殺すつもりは無い。向こうがその気で襲ってきても、だ。

「させねぇよ」

 武器を抜こうとする腕をそのまま蹴り上げると右腕で自分の剣をすぐさま抜き放って相手の喉元に切っ先を突きつける。

「動くな」

 ありきたりな脅し文句だったが効果はてきめんで左側に配置されていた、倒れた一人を除く4人は全員戦意を失った様子だ。

 右側に控えていた連中はと言うと。

 どうやら襲撃部隊のメイン戦力がこちら側だったらしくほとんど何もできずドールやソフィ、その他レオナードの部下によって全て鎮圧されたようだ。

 遠隔攻撃手段を持つ相手がいなかったのはやはり無意識の原点回帰を果たしたからだろう。

「いやぁ、お見事だよルビー君。去年は遠距離からの魔法による狙撃だったから僕がいちいち撃ち落としていたんだよね。だから今回も僕の顔が一行の中にあったら絶対近接攻撃してくると踏んだんだ。いやぁ予想があたって良かったよ」

 ドールが頭の後ろに両手を回す恰好で実に晴れやかな笑顔を見せた。

 去年、という事はこの外出自体恒例行事なのか。

 気になったのはドールが去年も参加していた事だけど……時間があったら聞いてみよう。

 襲撃の犯人たちをレオナードの部下が何処かへと(どこなのかはあえて聞かない)連れ去って行ったのを確認してから行軍は再開された。

 裏通りは襲撃のあった十字路から少し進んだ所で道自体が終わり、北側に町と荒野を隔てる門と東西に延びた塀が遠くに見えた。

 それにしてもソフィの拳銃と言う武器の威力を一度見てみたかった。

 またフラグになりそうだがもう一度くらいは襲撃して欲しいと不謹慎にも思ってしまう。

「おじい様、お疲れではありませんこと?」

 日傘をくるくると回転させながらソフィがレオナードを気遣った。

「旧友と年に一度の再開じゃからのう。興奮してかこの通りピンピンしとるよ」

 出発前の会話と同様、豪快な笑い声を上げるレオナード。

 旧友、ねえ。

 一体どこの『組織』の長の事やら。

「それにほれ、目的地はすぐそこじゃ」

 翁が杖で指し示した方角、けれど『すぐそこ』と表現するにはかなり歩かなくてはならない場所に、もはや廃屋と呼んでも差し支えないボロボロの家屋が北の門の向こう側に立っているのが見えた。

 見えた、と言っても目の悪い人にとってはただの点にしか見えないような遥か先である。

 北の門周辺はほとんどが農地であり一昨日俺がルミナと通り抜けた南の門の様に兵士が見張りをするでもなく、また手入れもあまりされていないようで所々石壁が崩れ、苔が生えている。

 ああ、と今になって分かった。

 北の門と直接接続された道こそ先の裏通りだったのだ。

 こんな開けた場所では次回の襲撃は無さそうだ、少なくともあの塀からこっち側では。

「ルビー様、また襲われたいというお顔をしておりますね」

 唐突にソフィから声をかけられる。

「そ、そんな顔してたか?」

「そりゃもう。不完全燃焼って感じがありありと」

 ちょっとズレているけどこの子もルミナと同じように他者の感情をある程度読み取る事ができるらしい。

 いや……その能力はもしかしたらほぼ万人が持つ普通の力なのかもしれない。

「そういうわけでは……ただちょっと俺だけが動くのは不公平だなーと」

 さすがにドールやソフィの実力が知りたい、と直接的には言えなかった。

 ここでは俺こそが部外者、他のメンバーほぼ全員が実力を知り尽くしているという事もあり得るからだ。

「大丈夫ですよ。その機会はきっとあります」

 にこやかに怖い事を言う。

 何もない方がいいに決まっていると思う俺の感覚は人とズレているんだろうか。

 件の感情の機微を読み取る能力、俺は無いしなぁ。

「ルビー様のお考えは実にごもっともなんですけどね。おじい様はほんっとうに敵が多いのです。一つ一つの組織が1回ずつ襲撃計画を立てたとしても恐らくあと1度は遭遇するはずなんですよ。仕方のない事ですけど」

