建国祭
「これより、第12回銀のうさぎ亭2号店発展会議を行う」
閉店後の店内にレオンさんの声が響く。
「今日の議題は、来月行われる建国祭での出店メニューについてだ」
「建国祭……ってなんですか?」
私の問いにレオンさんとクロードさんが目を瞠る。
あれ、なんか変な事言ったかな……。
「お前、建国祭も知らねえのかよ。保護者は教えてくれなかったのか?」
「ヴィンセントさんの事を保護者って言うのはやめてください! あの人は私の配偶者です! 保護者じゃありません。決して! この間だって……」
「あーあー聞こえねー。ノロケはいいから話を戻すぞ」
レオンさんが耳を両手で塞いで聞こえないふりをするので、私も口をつぐむ。
そうして静かになったのを見計らったようにクロードさんが口を挟む。
「ユキさん。建国祭というのは、その名の通り、このメルリア王国の建国を祝う祭なんですよ。毎年来月の始めの日に行われる、それはそれは盛大なもので」
「へえ、楽しそう!」
「言っとくけどネコ子。俺らには遊ぶ暇なんてねえからな」
お祭りときいて浮かれそうになる私に釘を刺すレオンさん。
「え? なんでですか!? お祭りですよ、お祭り! 楽しむ以外の選択肢なんて無いじゃないですか!」
「なんでもなにも、銀のうさぎ亭2号店は飲食店エリアに屋台を出すんだからな。さっきも言ったろ? 今日の議題は建国祭の出店メニューについてだって」
おう。そういえばそんな事言ってた。そういう意味だったのか。
えー、それじゃあヴィンセントさんと一緒に過ごせないのか。せっかくのお祭りなのに……。
私のテンションがダダ下がりしたのを察したのか、レオンさんが「ただし……」と付け加える。
「早々に売り切っちまったっていうのなら話は別だ。売り物が無けりゃ撤収するしかねえからな。それはお前ら売り子の力に掛かってる」
「え?」
「つまり、売れば売るほど早く撤収できる。その分祭を楽しめるってわけだ」
な、なんだってーーー!!
「それでそれで、何を売るんですか!?」
「だから、それを考えるって言ってんだろ。気が早えよ、お前は」
私がレオンさんに詰め寄ると、レオンさんは引いたような顔で一歩下がった。
まずい。テンションが上がって勢いづいてしまった。猛省せよ。
「それなら『妖精の森の秋の収穫祭』はどうですか? このお店の看板メニューだし」
「あー、それは本店が出すんだってよ。だからそれ以外で頼む」
そうか。本店も出店するのか。被らないようにしないといけないんだな。
そこでクロードさんが手を挙げる。
「それでは『白波の中の宝探し』はどうでしょう。スープ系ですから、紙コップでお客様にお出しすれば洗い物も出さずに済みますし」
その意見にレオンさんは暫く顎に手をあて、何事か考えていたようだったが
「んー、まあそのあたりが妥当だろうな。今回の目的はウチの店をもっと多くの人に知ってもらうって事にあるからな。それじゃ『白波の中の宝探し』で決定って事で。当日は俺は調理に集中するから、お前らは客寄せ頼んだぜ」
よーし、頑張って売り切ってみせるぞ。
でもってヴィンセントさんとお祭り見て回るんだ!
「ネコ子、お前はもう上がっていいぞ。保護者が迎えに来てる頃だろうしな」
その声に我に返って時計を見ると、帰宅時間になっていた。
「だから保護者じゃありませんってば!」
頬を膨らませながらも挨拶をしてお店を出ると、いつもの場所にヴィンセントさんは待っていてくれた。
その途端レオンさんの言葉もどうでもよくなって、私は彼の腕の中に飛び込む。
「ヴィンセントさん、ただいまー」
まだ家じゃないが、彼の居る場所こそが私の居場所でもある。だからついつい「ただいま」などと口に出してしまうのだ。
「今日もよく頑張ったな。えらいぞ」
普通に働いただけなのだが、ヴィンセントさんは褒めながら頭を撫でてくれる。これがあれば、いつまでも働いていられるような気がする。
一通り温もりを堪能した後で、腕を組んで自宅へと歩き出す。
「ヴィンセントさん。来月建国祭があるって聞いたんですけど……」
「ああ、そういえばそんなものもあったな。お前は外国から来たんだったな。建国祭は初めてか?」
「はい。うちのお店も出店するんですけど、売り切ったら自由時間らしいので、そしたら一緒に見て回りませんか?」
「もちろん構わないぞ。楽しみにしてる」
「わーい。ありがとうございます」
やったー! 絶対、絶対、売り切るぞー!
