出会い
「さ、そろそろ授業が始まりますわよ。教室へ行きましょう。私の傍にいれば多分先程のような事は無いでしょうから、なるべく離れないでね」
ミリアンちゃんはベンチから立ち上がると歩き出す。
それを慌てて追いかけながら、私は気になっていた事を問う。
「ねえ、ミリアンちゃん」
「なあに?」
「ミリアンちゃんは、どうして亜人の私をたすけてくれたの?」
ミリアンちゃんは少し俯いた。
「……気を悪くなさらないでね。あの男子達に絡まれてるあなたの姿が、『男女』とからかわれる自分の姿と重なってしまって、咄嗟に……だから、正義感とかそんな奇麗なものじゃないのよ」
「そんな事ないよ! ミリアンちゃんすごくかっこよかったよ! あのままじゃ、私どうなってたか……ミリアンちゃんは私にとっての救世主!」
「大袈裟ですわね」
ミリアンちゃんはふふふと笑って笑顔を見せた。
かわいい。
教室は、小学校のように机ひとつに椅子ひとつ。というタイプではなく、大学の講堂のような、長い机に椅子が配置され、各々好きな場所に座るようなタイプだった。
私達はその隅っこに腰掛ける。
と、しばらくして教室の前方の扉から誰かが入ってきた。
先のとんがった帽子に、黒いマントを羽織った、いかにも「魔女!」という感じの中年の女性だ。
「みなさん、おはよう。今日は皆さんにお知らせがあります。なんと、皆さんと共に魔法を勉強する新しい仲間が増えました。喜ばしい事です。さあ、ユキさん。みなさんにご挨拶して?」
え、いきなりの自己紹介? 聞いてないぞそんな事。
とはいえ名指しで促されてしまったものは仕方がない。私は立ち上がると
「ええと、あの、ユキと言います。よろしくお願いします」
無難な言葉を選択した。この学校では亜人の私があんまり目立っても、得策では無いと考えたからだ。
周りからはぱらぱらと拍手が聞こえる。
あれ? 意外と好意的? 今朝の亜人いびりはなんだったの? それともみんな外面が良いのかな。
「それでは早速授業を始めましょう」
教師の言葉で、教室は静まり返ったのだった。
そして訪れたお昼休み。
「はあ……先生が何を言ってるのかさっぱりわからないよ……」
「まあ、あなた、そのレベルでどうやってこの学校に入学したの?」
ほやきながら机に突っ伏すと、驚いたようなミリアンちゃんの声が降ってくる。
うーん、耳が痛い。やっぱりレオンさんの言った通り、今から勉強しても魔法って身に付かないものなのかなあ……。
「とりあえず昼食でも摂って頭を切り替えましょう。学食まで案内いたしますわ」
ミリアンちゃん優しい。
と、教室を出たところで、ばたばたと足音が聞こえ、気づけば女の子達に囲まれていた。
「マクシミリアンお姉様!」
……お姉様?
まさかミリアンちゃんの妹? それにしては数が多い。7人くらいいるし、顔立ちも似ていない。
女の子の一人が進みでる。
「今日は私達とランチをご一緒してくださるお約束でしたわよね! 当家のシェフが腕によりをかけて、お姉様のためのお弁当を作りましたの! ぜひ味わってくださいませ」
「ちょっと、勝手な事言わないで。お姉様は私のお弁当をお召し上がりになるのよ!」
なんだか揉め出した。
ミリアンちゃんといえば
「ごめんなさいね。今日は他に約束があるから、あなた達とはご一緒できないの」
ええー、と不満の声を漏らす少女達。それをなだめるように、ミリアンちゃんは両手を胸のあたりに挙げる。
「本当にごめんなさい。この埋め合わせはいつかするから。ね?」
その言葉に、少女達は渋々ながらも解散した。
「あの、ミリアンちゃん。今のは一体……」
尋ねると、ミリアンちゃんは言いづらそうに口ごもる。
「……私の親衛隊……らしいですわ」
親衛隊!? そんなものもあるのか!