 ふむ。

 襲撃ポイントは割と少ない。

 先ほどの十字路の他は郊外に出てから目的の小屋までの間が部隊を展開するにはかなり開けているし人目にもつかない。

 と、言うよりももし行軍ルートの情報が漏れていた場合、この2つしか場所が無いはずだ。

 複数の襲撃者がいた場合どうなるか。

 話し合って折り合いをつけて一緒に……とはいかないだろう。

 そう、どちらが『本命』と戦うかを賭けて潰しあいを行い……強かった方が残る。

 先ほどの部隊ももしかしたらそういう諍いを制した後だったのかもしれない。

 まぁいざという時は腰に吊るした細剣を抜けば何とかはなるが……。

 ちなみに一行はついに門をくぐり抜けて郊外へと足を延ばしていた。

 来るならここ、なのだけどどうやらドールの索敵には今の所何も引っかからないらしい。

 先ほども言った通り、何もないに越した事は無いのだ。

 潰しあいで互いに全滅ギリギリまで追い込まれたとしてもこちらに被害が無いならそれで。

 ほぼ直進するだけだった行軍は、老人や女性を連れた比較的ゆっくりめの速度でも出発してから1時間ほどで目的地へとたどり着いた。

「んじゃ、僕らは外で警戒しつつ待ってるから用事を済ませてきてくれよな」

 ドールが探知の魔法をかけなおしながら言う。

「なーにを言っておるんじゃ。おぬしらも中に入るんじゃぞ?」

「はぁ? んな事してせっかくの再開に水差す事もねーだろーに」

 そもそも昔話などの自分とは全く関係のない、面白みのない話をされるのであればドールでなくとも内に入りたくないと思うのは自然の事だろう。どうせ話についていけずに蚊帳の外になってしまう可能性が高いからだ。

「ほっほっほ、気にするでない。おぬしらも面識を持っておいて損はない相手じゃからな」

 損はない相手ねぇ。同盟関係にある別の組織の長か、あるいは……。

「いやいや、大丈夫だ僕は外で警戒を……」

「何だドール、お前入りたく無さそうに見えるが」

「ん、ん~……。いやちょっとな……」

 渋るドールに何やら耳打ちをするレオナード。

「そっか、そういう事なら分かったよ」

 ドールは一転して態度を変えた。

 何を囁かれたのだろう?

 あまり待たせるのも悪い、と言う事でソフィが廃屋のドアノブを引きレオナード、俺、ドール、最後にソフィの順で中に入る。

 外はボロボロだが中は何故かきっちりと手入れがなされており宿と同じように結界までがちゃんと機能していた。

 既に先客が数名おり、彼らの身なりを見た俺はちょっと驚いた。

 南門にいたこの町の兵士が数名、横並びに整列していたのだ。

 そしてその中心で物腰柔らかそうな、レオナードと同じくらいのご老人が静かに大きなソファーへどっしりと腰掛けていた。

「いよぉ、レオナード。待ってたぞ」

「ゲオルグか。相変わらずだのう」

 二人の老人は目を輝かせて握手をし再開を心から喜んでいる様子だ。

「おぬしこそちーっとも変わっとらん」

「何、最近は足腰が痛くて仕方ないわい。年齢は取りたくないもんじゃ」

「お互いにな」

「ん、ゲオルグって有力者と言えば……」

「左様。この町の町長をしておるぞこの男はな」

 町長と裏社会の長が密会ねぇ。そりゃ敵対組織に狙われるわけだよ。

 旧友と言うからには利権の絡む話はしないんだろう、とは思うがそれは今の挨拶を見た俺だから思える事で、普通はレオナードに旨い情報を流す代わりに裏金を貰う、などと考えるのが当たり前だ。

