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高架下の花  作者: 神津 夕
1/1

其の一

-燦然と咲き誇る満開の花弁よりも、そっとただ、そこにある小さな花に心を奪われてしまう。-


晃平は親の愛情を知らない。12の頃に親を無くしてからたったの一人で生きてきたのである。饒舌で、人当たりが良く、いつもにこにことしていた。しかし、それでいて自分の確信めいた部分を、言わば「心」といったようなものを、誰にも見せたことがないでいた。17の時から勤めている工場のコンベアの音を、毎日聞いては暮らしていたのであった。

晃平には6年もの間、同居していた恋人がいた。彼らは一見幸せという風であった。しかしどれだけ体を寄せようと、言葉を交わそうと、晃平の心は彼女の拠り所になり得なかった。良心の呵責を抱え込んだまま、彼は玄関を出て行った。24の頃であった。

それから4度目の春が、只々過ぎようとしていた。

遥香と出会ったのは丁度2年前、もう大分散ってしまった桜の花がべたべたと地面を塗りつぶしていた頃だ。可愛らしい女性だ、という印象であった。彼女は派手な方では無かったが、物静かで凛としてそして誰よりも優しい心根をしていた。元来人当たりの良い二人が打ち解けるのに時間はかがらなかった。一方で、晃平は彼女のその白一色の一枚絵のような美しい性質から目を逸らさずにはいられないでいた。自分もああなりたいと思う反面、己の煤けた魂を、罪悪感のようなものを彼女のその瞳の奥は映しているように見えた。

ある夏の日であった。晃平がいつものようにコンベアを稼働させ仕事に従事していると、眼前に亀裂のようなものを見つけた。正確に言えば「見つけた」のではない。「見えていない」のだ。異常を感じはしたが疲れているだけだと思い、その日はそのまま放っておいた。しかし明くる日も、また明くる日も亀裂は視界にあり、また、視界を遮っていた。仕事を休むわけにはいかないなどと理由を作り、晃平は病院に行きはしなかった。大事には至らないであろうと高を括っていたのである。しばらくして、晃平は左目の視力を完全に失った。最後の蝉がとうに鳴き終わり、金色の落穂が生温い地面を静かに叩いていた。


〜 続く

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