第四話 特にイベントもなく仲間が増えた
二人は村の最北までやってきました。遠目に森の姿が見えています。更に遠くへ目を向けると大きくそびえ立つ山脈が西から東へかけて連なっていました。
「ここから先は森のようですね。一度入ったら戻ってこれる自信がまるでありませんよ、僕は」
「ふふっ、わっくんは情けないわね。いい? 森で方向を見失ったら切り株の年輪を見ればいいのよ。南の方が確か……確か……とにかく年輪を見れば方角なんて一目瞭然なんだからっ」
ニーナンは年相応の控えめな胸を堂々と張りました。
「でも、この世界には太陽がありませんよね? そういった場合、木の年輪はどうなるんですかね」
思ったことは口に出す。それがワックル流です。
「…………あ、見てっ、小屋が二つあるわ! そのとなりには大きな屋敷も!」
森の入り口に立派な小屋が立ち並んでいました。おそらく狩人と木こりの小屋です。そしてニーナンが指摘したとおり、これまた立派な大屋敷がまるで森の番人のようにそびえ立っています。
「狩猟を営む狩人小屋と林業を営む木こり小屋ですね。その隣の屋敷は自警団の駐屯地を兼ねた宿泊寮だと父さんから聞いています。魔物は比率的に森から襲ってくる方が多いので、すぐに対処できるようにという意図でしょうね」
「わっくんは村のことに対してずいぶんと物知りね。この知識量の差はどうして起こるのかしら、まったく遺憾だわ!」
「まあ、行動範囲の差でしょうね。僕は父さんの邪魔をしない程度にくっついて村の中を回っているので。ニーナさんはご両親の手伝いで畑仕事が忙しいでしょうし」
「むむむぅー……ま、そこら辺は仕方ないわね」
そんなことを話しながら森の入り口へと近づく二人。森の中に入るつもりなどサラサラありませんでしたが、少し覗き込むくらいは大丈夫だろうと警戒心はやや薄めです。そんな彼らを呼び止める女性が小屋の中から現れました。
「……そこの二人、森に入ってはダメ」
迷彩が施された動きやすそうな軽装にボロボロの外套をまとい、弓と矢筒を背負っています。短剣を二本と狩猟ナイフを腰に差したザ・狩人が腰に手を当てて鋭い眼光で二人を睨みつけていました。そしてある特徴的な顔立ちをしています。
「ふわぁっ、エルフよっ。わっくん、エルフの人がいるわっ。すごいっ。すごっくカッコいい!」
尖ったお耳と豊かなお胸、そして何より美形です。年齢的に訂正するなら美少女です。それはもう正しくエルフな美少女でした。貧乳派エルフと豊乳派エルフ、そのどちらも素晴らしいことは言うまでもありません。ワックルとニーナンはその美しさに釘付けになります。
「えるふ? ボクは森人族だよ。……それと、ワックル君。あまりジロジロ耳と……を見ないで……恥ずかしいから」
後半のゴニョゴニョは主にワックルに向けた言葉です。森人族の少女は気恥ずかしそうに外套でソレを隠しながらも森に対する警戒を怠りません。流石です。
「カルラナさん、不用意に森に近づいてすみませんでした。もちろん、森の中に入るつもりはないので安心してください。森の怖さは父さんから十分聞いてますから。……あと、その、ジロジロ見てごめんなさい。ほらっ、ニーナさんも」
「あ、ごめんなさいでしたっ」
ワックルとニーナンはペコリと頭を下げました。ちなみにこの世界においても謝る時は頭を下げるようです。
「……ならいい。定期的に間引きはしてるけど、動植物はともかく魔物は油断できないから。森に近づくなら最低でも武器を二種類以上持つこと。……いい?」
「はい、わかりました。一応、父さんにもらった短剣が二本ありますが、絶対に森には入りません」
「私は素手だけどね! この握りしめた拳で魔物なんて蹴散らしてやるんだからっ」
ニーナンのその自信はどこから出てくるのか不思議でしょうがありません。ワックルはもしもの際には盾代わりくらいにはなるつもりでいますが自信はありません。
「……ワックル君、その子は?」
「ああ、彼女とは初対面でしたね。彼女はニーナンさんです。僕のお隣さんですね。南西の畑を管理しているフィールさんの娘さんです」
「初めまして! ニーナンです。ニーナって呼んでください!」
彼女はニーナンがピーマンに似ているという謎の理由でいろいろとあだ名で呼ぶようにと強制してきます。呼び方は彼女の気分次第で変わります。以前は「私のことはニィさんとお呼びなさいっ」でしたが、最近はニーナという語感が好きになったようです。
「……初めまして。ボクはカルラナ、まだ一人前じゃないけど、狩人をやってます。ワックル君には何度も言ったけど、森には近づく際は絶対に武装すること。一人では絶対に近づかないこと。……約束できる?」
「わかったわ! なら、私にも武器が必要ね! わっくん、私にあった武器とかない?」
「急にそう言われても困りますね。というのは冗談です。こうなることは予見していたのでこれをどうぞ」
なら初めに渡しておけよ、というツッコミは入れません。ワックルは背中に固定していた木製の棍棒をニーナンに手渡しました。
「それ、武器だったのね」
「ええ、武器ですとも。村の散歩中くらいは持ってあげようかと思いまして。ですが、武器は常に持ち歩いてこそ意味がありましたね。僕としたことが迂闊でした。それは差し上げますので大事に使ってくださいね」
「ありがとっ、わっくん。もちろん大事に魔物をぶっ飛ばすわね!」
身を守って欲しいところです、とは口に出さないワックル。
「……仲が良いね」
カルラナは羨ましそうに二人を見つめています。
「仲間ですから! あっ、カルラナも私たちの仲間にならない? 最近、仲間の重要性を認識し始めたところなのよ、私たち」
もっとこの世界の常識や基盤を知る必要がある。それがワックルとニーナンの共通理解でした。今まではこそこそ隠れてふたりだけで行動してきましたが、ここらで仲間を増やすときだと確信している様子です。
「……な、仲間っ!?」
おろおろと慌てふためくカルラナに、これは手応えありだとワックルが追撃します。
「僕たちもそろそろお年頃ですので、もっと色んなことを知りたいんです。良かったらカルラナさんに色々と教えて頂けたらなと思います。もちろん、僕たちに協力できることがあれば力になります。どうでしょうか、カルラナさん」
カルラナの代わりに森方面の警戒をしつつ、同時にぐいぐいと協力を迫るワックル。さあ、さあと二人の気迫に押され、カルラナはついコクリと頷いてしまった。
「ぼ、ボク、誰かと一緒に遊んだこととかないから、よくわからないけど。……その、よろしく」
「はい、よろしくお願いしますね、カルラナさん」
「よろしくねっ、カルラナっ」
こうしてニーナンとワックルに仲間が増えた。その名もカルラナ。
ここにようやくニワカ同盟が結成された。