第五話 そんなものですよ
ニワカ同盟を結成後、ワックルとニーナンとカルラナの3人は時間があれば常に行動をともにするようになりました。
ワックルはカルラナの狩人や戦闘に関する知識を、ニーナンはカルラナの種族や彼女自身のことを、カルラナは2人のズレた思考と知識を。それぞれが各々の知識を求めて楽しくワイワイと交流を重ねています。
「ねっ、カルラナはずっとこの村で狩人として生きていくつもりなの? 13才ってことは私達よりも先に成人しちゃうものね。将来のこととかもう決めてるのかしら? せっかく仲間になったのだから将来の方針も詰めていきたいところよね」
ニーナンはズカズカと個人的な領域に足を踏み込んでいきます。そんなニーナンにカルラナはちょっぴりタジタジです。カルラナは元より口下手なので何と答えようか少し困っていました。
そこへワックルが助け舟を出します。ニーナンを抑えるのは彼の仕事ですから。
「ほらほら、ニーナさん。カルラナさんが困ってるじゃないですか。言っておきますけど、僕たちは仲間ですが、人生の選択を強制する立場ではありませんからね? カルラナさんとずっと一緒にいたいって気持ちは僕も非常にわかりますけど」
ドオドオとニーナンの手綱を引きました。
「そ、そんなことはわかってるわよ、わっくん。でも仲間ならちゃんと協力してあげたいじゃないっ。人生設計は大事なんだからね。今の内からなりたい自分へコツコツと努力を重ねないといけないものなのよ! わ、私はカルラナが目指す将来像に向けてサポートをしたいだけなんだからねっ」
べ、別にずっと一緒にいたいわけじゃ……と続く前にカルラナが答えた。
「あ、あのっ……ね? ぼ、ボク、そんなに先のことなんてまだ考えてないんだ。ごめんね。その、ボクが狩人見習いをやってるのは。単にお父さんが狩人だからってだけで……そのあんまり深く考えたことなくて。種族的にも森を歩くのが当たり前、みたいな。……そんな感じで」
カルラナはどこか暗くしょんぼりしています。明確な未来像を抱いていない自分にどこか失望しているようにも見えました。ワックルは少し胸が痛みました。
「そんなものですよ」
自然とこの言葉が口から出ていました。ニーナンもカルラナもワックルを見つめます。
「僕だって父さんが自警団長をしているから毎朝日課の鍛錬を欠かさずにやっています。理由なんてそんなものですよ。別に将来を見通して生きているわけではないです。まあ、魔術の修行に関しては別ですがね。あと、こう言ってはなんですけどむしろ助かりましたよ。カルラナさんが僕たちと一緒にやっていこうという選択の余地があって僕はとても嬉しいです」
ここぞとばかりにカルラナを囲いに走るワックルは流石です。
「そうねっ! 将来が未定なら一緒に楽しく考えましょうよ。とりあえず、朝練と魔術の訓練を一緒に頑張りたいところねっ。それにもっとカルラナのことを知りたいもの。将来のことなんて後で良いわね、後で」
カルラナは二人の言葉に目をパチパチとさせています。そして柔らかく微笑みました。
「うんっ。ボクもワックル君とニーナのことをもっと知りたいなっ」
3人はお互いの手を重ねました。これは後に『ニワカの誓い』と呼ばれ、3人の結束の日として刻まれることになります。もちろん、嘘です。
「それでワックル君とニーナはどんな将来像を抱いているの?」
ワックルとニーナンはほぼ同時に答えました。
「わっくんのお守りね」
「ニーナさんの保護者ですかね」
お互いに笑みを交わし合います。既にニーナンの右手には魔力が漲っていました。負けじとワックルも左手に魔力を漲らせています。一触即発な雰囲気を止めたのはカルラナでした。
「ふふっ、とりあえずはふたりともずっと一緒にいるってことなんだね」
