新しい命
丸々とした手足。
ふわふわの毛に覆われた長い耳。
時折寝返りを打つ姿は、まるで天使のよう。
「か、か、か可愛い……!」
そろそろ秋も終わろうかと言う頃、私とヴィンセントさんは、銀のうさぎ亭本店の居住スペースを訪れていた。
なんと、イライザさんに赤ちゃんが産まれたのだ。それも三つ子の。
うさぎ耳はマスターから、髪の色はイライザさんから受け継いだのであろう。ころころとしたその姿は、愛らしい以外の何者でもない。
イライザさんも元気そうだ。
「よかったら抱いてみる?」
「い、いいんですか!? ぜひ!」
そうして抱かせてもらったのは、一番大人しそうな男の子。
耳がふわふわでたまらない。思わず頬ずりしてしまう。
「かわいいですね。ヴィンセントさん」
ヴィンセントさんを見やると、抱いている子に髪の毛を引っ張られたりしてあわあわしている。随分とやんちゃな子だ。
「ああ、こら、だめよ。そんなことしちゃ」
イライザさんが慌ててその子を取り上げると、困ったように眉尻を下げる。
「ごめんなさいね。この子、ヴィンセントさんの頭のお花に興味があるみたい」
引き離されてなお「あー、あー」とヴィンセントさんのほうに手を伸ばす。よほど気になるみたいだ。
当のヴィンセントさんは何か考えていたようだったが
「奥方が構わないのなら、この花一本くらい差し上げても支障はないが」
「まあ、本当? 本当にいいんですか? 痛くない?」
「ああ。平気だ」
そうしてハサミを借りたヴィンセントさんは、なんのためらいもなく頭の花を切り落とす。
と、切り落としたそばから小さなつぼみが髪の間から顔を覗かせ、みるみるうちに大きくなったと思ったら、あっという間に白い花を咲かせた。
話には聞いていたけど、実際に見ると不思議な光景だ。手品みたい。
「ありがとうございます、ヴィンセントさん。ほら、この子もこんなに喜んで」
花を手渡された子は、掴んだ茎を振り回しご機嫌だ。
「そういえばこの子、魔法の素質があるらしいの。将来魔法学園に通わせようかしら。いずれ偉大な魔法使いになりそうな気がしない? ……なんて、親の欲目かしら」
イライザさんはふふふと笑いながらも、少しだけ誇らしそうだった。
充分に赤ちゃんを堪能した帰り道、先ほどの会話の中で気になっていたことをヴィンセントさんに尋ねてみる。
「さっきイライザさんが『魔法学園』って言ってましたけど、そんなものがこの国にあるんですか?」
「魔法だけじゃないぞ。ほら、あそこを見てみろ」
ヴィンセントさんが目を向けた先には、詰襟の軍服のような紺色の服を着た男の子たち。
「あれは騎士養成学校の生徒達だ」
「へえ。言われてみればなんとなく凛々しい雰囲気が漂っているような、いないような」
どうでもいいが、先ほどからヴィンセントさんは、私の耳を撫で続けている。イライザさんのところで赤ちゃんうさぎ耳を堪能できなかった代わりらしい。
「それで、お前はそういう学校に興味があるのか?」
「もちろんですよ。私にだって魔法の力があるんですからね。勉強すれば手から炎が出せるようになるかも。マジカルプリンセスユキの爆誕ですよ!」
いくつになっても魔法少女というものは乙女の憧れなのである。
「ふうん……それなら試しに通ってみるか? 魔法学院に」
「えっ? 私がですか?」
「他に誰がいるというんだ。手から炎を出せるかどうかはともかく、中等部なら今からでも通える。編入になるだろうが」
うむむ……確かに魔法の学校というものがどんなところか興味はあるし、手から炎も出してみたい。が……
「でも、お金とかかかるんでしょう……?」
「任せておけ。仕事が順調なおかげで、多少の蓄えもある」
「そ、それなら自分のお金で行きます! 私が通う学校なんだから。私だって本を書いたりした時の報酬を貯金してるんですからね」
「少しは我輩を頼れ。お前のためなら出来る限りの事をしたいのだ」
ヴィンセントさん、本気みたいだ。でも、流石にそこまでしてもらうのは申し訳ない。けれど、どんなに固辞しても、かたくなに援助をすると言い張るのだ。
仕方なく折衷案を出してみる。
「ええと、それじゃあ、半分だけ援助してもらうっていうのはどうですか? 残りの半分は自分で出すので」
「お前は謙虚だな」
半分も援助してもらうんだから全然謙虚じゃないよ。
とは思ったが、ヴィンセントさんが機嫌良さそうに私の頭をくしゃりと撫でるので、なんとなく言い出せずにいたのだった。
「はぁ? 魔法学院? 通うのか? ネコ子が?」
銀のうさぎ亭二号店で、魔法学院への入学の話をすると真っ先にレオンさんが反応した。
「あのな、魔法ってのはそんなに簡単に習得できるものじゃねえんだよ。中等部に編入って言っても卒業まであと半年くらいしかねえじゃねえか。初等部からみっちり基礎を学んでないとすぐに落ちこぼれるぞ」
「まるで実際に見てきたような言い方ですね」
「実際に通ってたからな。中等部までだけど。まあ、俺はハーフエルフだから魔法なんて余裕だったけどな」
「えっ! そうなんですか!? それじゃあレオンさんは魔法が使えるんですか!? すごい! 見せてくださいよ!」
さすが貴族のおぼっちゃま。側室の子だったとはいえ、色々な教育を施されていたようだ。
レオンさんは何事かをつぶやくと、爪の先に小さな豆くらいの大きさの光球が現れる。その指先を私に向ける動作をすると、光球は勢いよく私の額に当たって弾けた。
「いたっ! ちょっと、乙女の顔になんてことするんですか! 万死に値しますよ!」
「お前が見たいって言ったんだろ? もっとデカいのぶつけてやろうか?」
このドSハーフエルフが!
じんじんと痛む額を撫でていると
「まあまあ、お二人ともそのくらいで」
クロードさんがさりげなく私を庇うように割って入ってきた。
さすが気遣い紳士。私はこれ幸いとその背中に隠れる。これ以上あの魔法を食らったら堪らない。
「確かに魔法学院はレベルが高いことで有名ですが、ユキさんが希望するのなら、背中を押して送り出して差し上げるべきなのでは?」
さすが紳士。いいこと言うなあ。
しかし、レオンさんは口を尖らせる。
「俺の心配してるのはそこじゃねえ。ネコ子がいない間、その穴を誰が埋めるかってことだよ。メイドデーだとかメガネデーだとか、そんな小っ恥ずかしい接客にも耐えられる女がすぐに見つかると思うか?」
「小っ恥ずかしいだなんてひどい! 私達は真剣に接客してたんですよ! そんな風に思われてたなんて心外です!」
「そうですよ! ユキさんの言う通り、我々は真剣にメガネ姿で接客していたんですから!」
珍しくクロードさんが語気を荒げる。ていうか、クロードさんはメガネデ―関係なくいつもメガネ姿なのに、なんのメガネアピールなのか。
しかし、そんな私達の剣幕に押されたのか、レオンさんは一瞬言葉に詰まった後、頭をかく。
「……仕方ねえな。求人の張り紙の他にも本店に打診してみるか。あそこは従業員の人数も多いし、そんな奇特な女がいればこっちに回してもらうって事で」
おお。確かに本店なら誰かしら適切な人がいるかもしれない。どうかいい人が見つかりますように……!