「若いの、もうかれこれ40年ほど前になるか。儂とゲオルグはここで誓ったのよ。お互いが光と闇に分かれて共に多くの人を救う道を歩もう、とな」

「懐かしい話だな。俺は議会に、そしてレオは当時落ち目だった実家の立て直しに。道は違うが同じ物を見て、進めよう。そうだったなぁ」 

 ゲオルグが目を細めて点を仰ぎ見て昔を懐かしむ。レオナードはそれを見てうむうむ、と感慨深げに頷いた。

「そうじゃな、何もかも懐かしい。さてソフィよ、茶を淹れてくれぬか。ここにおる全員分な」

「畏まりました、おじい様」

 一礼をしてその場から去るソフィ。

「そうか……あの娘がソフィか……」

 落胆とも喜色とも取れる何とも複雑な視線で小屋の外に出るソフィを目で見送るゲオルグ。

「気丈な子でな。もう復帰しとるよ」

 ソフィの身に何かあった事を伺わせる会話が冒頭から続く。

 それも重苦しい雰囲気の中だ。

「俺、ソフィを手伝ってくる」

 この先の会話を黙って部外者の俺が聞いていては良くないと思っての提案だ。

「若いの、おぬしはそこに……」

「爺さんよ。さっき全員分って言っただろ。さすがにここにいる全員分のお茶を一人で持ってくるのは結構大変だぞ」

「う、ううむ」

「それに、お茶は冷めたら美味しくないしな」

「わかった、頼む」

 無言で頷いてからソフィの後を追ってキッチンへの扉を開ける。

「あら、ルビー様。如何なさいましたか?」

「いや何、場の空気に充てられて逃げてきたのさ」

 その言葉の意味を悟ってか表情を曇らせてふいっと火にかけたやかんに顔を向けるソフィ。

 こういう時、俺はほとんど何も出来る事が無いのが歯がゆい。

 ルミナがいれば相手の感情を害する事なく事情を聞き出せるのだろうが、何度も言ってる通りで俺にそのスキルは無い。

「ただ湯が沸くのを待っているのも退屈ですのでいくつか質問です」

 顔をこちらに向けないままソフィが話しだす。

「人が人を殺す、と言う事態をどう思いますか?」

 町で起こっている事件の事、だろうか。

 初対面の相手ではあるけど本音を語った方が良いのか?

