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第一話 魔法やない魔術や

 例によって、ワックルとニーナンは二人きりで何やら秘密のお話をしていました。今日はぼろ小屋ではなく、ニーナンのお家です。ウッドテーブルを挟んでウッドチェアに二人は座っています。


「流石、ワッカ君。魔法を習得する目処を立てるとは私が見込んだだけのことはあるわ!」


 ダンっとテーブルを力強く叩いたニーナンはちょっぴり痛みを誤魔化して涙目になっていました。ゆるふわなショートカットの金髪がフルフルと揺れ動く様は、まるでニーナンの痛みを表しているかのようです。


「早とちりおつです。ニィさん、魔法ではなく魔術ですよ」


 興奮気味なニーナンはともかく、ワックルはとても落ち着いた様子です。まるで我が家で寛いでいるかのような態度で白湯をすすりました。ニーナンはよく早とちりをするので、ワックルは丁寧に説明をしなくてはなりません。


「人間、この世界では人間種と呼ばれていますけど、人間種にとって魔法を扱うのは無理ゲーみたいですね。才能のある者が生涯を費やしてなおってな感じでほんの一握りな魔術師だけが魔法使いになれるんだそうです」


 ニーナンはそれを聞いて笑顔になりました。


「つまり! 魔術師にはなれるのね!」


 テーブルに身を乗り出してワックルに顔を近づけます。これはもはや癖のようなものです。今まで狭いボロ小屋で秘密会議をしてきたツケが回ってきました。顔の近さは問題ないのですが、別のモノがチラリチラリと見えてしまいそうでワックルは目のやり場に困りました。あのクソオヤジとあっち系の話をしたせいでつい意識してしまったのです。


 ニーナンの家には、というよりもどの家庭にも永久光石くらいは備え付けてあるのでとても光量は足りています。とりあえずワックルはニーナンの瞳を見て誤魔化すことにしました。


「その通りです。魔力を感じ、魔力を操作し、魔術を形成し、魔術を放つ。優秀な魔術師は逆に人間種に多いとのことです。魔術は小手先、魔法は高威力や特殊性が関わるとのことです」

「んー、ワッカ君、まえに魔法の才能がないって言ってたわよね。つまり、そういうこと?」

「はい、そういうことです」

「ほほぉ、やはりそういうことね。さあ、説明しなさい、ワッカ君」


 いつの間にかニーナンは着席して、テーブルで両手を組んでワックルに先を促しました。


「僕は以前、というか5歳くらいのときですね。両親に魔法使いになるにはどうすればよいかを聞いていました。返答は当然『普通の人は魔法使いにはなれない』です。僕はその時点で魔法に関してすっぱり諦めてしまったのでその後魔術に関してはまったく触れていませんでした。というか、そもそも魔術も魔法だと思っていたので」


 最後は少々言い訳がましかったかな、と思いつつワックルはニーナンを窺います。


「ふむふむ、つまりワッカ君! 勘違いおつってことね!」

「……ニィさんに言われるのはシャクですが、まあそうです。子どもの時分とはいえ僕の勘違いでした」


 両親が魔術を扱えた身近な人間だったということも勘違いを加速させます。加えてワックルはもろに精神が若返っていており、かなり思考が意識レベルで浅かったこともその一つです。5歳のワックルは両親の魔術を完全に魔法だと思い込んでいました。ちなみに勘違いを正す現在までずっとです。


 5歳ワックルは両親にこう訪ねます。「僕、魔法を使いたい。どうやったら魔法使いになれる?」と、両親は微笑んでそれを否定しました。人間種の定めともいうべきものです。魔法なんて使えないんやという現実を早くも教え込もうとするワックルの両親に言葉もありません。


 魔法使いになるには才能オブ才能が必要なんだよ、とワックルを嗜めます。本来であればこう続く予定でした。「でも、人間種は一流の魔術師にはなれるから、頑張りーや」と。ワックルは才能オブ才能が自分の中に眠っているとは露にも思ってなかったので、それが続く前に「そっか、じゃあいいや」と答えます。それでお終いです。


 そんな感じで5年ほど、魔法のことは忘れて剣術修行に精を出していたのです。最近は初期ほどのワクワク感もなくなって少し飽き気味でしたが。


「それで、本題はどうなの? ワッカ君、魔術を覚えられそう?」


 ワクワクが止まらないといった表情でニーナンは尋ねます。


「結論から言えば、可能です。ちなみにニィさんも覚えられると思いますよ。魔術は普遍的な技術として体系化されてるっぽいですし。もちろん、得意不得意はあるみたいですけど――」


 ワックルが言い切らないうちに。


「ホントっ、やっったぁああーー。嬉しいっ! 異世界に転生したのに魔法も使えないなんて、ホントっつまらないと思っていたもの。ふふっ、やったやったぁ」


 そのはしゃぎようは微笑ましい限りでした。しかし、ワックルは冷静です。


「だから魔術ですってば。こういう勘違いが身を滅ぼしかねませんから、しっかり使い分けてくださいね。僕は5年も無駄にしてしまったんですから。とは言ってもあの頃の僕では魔力感知は難しかったでしょうからちょうど良かったかもしれません。両親もある程度、精神年齢が上がってからが本番だと言ってましたから。となると、ベストタイミングだった? これは来てる。僕の時代が来てる!」


