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異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど  作者: 金時るるの
目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど
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臨時休業

 お客様の食べ残し問題として、開店時間を早めるという対策をしてからしばらく。


「起きてきませんねえ」

「私が部屋を出る時には、まだお休みのようでしたが……」


 私とクロードさんは、食器を磨きながらも揃って廊下に続くドアを見つめる。その奥には二階に行くための階段があるはずだった。

 音ひとつしないそんな場所を見つめているのには理由があった。

 もうすぐ開店だというのにレオンさんが姿を見せないのだ。

 時には明け方まで、料理に使うスープストックを作るレオンさんは、できるだけ開店に間に合うような時間まで眠っている。でも、こんなギリギリまで起きてこないだなんて事は今まで無かった。


「もしかして寝過ごしてたりして」

「少し様子を見てきましょう」


 そう言ってクロードさんは廊下に続くドアを開けて姿を消した。

 それにしても珍しいなあ。レオンさんが寝坊だなんて。いつも料理に命賭けてます! って感じなのに。

 そんな事を思っていると、クロードさんが戻ってきた。若干慌てた様子で。何かあったのかな?


「どうやらレオンさんは体調を崩されているようです。風邪かもしれません」

「え!?」

「私は外のお客様に事情を説明して参りますから、ユキさんはレオンさんの看病をお願いします。今日は臨時休業とさせて頂きましょう。料理人がいなくてはどうしようもできませんからね」

「は、はい……!」


 レオンさん、そんなに重症なのかな? 

 私はタオルと共に水を張った洗面器を持ってレオンさんの部屋に向かう。すでに開店を待っているお客様はクロードさんに任せよう。彼の接客テクニックなら上手くやってくれるだろう。

 と、そこで思い出した。


「クロードさん、ちょっと待ってください」


 ドアに向かうクロードさんに声を掛けると、お店の奥の引き出しからカード状の紙束を取り出す。そこには


【全品2割引き!】


 と書かれている。こういう時のためにと用意していたものだ。


「これも並んでいるお客様に対して一枚ずつ配って貰えませんか。お詫びとして」

「なるほど。これなら次回の来客も見込めますね。わかりました。あとは任せてください」

「はい、よろしくお願いします」


 クロードさんが外へと出て行く。


「お客様方、申し訳ありませんが――」


 という声を背に、私は早速レオンさんの元へと向かった。


「レオンさん、入りますよー」


 ノックしてレオンさんの寝室を覗き込む。二台並んだベッドの片方にかけられた毛布の端から、見覚えのあるプラチナブロンドが覗いている。


「レオンさん、大丈夫ですか?」


 そっと毛布をめくると、心なしか荒い息のレオンさんが。顔もなんだか赤い。


「……なんだよネコ子。もうすぐ開店だろ。すぐに行くから準備してろよ」

「クロードさんと話し合って、今日はお店は臨時休業にしました」

「……勝手な事すんなよ。俺なら大丈夫……」


 起き上がろうとして、レオンさんはよろめいた。咄嗟にその身体を支える。お、重い……。


「ほら、ろくに歩けもしないじゃないですか。今日は大人しく休んでいてください」


 なんとかベッドに押し込むと、レオンさんの額に手をあてる。熱があるみたいだ。洗面器の水に浸したタオルを絞ると、レオンさんの額に乗せる。


「レオンさん、何か食べたいものありますか?」

「……何もいらねえ」

「だめですよ。何か食べなきゃ。明日も休業になってもいいんですか?」


 少し脅すと、レオンさんは少し考え込んだ後


「……桃のシロップ漬け」


 風邪の時に食べたいと思うようなものは、この世界でも変わらないみたいだ。


「わかりました。すぐに用意しますね。そうしたら薬も飲んでくださいよ」



 1階に戻ると、ちょうどお客様に謝罪を終えたらしいクロードさんが戻ってきていた。

 事情を説明すると


「それなら私が買って参りましょう」


 と、快く買い物係を引き受けてくれた。うーん、良い人。


「あ、あと、氷もお願いします」

「かしこまりました」


 クロードさんが出て行った後で、私は考える。

 とりあえず昼食は桃のシロップ漬けみたいな軽いものでも大丈夫だろう。けれど、問題は夕食だ。桃のシロップ漬けだけというわけにもいかないよね。

 病人の食べ物といえばやっぱり――


「おかゆかな……」


 でも炊飯器がないしな……「はじめちょろちょろ中ぱっぱ」とは聞いたことがあるけれど、どこまでがはじめなのかわからないし。

 ここは恥を忍んでレオンさんに聞くか。病人に対して申し訳ない気もするけど……。

 

 しばらくして、買い物から戻ってきたクロードさんから荷物を受け取る。

 桃の缶詰を缶切りで開けている間に、クロードさんが氷を砕いてくれた。

 大きく砕かれた氷は水とともに洗面器に。細かいものは器に敷き詰めて、その上に一口大に切った桃のシロップ漬けを乗せる。

 こういう時は、やっぱり冷たい方が美味しいよね。

 