 ルミナがいないとこんな事も判断が出来ないとは……。

 よし、本音で答える事にしよう。

「その行為自体は酷い物だし許される事ではない、と思うよ。でも……」

 ここまでは恐らく誰もが感じる事だろう。

「自分に無関係の人間がどれだけ殺されても特に思う所は無い、自然現象同じだな俺にとっては」

 他人が死んだからと言って悲しいとか酷いとか可哀そうだとか悔しいとか思う事は無い。

「なるほど。では自分に関係した人が対象だった、としたら?」

 次の質問の意味は理解できたが意図はやはり理解できなかったのでこれにも素直に答えた。

「程度による、だろうな。親しい人ならそりゃ悲しみや怒りは感じるよ」

 そもそも死んだ訳では無いが旅に出た理由が親しい人を傷つけられたからに他ならない。

 直接的な元凶は『排除』したがあの時の騒動が原因で動けない体になってしまったのだ。

「ではルビー様。最後の質問です。もし深く関わった人を殺した犯人が分かった時、自分に何の力も無かったらどうしますか?」

 ――力が無かったら。

 あれば当然の如く復讐、敵討ちをする所だが……。

「すぐそこにいるのが判ってるのなら……力ある人に託す、何を犠牲にしてもな。判らないなら……そうだなぁ。手段を考えながら居場所を調べるかな」

 俺は力を持つ方の人間だからこの質問は非常に答えづらくしどろもどろになってしまう。

 しかし俺の答えに満足したのか、ソフィは少し安堵の表情を見せ、それからこちらに向き直って深く頭を垂れた。

「ありがとうございました。それでは、こちらをお受け取り下さい」

 先ほど拳銃を取り出した巾着から掌サイズの紙を取り出し、手渡される。

「お店でお客さんに渡す自己紹介カードのような物です。改めてお話したい事がありますので是非お越しください」

 一瞬営業か、とも思ったがその真剣なまなざしから意図は別の所にある、と直感した。

 ――俺の直感なんて当たらないと思うけども。

「分かった。そうさせてもらうよ」

 答えたのとほぼ同時に湯が沸いた所で俺達は分業でお茶の準備を始めたのだった。


 俺とソフィがティーカップを乗せたトレイを持って『会議室』に戻って来た時は入った時とはまた違った緊張感が場を支配していた。。

「我が国の王はご乱心あそばされた様でな。隣国、『魔法国家シウルベルツ』と事を構えるようだ」

 淡々とした口調でゲオルグが告げるのが聞こえた。

「隣国と戦争しようと言うのか!」

 対して顔を真っ赤にして激高を露わにするレオナード。

「ああ。そのため近々国境は封鎖されるだろう。そうなると色々と物資の不足を招くことになる。この町は大打撃ってわけさ」

 出国が不可能になってしまう、ってのはちょっとどころではなく困る。

 許可証の発行が遅れている事から想像はしていたけど。

「国中が混乱する事になるぞ……何せほとんどの土地が痩せている我が国は農産物のほとんどが隣国シウルベルツ頼みではないか」

「そうなんだよ。まぁだからこそ最も簡単な手段として豊かな土地を手に入れるべく『侵略』しようって事らしい」

 王都まで一日歩いた所にある町出身の俺からするとその話には信ぴょう性があるように聞こえた。

 現国王の評判はお世辞にも良いとは言えない。むしろ悪い。国境に近いこの宿場町までは噂が流れて来ていないようだが王都における悪政ぶりは聞くに堪えないものばかりであった。

「『領主』と話しはしたのじゃろ?」

「したさ。したがなぁ」

 落胆した様子で背もたれに全体重を預けるゲオルグ。

「俺の過去の政策の一つがちょっとアダになってしまってな。ウチの戦える者は全て王国軍に連行されていく予定になってしまったのだ」

「どういう事じゃ?」

 怪訝な顔のレオナード。

「ほれ、20年前に物理的な武装でなく魔法力で刃を生成する道具を職員の武装として配備する事にしただろう。それが領主殿から国王に伝わってしまったようでな。どうする事もできずに困っておるのよ」

 王都に集合している正規軍がそこまで不足しているとは聞いた事がないし話の通りの魔法の道具があれば魔法国家を名乗る程魔法に精通している国の兵士への対抗策とする装備としては十分役立つと踏んだのだろう。

「あれか……。あれの開発には儂もあやつも関わっておったしのう」

 レオナードは唸って顎鬚をさすった。

 あやつ……また気になるワードが出て来たが話の腰を折らずに黙って続きを聞く。

「ふぅむ。ではなぜあんな馬鹿げたお触れを出されたんじゃ国王は」

「魔法を使う者は全て隣国のスパイとみなす、という事らしい」

 隣国が魔法を主体とした国であるため、か。ほんとあの王様らしい。

「無茶苦茶じゃのう。王国議会は反対せんかったのか?」

「したらしいが反対した議員はことごとく失脚、もしくは暗殺されてしまってな」

「可哀そうにのう。しかし刃の魔法とやらは街中で使用しても検知されないのかね?」

 町を守るために配備した道具が使用禁止にされたら治安に関わる事だからそこは俺も引っかかっていた。

「あぁ。王国軍に引き入れる算段があるからだろう。国が発動させた検知魔法には引っかからないようになっているらしい。まぁ元々この町の結界限定で例外設定はしてあるがね」