 後半は少し、ワックル君も暴走気味です。


「はーっい。ねぇっ、いつから使えるようになるの? やっぱり最初はアイス魔術? それとも氷魔術? そうよね、だって暑いもの。汗ダクだもの。……あっ、お湯を出せるようになるのも良いわね! はうぅ……お風呂が恋しい愛おしい」


 ニーナンのアイス推しの理由は単純に暑かったからで決まりそうです。今度はニーナンが妄想気味に炸裂しました。こんなとき、冷ややかな言葉を送るのがワックル君流です。ついでにお風呂という単語をここであえて無視するのもワックル君流の一つです。


「10年」

「ふぇ?」


 空気が断ち切れました。水も差されました。


「ゼロから一流の魔術師になるためにかかる年数ですけどね。あ、才能持ちがですよ?」

「もぅっ、驚かさないでよ。別に一流の魔術師になんてならなくてもいいのよ。アイスクリームが食べられればそれでいいのよ! 初歩的な魔術を使えるようになるにはどのくらいかかるの?」


 ワックルもそれには同意します。


「ま、その通りですね。体内の魔力を感知するのにひと月以上の精神統一が必要らしいです。その魔力を操るのには三ヶ月もあればいけるとのこと。魔術として形にするのが難しいらしくて最低でも一年はかかると父さんも母さんも言ってました」


 ワックルは淡々と事実を告げました。ニーナンはまったく顔色を変えずに言い放ちます。


「一週間よ!」

「把握しました!」


 間髪入れずにワックルは答えました。


「その意気よ!! って本当に一週間で使えるようになるの!?」

「実を言うと、もう魔力探知と魔力操作はできました」


 ワックルは少し身体の内を意識しました。すると、ぼんやりとした何かがワックルの肉体の内側にあふれ満たされていきます。ニーナンもワックルからにじみ出る何かを感じ取ったように、目をぱちくりさせました。魔力は相性が良かったり感受性が高かったりすると影響を与えたり受けたりしやすいのです。


「さ、流石ワッカ、略してサスワッカね! もしかして本当に努力チートしちゃった?」

「いえ、遺伝です。両親が使えたので僕も当たり前のように使えると思い込んで試してみたら、楽勝でした。決めつけや先入観は良い方向性で使えば偉大です」


 ワックルには珍しく、ふふんっと自信満々でした。それを見たニーナンはちょっぴり悔しがります。


「才能チートも、だなんて、ずるいっ。ずるいわっ! ワッカ。略してズルワッカね!」

「略すのにハマってるですか? 恐らくですけど、ニィさんも簡単にできますよ。概念やイメージ量が違いますからね。漫画、アニメ、ゲーム、小説、映画、その他いろいろを見てきた僕には余裕でした。ニィさんもそういうの好きでしたよね?」


 想像力の許容量は抜群であるとワックル自身も自負しています。現代社会が考えるフィクション要素をすべて可能性として考えられる。


 そう思えば、魔術程度、ありふれたものであると認識できます。魔法で過去に飛んだり、世界を移動したりなんてことも、イメージ上は問題なく行使できるとワックルは信じています。その魔法が人間種には一部しか扱えないという点においてはどうしようもありませんが、もしかしたらという可能性だけは今度こそ心の内に置いておくことにしました。


「ま、ままま、まああね。私もいろんなモノを見てきたものだわ。うん、いろいろ。ホントいろいろ見てきたわね。ラノベから始まり、ヘビィべも当然ね、古典や漢文といった文学要素も忘れてはいけないわね、うん」

「なるほど、その様子なら大丈夫そうですね。とりあえず、まずはお互いに自主練と行きますか」


 見るからに動揺しているニーナンをワックルは軽く流しました。やはりワックルは性格が少し悪いように見受けられます。


「……やっ」


 顔を伏せたニーナンから小さな声がこぼれ落ちました。


「や?」


 頬が緩まないように気をつけながらワックルは聞き返しました。


「……やだっ……ちゃんと教えなさいよ。……そうよ、手取り足取り教えなさいよ! 効率的な問題よ。既に魔力的な何かを掴んでいるのなら、わかりやすく私に教えることも可能なのよ! そうでしょっ?」


 ニーナンの怒涛の理由付けに「それもそうですね」と、ワックルは頷きます。

 ぱぁっと笑顔を咲かせたニーナンに、ワックルもつい笑顔になりました。


 その後は、ニーナンのご両親が帰ってくるまでずっとふたりで魔力感知の練習をしました。ニーナンの両親は仲睦まじく何か(魔力探知の練習をしているとは思えないほどの密着ぶり)を行っているニーナンとワックルに危機感を覚えました。


 これはうちの大事な畑労働の担い手がさらわれそうだという瞬時の判断です。ニーナンの両親はその日から、えっさえっさと二人目を目指して頑張ることに決めたそうです。ついでにワックルのご両親もそう決意したのはそう遠くありません。


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