つかの間の自由
アトレーユ王子の謝罪から一晩経った。
が、翌日彼は登校してこなかった。
悪魔的存在がいない! やっと私の学園ライフに平穏が戻ってきたのだ。
と、思ったら……
「ユキちゃんだよね? よかったら君の国の話を聞かせてもらえないかなあ。今度是非一緒に食事でもしながらさあ」
だとかチャラい見た目の男子に話しかけられたり、
「ユキ様! どうぞ自分をあなた様の家臣にしてくださいませ! これでも自分は魔法だけでなく剣の鍛錬も積んでおります! 必ずやあなた様のお役に立ってみせましょう!」
だとか体格の良い男子に土下座されたり。
一体何なのかと思いつつも
「間に合ってますので」
と、避けてきたのだが……。
「それはユキさんがプリンセスだからですわ」
ミリアンちゃんの答えに私は首を傾げる。プリンセスだから?
そんな私の様子を察して、ミリアンちゃんが話を続ける。
「たとえ他国といえどもプリンセスはプリンセス。相当な権力と財力を有しているに違いない。そう睨んだ者たちが、ユキさんとお近づきになろうとしているのです」
「えっ? 私がプリンセスだって事、そんなに広まってるの?」
プリンセスなのはヴィンセントさんのおかげなんだけど……。
「それはもう。学校中に知れ渡ってますわよ。私の『妹』たちの中でも、ユキさんを紹介して欲しいという者が何名も。まったく浅ましい事ですわ。ユキさんがプリンセスだと知った途端、手のひらを反すなんて。あ、その子達にはちゃんと注意しておきましたから安心なさって」
なにそれこわい。権力とは人をそんなに変えてしまうものなのか。まあ、私も王様の前とかだったら平常心じゃいられないだろうけど……。
そんな中、今まで通り接してくれるミリアンちゃんは癒しだなあ……。
そして午前の授業が終わり、お昼休みになった。
さて、今日もジェイド君に魔法を教えて貰いに――
「ユキ様!」
「はい?」
なんだなんだ。と声のした方を見てみれば、そこにはミリアンちゃんの『妹ちゃん』たちが。
「あの、よろしければ今日は、マクシミリアンお姉さまや私達と昼食をご一緒しませんか? 私、当家のシェフに腕を振るわせて作らせた特製ローストビーフを持参いたしましたの。是非ユキ様にも味わっていただきたくて」
ローストビーフ!
私の中での「高級そうな料理ベスト10」に必ずランクインしているに違いないブルジョワ料理!
一瞬心惹かれるが、お昼はいつもジェイド君に魔法を教わる約束をしている。
「ごめんなさい。先約があるので……」
立ち去ろうとした私の前方に、なおも『妹ちゃん』は回り込む。
「それなら、少しだけ。少しだけでもご一緒にいかがです?」
「ううん。遠慮しておくよ。二股はずるい事だもんね」
すると『妹ちゃん』たちの顔が真っ赤に染まった。さすがに自分たちの発言は覚えていたんみたいだ。
と、そこへ
「あなた達、そこで何をしているの?」
凛とした声が飛んできた。
ミリアンちゃんだ。天の助け! ミリアンちゃん力天使!
「そういう事はやめなさいって言ったでしょう? ユキさんだってお約束があるんだから」
「そ、それじゃあせめて『ユキお姉さま』って呼んでも……?」
「だからおやめなさい……!」
ミリアンちゃんが『妹ちゃん』たちを食い止めていてくれる間に、私はこっそりと第三図書準備室へと向かった。
目的の部屋につくと、すでに中にいたジェイド君がはっとした表情で立ち上がる。
「ユキさん。あなたは異国のプリンセスだと仰ってましたね。あれは本当なんですか? それならば、今までのご無礼をお許し――」
「あ、いや、そ、そんな事良いの。どうせ地図にも載ってないような小さな国だし。気にしないで今まで通りに接して」
「ですが……」
渋るジェイド君。真面目だ。真面目すぎるよ。まずいな。面倒なことになってしまった。
でも、ああ言わなければあの場を切り抜けられないと思ったのだ。
「プリンセスだって言っても、お弁当は毎日サンドイッチだし、住んでる場所も集合住宅だし、食堂で働いてたことだってあるんだよ。つまり、その程度のプリンセス。すごいわけじゃ無いんだから」
「プリンセスがそんな事を……!?」
むしろすごいのはヴィンセントさんで、私は虎の威を借る狐。
「わかった?」
「……は、はあ……」
むむむ。まだちょっと硬いな。なんだかジェイド君との間に、見えない壁ができてしまったみたいだ。ちょっと悲しい……。
プリンセスとはかくも辛い存在なのか。
「そういえばジェイド君はどうしてこの学校に入学したの?」
気まずさを誤魔化すように尋ねてみる。
「それはもちろん王立魔術団に入団するためです。外敵から魔法でこの国を守るのが僕の使命だと思っています」
王国魔術団……そんなものがあるのか。
真剣に国のことを思って日々精進するジェイド君は偉いなあ……。
、 そんなすごい人に魔法を習ってるなんて、もしかしてすごくぜいたくなんじゃ……。
「ジェイド君ならきっとなれるよ。魔法の教え方もうまいし」
「だといいんですけどね」
「ともかく、今日も魔法教えてね」
「はい……」
と、そんな事もありながら、1ヶ月がたった。
今まで通り接しているうちにジェイド君との間にあった見えない壁も、いつの間にか消滅し、私は順調に学園ライフを楽しんでいた。
相変わらず「家臣にしてくれ」だとか「話を聞かせてほしい」だとか言ってくる人達もいたが、そこはなんとかスルーしつつ。
だって下手に作り話をしてボロが出たら困るし……。
そんな事もありつつ日々を過ごしていた時、1ヶ月ぶりに戻ってきたのだ。あの男が。
そう。悪魔的存在のアトレーユ王子が。




