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思い出のネストール

勇者ネストールside

「トール遅い!何やってんだ!」

「あ、アレン待ってよ~。速すぎるよ」

 子どもが二人、元気に野山を駆けて行く。


 活発な方の子どもは少し長めの髪を風に靡かせながらすいすいと。

 もう一人は前の子どもに置いて行かれまいと必死に駆けて行くが、その差はどんどん大きくなるばかり。


「まったく、情けねえな!」

 遥か先に山頂へと辿り着いたアレンは太陽をバックに叫ぶ。

 アレンを見上げるトールはそんな姿を眩しそうに見上げていた。眩しいのは太陽のせいだけではない。それを幼心に理解していた。その感情の名は憧れだった。


「トールは相変わらず弱いなぁ……」

「だ、だって~アレンが強すぎるんだよ~」

 毎日、毎日アレンとトールはなんらかの勝負をしている。

 それこそ今日のように駆けっこをしたり、そこら辺に落ちている枝を拾ってちゃんばらごっこをしたりと様々だ。

 どんな勝負でもアレンは圧勝してきた。トールだけでなく、同世代や少し年上にも勝っている。中には兵士の見習いもいる。そんなアレンにことさら強い訳ではないトールが負けるのは仕方がないことだと言える。


 それでもアレンはトールとの勝負を楽しむ。

 トール以外はアレンには勝てっこないと初めから勝負をしないのに、トールだけが勝負に応じるからだ。勝負にならないことは問題ない。嫌なのは勝負してすらもらえないことだ。

 だからだろうかトールにとってアレンが憧れであったように、アレンにとってもトールは特別な存在だった。




「……アレン」

「よぉ、今日が旅立ちだったな」

 あれから数年。幼さが残るものの、大人に近づいたアレンとトール。二人に別離の時が訪れていた。


「君が見送りに来てくれるなんて思わなかったよ」

「……まあ、おれも来るつもりはなかったんだが」

 トールことネストール、僕は世界に勇者として選ばれた。選ばれてしまった。僕よりもアレンの方が絶対に勇者に相応しい。そう訴えても、誰も耳を傾けようとはしなかった。

 アレンの強さを知っている人たちだって、ここ数年アレンが戦っている姿を見せようとしなかったから今のアレンの実力を知らないんだ。そう、僕だけが知っている。


「……アレン、やっぱり一緒に行こう!」

 僕は勇気を振り絞った。

 情けないよ。勇者なのに、一緒に来てくれと誘うだけで足が震えそうだ。

「……駄目だ」

 そして、当然のように返るのは拒絶の言葉。


「お前は勇者として選ばれた。わかるか?おれじゃないお前が選ばれたんだ……」

「……それは、何かの間違いだよ」

 そうに決まってる。


「はっ、相変わらず自信がないんだな」

 笑われても僕はそれが真実だとしか思えない。


「――ねえ、僕と勝負しよう」

 だから、ハッキリさせたい。

「昔みたいに、駆けっこでもちゃんばらごっこでもいいから!もう一度だけ勝負しよう!」


「……ちゃんばらごっこ、か。無理に決まってるだろ?」

「なんで!」

「……お前には立派な剣があるじゃないか。おれとは違うんだ」

 立派な剣――アレンが言うのは勇者の証として渡された聖剣だった。


「こんなものっ!!」

 最初から気に食わなかった聖剣だが、アレンに拒否される理由にまでなったら重荷どころか嫌悪感しか抱けなかった。

 鞘ごと抜いて地面に叩き付けようとした僕だったが、頬に痛みが走った。


「……えっ」

 一体何が起きたのかわからなかった。

「何やってんだよ……!」

 目の前には怒りで身体を震わせるアレン。その目元には光る涙が。


 怒っているアレンを見るのも久しぶりだ。

 だけど……泣いているのを見たのは初めてだ。


「お前は、お前は勇者なんだぞ!」

「……アレン」

「おれは――()()()は女だ!」


 アレンは子どもの頃より伸びた髪を、喉仏の出ていない喉を見ろとばかりに見せてくる。

 アレンが女の子なのは知ってる。

 そして、最近はそれに悩んでいるのも。


 男だったら兵士として出世する道があっただろう。

 だけど、都会と違って田舎では女の子が兵士として雇われることはない。どうしても差別されてしまうからだ。

 男と女、たったそれだけで……!

