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新人教育

「どうしてわたくしが、このような物を着用しないといけないのですか!?」


 店内に響き渡るメアリーアンさんの声。それは確かに十分な戸惑いと怒りを含んでいた。

 とりあえず初日の接客をなんとかこなし、メアリーアンさんへの接客教育は次のステップへと進もうとしていた。


 そう、このお店特有のイベント。メイド&執事デーおよび眼鏡デーについてである。

 しかし、メイド服を渡して説明した途端、メアリーアンさんは前述の通りに憤慨しだしたのだ。

 確かに、貴族であるメアリーアンさんは、本来ならばメイドから「奥様」だとか呼ばれる側であろう。その立場が逆転するのは許し難いようだ。


「つってもなあ。それがこの店の決まりだからなあ。それが守れねえってんなら出ていってもいいんだぜ?」

 

 レオンさんがにやにやしながら上から目線でメアリーアンさんに告げると、彼女は悔しそうに押し黙った。


「と、とりあえずメイド服に着替えてから練習しましょう。ね? メアリーアンさん、そこの倉庫で着替えるといいですよ」


 さりげなく誘導すると、メアリーアンさんは渋々といった様子でドアの向こうに消えていった。


「さて、あいつが本当にメイド服を着てくるか見ものだな。直前になって『やっぱりできない』とか言い出すほうに銀貨1枚賭けるぞ」

「レオンさん、どこまで自分の姉を信用してないんですか……」


 暫くして倉庫のドアが開いた。みんな一斉にそちらに視線を向ける。

 メアリーアンさんはそんな視線をものともせず受け止め、実に堂々とした雰囲気でメイド服をまとっている。


 レオンさんの舌打ちが聞こえたが、私はそれを打ち消すように慌てて声を上げる。


「わあ! 似合ってますよ。メアリーアンさん」


 口をついて出た私の言葉に、メアリーアンさんが眉をひそめた。


「ユキさん。それはどういう意味かしら? わたくしには華やかなドレスよりも、このような下女の格好がお似合いだとでも?」


 まずい。変な意味にとられてしまった。私は慌てて弁明する。


「い、いえ、メイド服に身を包みながらも高貴な雰囲気と美しさを失っていない。流石だなあと言いたかったんです」

「あら、そう? やはりわたくしほどの存在となれば、どんな格好でも生来の気品というものが溢れ出してしまうものですのね」


 一瞬で機嫌が治った。これはもしや、褒めて伸ばす方向でいけばなんとかなるのでは?


「そうそう、その調子で『おかえりなさいませ、ご主人様』なんて言われた日にはお客様も喜びますよ。ね? クロードさん?」


 ここは敢えてクロードさんに水を向ける。レオンさんに振ったらまたきょうだい喧嘩に発展するかもしれないし。


「そうですね。立ち姿も振る舞いも大変美しい。流石は貴族の教育を受けられているだけありますね。どこに出しても恥ずかしくありません」


 さすが気遣い紳士クロードさん。私の意図を瞬時に読み取ってくれたようだ。

 私達の賞賛の言葉に、メアリーアンさんは気を良くしたようだった。


「その調子で、次はおもてなしの練習を致しましょうか。私について同じ動作と言葉を繰り返してください」


 そうしてクロードさんが


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 と、お手本を見せる。メイドの私よりずっとメイドらしい優雅な仕草で。


 対するメアリーアンさんといえば


「お、お、お帰りなさいませ……ご、ご、ごしゅ……ごしゅ…………なんて言えるわけないでしょう!!!? ふざけないで!!!」


 身体がぷるぷるしている。お辞儀もぎこちない。顔も真っ赤だ。見るからに羞恥と怒りがメアリーアンさんを支配していた。


「なぜ…….なぜわたくしが、こんな格好でこんな事を……屈辱の極みですわ!」

「嫌なら……」


 レオンさんが挑発するように入口を親指で示すと、途端にメアリーアンさんは大人しくなった。

 ぎぎぎと歯をくいしばると、改まったように咳払いをして


「…………お帰りなさいませ、ご主人様」


 と、今までに無いくらい優雅なお辞儀を披露して見せた。


「素晴らしい! これでいつでもメイドとして働けますよ!」


 クロードさんの賞賛の言葉に、メアリーアンさんは戸惑ったような、それでいてはにかむように微笑んだ。

 その姿を見ていると、貴族と言っても私達庶民とあまり変わらないような気がする。レオンさんしかり。

 ともかく、この調子なら、メイド&執事デーもうまくいきそうだ。良かった。




「おいネコ子、メアリーアンを連れて買い出し行ってきてくれ。店の場所も覚えてもらわねえとな」


 レオンさんはお姉さんのことをメアリーアンと呼ぶことに決めたらしい。その代わりメアリーアンさんにも自分の事を「レオン」と呼ばせている。

 レオンさんはその後で小さく付け加える。


「できればあいつがなんで家出したのかも、うまく聞きだしてくれよ」


 さらりと難しいことを言う。そんなの私にできるかな?




 ともあれ、メアリーアンさんと連れ立って、普段買い物している市場へ。


「あら。賑やかな事。こんな所に来るのは初めてでしてよ。みんなとっても楽しそうですわね」


 メアリーアンさんは物珍しそうにあたりを見回している。


「ええと、まずはお野菜を買いましょう。それから――」


 買い物リストを見ながらお店を案内してゆく。そのたびに、メアリーアンさんは子供のように歓声をあげる。市場がよっぽど珍しかったらしい。

 おまけに市場の人まで


「おねえさん別嬪だからおまけしとくよ」


 などとメアリーアンさんにサービスしている。そんなサービス、今まで私は一度も受けた事なかったとぞ……ぐぬぬ。


 そうして買い物を終えた私達は帰路につく。陽はすっかり傾き、冷たい風が冬の訪れを予感させる。


「ああ、楽しかった。市場ってあんなに賑やかなのですね」


 満足げなメアリーアンさん。今ならあの事について聞けるかも。


「あの、メアリーアンさん。こんな事聞いていいのかわからないんですけど……どうして家出なんかしちゃったんですか?」


 思い切って尋ねると、メアリーアンさんが俯いた。


「……逆に尋ねますけど、ユキさんはどうしてあのお店に?」

「私? 私はお店の前で行き倒れかけてたんですよ。それを助けてもらって」

「そう……」


 しばらくの間。

 やがてメアリーアンさんは重たそうに口を開いた。


「真珠よ」

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