魔法の解き方
「ど、どうしようジェイド君! どうやったら元に戻るの!?」
とかげになったヴィンセントさんを慎重に受け取りながら、半分パニックになりつつ尋ねる。
「それはアトレーユ様しか知りません。術者だけが魔法を解く方法を知っているのです」
それを聞いていたアトレーユ王子が、なんとも意地悪そうに目を細める。
「知りたい? 元に戻す方法」
「教えてください! お願いします!」
アトレーユ王子に詰め寄ると、彼は何かを思い出したように手を叩いた。
「ああ、そうだ。その前に大事な事を伝えないと。今この瞬間から君のラ・プリンセスの任を解こう」
は? こんな時に何を言ってるの? このバカ王子は。私はヴィンセントさんを元に戻す方法をしりたいの!
「わかってるよ。君の一番知りたい事。君の夫を元に戻す方法。それはね『プリンセスのキス』だ」
「え……?」
「王家の血筋じゃなくても、君はこの学園のラ・プリンセスだったからね。プリンセスとして認識されるかもしれない。だから可能性の芽を潰しておくのさ」
な……それじゃあヴィンセントさんは元に戻れないの!?
「私、お城に行って、王女様に頼んでキスしてもらってくる!」
走り出そうとする私をジェイド君が引き止める。
「待ってくださいユキさん! もしもアトレーユ王子が本当の事を言っていないとしたら? 運良く王女殿下にキスをしてもらっても、元に戻らなければ、王族を騙したとして不敬罪に当たりますよ」
「そんな……」
でも、でも、もしも魔法を解く方法が本当にプリンセスのキスだったら?
俯く私にアトレーユ王子の楽しそうな声が飛んでくる。
「もしも元にもどしたいなら、昨日のことを謝ってよ。そして跪いて言うんだ。『私をあなたのラ・プリンセスにしてください』ってね。そうしたらラ・プリンセスに戻してあげるよ」
こ、この悪趣味王子! 誰がそんな事……
で、でも、それをしないとヴィンセントさんはいつまでもとかげのまま……。
あれ? でも、待てよ? プリンセスのキスで元に戻るのなら、もしかして……。
私はとかげをまじまじと見つめる。つぶらな緑色の瞳を持つその爬虫類は、ときおりちらちらと舌を出しながらも、私の手の中でおとなしくしている。
ええい、ままよ!
私はとかげを自分の顔の高さまで持ち上げると、目を閉じて思い切ってその生物に口付けした。
すると手の中でとかげの形が変わっていくような気がした。唇の感触も、温かく柔らかく、覚えのあるものになってゆく。
おそるおそる目を開けると、そこにはいつもの見慣れたヴィンセントさんの顔があった。
「ヴィンセントさん! 元に戻ったんですね! よかったあ……!」
私が思わずヴィンセントさんに抱きついて背を抱くと、ヴィンセントさんも抱きしめ返してくれた。
「ユキ。ありがとう。危うくあのままトカゲになるところだった」
良かったよう。私はヴィンセントさんの胸に顔を埋める。
「しかし一体どう言う原理で元に戻ったのだ」
ヴィンセントさんが不思議そうに呟くと、アトレーユ王子王子も我に返ったように声を上げる。
「そ、そうだ。そうだぞ! その魔法はプリンセスのキスでしか解けないはずなのに!」
私は息を吸い込むと告げる。ここが正念場だ。
「それは私が本物のプリンセスだからです」
一瞬漂う沈黙。それを補うように続ける。
「私はこの国出身ではありません。外国から来ました。その母国で私はプリンセスだったんですよ」
「な……そんな馬鹿な話があるわけないだろ! お前みたいな王族がいるなんて聞いた事もない!」
「それじゃあ私のキスで魔法が解けた事はどう説明するんですか?」
「くっ……」
アトレーユ王子は黙り込むと、こちらを睨みつける。
「さあ、今度こそ一緒に来てもらおうか」
ヴィンセントさんの言葉に、アトレーユ王子は唇を歪める。
「いやだね。今度は違う解除条件で変化の魔法をかけてあげるよ。次は何がいいかな。カエルなんかいいかもね」
そんな。ヴィンセントさんが今度はカエルにされちゃう!?
アトレーユ王子は指で宙に何か描くような仕草を始める。先程変化の魔法を使った時と同じように。
「変――」
「そこまでだよ。アトレーユ殿下」
言いかけた言葉を遮ったのは、大人の女性の声。
声の方に目を向けると、そこにいたのは見覚えのある茶色い髪に、犬耳を生やした亜人の女性。
「フリージア! どうしてここに?」
アトレーユ王子が驚いたような声を上げる。
そう。そこにいたのは以前ジーン王子の件で色々と関わってきたフリージアさんだったのだ。




