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入学

 とうとう訪れた魔法学院への編入初日、ヴィンセントさんに校門まで送ってもらった。

 入学に必要な手続きも彼がしてくれた。なんともフットワークが軽い。


「あ、制服おかしくないですか?」


 その場でくるりと回って見せると、ヴィンセントさんはなんだか眩しそうに目を細めた。


「おかしいわけがない。似合ってるぞ」


 そう言って頭を撫でてくれた。ちょっと照れる。


「それじゃあ行ってきますね。ヴィンセントさん」

「ああ、行ってこい。帰りも迎えに来るからな」


 それはちょっと申し訳ないけれど、反面嬉しいのも事実だ。おとなしくその厚意に甘えさせてもらうことにした。



 結局、メアリーアンさんの事情については、レオンさんだけにこっそり教えた。


「なんだそりゃ? はー、あいつの考える事はわけわかんねえ」


 だとか頭を抱えていた。何か対策を取るつもりなのかな。

 まあ、私は彼女がいて助かってるし、なんとかするのはレオンさんの仕事だろう。うん。この件は彼に任せよう。



 学校の門を抜けると、校舎へと続く石畳を挟むように花壇があり、さらに外側には芝生が広がっている。

 今日からここが私の学舎。ここからマジカルプリンセスユキ伝説が始まる……かもしれない。


 これから始まる学園生活に想いを馳せていると


「おい、そこの亜人」


 という声が聞こえた。

 え、なに? 亜人ってまさか私の事?

 戸惑っていると


「お前だよお前。猫耳女」


 近づいてくる足音とともに、気づけば数人の男子達に囲まれていた。制服を着ているところから見ても、同じ学校の生徒だろう。

 でも、なんだか雰囲気がおかしい。私を見る目に殺気をはらんでいるような……気のせいかな?


「はい? ええと、私に何か?」

「お前、どこの家の奴だ?」

「はい?」


 質問の意味がわからず戸惑っていると、いらいらしたように男子生徒は続ける。


「だから、どこの爵位の奴かって聞いてんだよ」


 は? なにそれ。爵位もなにも


「……ただの一般庶民ですけど」


 恐る恐る答えると、いきなり耳を引っ張られた。


「い、いたっ……!」


 痛みを訴えても、その力は緩まない。

 

「なんで庶民の亜人が、この魔法学院にいるんだよ! 獣くせえったらありゃしねえ」


 え、な、なにこれ!?

 小突かれながらも周りを見渡しても、同じ制服の生徒達が遠巻きにこちらの様子を伺っているばかり。誰も助けてくれそうな気配はない。

 なんなのこれ!? おかしな空気。はっきり言って異常だ。

 入学早々こんな目に合うなんて泣きそう……。


 その時


「あなた達、一体何をなさってるの!」


 凛とした声が響いた。

 見れば、そこにいたのはひとりの女の子。腕組みしながらこちらを睨んでいる。


「おっ、出たな男女(おとこおんな)。怖えー」

「複数でレディに手を出す方が、よっぽどスライムの腐ったような軟弱な存在だと思いますわよ。さあ、あなた、こんな方達の相手なんてしなくていいわ。あちらに行きましょう」


 そう言うと、少女は私の手を取り、男子達の輪の中から素早く連れ出してくれた。

 しばらく歩いてついた先。芝生に囲まれたベンチ。そこに腰掛けるよう促される。

 隣に腰かけた少女は美しく長い栗色の髪をカールさせていた。人形のように整った顔立ちと、凛とした立ち居振る舞いが高貴な雰囲気を醸し出している。


「さっきは大変でしたわね。それで、あなたのような方が、どうしてこの学校にいらっしゃるの?」


 唐突にそんなことを聞かれて挙動不審になってしまう。もしかして何かやらかしちゃったとか?


「え? ええと、私、何かしちゃいました? 場違いだったとか?」

「場違いも場違い。よろしくて? この魔法学院は主に貴族や裕福な家柄の、主に()()が通う学校なのよ。もちろん時には貴族や富豪の子の亜人も通うことがあるけれど、それ以外の一般の人間や亜人は民間の魔法学園に通うのが普通なの。だから、あなたみたいな亜人は、ここではとっても浮いた存在なのよ。それを知ってこの学校に来たの?」

「……全然知りませんでした」


 だってヴィンセントさんだって何も言ってくれなかったし!

 いや、しかし思い返してみれば、イライザさんも、確かお子さんを将来()()()()に通わせたいとか言ってたような気がする。

 つまりこの国には裕福層の通う魔法学院と、庶民の通う魔法学園があるらしい。

 だからさっきは男子に絡まれたのか。危うく耳毛が抜けるところだった。


「そういえばお礼をまだ言ってませんでしたね。さっきは助けてくれてありがとうございました」

「堅苦しい言葉遣いは結構ですわ。あなたのそのリボンの色、三年生ですわよね。それなら私と同じですもの」


 その割には目の前の少女は、私に対して丁寧語で話しているが……。

 でも、まあ、悪い人じゃないと思う。さっきだって助けてくれたんだから。


「ええと、それじゃあお言葉に甘えて……私はユキ」

「私は……」


 少女はなぜか口ごもる。

 少しの間を置いて、思い切ったように少女は口を開く。


「私の名前は、マクシミリアン・ティーケーキですわ」

「ティーケーキ! 美味しそうな名前!」

「そっちに反応します?」


 マクシミリアンちゃんは驚いたように目を瞠る。


「え、何か変なこと言いました……?」


 思わずうろたえるも、マクシミリアンちゃんはため息を一つつく。


「『マクシミリアン』といえば、普通は男性の名前。初対面で自己紹介すれば必ずそちらに反応されるのですよ」

「あ、もしかして、さっき『男女』って呼ばれてたのは……」

「そう、私の名前が男みたいだからって、からかってくる低俗な輩がいるのです」


 えー、こんな可愛いのに。私だったらそこに漬け込んで、仲良くなっちゃおうとか画策するけど。


「でも、どうして男の子の名前を付けられちゃったの?」


 これまで何度も同じ説明をしてきたのだろう。マクシミリアンちゃんは空を仰ぐ。

「私の上には6人の姉がいます。どうしても後継ぎを欲しがっていた父は、7番目に産まれた私をマクシミリアンと名付けて、男として育てるつもりだったそうなのです。そのために幼い頃から剣術や乗馬を習わされましたわ」


 なんだかどこかの漫画で読んだような話だな……。

 黙って聞いていると、マクシミリアンちゃんは拳を椅子に叩きつける。


「それがどうした事でしょう! 6年前、待望の後継ぎである弟が産まれたのです! どちくしょうですわ!」

「え」

「当然私はお役御免。残ったのはマクシミリアンという、レディにはそぐわないちぐはぐな名前だけ。おかげで周りからは『男女』と呼ばれる始末! まったく失礼しちゃいますわ!」


 どうやらファーストネームが好きではないらしい。まあ当然だろうなあ、私だって「ヨシヒコ」とかいう名前だったら、いくら両親からの贈り物とはいえ、あまりいい気分になれないだろうし。


「それじゃあ、あだ名で呼ぶのはどうかな? 略して『ミリアン』ちゃんとか」


 マクシミリアンちゃんは暫く考えていたようだったが


「そうですわね。それも良いかもしれませんわね」


 意外とあっさり提案を受け入れてくれた。


「それじゃあこれからよろしくね。ミリアンちゃん」

「こちらこそ、ユキさん」


 そうして私達は握手を交わした。

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