 僕は無性にそれが腹立たしかった。


 聞いた話だと勇者の仲間には女の人だっている。

 それなのに、拒絶される理由がわからない。


「――ねえ、アレン。昔の約束を覚えてる?」

 だからかな、僕は旅立つのならせめてこれだけは確認しておきたかった。


「あ、ああ。……もちろんだ」

 目を逸らしながらもアレンは覚えていると言ってくれた。

 だったら、もういいよ。

「帰って来たら約束を果たしてね?」

 アレンが変わっていない。それだけで今は十分だから。




「……そうか。アレン、アレンシアはもう僕を待っていちゃくれなかったか」

「はい。わたくしがネストール様の言葉と思いを伝えたのですが、彼女は心当たりがないように思えました」

 そうだよね。魔王討伐に出てから何年経ってると思ってるんだ。

 約束をしたのだって子どもの頃の話だ。アレンが待ちきれなくなっても仕方がない話じゃないか。


 それでも心のどこかでアレンは僕を信じて待ってくれている。そんな期待をしてしまっていた。

 自分の方は旅の仲間に心を奪われていたくせに、なんて虫のいい話なんだ。

 そんな風に自嘲して心の傷を軽減しようとしている卑怯な自分。これのどこが勇者なんだ。やはり勇者なんて間違っていたんじゃないのか……。


 だが、話を聞いているうちにそれすらも間違っていたことに気付いてしまった。

「ただ別れ欲しいと告げるのは心苦しかったので、彼女には一万ゴールドを渡しております。勝手な真似と叱責されても仕方ありませんが、必要なことだったと理解してください」

「……はっ?一万ゴールド?なんで?」

 僕の知っているアレンはそこまでお金にがめつくはなかったと思う。でも、ローラが自分からお金で解決するなんてことはない。


 幾度も死線を共に乗り越えて来たんだ。それぐらいは為人がわかっている。


 そしてローラはとても言い辛そうに口を開いた。

「……ええっと、先も言いましたようにアレンシアさんはネストール様との婚約を覚えておられない様子でした」

「うん?」

 それは聞いたけど、それがどうしたんだろう?


「なので、覚えていないことで許可を出すのも違うと思う。そもそも婚約者じゃないのだから結婚したいのならネストール様と話し合って勝手にしてほしい、と」

「…………」

 いかにもアレンの言いそうな言葉だ。


「ですが、心苦しいので何かさせてほしいと訴えたところ、思い出したように『そう言えば欲しいモノがあったんだが、少し高くてな。一万ゴールドくれるならトールと結婚してもいいっていうのはどうだ?』そのように申し出を受けました」

「……何、それ」

 それってつまり、僕は売られたの?


 売られたなんて考えるのはローラにとても失礼なことだが、その時の僕はそんなことに頭は回らなかった。

 それから話を切り上げ、部屋に戻りアレンがなぜそのようなことを言ったのか考えていた。

 考えていたが……次第に怒りが増してきた。


 関係ないって言うのなら、僕を勝手に売るような真似をしないでほしい!

 そもそもアレンは昔からそうだ。勝手に決めて、勝手に僕が言うことを聞くと思いこんでいる。


「僕はもうアレンの知ってる僕じゃない!」

 魔王を討伐して世界を救った勇者だ。

 驕るつもりはなかったが、ここまで虚仮にられると腹立たしさしかない。


「……思い知らせてやる!」

 頭に血が上った僕は一般人に向けるには過分な武器である聖剣を引っ掴み、ローラたちにバレないように転移の魔法で故郷へ帰還を果たした。



「アレン!!」

「……んっ?おおっ、トールじゃねえか!」

「……なんでそんなに嬉しそうなの?」

 僕はこんなに怒ってるのに。僕を売ったくせに……!