「ねえレオンさん。なんで私達この恰好なんですか……?」
迎えた建国祭当日。
私はメイド服、クロードさんは燕尾服を着せられていた。
「そりゃ、目立つからに決まってんだろ。あ、ネコ子、お前は語尾『にゃん』で接客しろよな」
レンガを積んで作った簡易的な釜を前に、大きな寸胴鍋をかき回しながら、レオンさんはこともなげに言い放つ。隣には「銀のうさぎ亭」ののぼりがはためいている。
「なんでそんな拷問みたいな事……」
「早く売り切るためだ」
ぐぬぬ、そう言われると従うしかない。とにかく売り切って、ヴィンセントさんとお祭りを楽しむのだ。
そして飲食店エリアにもどんどん人が流れ込んできた。
「美味しい美味しい串焼きだよ! 一本いかがかね!?」
「そこのお嬢さん。甘い林檎飴はどうだい?」
お客の気を引くためか、威勢のいい声がそこかしこで響く。
むむむ。確かにこれは目立ったもの勝ちだ。
「銀のうさぎ亭『白波の中の宝探し』はいかがですか……にゃん」
私の声など周囲の喧騒にかき消されそうだ。
「おいネコ子、お前真面目に集客しろよ」
「そ、そんな事言われましても……」
と、その時
「レオン様ぁ!」
という黄色い声が聞こえた。
見れば数人のうら若き乙女たちが、こちらに向かってくる。
お店の常連さんだ。レオンさんの熱狂的ファンの。
レオンさんは小さく
「うげ」
という声を上げたが、お客様に対して失礼な態度も取れず、かといって逃げ出す事もできず
「……い、いらっしゃい」
などと強張った声で対応する。
これは面白い。普段厨房に隠れて出てこないレオンさんが、乙女たちに囲まれあたふたしている。
紙コップをレオンさんに渡しながら、焦っている姿をじっくりと拝見しようではないか。くくく。
騒がしい乙女たちが去った後で、レオンさんは疲れたようにため息を漏らす。
「おいネコ子、お前面白がってただろ。このヤロウ」
「えー? そんな事ありませんよ。それよりも、早速『白波の中の宝探し』が売れてよかったですね。ねー、クロードさん?」
「そうですね。大変幸先がいいですね」
どうやらクロードさんも楽しんでいたみたいだ。
よし、良いものも見れた事だし、改めて仕事仕事。
ところが、それ以降肝心の『白波の中の宝探し』がさっぱり売れない。
これではいつまで経ってもヴィンセントさんとお祭りを見て回れないじゃないか……! 困る!
私はたまらずレオンさんに提案する。
「レオンさん。お店にはメニュー表があるからわかりやすいですけど、うちのお店を知らないお客様には『白波の中の宝探し』が何なのか分からないんじゃありませんか?」
「うーん? そういやそうかもしれねえな」
「だから売れないんじゃないですか!?」
「じゃあどうしろってんだよ」
「試飲です。ここは少量の『白波の中の宝探し』を無料でお客様に配って飲んでもらうんです。そうすれば、きっとこのお料理の美味しさにも気づくはずです!」
「そこの旦那様方、美味しい美味しいシチューの試飲はいかがですかにゃん。お代は頂きませんにゃん」
この際恥はかき捨てる。とにかく道行く人に声を掛けまくるのだ。
クロードさんも
「お嬢様方。シチューの味見などいかがですか?」
などと頑張ってくれている。
そのおかげか
「お、美味いな。一杯貰おうか」
「こっちは二杯ちょうだい」
と、注文してくれるお客様が現れた。
夕方になる頃にはお鍋一杯の『白波の中の宝探し』は半分くらいに減っていた。
あと半分。あと半分で売り切れる!