「ん、例外設定しているだって?」

 最近聞いた単語が出てきたのでつい口をはさんでしまった。

「君は……レオの護衛の人だね。名は?」

「ルビーです。サナレの町の領主ルヴァーナに世話になっています。今は理由あって旅をしています」

「なんと、先の第一王子様に縁あるものであったか。ふむ……それで例外設定が何か?」

 ゲオルグは話の腰を折られた事に怒る様子もなく黙って聞いている。

「この町で起きている連続殺人の現場に一昨日居合わせましてね」

「あぁ……また起こってしまっていたのか」

 とたんに大きなため息をついて顔を伏せるゲオルグ。

「どうされました?」

「若いの、言ってやるな。ゲオの3番目の息子もまた被害者なのだ……」

 おかしい、聞いた話によると被害者旅人ばかりでは無かっただろうか。

 いや……今朝ドールが言っていた『例外』が息子さんと言う可能性もあるか。

「そうでしたか。それは大変失礼を」

「いや、良い。話を続けてくれ」

 その言葉に甘えて話を続けた。

「では……。昨日少し現場を調べたのですが……どうやら結界内でいくつか魔法を使用していたみたいでしてね」

「生活必須魔法ではなく、かね?」

 その可能性だって無くはない、と言うかほとんどはそうだろう。

 しかし、痕跡の数がちょっと多いのだ。

 この季節、夜は空調を使う必要のない適温だし、せいぜい明かりを灯すとか髪を乾かすのに温風を発生させるとかくらいしか使う用途が無いのだけど、あの部屋に残っていた魔法痕は5種である。

「そこまでは何とも。ですがちょっと奇妙な現場ではありましたね」

「それは何故かな?」

「凶器が判らない事と……血痕です。確かに現場は被害者の血だまりは出来ていたのですが凶行に及んだ瞬間、血は貫かれた向こう側から勢いよく噴き出すはず。しかし部屋には血しぶきが飛んだ痕がなかったのです」