「最初は昼食を一緒にどうか、と誘われただけのはずでしたのに、いつのまにか規模が大きくなっていって、今や毎日下級生の女子が入れ替わり立ち替わり……どこで何を間違えたのかしら」
うーん、たしかにミリアンちゃんは可愛いし凛とした空気を醸し出していて、なんていうか、タカラヅカみたいな雰囲気もある。そこに憧れる女子もいるんじゃないかなあ。
なんて、思っているうちに学食についた。
光をふんだんに取り入れるように作られたそこは、食堂というよりおしゃれなカフェのよう。
ミリアンちゃんはシチューとパンとサラダ。私は自前のカツサンド。
「見たことのない具のサンドイッチですわね」
「あ、良かったら一切れ食べる?」
ランチボックスを差し出すと、ミリアンちゃんは一切れ手に取り齧る。
「あら、おいしい……! こんなものを食べたのは初めて」
「え? そう? 嬉しいな」
カツサンドの力はどうやらここでも通用するらしい。
「お礼に、後でデザートでもご馳走させて頂ける?」
「ええー、そんな、いいよ。美味しいって言って貰えただけで嬉しいし」
なんて女子同士の会話を楽しんでいたその時、あたりがざわめいた。
え、なになに? どうしたの?
周囲の視線の先をたどると、そこにいたのは何名かの生徒達、更にその中心には一人の男子がいた。
はちみつ色にさらりと流れる髪。それを引き立てるような白い肌。瞳は青い空のように澄んでいる。
明らかにそこだけ光り輝いている。眩しい。
「ミリアンちゃん、あの金髪の人誰? かっこいいね」
「まあ、あなた、アトレーユ様を存じ上げないの?」
どなた?
私が戸惑っているのがわかったのか、ミリアンちゃんは説明してくれる。
「アトレーユ様はこの国の第7王子であらせられるのよ」
え。ということは、ヴィンセントさんやジーンさんの弟……? まさかここでも王族関係者に出会うとは……世間は狭いなあ。
「あの取り巻き達は、アトレーユ様のお眼鏡にかなった人達だけで構成されているのよ。太鼓持ちとも言うかしらね」
「あ、一人だけ女の子がいるよ。あの子も選ばれた子?」
王子グループの中でただ一人、華やかな雰囲気を漂わせている金髪の美少女。王子様と楽しそうに話をしている。
「あの子は『ラ・プリンセス』よ」
「ラ・プリンセス? お姫様なの?」
「ある意味ではそうね。アトレーユ様が気に入った女子を一人選んで、その子に学校内限定でのパートナーを務めさせるのよ。今までにも何人もとっかえひっかえ。あまり褒められた趣味とは言えませんわね」
どうやらミリアンちゃんは、王子様にあまり良い印象を持っていないようだ。
まあ、女の子をそんな風に扱う人は尊敬できないよね。でも、そんなひどい事する人には見えないけどなあ……人は見かけによらないって言うけど。
その時、王子様がこちらに顔をちらりと向けた気がした。
ていうか、目が合った……?
と、王子様がつかつかとこちらのテーブルに向かってくる。
え、なになに。何か悪いことした? 見つめすぎた?
焦っているうちに、王子様とその取り巻きは、私達のテーブルにどんどん近づいてくる。
「まずいわね。ユキさん。もしも王子様がここに来られたら私の真似をして」
「え? え、うん」
ミリアンちゃんの危惧した通り、何故か王子様は私達のテーブルにやって来た。
素早くミリアンちゃんが立ち上がるので、私もそれに倣う。
「ごきげんようアトレーユ様」
スカートをつまんで少し腰を落とす。
私も慌ててそれに続く。
「ご、ごきげんようアトレーユ様……」
王子様は屈託のない笑顔を私達に向ける。
「やあマクシミリアン。今日は『妹』ちゃん達はいないのかい?」
「え、ええ……」
妹ちゃん達ってさっきの女の子達の事か。この王子様はそんな事まで把握しているのか。
その時、王子様が私のほうに顔を向けた。
「君が噂の子猫ちゃんだね? たしか、ユキっていう」
子猫ちゃん!? それって私の事!? 女の子の事を「子猫ちゃん」なんて言う人ほんとにいるんだ……。漫画かゲームの中だけの事かと思ってた。
思わず吹き出しそうになるのを懸命に堪える。
「顔が真っ赤だよ。そんなに緊張しなくて大丈夫だから」
違う! 緊張してるからじゃない! 笑いをこらえているからだ!
早くどこか行ってくれないかな、この王子様。
そんな事を思いながら目を泳がせていると
「よし、決めた」
王子様が楽しそうな声を上げる。
「今から君が『ラ・プリンセス』だ」




