卒業
「申し訳ありません。夫が不快感を示すもので、男性とのダンスはお断りしております」
何度目かのアトレーユ王子からのパートナーの誘い。
私は堂々とお断りしてみせる。しかもヴィンセントさんはアトレーユ王子の兄でもある。強引な方法も取れないだろうに違いない。
そんな私の推測が当たったのか、アトレーユ王子は悔しそうに去って行く。
くくく、完全勝利だ。さらばアトレーユ王子。
そんなこんなで、あっという間に1ヶ月が過ぎ、卒業式がやってきた。
大講堂での学院長の長いスピーチ。これはどこの世界も変わらないらしい。
周りからはすすり泣きの声などが聞こえるが、半年もこの学校で過ごしていない私には、正直特に感慨深い思いもない。
感謝することと言えば、カレールーを錬成できたことくらいだろうか。
むしろそれなら、初日から私を助けてくれたミリアンちゃんや、魔法を教えてくれたジェイド君に感謝の意を捧げたい。
私にとってはある意味退屈であった卒業式を終えて、大講堂を出る。
すると、外で待機していたであろう下級生たちが押し寄せてきた。ミリアンちゃんなんて、大勢の「妹ちゃん」たちに囲まれて、プレゼント攻撃を受けている。うーん、さすがだ。
「ユキさん」
名前を呼ばれ振り返ると、ジェイド君がいた。
「ご卒業おめでとうございます。よろしければこれを受け取っていただきたいのですが」
そう言って差し出してきたのは、白い百合の花束。
「いいの?」
「もちろん。不快でなければ」
「不快だなんて事ないよ! とっても嬉しい! 綺麗な花……」
私はその中から一本の花を手折ると、ジェイド君の胸ポケットに差し入れる。
「うん、ジェイド君もその花似合ってる」
「……なんだか気恥ずかしいですね」
顔を見合わせて笑い合う。
「ジェイド君。魔法を教えてくれてほんとにありがとう。ジェイド君がいなかったら、私はとっくに落ちこぼれてたかも……」
「何をいうんですか。ユキさんの才能と努力の賜物ですよ」
ジェイド君、なんだか初めて会った時よりも、柔らかい雰囲気になったように思える。
「よかったら、『銀のうさぎ亭二号店』に、ご飯食べにきてね。私もそこで働く予定だから」
「ええ、ぜひ。あの「カレーライス」という料理の味は格別でしたからね」
「ほんと? 約束だよ」
片手を前に出すと、ジェイド君はそれをそっと握り返してくれた。
一時的な別れの挨拶が終わり、各々一度馬車で家に帰ってゆく。そこで改めて着飾ってから、再度学校に併設されたダンス用ホールに戻ってくるらしい。なんとも手間のかかることだ。
私はひとり学校の更衣室で、ミリアンちゃんに借りたドレスに着替える。
姿見の前で髪を整えれば完了だ。なんとも簡単。
それにしても、どうせならこの学校でヴィンセントさんと踊りたかったな。こんなドレス着る機会なんて滅多にないだろうし。
なんて悶々と考えていたら、いつのまにかホールへの集合時間になっていた。危ない。
ホールへ行くと、既にダンスは始まっていた。色とりどりの鮮やかなドレスの花が、そこかしこで咲いている。
でも、まあ、私は壁際なんですけどね。
大人しく隅っこで、用意されていた料理でも食べようかと思った時、聞き覚えのある声がした。
「やあ、プリンセス」
うわ、アトレーユ王子だ。見たところパートナーもいない。着飾ったその姿は、まさにザ・王子様! って感じだ。
「改めて申し込みます。僕と踊っていただけませんか?」
「だからそれは――」
言いかけて気づいた。ホール中の目が私たちに向いている。
私がアトレーユ王子の誘いを受けるかどうか確かめようとしているのだ。
うわあ、気まずい。
「受けてもらえないかなあ? ここで断ったら王族の名に傷がついちゃうかも知れなくてさ。僕はとんだ赤っ恥だよ」
「そんなこと言われましても、無理なものは無理です」
「ね、お願いだからさあ。他にパートナーもいないんでしょ? だったらいいじゃない」
しつこいな。もう……
「お待ちください」
と、そこへ凛とした声が響いた。
見れば、そこにはタキシードで正装した少年。栗色のまっすぐな長い髪を、うなじのあたりで束ねている。
「お嬢さん。よろしければ私と踊っていただけませんか?」
栗色の髪の人物は私に向かい手を差し出す。
「なんだお前。僕が先に申し込んだんだぞ。邪魔するな」
「それはユキ様が決めること。どちらが先かだなんて関係ないでしょう?」
その反応で、アトレーユ王子は黙り込む。
「僕と踊ってくれるよね?」
「いいえ、私と踊ってください」
二人が私に向かい手を差し出す。
ヴィンセントさんは男の子と踊るのはダメだって言ってたけど……。
私は暫く考えたのちに、栗色の髪の人物の手を取った。