 『おじさん』ことルヴァーナ侯爵に世話になっていた時に起こった事件でああいう現場を何度か見ているからどういう惨状になるかはいやと言うほど理解している。

 その時、傍らで黙って聞いていたソフィが一歩前に踏み出した。

「どうしたソフィや」

「少し、お話しても構いませんか? おじい様」

「構わんよ」

 レオナードが目配せするとゲオルグも深く頷いた。

「では。私のお客様の中にはお役人様が数名おいでです。中には実際全ての事件について現場を調べた、という方もおります」

 客が酒のせいもあって自慢のために機密情報を漏らす、と言うのはよくある事なのだろう。

 だからこそソフィのような立場の人が間諜となる事も決して珍しい話では無い。

「その方から伺った話なのですが、たった今ルビー様が仰った事と全く同じ事を語っておりました。だから同じ人間による連続した犯行だろう、と」

「ふむ。こやつの為にも早く解決して欲しい所だのう」

 すっかり落胆して言葉を失ってしまったゲオルグを憐れむような声で、何故かレオナードはドールの方をちらりと伺った。

 視線が合ってしまったドールは何故か少し気まずそうに後頭部を掻く。

「そうですね、私としても早く終わって欲しいと願っています……」

 そう漏らした時の、憂いを帯びたソフィの横顔が何故だか妙に引っかかった。

 その後、レオナード翁とゲオルグ町長は昔話に花を咲かせ、ではまた来年とあばら家を後にする。

 先に出たのはゲオルグと彼を警護する役人兵士だった。

 彼らが北門の先に消えるのを待ってこちらも来た時と同じ隊列で出発した。

 立場上、軽い気持ちで会う事の出来ない友人たちが一年ぶりに会合を果たした場は俺にとって報酬以上に得る物があった。

 事件についての情報である。

 ちまちまと情報を蓄積し、一つの物語を頭の中で構築していく事は楽しいし何より構築した物語が事実と一致した時の得も言われぬ至福感は俺にとっては何にも勝る報酬である。

 やはりフラグが立っていたのか、それとも『ある』と思ってしまった思考が呼び込んだのかは分からないが帰り道は北門にたどり着く前に襲撃を受けた。

 細かい描写は割愛するが人が10人と何故かモンスター認定される程に狂暴化した狼が15匹と言う構成だった。

 ドールとソフィの協力もあって難なく退けた襲撃ではあったものの、俺は戦闘終了後にまたもやあの『視線』を感じた。

 索敵魔法で周囲を検索してもらったもののそれらしき人物は見当たらなかったらしい。

 モンスターを伴った部隊はこの町には無いらしい、かといって徒歩で5日もかかる隣町からわざわざ遠征してきてまでギャングのボス一人を殺しに来る事もしないだろう。

 つまりあの襲撃者達の狙いは俺、では無いだろうか。

 視線の主が今回の依頼の話を聞きつけて手配した、レオナード狙いの襲撃者は全て排除して、と考えたらモンスター入りなのも解らなくはない。

 何故なら少なくともあの視線を向けて来る相手はこの町の住人ではないという事になるからだ。

 これまでの旅路において解決してきた事件で逆恨みでもされたか、覚悟の上ではあったが。

 本人が何もしてこない以上放って置くしかないのは歯がゆいが正体がわからない以上どうしようも無かった。

 北門をくぐり抜けて町へと入り、またあの裏道へと差し掛かった所でレオナードが「ここまででいい」とぱんぱんに膨らんだ革袋を差し出してきた。

「若いの、今日は世話になったの。困った事があったらいつでも儂を頼ってくるがいい」

 ずっしりとした袋の感触から中身は今日の報酬だと確信する。

 ドールにも同じ袋を手渡した老人はでは、また会おうと告げてソフィと部下を引き連れて夕暮れに染まった裏道へと消えて行った。

 南北を隔てる大通りに出た所で『じゃあ、ぼくこっちだから』とドールとも別れ、一路宿へと向かう途中。

 見た事のある青年がだんだんと活気付いて行く夜の繁華街を歩いているのを発見した。

 事件当日たまたま宿に居合わせ、出国手続きカウンターで受付をしている男、アルバートである。

 人通りの多いこの時間にここにいるという事は一日の疲れを酒で流すためだろう。

 今や遅々として進まない手続きを担当しているわけで、早く早くとたくさんの人から問い合わせやらストレートに苦情やらを持ち込まれているのかもしれないと思うと飲みたくなる気持ちも理解できるというものだ。

 気になったのは片手に小さな紙袋を持っている事か。

 飲み屋のお姉さんへのプレゼントだろうか。

 そんな事をつらつらと考えながら日が全て沈んでしまう前には宿へとたどり着く事ができた。

「ただいま、ルミナ」

 昨日と同じ席でローストビーフをつついているルミナを見つけ声をかける。

「おかえり。どうだった?」

 ジーナに昨日と同じ蒸留酒を注文してルミナの対面に座るとついさっき頂いたずっしりと重い皮袋を机の上に置く。

 食事を中断して袋の中身を確認したルミナは予定の金額より多い事に少し驚いていた。

「おお、金貨二百五十枚。やったね。私も今日は用意した商品ほぼ全部売れたからかなり稼げたよ」

「それはよかった。暫く滞在してもまだ余るくらいにはなったかお互い」

 お互いの戦果を確認してから、俺は今日の出来事について話を始めた。

 レオナードの事、ソフィの事、ドールの事、ゲオルグの事、そして彼らの会話の内容から表情まで覚えてる限りの事を順不同だし俺の感想も途中で入るし取り留めのない一日の報告をルミナはうんうん、と頷きながら聞いてくれた。

「そっか。大変だったね。でもいい出会いだったんだね」

「うん、いい爺さんだったよ」

「ソフィさんは綺麗だった?」

 どういう答えを期待してるのかは分からない質問が真っ先に飛んできた。

「そうだな。『知性を備えた美人』って感じだったよ」

「私も会ってみたいなぁ。そんなに素敵な人ならきっとモテモテだよねぇ」

 あ、そうか。そういう事……か?

