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異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど  作者: 金時るるの
目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど
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共同生活

「それで、どういういきさつで追い出されたのだ? よっぽどのヘマでもやらかしたか?」


 花咲きさんが淹れてくれたお茶を飲みながら、私はゆっくり説明する。


「ええと、実は自室の本棚を倒してしまったんですけど、その衝撃で床に盛大に穴が開いてしまって……それで『お前の部屋ねーから』と言われて追い出されてしまったんです」


 もちろん嘘なのだが、花咲きさんには真相を知る術もない。


「随分と間抜けな理由だな」


 そうだよ。自分でも間抜けで無理矢理な理由だと思うよ。でもこれしか思いつかなかったんだよ。


「しかしまあ、同情しないでもない。そのかわり、約束通り毎日のカツサンドをよろしく頼むぞ」


「それはもう、喜んで作らさせて頂きます」


 私は部屋の中を見回す。作業場であるアトリエとお台所。そして私が今まで入ったことのない部屋のドア。おそらく寝室だと思われる。


「あの、花咲きさん、私はどこで寝起きしたらいいんでしょう? 一応寝袋は持ってきたんですけど」

「適当にそのへんで寝て構わないぞ。我輩は寝室で寝るからな」


 適当にって……床じゃん。

 こういう時って、男性が女性により良い寝床を提供してくれるものじゃないのかな……?

 

 そんな考えも虚しく、花咲きさんは


「さて、我輩も寝るかな」


 などと言いながら寝室に消えていった。


 私はしょうがなく、寝袋に包まり床に寝転がる。


 花咲きさんは私のことなんてなんとも思ってないのかなあ。

 でなければうら若きレディを床で寝かせるなんて、そんな紳士にあるまじき事ができるだろうか? まさかカツサンド目当てでここに置いてくれてるだけだったりして……

 それなら、私だけが花咲きさんの事を気にしてるだけなのかな……

 いや、でも「一緒に寝よう」とかいう展開になってもそれはそれで困るけど……!

 悶々としながらも、硬い床の上でいつしか眠りに落ちていた。





「おいネコ子、それで昨日はどうだったんだよ。詳しく聞かせろ」

「私も是非とも結果を知りたいですねえ」


 銀のうさぎ亭二号店へと出勤した途端、男性陣が詰め寄ってきた。

 そんなに他人の恋バナに興味があるのか? 君たちは女子か!


「そんな大したことなんてありませんでしたよ。とりあえず家に置いてもらえる事にはなりましたけど」


 昨晩の出来事を簡潔に説明すると、レオンさんはあからさまに口を尖らせた。


「なんだ、つまんねえなあ。もっとグイグイ行けよ」

「その言葉、そっくりお返しします」


 レオンさんだって年頃の女性が苦手だって言ってたくせに。

 他人の事より自分の女性恐怖症を克服するべきでは?


 図星だったのか、レオンさんは口を噤んだ。


「それにしても、その『カツサンド』というものは、そんなに美味なるものなのでしょうか? 是非とも一度食してみたいですね」

「はい、わたしも食べてみたいです!」


 ノノンちゃんがクロードさんに追随する。


「あ、それなら休憩時間に作りましょうか? 私も材料を買って帰らないといけないし、そのついでにでも」

「本当ですか? それは楽しみですねえ」


 両手を擦り合わせながら笑顔を浮かべるクロードさん。

 この世界ではウエイトレス業務が主な担当であり、料理もろくにできない私が、食べ物関係で期待されるというのは結構嬉しい。




 早速ランチタイム後の休憩時に、カツサンドを作って振る舞う。

 一切れ齧ったクロードさんは


「これは……しっとりとしたパンに馴染むようなソースの絡んだ柔らかい豚肉……まるで味のオーケストラです……」

「そ、そんな大げさな」

「でも、とってもおいしいですよ」


 ノノンちゃんも素直な感想を口にしてくれる。


「どれどれ? 俺にも食わせろ」


 厨房から出てきたレオンさんも、一切れ手に取る。


「お、なるほど。美味いじゃねえか。なあネコ子、これ、店のメニューに加えねえか?」


 な、なんと。そこまで高評価を得るとは。

 認められたのは嬉しいけれど……


「ごめんなさい。これはお店でお出しする事はできません」

「なんでだよ」

「だって、『毎日カツサンドを作る』っていう条件で、例の画家さんの家に置いてもらってるんですよ。それがこのお店にくればいつでも食べられる、なんて事になったら追い出されちゃうかも……」

「お前の魅力ってカツサンドだけなのかよ」

「残念ながら、今はまだそうみたいです」





「待っていたぞ黒猫娘。早くカツサンドを作ってくれ。我輩の胃袋はもう限界なのだ」


 扉を開けるなり、花咲きさんの声が飛んでくる。

 やっぱり私の価値はカツサンドだけなのか。


「もしかして、また食事もとらずにお仕事してたんですか?」

「まあ、その、つい集中してしまって……」

「またそんな無茶して。歯痛が再発しても知りませんよ」

「……気をつける」


 花咲きさんは、叱られた子供みたいにしゅんとしている。

 そういうところ、ちょっとかわいい。なんて、大人の男の人に対してそんな感情を抱くのは失礼かな?


「それじゃあ、ついでに明日のお昼の分も作っちゃいますね。目の前にカツサンドがあれば忘れないと思うし」

「ああ、頼む」



 そうして食事を終えて夜も更けた頃


「そうだ黒猫娘。今日は我輩のベッドを使ってもいいぞ」

「え?」


 おお? 花咲きさんがついに紳士精神に目覚めた!?


「我輩は仕事の続きがあるからな。下手をすれば朝まで掛かる。その間ベッドを持て余すのも勿体無いだろう?」


 あ、そういう事ですか。


「朝までなんて大変ですね。体調に気をつけてくださいね。それじゃあ私はお言葉に甘えてベッドを使わせて頂きます。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」



 寝室には、壁に立てかけるように大小様々な大きさの絵があった。これ全部花咲きさんが描いたのかな。

 それにしても絵に囲まれて眠るなんて贅沢。美術館にいるみたいだ。

 私はそろりとベッドに近づくと毛布をめくって体を滑り込ませる。

 あ、毛布にも所々絵の具がついてる。いったいどんな状況で寝たんだろ……


 それはそれとして。

 普段花咲きさんが使っているベッドを、今は私が使っている。

 それって、それってもしかして、間接添い寝状態……!?

 花咲きさん自身はいなくとも、私は今、彼に包まれているのだ。

 ……なんて、さすがに変態的思考すぎるから自重しよう……目を覚ますんだ私。いや、これから寝るんだけどさ。精神的な意識っていうか?

 そんなことを考えながら、訳の分からなくなる前に瞼を閉じた。





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