休日の約束
お店が定休日の朝、目覚めると、花咲きさんが仕事部屋の床で寝ていた。
これもよくある光景だ。昨日も夜遅くまでお仕事してたんだろう。
というか、私も寝坊してしまった。気づけばもうお昼近い。
早速カツサンドを……と思ったけれど、せっかくだから今日は違うものを作ってみようかな。さすがに朝からお肉ばっかりだと胃がもたれそうだし。それに野菜も足りない。
カツサンド狂いの花咲きさんは、三食カツサンドでも気にならないみたいだけど……。
とりあえず、フレンチトーストとサラダを作っていると、私が料理する音で目覚めたのか、花咲きさんが起きてきた。
「なんだその得体の知れないものは。食べられるのか?」
開口一番、そんなことを言う。
「失礼ですね。これはフレンチトーストといって、私の国にあったれっきとした食べ物です。この間、食堂の新メニューにも採用されたんですよ」
「ほう。それなら味は保証できそうだな。しかしその『フレンチ』というのはどういう意味なのだ?」
「ええと、私のいたところにあった地名に関する言葉です」
フレンチトーストの名前の由来はよくわからないけれど、きっとフランスに関係あるに違いない。たぶん。だって「フレンチ」だもん。「フレンチ」
だからこそ、フランスのないはずのこの世界には、フレンチトーストという料理が存在しないのでは……と思い、お店でも提案したのだ。
出来上がった料理をお皿に盛り付けて、お茶と一緒にいつも通り作業机に運ぶ。
「こういう料理は久しぶりだな。いつもは片手で食べられるサンドイッチばかりだったからな」
言いながら、フレンチトーストを一口大に切り分けて口へと運ぶ花咲きさん。
どうかな。口に合うかな?
「うん、うまい」
「ほんとですか!?」
「ああ、疲れた身体に優しい甘さが心地よい。まるで花の蜜にたどり着いた蝶のような気分だ」
なんなんだその比喩は。
まあ、とりあえず褒められたのでよしとしよう。
朝食兼昼食が終わると、花咲きさんがトランプを出してきた。
「黒猫娘。久しぶりに勝負しようではないか。まずは七並べで」
「花咲きさん、ほんとに七並べ好きですね……いいでしょう。私の七並べテクニックをお見せしようじゃありませんか」
そうして七並べから神経衰弱、ポーカーと楽しんでいると、ふと時計が目に入った。
時刻は3時30分。
それを見て何かを思い出しかけた。なんだっけ? お休みの日のこの時間。何かあったような……。
「あああああ!!」
「な、なんだ突然……」
いきなりの奇声を上げた私に、花咲きさんが戸惑ったような声を上げる。
「今日! 大切な用事があったんです! すぐに行かなきゃ!」
うっかりしてた。今日はユージーンさんと待ち合わせしていたんだった。
ほんとはもっと花咲きさんと遊びたいけど仕方がない。断腸の思いで急いで出かける支度をする。
「夕方までには戻ってきますね。お夕飯は何がいいですか?」
「カツサンド」
このカツサンド狂い。
走ってなんとか待ち合わせ場所に着くと、ユージーンさんはもう来ていた。
「遅いぞ猫娘。俺を待たせるとは何事だ」
「す、すみませんすみません。どうしても外せない用事があったもので……」
トランプだったんだけどね……。
「まあ良い。早速行こうではないか。今日はどんな民草の食べ物を食させてくれるのだ?」
「ええと、それじゃあ、今日こそお肉の串焼きでも……」
「俺は甘いものが食べたい」
またか。ユージーンさんて甘党なのかな。
うーん、何かないかな。庶民的かつ甘いもの。
あたりを見回していると、ひとつの屋台に目が止まった。
「あ、あんず飴! あれにしましょうか」
「あんず飴……? あんず味の飴なのか?」
「違いますよ。あんずを飴に絡めてあるんです。甘くて美味しいですよ」
屋台に近づくと、さくらんぼ飴やぶどう飴なんていうのもある。とりあえず気になったものを二つずつ注文する。
今日こそ支払いは別々で!
「このメロン飴というのはなかなか美味いではないか」
ベンチの隣に腰かけたユージーンさんがはしゃいだような声を漏らす。
反面、私はちびりちびりとさくらんぼ飴を舐めていた。
「……ユージーンさん。なんで今日も金貨しか持ってないんですか……? 先週の失敗を忘れちゃったんですか……?」
「仕方ないであろう? 生憎と金貨以外見当たらなかったのだ」
そうなのだ。この人はまた金貨しか持っていなくて、結果、私がまた奢る羽目になってしまったのだ。
そんな目に逢えば、せっかくのスイーツの美味しさも半減するというものだ。
テンション低く飴を舐める私とは対照的に、ユージーンさんは上機嫌だ。
はー、もうなんなんだ。なかば強制的に付き合わされた挙句、お金まで払わされて。私って、この人の下僕かなにか? 違うよね?
せめてお礼の言葉でもあればいいのに、それも無いし。なんなのこの状況。
「おい猫娘、来週もまたこの時間に――」
「もう、いい加減にしてください」
「……なんだと?」
「私にだって予定というものがあるんですよ。毎週毎週ユージーンさんにつきあっていられません」
私の言葉にユージーンさんはむっとしたようだ。
「そんな口をきいても良いのか? お前がアラン・スミシーだと公表しても良いのだぞ」
私はたまらず立ち上がる。正直、もう限界に来ていた。
「それですよ、それ! 世直しとか言って悪人を成敗してるくせに、私みたいな庶民を脅して言うことを聞かせようとしたり。ユージーンさんのやってる事って脅迫ですよ。悪人そのものじゃないですか!」
「俺が、悪人……?」
困惑したようなユージーンさんに対して私は続ける。
「正体をばらすっていうなら、別にばらしても良いですよ! どうせ私なんかの正体がばれたところで世間が大騒ぎするわけでもないし。なんだったら自分からばらしても良いですよ。そうすれば、これ以上あなたみたいな身勝手な人に付き合わされる理由もなくなりますからね!」
ユージーンさんはしばらく驚いたように私を見つめていたが、やがて俯くと
「……身勝手か……」
と、ぽつりと呟いた。
あれ、ちょっと言い過ぎちゃったかな……まさか、私の言葉にダメージを受けてる……?
少し心配しかけたその時、「くっ」っという笑い声が聞こえ、ユージーンさんが顔を上げる。意外にもその顔は笑っていた。
「確かにそうだな。言われてみれば俺は身勝手な悪人だ。お前に言われるまで気づきもしなかった。先ほどの言葉、なかなか辛辣だったぞ」
急に素直になったので、私も困惑してしまう。
「い、いえ、その、私も言い過ぎたかも……」
「いや、今までそんなふうに誰も俺の事を諌めようとしなかった。きっと俺が王子だから何も言えなかったんだろう。それをお前はずけずけと真正面から指摘してきて……そのような者は今までいなかった。面白い女だな。お前は」
なんだか乙女ゲーに出てくる俺様キャラみたいな事を言い出した。
え、なにこれフラグ立った?
「今後はお前が暇な時で良い。だから、またこうして俺の道楽に付き合ってもらえないか? 俺はまだ庶民の生活に興味があるのだ。頼む」
いつもの高圧的な態度から一転して、懇願するような真剣な眼差しを向けられ、なんだか落ち着かない。
結局私は
「時間のある時で良いなら……」
と、頷いてしまった。