 ふと頭の中を過った仮説についてローストビーフを頬張る少女にぶつけてみる事にした。

「なぁ、今の話で『町長の息子がソフィの固定客だった』って仮説は成り立つと思うか?」

「うん? どうかなぁ。あり得ない話じゃないと思うよ」

 仮にこの説が正しいとするなら、ゲオルグとソフィの表情についてある程度納得ができる。

「つまりだ、もし『町長の息子がソフィと結婚したい』と考えていたとすれば当然金の出どころ、家長であるゲオルグ町長に話をするだろう。その話がOKになったら当然元締めのレオナードの耳にも入る。そうなると情報伝達の経路に置いてどこからか漏れる事はよくある話だ」

 ここまで話をした所でジーナが酒を持って来たので一口だけ含んで喉を濡らす。

「で、だよ。その漏れた情報をやっぱり彼女を狙っている他の客が聞いたとしたら?」

「それならさ、可哀そうだけど息子さんだけを殺せば済む話じゃない?」

 その通り。

 関係ない(かもしれない)人まで次々と巻き込む必要はない。

「そうなんだよな。息子さんの1件だけは別の事件って考えた方がいいんだろうか」

「そこまではわかんないけどね」

 やはり早めに捜査担当の役人と話をしてみるのが良さそうだ。

「そうだ、今日ね。ジーナさんとアルバートさんが露店に来てくれたよ」

「ほう」

 こっちの報告+αの話が終わった所で今度はルミナの報告タイムが始まった。

 ジーナは判るがアルバートが主に女性向けのアクセサリーを出品しているルミナの出店に顔を出すのは少し意外だと思った。

「好きな子へのプレゼントだって髪飾り買って行ったよ」

 俺の心の内を察してかルミナが的確に説明をした。

 ああ、そういう事なら納得だ。

 先ほど見かけた時に持っていた紙袋はたぶんそれなんだ。

「それとね、アルバートさんもアクセ作ったりするんだって。上手くはない、って言ってたけどね。普通のお店で売られてる物は高いから普段は自分で作ってプレゼントするって」

 公務員の給料ではそうそう貴金属の工芸品等買える物では無いのだろう。

「さてと。じゃあ私、お風呂入ってくるね」

「あぁ。行ってらっしゃい。俺はもう少し飲んでるよ」

 階段を上っていくルミナを目で送りつつ酒を一口。

 そう言えばレオナードと別れた後、ドールの奴をここに誘ったんだが、『用事があるから』と断られた。てっきり報酬を元にここで飲むんじゃないかと思っていたのだ。

 旅人の中でも武力を頼りに依頼をこなしたり古代の遺跡に調査へ向かったりする人の事を特に冒険者と言うが彼もそのうちの一人だと勝手に思っていたのだ。

 彼ら冒険者の常として依頼完了後は打ち上げと称して一時的な仲間であっても一緒に飲み食いする物だと以前聞いた事があった。

 まぁ……飲むとしても暫くこの店には来ないという選択もあるだろうが。

 一昨日の事件の影響か今は俺の他にはカウンターを陣取っている地元の常連っぽい数人がいるだけだ。

 その後、常連の一人に声をかけられて彼らの輪に入って、ちょっとした貸し切りの宴会っぽい雰囲気で飲む事となったのだが。

 あまり身内の話ばかりでは俺がついて行けないと気を使ってくれたのか、宴会の最中はほぼずっと連続殺人についてあれこれと話す事になった。

 内容はどれも根も葉もない噂レベルで、怪事件の発生前後から昼間でも目深にフードを被った変な人物が何度も目撃されている、きっとそいつが……とかそんな感じである。

 まぁ本当にそんな人がいたとしても事件に関係あるかどうかまでは不明だが。

 こういう噂話が飛び交うという事は、裏返せばみんなが不安で、自分なりに『自分は不幸な事件に巻き込まれない』という根拠を欲している事に他ならない。

 どうせ出国できるまでは時間があるのだし、明日は役所で捜査本部に顔を出してみる事にしようと酔った頭で漠然と考えたのだった。

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