「アレンーーーー!!」

 この時の僕はどうかしていたし、自惚れていたんだと思う。

 聖剣を抜き放ち、斬りかかった。


 こんなことをしてアレンを失ったら、絶対に後悔していたはずなのに……。


 だけど、そんなことにはならなかった。

「……あん?トール、一体何の真似だよこれは?」

「そんなバカな!?」

 アレンは信じられないことに聖剣を受け止めた。山のように大きく、ダイヤモンドよりも遥かに硬い皮膚を持つ魔王すらも切り伏せた聖剣をたった二本の指で……。


「うぎぎぎい……!!」

「おいおい。魔王を倒した勇者様の実力はこんなもんか?」

 動かない。

 おかしい。空中で止まった体すらも止まっているじゃないかと錯覚してしまう。

 押し込もうとしても剣先が僅かに揺れることすらない。


 ああ、僕はなんて勘違いをしていたんだろう。

 どうして魔王程度を倒したぐらいでアレンに勝てると思ってしまったのだろう。


 同時に本心にも気付いた。

 僕はアレンには勝てない――それを理解していたから、何よりもアレンを信頼していたからこうして切りかかって行けたんだと。


 だから後悔はしてないよ。

 だけど、これだけは言わせてほしい。

「……痛く、しないで?」

 昔、アレンを怒らせてしまった時のように僕は涙目でガタガタぶるぶると震えながら懇願する。

「――ああ、昔馴染みだからな」

 アレンは魔王の数倍恐ろしい形相で拳を振りかぶった。

 ……昔と同様に願いは聞き届けられなかった。




 アレンに負けてから僕の周りは大きく変化した。


「アレンシア~ご飯よ」

「んっ、ああ。すぐに行くよ」

 一つは最初の仲間にして結婚を考えていたローラが僕を捨ててアレンの下へ行ったこと。

 どうも僕が負けてからしばらくしてローラもアレンに挑んだらしい。


 なんて愚かなことをと思うが、ローラはその敗北で何かに目覚めたらしい。

 アレンも女の子なのだからと思ったが、アレンは来るもの拒まずというタイプの人間なのであっさりと受け入れた。

 今では長年連れ添った夫婦のようでいて、成り立てのカップルのようにラブラブだ。


 次にそれを知った僕が使命を放棄してアレンに決闘を挑むようになったこと。

 その噂は大陸中にすぐに知れ渡り、故郷は今や勇者の決闘の地としてかつてない賑わいを見せている。故郷の発展に貢献できてとても嬉しいです。

 ただ、元婚約者という名の幼馴染と元恋人という名の仲間がボロ雑巾のようになった僕を無視して二人の愛の巣に消えて行くのは辛いです。


 ちなみに、まだまだ数の多い魔物については僕が暇を見つけては駆除しているし、仲間たちも頑張っているのでむしろ数は減っています。





「トール!今日もやるぞ!」

「うん、アレン!今日こそ君に勝ってみせるよ!!」

 勇者が誕生した地では今日もかつてと同じように勇者と幼馴染が競い合っている。


「ふふっ、パパとママは今日も仲良しね~」

「うん!ローラママもあそこに加わる?」

「う~ん、あれは二人だけの世界だからな~」

「あちゃしはいつかママにも勝つよ!」

「頑張ってね。ママは強いわよ~。なんて言ったって勇者様よりも強いんだから」


 最後の変化は僕が魔王を討伐してから十年後。

 魔物も狩り終え、今では僕のことを勇者と呼ぶ人はほとんどいない。


 仕事をやり終えたことで燃え尽きたように蹲っていた僕を見つけたアレンが声をかけてくれた。

『相変わらず情けないな。……しょうがねえからおれが貰ってやるよ』

 おかげで僕は新しい目標が出来た。

 アレンと共に生きて行くという目標が。





 幼馴染にして生涯勝てないだろう強敵、そして愛しい妻。

 かつての恋人にして今では恋のライバル。

 変わった家族の中で見つけた最高の宝物。――僕は幸せです。


【勇者の思い出】:10000G

【勇者の幸せ】:プライスレス

次はアレンシアによる物語の締めくくりを予定しています。

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