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始まりのローラ

(注)ガールズラブとありますが、別にイチャイチャはありません。

「ネストール様!わたくし、やりましたわ!!」

「?……どうしたんだいローラ?」

「わたくし、わたくし、ネストール様の幼馴染に婚約破棄を約束させて来ましたのよ!」


 勇者であるネストール様と魔王討伐の旅に出てから幾度もの危機を乗り越えてきた。

 初めから最後まで度に同行していたのはわたくしとあと騎士が一人だけ。その騎士も旅が終わると役目を果たしたとばかりにネストール様の下を去って行き、今では田舎でのんびりと暮らしているという。


 魔王討伐という偉業を成し遂げたが、世界にはまだまだ魔物が溢れていて正直な話をすると彼にはまだ残っていて欲しかったのだが……たしかに孫がいるような年齢の人に無理を言ってはいけないと受け入れることにした。


『……これで最初の勇者パーティはとうとうわたくしだけになってしまいましたわね』


 旅の途中で頼れる仲間は何人も集まり、まだ力を貸してくれているのに何が不満なのか。訳も分からずうっかりと愚痴を溢してしまったわたくしにネストール様は『それでも君は残ってくれている。それだけで救われる』そう仰って下さいました。


 それが嬉しくて、わたくしは初心を――この御方の役に立ちたい、傍にいたいという気持ちを思い出し……勇気を振り絞って告白した。

 その時のネストール様は心底驚いた表情をされていました。まさか告白されるなんて……そんな表情を。

 そしてわたくしの気持ちが偽らざるものであるとわかると、申し訳なさそうにこう告げられました。


『――君のことは好きだ。おそらく、仲間としてではなく女性として。だけど、ごめん。故郷に結婚を約束した幼馴染がいるんだ』


 衝撃でした。

 ネストール様がわたくしを愛して下さっている。そう仰られたことよりも故郷に婚約者がいることの方が何故か衝撃だったのです。


 わたくしは居ても立ってもいられずに、凱旋パレードを終えて休んでいるネストール様に何も告げずにネストール様の故郷へと向かっていました。

 そうして対面した幼馴染は拍子抜けするぐらいあっさりとネストール様との婚約解消に同意してくれました。


 ……よかった。

 多少、懐は痛んだけれどこれからの幸せな生活を考えればこの程度どうってことはない。

 魔王討伐にも匹敵する偉業を成し遂げた心境でネストール様の下に舞い戻り、そのことを報告するとネストール様はわたくしが告白した時以上に信じられないという表情を浮かべていたのです。


「……えっ?えっ?えぇ~~???ほ、ほんとに?」

 まるで絞り出すかのような声にわたくしはただただ驚いて声も出せずに頷いていました。

 そしてネストール様はというと、そのまま気絶してしまったのです。

「ね、ネストール様ぁぁぁぁぁ!!」





「……はぁ」

 知らず知らずのうちにため息が漏れる。

「もう十日か……」

 ネストール様に報告をしてからそれだけの時間が経過していた。……そして、ネストール様がいなくなってから一週間が経過していた。


 あれからすぐに目を覚ましたネストール様はまだ何が起きたのか信じられないという状態で……わたくしに婚約解消の詳細な説明を求めてきました。


「――やっぱり」

 初めこそ、何か納得しているような様子でしたが次第に思い詰めた表情になっていき……最後には怒ってどこかに行ってしまいました。


『――勇者様!?』

 にわかに騒がしくなったかと思えば、聞こえて来たのは仲間の悲鳴。

 呼ばれた名前が名前なだけにわたくしはすぐさま駆けつけました。

 そして、そこにいたのはボロボロになって勇者だけが扱える聖剣を杖代わりにしているネストール様の姿……。


「許せません……!」

 魔王をも打ち破ったネストール様をどうやってあんなボロボロの姿にしたのか……それはわかりません。ですが、結婚まで約束した幼馴染に会いに行ったのだったとしたらネストール様だって油断されるかもしれません。


 わたくしの中ではあの幼馴染が犯人でした。

 たしかに会った時からネストール様への愛を感じませんでした。だったら、どうして結婚の約束を交わしたのですか!

 そしていくら愛が冷めたからといって、愛した人間を傷つけるなんて到底許せません!


「ネストール様は油断したようですが、わたくしはそうはいきませんわよ……!」

 卑怯な手段を取ったことを後悔させてあげます!!