はやる心を抑えながら、道行く人に試飲を勧めては断られたり、受け取って貰えたり。
そうして空は暗くなり、屋台のランプが光を放ちながら道沿いにずらりと並ぶ。
普段なら幻想的なその光景も、私にとっては焦りでしかない。だって、まだお鍋にはそれなりの量の『白波の中の宝探し』が残っているんだから。これをからっぽにしないと私に自由はないのだ。
はあ、もう駄目なのかな。ヴィンセントさんとお祭りを見て回るのは諦めたほうがいいのかな。
そんな考えが頭をかすめたその時
「ユキ」
名前を呼ばれて顔を向けると、そこにはなんとヴィンセントさんが。
「遅いから様子を見に来たのだが……」
迎えに来てくれたんだ。でも、私はまだこの場を離れるわけにはいかない。
「すみません。もうちょっとで売り切れそうなんですけど、なかなか……」
それを聞いたヴィンセントさんはつかつかとレオンさんに歩み寄る。
「店主。その『白波の中の宝探し』はあとどれくらい残っているのだ?」
「うん? あと20杯分ってとこかな。なんだあんた。ネコ子を迎えに来たのか? それなら別に連れてっても構わな――」
「いや、その鍋の中身。全て我輩が貰おう」
そう言うとヴィンセントさんは硬貨を何枚か取り出してレオンさんに渡す。
「さあ、早く中身をコップに注いで我輩に渡すのだ」
「ヴィ、ヴィンセントさん、無理しないで……!」
私が慌てて服を引っ張るも
「いや、これを完売させないとお前はここから解放されないのだろう? だったら我輩が全部飲み干してやる。さあ店主、早くするのだ」
レオンさんは少しの間ぽかんとしていたが、やがてにやりと笑う。
「面白ぇじゃねえか。そういう事なら全部飲み干してもらうぜ。ネコ子を連れて行きたかったらな」
ええ……レオンさんまでそんな煽るような事……。
紙コップに注がれた『白波の中の宝探し』を、ヴィンセントさんは一気に飲み干す。
「さあ、もう一杯」
注がれた『白波の中の宝探し』を、ヴィンセントさんはどんどん飲み干してゆくが、そのたびに徐々にペースが落ちてゆく。時折苦しそうな表情も見せている。
「レオンさん! 私もにもください! 私も飲みます!」
思わず手を挙げるも、それをヴィンセントさんが制す。
「やめろユキ。これは我輩が仕掛けた勝負なのだ。最後までそこで見ていろ」
謎のプライドがあるみたいだ。どうしよう。これは見守るしかできないのかな……。
ヴィンセントさん、頑張って!
「ほら、これが最後の一杯だ。飲み干したらネコ子をどこにでも連れてって良いぜ」
レオンさんからコップを受け取るその手は、微かに震えているようだ。
そうして最後の一杯を見つめると、ヴィンセントさんは、最後の力を振り絞るようにコップの中身を一気に煽る。
コップを逆さにして空っぽだという事を示すと、何故かおおっというざわめきと拍手が聞こえた。
周りに目を向けると、いつの間にか人の輪ができていて、ヴィンセントさんに拍手を送っている。
なんだろう。大食い大会にでも勘違いされたのかな……?
「1人で20杯のシチューを平らげた彼に拍手ー。でもって、20杯でも食べたくなる『白波の中の宝探し』は、銀のうさぎ亭で食べられまーす。よろしくお願いしまーす。明日は12時から開店でーす」
などとレオンさんがちゃっかり宣伝している。これを見越してヴィンセントさんの申し出を受けたのかな……?
ともあれ、ヴィンセントさんが約束を果たしたのは確かである。
「早く行け」というレオンさんのジェスチャー通り、私はヴィンセントさんを引っ張って人の輪から抜け出した。
「ヴィンセントさん、大丈夫ですか?」
「うう……戻しそうだ」
私は慌ててヴィンセントさんの背中をさする。
「無理しすぎですよ」
「だが、無理しなければ、お前と建国祭を一緒に過ごせないまま終わっていたかもしれない」
「まあ、それはそうかもしれませんけど……」
それで気分が悪くなってたら意味がない。いや、でもどうしよう。嬉しい。ヴィンセントさんが私のためにここまでしてくれた事が。
「どこかで休みましょう」
「そんな暇はない。行きたいところがある」
ヴィンセントさんは気分悪そうにしながらも私の手を取って歩き出す。
大丈夫かな。と思いつつ、着いた先はいつかの公園だった。
小高い丘のようになっているところに登ると、ヴィンセントさんは座り込む。
「ここに何かあるんですか?」
隣に座った私が尋ねると
「もう少しでわかる」
という答えが返ってきた。
なんだろう。と思ったその時、頭上で何かが煌めいた。
目を向けると、そこには大輪の花。
花火だ。色とりどりの花火が次々と空を覆う。
「もしかして、これを見たかったんですか?」
「ああ、お前と一緒にな。せっかくの建国祭なのだから」
「きれい……」
「いい場所だろう? 静かだし、人もいない」
言いながら、ヴィンセントさんが私の肩を抱く。
私はそのまま彼の肩にもたれ掛かった。
珍しい屋台だとかは見られなかったけれど、最後の最後に一番きれいなものを一緒に見れたんだ。こんな素敵な建国祭があるだろうか。
そのまま肩を寄せ合いながら、花火を眺めていた。