「レオンさーん。ご所望の桃のシロップ漬け持ってきましたよ。起きられますか?」


 レオンさんの元で声をかけると、彼は気だるげに起き上がる。


「はい、あーん」


 フォークに突き刺したそれを口元に差し出すと、レオンさんはなんだか戸惑ったような顔をしたが、抗う気力もなかったのか、素直に口を開けた。


「……なんだこれ、冷たい」

「下に氷を敷き詰めたんですけど……お口に合いませんでした?」

「いや、うまい。もっとくれ」


 素直に口を開けるレオンさん。そうやって口を開けるたびに桃を食べさせてゆくと、なんだか雛に餌を与える親鳥のような気分だ。

 無事に全部食べ終えたところで思い出した。


「あの、レオンさん、具合の悪いところ申し訳ないんですけど、お米の炊き方を教えてもらえませんか?」

「なんだ? お前が料理すんのか?」

「ええ、まあ、お夕食にと思って……」

「ふーん、まあいいけど。まずは弱火で釜を熱してだな……」


 レオンさんの説明を、必死でメモを取ってゆく。

 そしてなんとかこの世界でのお米の炊き方を知ることができた。


「ありがとうございますレオンさん。お薬を飲んでゆっくり休んでくださいね」


 氷水に浸したタオルから水分を絞って、横になったレオンさんの額に乗せる。


「……なあ、もう少しここにいてくれよ。暇なんだよ」

「でも、なるべく眠らないと回復しませんよ?」

「いいだろ。少しくらい。なんかおもしれえ話でもしてくれ」


 そんな無茶振り。いきなりそんな事言われてもなあ。


「それじゃあ、私の国で有名だった話をしましょうか。むかしむかしおじいさんが一匹の犬と一緒に暮らしていました。ある日、犬が畑の一角で『ここ掘れわんわん』とでも言うようにおじいさんを誘うので、その通りに掘り返してみると、地面の下からは金銀財宝。それを聞いた隣の意地の悪いおじいさんが、犬を無理やり借りて行って、自分の畑を掘らせたのです。ところが出たきたものはがらくたばかり。激昂した意地悪おじいさんは……」


 と、そこで私は話を中断する。確かこのあとの展開は、犬が可哀想になる場面だ。病人に聞かせるには不釣り合いだったかな……

 恐る恐るレオンさんの様子を伺うと、幸いな事に目を閉じて眠っているようだった。


 氷水に浸したタオルを額に乗せて、そっとその場を離れる。

 なにしろ、これからレオンさんのための夕食作りという難題が待っているのだから。



 小さなお鍋を釜がわりに、レオンさんに聞いた通り火にかける。お粥だからお水は多めで。最初は弱火。次に強火。

 沸騰したら徐々に火を弱める。そのまま蒸らせば完成だ……とレオンさんに聞いた。

 少し蓋を開けて様子を見る。そこにはどろっとした物体があった。

 スプーンで掬って一口味見。

 おお、なかなかいい感じかもしれない。


 次に味付けだけど……この世界には鰹節だとかは無いからなあ。お出汁とかどうしよう。

 ぐるりと厨房内を見回した私の目に飛び込んできたのは、レオンさんの作ったスープストック。

 これ、使えるかも。

 とりあえず少量を別の鍋に分けて、スープストックと一緒に熱する。その上で塩で味付け。

 あ、なんだかいい匂いがする。一口味見。

 おお、これは美味しいかも。塩がスープの旨味を引き出して、あっさりとしながらも複雑な味が口に広がる……!

 ……なんて、グルメリポーターのようなことを考えてしまった。

 残りのお粥にも味付けしていると


「ユキさん。何をしてるんですか?」


 私の行動が気になったらしいクロードさんが、厨房内に入ってきた。


「レオンさんのためのお夕食を作ってたんです。私の国の料理で『お粥』っていうんですけど、上手くいくかわからなかったので、今のうちからと思って……」

「なるほど。それで、上手くいきましたか?」

「はい、なんとか」


 私の答えにクロードさんは微笑んだ。


「それは何より。それでは私達も昼食にしませんか? サンドイッチも買ってきましたから」


 それを聞いて、私のお腹が急に空腹感を訴え出した。




 サンドイッチの昼食を終えると、レオンさんの様子を見に行く。

 相変わらず眠っているようだ。額のタオルを取り替えると、そっと部屋を後にした。


 暇を持て余すのもなんなので、クロードさんと二人で暫くお店の掃除をする。


「窓枠に埃が……」


 などと言いながら指で撫でるクロードさん。なんだかドラマとかに出てくる姑みたい……。


 そうしているうちに夕方になったので、私はお粥を温め直してレオンさんの元に向かう。

 

「レオンさん、お食事ですよ」


 部屋に入ると、レオンさんが上半身を起こす。


「調子はどうですか?」

「ああ、だいぶ良くなった」


 確かに顔色もいい。


「はい、あーん」

「それ、恥ずかしいからやめろ」


 そう言うと、レオンさんは私の手から器とスプーンを取り上げて、自ら食べ始めた。

 何故だ。朝はおとなしく言うことを聞いてたのに。


「なんだこれ。結構美味いな」

「それはお粥っていう、私の国では病人が食べる料理です。でも、味付けに足りないものがあったので、レオンさんの作ったスープストックをちょっと使わせてもらいました。すみません」

「なるほど、だから美味いんだな。流石俺のスープストック」


 自画自賛し始めた。

 でも、そんな事を言えるほどに回復したという点では喜ばしい。この分なら、明日までには治るかな。

 なんて思いながら、食事を終えたレオンさんに水と薬を差し出す。


「明日は開店できるといいですね」

「絶対明日までには治してやるからな」


 意気込むレオンさんを見ながら、食器を回収して立ち上がる。


「それじゃあ、早く休んだ方がいいですよ。おやすみなさ――」

「ちょっと待て」

「はい?」

「……寝るまでなんか面白い話ししてくれ」

「またですか?」


 でも、寝込んでいるときは暇だというのもわかる。私は仕方なく椅子に座りなおすと、お昼の時のように話し出す。


「むかしむかし、白雪姫と呼ばれるお姫様が――」




 そうしてレオンさんに付き合った結果、移されたのか何なのか、今度は私が風邪を引いて寝込むはめになってしまったのだった。

 ちなみに当のレオンさんはすっかり調子が良くなったらしく、ぴんぴんしていた。

 うう……解せない。



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