「見つけましたわ!!」

「……んっ?あんたはこの間の」

 なんと下手人にしてネストール様の幼馴染アレンシアさんは逃げることもなく堂々と自宅にいらっしゃいました。


「なあなあ、この間の話ってどうなってんの?一週間ぐらい前にトールのバカが凄い剣幕で怒鳴りこんで来たんだけど?」

「やはりネストール様はここに来ていたのですか……」

 それにしても自分が痛めつけたとしたらこれほどまでに堂々としているものでしょうか?


 少し頭に血が上っていて冷静ではなかったのでしょう。冷静になって考えてみれば、アレンシアさんにネストール様を傷つける理由なんてありません。

 どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのでしょう。

 これが恋に恋する盲目ということなのでしょうね。


「申し訳ございませんでした」

 本当に勘違いで大変な間違いを犯すところでしたわ。

 恥じ入るつもりで立ち去ろうとしたわたくしにアレンシアさんは予想外の言葉を返してきたのです。


「まったくだぜ。いきなり襲って来やがったから、思わず返り討ちにしちまったじゃねえか」

「……はっ??」

 まさか、そんなはずは……。


「それにしてもあんにゃろうも情けねえよな。自分はしこたま儲けてるはずなのに、たった一万ゴールドであんなに怒り散らすなんて」

 一万ゴールド。それは婚約解消の慰謝料として要求された金額。

「『僕は一万ゴールドだったのか!』って意味が分からんことを……。別にあいつは一万ゴールドじゃないだろう」


 アレンシアさんはきっと勘違いをしている。

 そして、わたくしも。

 いえ、きっとネストール様も。みんな、みんなが勘違いをしていたのですわ。


「……そうですか。そういうことだったのですかっ!」

「なっ!?」

「……へぇ、よく止めましたね」

 一気に距離を詰めて襲いかかったというのに……。


「ですが、これでわかりました。ネストール様をあんな目に遭わせたのはやはりあなたということで間違いはないのですね」

 だとしたら、わたくしではあなたには敵わないのですね。

 強さでも、愛でも……!!


「ですが、敗けるとわかっているからといって退けない戦いはあるのですよ!!」

「ちょっ、まっ!なんっなんだよ一体!!」

 わたくしの猛攻はなんなく防がれ、押し返される。


「舐めているのですか!」

「なにっをだよ!!」

 それほどの実力がありながら、魔王討伐の旅に同行するでもなく結婚の約束でネストール様の心を縛り付けた。

 そして、今も防戦一方。わたくしを瞬殺できる力がありながらそれを使わない。まるで戦う価値がないと言わんばかり。


「何故です!?」

 何故あなたのような方がいるのですか。

 何故あなたのような方が勇者の傍に……!


「だから、言ってる意味がわからねえって言ってんだろうが!!」

「うぐっ!?」

 苛立ち混じりに腹部にめり込む刃。


(……ああ、そうか。これすらも勘違い)

 ネストール様に興味がないから捨てた。そんな逆恨みで挑んだ戦いだったけれど、アレンシアさんは別にネストール様に興味がなかったわけではないのですね。

 薄れゆく意識の中、ダメージを与えた見覚えのある剣――まさに勇者の聖剣とうり二つのそれは名工の手による精巧なレプリカ。

 たしか、市場での価格は……一万ゴールド。


 そう、ネストール様に興味がなかったわけではない。

 ただ、アレンシアさんにとってはネストール様はあくまでも幼馴染の一人。

 そして、ネストール様にとってはおそらく初恋の女性。わたくしに好意を抱いていたというのも結局、傍にいたのがわたくしだけだったということ。


(ああ、わたくしはなんて愚かな勘違いをしていたのでしょう)





「アレンシア!今日こそ決着をつけてやる!!」

「ふぁ~まぁた来たのか……」

「……ふふっ、ネストール様は相変わらず元気ですね」


 故郷、幼馴染の門前で騒いでいる勇者ネストール様。

 わたくしはその声をベッドの中で聞きながら、今日も楽しい一日が始まると胸のときめきを感じています。


「それじゃあ、ちょっくら行って来るよ」

「……はい。お気を付けて」

 優しくわたくしに口づけをして面倒だと言いながらもどこか嬉しそうに聖剣のレプリカ片手に勇者を迎え撃ちに行くアレンシアを見送りながら、かつて愛した人と今愛する人が帰って来た時に美味しいものでも御馳走すべく準備を始める。


「わたくしのために争わないで……なんてね」

 閉じたドアに向かってそんな冗談を呟いてみたり。





 かつて勇者の最初の仲間だったローラ。

 今は勇者の故郷で平穏に暮らすだけの町娘。


 【ローラの初恋】:10000G

 起・承・結ぐらいの全3話を予定してます。次は勇者ネストールの話です。出来るだけ時間を空けないように投稿します。

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