ドレスとパートナー
「この色も似合いそうね。ユキさん、次はこれを着てみて」
「う、うん」
薄緑色のドレスを渡され、試着部屋に入る。
私は今、ミリアンちゃんのお屋敷、ティーケーキ邸にいた。
この際ドレスを持っていない事を理由に、アトレーユ王子のパートナーを断ろうと思っていたのだが、ミリアンちゃんに
「そんな事をしたら、アトレーユ様から無理やりドレスを贈られて、ますます断りづらくなりますわよ」
などと言われ困窮していたところに
「そうだわ。私の妹のドレスでよかったらお貸ししますわ」
というありがたいお言葉。なんて親切なんだろう。ミリアンちゃん主天使!
そういうわけで、こうして着せ替え人形よろしく、何度も試着を繰り返している。
ていうかミリアンちゃんて何人兄弟なんだろ……。
しかし、最初は楽しかったこのイベントも、もう何十回と続いていると、正直疲れてきた。
着替えるたびにミリアンちゃんが
「デコルテがちょっと……」
だとか
「裾丈が……」
などと、厳しく注文をつけてくるため、中々決まらずにいるのだ。
ここまでくると流石に何が何だかわからなくなってきた。
でも、ミリアンちゃんの好意に甘えているわけだし、文句なんてとても言えない。おまけに私はドレスのことなんて詳しくないし。
言われた通り緑のドレスに着替えると、ミリアンちゃんが
「あら、なかなか良いですわね」
と、今までにない笑顔を浮かべる。これは好感触! ここで押すんだユキ!
「ほんと!? それじゃあこのドレスにしよう。そうしよう! ミリアンちゃん、このドレス借りても良い?」
「ええ、もちろんよろしいですけど……他のドレスは試着なさらなくてもいいの?」
「このドレスがいいの!」
よかったあ。この長いドレス決定戦にやっと終わりが訪れた。貴族の淑女とは、ドレスひとつ選ぶにも、かくも面倒くさい事を繰り返しているのか。恐ろしい……。
「それじゃあ、次はダンスの練習をしましょうか」
「え」
「だってユキさんはダンスが踊れないんでしょう? それも練習しなくては。さあ、私の手を取って」
いや、大変ありがたいんだけど、もうちょっとこう、休憩とか挟んで欲しい。
とは思ったものの、張り切るミリアンちゃんを見るとなにも言えないのだった。
だって、それも全部私のためだもんね。
「ヴィンセントさん、ダンスの練習をしたいので相手になって貰えませんか?」
夕食後のどこかまったりとした空気の中、ヴィンセントさんが仕事に戻らないうちに切り出す。
ミリアンちゃん相手に基礎的なダンスの練習はしたが、まだまだ覚えられない。ここはヴィンセントさんにも練習相手になって貰おうと思ったのだ。
怪訝な顔のヴィンセントさんに説明する。
「どうも卒業式の後でダンスパーティーがあるらしくて、そこで踊らないといけないんですよ。だから私が踊れるようになるために手伝ってください。お願いします」
「……断る」
「な……どうしてですか!? あ、そうか。さてはヴィンセントさんも踊れないんですね」
「お前と一緒にするな。これでも幼少の頃は王宮にいた身だぞ。ダンスくらい朝飯前だ」
「ええー、それじゃあどうして?」
問うと、ヴィンセントさんは深刻そうに腕組みする。
「なぜ自分の妻が他の男と踊る手伝いをしなければならないのだ」
は? なんだその理由は。ていうかそれって……
「……もしかして、嫉妬してるんですか?」
「もしかしなくても嫉妬しているのだ。ダンス時間の間、お前は壁の花でいろ。とにかく気配を殺せ」
なん……だと……? ヴィンセントさんが、私のまだ見ぬダンスパートナーに嫉妬を!
え、どうしよう。お願いを断られたけど嬉しい……。
「わかりました。私、パーティーで男の子とは踊りません。でも、それはそれとしてダンスを教えてください。私、ヴィンセントさんと踊りたいです」
ヴィンセントさんはしばらく考える素振りをしていたが
「そういうことなら……」
と、立ち上がると私の手を取った。
「というわけで、パートナーがいなくても平気になったの。私は壁の花で過ごすの!」
「まあ、ごちそうさま。羨ましい限りですわ」
「そういえば、ミリアンちゃんはパートナーどうするの?」
どうすればアトレーユ王子から逃れられるかという事ばかりに気を取られていて、ミリアンちゃんの事をほとんど知らない。
「私? もちろん考えていますわよ」
「えっ、だれだれ? 教えて!」
「それは秘密ですわ」
「えー、ずるーい」
思わせぶりな笑みを浮かべるミリアンちゃん。教えてくれる気はないみたいだ。
一体誰なんだ。ミリアンちゃんのパートナーって。




