第三話 村の発展に貢献? うーん、ムリですね~
この世界にも、この村においても定休日というものが存在しているらしく、ワックルとニーナンの二人は仲良く村の視察に出かけていました。何でも昔、お偉いさんが「人は休まなーいかん。休まないかんのや」と熱心に布教した結果、週一の定休日が広まったとかなんとか。そんなことをワックルは両親から教えてもらっています。
「……ねえ、わっくん」
「なんですか? ニーナさん」
いつの間にか二人の愛称が変わっています。二人の関係に何かあったのでしょうか。
「この村って、住心地良すぎない?」
「んー、まあそうですね。同感です。思った以上にストレスがありませんね」
転生してから早十年、こんな田舎村での生活なんてもう耐えられないよ! となるかと思いきや、すっかりと慣れ親しんでいる現状に二人とも正直驚いていました。
「これも前世の記憶が薄いことが要因ですかね?」
「そうね、この記憶のモヤモヤ感と不鮮明さが私たちの異世界暮らしを最適なモノへと導いている。そう言っても過言ではないわね!」
ワックルとニーナンはハッキリと自分たちが転生者であるという自覚がありました。ですが、その記憶は明瞭ではありません。赤ちゃんの頃にあった前世の記憶は既に薄れつつありますが、ふとしたキッカケがあると洪水のように連鎖して思い出すこともあって、彼らの記憶や知識は非常にアンバランスな状態にあります。
漫画やアニメといったサブカルチャー的な物事は覚えているのに自分たちの名前や家族のことなどはあまり思い出せていないのです。
「ほら、見てください。あの行商人が引いている馬車。かなり技術力が高いですよ、あれ」
「えっ? ああ、そ、そうね。あれは中々の技術力よ。何よ、やるじゃない。凄いじゃない、異世界」
何がどう凄いのかという具体例をあげずにワックルとニーナンは頷き合います。
「あっ、技術力と言えば、そもそも何でわっくんの家にはお風呂があるのよ、不公平だわ!」
隣を歩くワックルを頬を膨らませながらニーナンはにらみつけました。この間、ワックル家にお風呂があると知ったニーナンはそれはもう狂喜乱舞しました。これから毎日ワックルの家に通うからと高らかに宣言もしてあります。
「まあ家は両親が揃って魔術を使えますからお湯を用意するのは簡単なんですよ。お湯を沸かす魔導具もありますしね。ちなみに魔導具は魔術師は自前の魔力で、非魔術師でも魔石をハメれば扱うことができます。これ、結構重要ですよ?」
「……ぐぬぅっ……あーあ、私もわっくんの家に…………コホン。あっ、見てみて牛よ! 鶏もいるわ!」
何かを口走りそうになりましたが、ニーナンは慌てて口を噤んで話をそらしました。
「そう言えば不思議に思ってたことがあるのよね、私」
「何ですか?」
ニーナンは牧場の方を指さします。
「牛とか鶏とか、ほら以前いた場所……えっと何だったっけ」
「地球?」
「あ、そうそう地球よ地球。この世界には地球の生き物とそっくりそのままな動物とか結構いるじゃない。これっておかしいわよっ」
「そうですか? 僕は別に疑問にも思いませんでしたけど」
「えっ、そう?」
ワックルの返答にニーナンは目を丸くしました。
「ええ。だって僕たちという存在がいるじゃないですか、ここに」
「……つまり、どういうことだってばよ?」
ニーナンの少しぼさっとした金色の髪が、顔をかしげた際にふんわりと揺れます。ワックルはそれに目を奪われつつも、冷静に、淡々と事実を告げました。
「つまり、単純に繋がりがあるということです。僕たちがいた地球とこの世界には」
「ああ、そういうことね」
「ええ、そういうことです」
「説明よろ」
ワックルは当然そうなることは予想していたので語り続けました。
「僕たちという存在がここにいること事態が、地球とこの世界が繋がっていることの証明です。何の繋がりもなければ僕たちはここにはいません。繋がりがあるという事実だけでいくらでも考えることができてしまうんですよ。魂だけでなく人間や動物そのモノがこちらの世界と行き来していた。いえ、むしろひょっとしたら同一世界だったりするのかもしれませんよ? 地球とこの世界が同一世界上にあると仮定すれば動物の類似性など話は簡単です。もしかしたら、地球でも魔術や魔法なんてものがあったのかもしれませんね。僕たちが知らないだけで」
ワックルは喋りたいだけ喋って、あとはニーナンの反応を待ちます。
「……じゃあ、じゃあ、ここ異世界じゃないかもしれないってこと? そんな、とんだ異世界詐欺じゃないのよ。異世界転生じゃなくて現実転生なんて……それはそれでありね」
「その可能性は否定できませんね。もしかしたら、あっさりと地球に帰れるかもしれませんよ? どうしますか、そうなったら」
「え? 別にどうもしないわよ? だって私、今がとっても楽しいもの」
「僕も同意見です。とにもかくにもこの世界で生まれたからには人生を楽しみたいものですね」
しみじみとしたワックルの呟きに、ニーナンはとびっきりの笑顔で答えました。
「そんなの当然でしょ? 人生なんて楽しまなきゃ損しかないわ! そのためにも知識チートを活かしてこの村を大いに発展させないといけないのよ。これは使命といえるわね」
ワックルはビシっと拳を握るしめて空高く突き上げるニーナンを眺めながら、魔力と感情の関係性を改めて把握しました。ニーナンの感情の高ぶりに合わせて爆発的に魔力があふれ出て、一瞬で拳に魔力を漲らせた速度は目を見張るモノがありました。
魔力操作や魔術行使は術者の精神や感情に大きく依存し、かつ爆発的な要素が含まれている。これは魔術を使う相手と敵対した際に十分気をつけなければならないなと、ワックルは肝に銘じました。
それはともかくとして。
「そもそもこれ以上発展させる要素が見つからないから困ってるんですけどね、僕たち」
「それを言っては……おしまいよ」
ガックシと肩を落とすニーナンを励ましながら、二人は村の散策を続けます。