当然とばかりにニーナンは頷きました。その際に金色の髪がふんわりと揺れます。相も変わらずワックルはそれを目で追いました。カルラナはそれを暖かい眼差しで見守ります。
「あ、そうだ。カルラナに聞きたいことがあったんだけど良いかしら?」
ニーナンはポンと手を付いて話題を変えました。
「うん、良いよ。ボクに答えられることなら、だけどね」
「カルラナは森に入ったことがあるのよね。じゃあ魔物を倒したこともあるの?」
「……あるよ。でも、アレを倒せたのはボクの実力じゃないからね。お父さんと自警団の方々と一緒じゃなかったらずっと震えていたよ。あの生者を憎むような凄まじい殺気を一度でも浴びれば森に入ることの恐ろしさを実感できると思うよ」
魔物の恐ろしさは両親にこれでもかと教え込まれているワックルですが、カルラナの怯えた瞳を見て更に魔物に対する警戒度を引き上げました。逆に、ニーナンは興味津々と言った具合でカルラナに詰め寄ります。
「私でも倒せると思う? もちろん、今の私じゃあないわよ? 将来を見通して考えてほしいの」
ニーナンも流石に今から魔物をぶっ飛ばすなどという幻想は抱いていないようでした。
「えっ、うーん、そうだね。ニーナは魔力による身体強化が得意そうだよね。正直、さっきの身体強化の速度には目を見張ったよ。ワックル君もだけど。確か、ついこの間までは魔力操作もできてなかったはずだよね? 戦い方を学べば十分戦えるとボクは思うよ」
あまりニーナンを焚き付けないでほしいなとワックルは思いましたが口には出しません。なぜなら口に出す意味がないからです。
「でしょうっ! やっぱり分かる人にはわかるのよね。わっくんは心配性なのよ。ふふっ、これからもっと頑張って魔術の訓練をしなくちゃね! 魔物なんてバッタバッタと打ち倒してこの村の平和は私が守るわっ! あとはそうね、強くなれば行動範囲も広がるし、一石二鳥とはこのことねっ」
このクソ度胸をワックルは素直に見習いたいと思いました。村の発展のためには魔物と戦うことも辞さない精神には恐れ入ります。しかしまあ、ニーナンは本能的にわかっているのだろうなとワックルは思いました。
強くなければ死ぬであろうこの世界。であるならば、ニーナンの方針には一にも二にも賛成すべきところです。
「あの、じゃあ……これからは3人で訓練する? 狩人の修行がある日はダメだけど、早朝訓練とか時間のある日とか……一緒にどう、かな?」
カルラナはモジモジしながらそんな提案をしました。
「良いですね。僕は賛成です。父さんとの朝稽古も飽き……コホン。年代の近い者同士が訓練し合うのも良い刺激になると思います。狩人の訓練というのにも興味がありますし、魔力操作や魔術に関しても多種族の視点というものを知りたいところです。ニーナさんはどうですか?」
ワックルはカルラナの提案に乗っかってニーナンに意見を尋ねましたが、返事は聞くまでもありません。
「もっちのロンに決まってるじゃないの。わっくんもダメね。ここは私に意見を聞くまでもなく決め打ちで行くところでしょう? 3人で一緒に朝稽古をして、わっくんのお家でお風呂に入って、それから私は畑仕事に行くことにするわね。もちろん、夕方以降の魔術の訓練も忘れてはダメよ? わっくん」
不敵な笑みを浮かべるニーナンに対し。
「当然です。それこそ決め打ちしてほしいところですね、ニーナさん」
ワックルも当然とばかりに笑みを浮かべた。カルラナも初めて出来た友達……仲間にワクワクが抑えきれません。こうしてまずは、この世界で生きるために必要な最低限度の強さを求めて訓練する毎日が始まりました。
もちろん、村発展のために何ができるかを検討する会議も忘れません。そして将来どうするか。その選択肢の中にはこの村を出ていくというものもあります。どうなるかはニーナンとワックル次第です。あとカルラナも。まあ、カルラナは二人に引っ張られることになるのはまず間違いないでしょう。