第九十四話 勝負の始まり
今回も区切りの良いところで切りました。
少し短いですがご勘弁下さい。
よろしくお願い致します。
翌日、
幹太は朝から仕込みに取り掛かる。
「しっかし、勝負ってなったけど、相手がどんな物を出してくるのかぜんぜん分からないな…」
たぶんこの世界でラーメンを作るならば、どこかしら幹太のラーメンを参考にしているのは確かだろうが、現時点でそれ以上の情報はない。
「このままホタテの辛味ラーメンでも大丈夫かもしれないけど…それじゃあなぁ〜」
幹太が関わる以上、ラーメンはもっと手軽な価格で食べれないとダメなのだ。
やはりそれだけは、譲れない幹太のこだわりであった。
「日本じゃ目玉が飛び出るくらい高いラーメンもあるけど、それだけはやりたくないな…」
「それはなぜです、幹太さん?」
幹太がボーっとしながらそんな独り言を言っていると、仕込みの手伝いにアンナがやってきた。
「あぁ、アンナ。おはよう」
「はい。おはようございます、幹太さん。
それで?どうしてラーメンが高価ではいけないんですか?
今回は勝負ということもありますし、少しぐらい高くても構わないんじゃ…?」
「ん〜これは我が家のこだわりみたいなものなんだけど…昔、死んだ親父がよく言ってたんだよ」
それは昭和の時代、
幹太の父、正蔵は若い頃、寿司職人をしていた。
幸運にも恵まれ、彼は五年の修業を終えてすぐに東京の一等地に自分の店を構えることとなる。
そんなある日、仕事を終えた正蔵は、まだ生きていた頃の母と幼い幹太にこう言ったのだ。
「金持ち相手の商売は売る方も買う方も気取っててつまんねぇ!
おりゃこれから、誰もが食べられる食いモンで商売するぞ!」
その時代の一等地の寿司屋は、店の方も一見さんお断りが当たり前であり、訪れる客も政治家や芸能人など、贅沢に慣れている人間がほとんどだった。
そして彼はその日、著名な文豪をお客として迎えたのだ。
「おい!一番高いネタから順番に出せ!
なぁに心配はいらないぜ、金なら腐るほどあるんだ」
その文豪は店に入るなり横柄にそう言って、同伴していた香水の匂いプンプンのクラブの女性と奥のテーブルに座った。
『嫌な客だな…』
そう思った正蔵だが、最初はグッと我慢していたらしい。
しかし、
「おい!この俺に赤身のマグロを出すのか!?
素人だと思ってナメんじゃねぇ!」
と文豪に言われたところで、正蔵の我慢に限界が訪れた。
「こっちゃ言われた通りにやってんだ!
それが嫌だってんなら、とっとと出てってくれ!」
「なんだとっ!」
もちろん正蔵は、本当に高いネタから順番に寿司を出していた。
そもそも、正蔵の寿司屋は生粋の江戸前寿司の店だ。
純粋な江戸前寿司で赤身の漬けマグロを出すのは当たり前であるし、仕込みに手間もかかるため、値段もそれなりにするのである。
「なんだぁ〜こんな店ぇ!二度と来てやらねぇからな!」
「あぁ!こっちだって望むところだよっ!」
もともと気取った寿司屋に飽き飽きしていた正蔵に、そんなやり取りが最後の一押しとなり、寿司屋を辞める決意をさせたのだ。
「そんでさ…それから親父はラーメン屋を始めたんだ…」
「ほぇ〜幹太さんのお父様にそんな事があったんですか〜」
「親父のラーメン、最初はすっごい安く出してたんだよ。
まぁそれで、一回店を潰してんだけどさ」
「ふふっ♪お父様、やり過ぎたんですね♪」
幹太が日本で住んでいた店舗兼自宅は、正蔵が始めた二店目のラーメン屋である。
「親父の店もそうだったし、俺の屋台もそうなんだけど、お腹を空かせた学生が食べれる値段で、量も普通より多くってのがウチの家訓なんだよ」
「あっ、そういえば…日本で食べた幹太さんのラーメンって麺が多かった気がします…」
「あぁ、そりゃ正解だ。
ウチの麺は他よりちょっとだけ多い特注だよ」
日本での幹太の屋台の麺は、麺の業者で外注して作ってもらったものだ。
幹太はその業者の客の中で、一人前では最大の麺の量を発注していた。
「ふふっ♪家訓だから価格にこだわるんですね♪」
「うん」
「それで?これからどうするんです?」
幹太は昨日、由紀に考えがあると言っていた。
「いや、実は昨日市場で…」
「幹太ー!大変よー!」
「芹沢様っ!」
と、幹太がアンナに新しいラーメンの構想を話そうとしたところで、クレアが叫びながら離れの扉を開けた。
クレアの後ろには、同じく焦った様子のゾーイがいる。
二人はそのままの勢いで厨房へと駆け込んだ。
「幹太っ!大変っ!大変なのよっ!」
「大変ですっ!芹沢様っ!」
「はぁ…ちょっと落ち着きなさい、クレア。
ここは厨房なんですよ」
「アンナはちょっと黙ってて!」
「なっ!なんですかっ!その言い方はっ!
だいたいあなたの大変って、本当に大変だった試しがないんですっ!」
「うっ、うるさいわね!」
「まぁまぁ、ちゃんと聞くから、とりあえず一回座って落ち着いてくれ」
幹太はクレアとアンナの間へ割って入り、それから三人を厨房の外にあるテーブルに座らせた。
「はい、二人ともお水」
「あ、ありがとう、幹太」
「ありがとうございます、芹沢様」
クレアとゾーイは幹太から水を受け取り、一気に飲み干した。
「それで?どうしたんだ?」
「はぁ〜ちょっと落ち着いたわ。
その…大変って言うのはね、宮殿の前の広場にラーメン屋があるのよ」
「そうなんです芹沢様っ!
なにからなにまで!私達のお店と全く一緒なんですっ!」
「なんだって…?」
「行ってみましょう!幹太さん!」
「だな。それが一番早そうだ」
幹太とアンナはすぐさま宮殿の正門前にある広場に向かった。
「あー!幹ちゃん!やっと来たー!」
「幹太さ〜ん、こっちです〜」
幹太が広場に着くと、すでにラーメン屋と思われる屋台の前に由紀とソフィアが立っている。
「おぉ…こりゃ…」
「全く一緒ですね…」
屋台を見た幹太とアンナは、呆然とそう呟く。
「ハァハァ…ね、そうでしょ…」
「…や、やっと追いつきました」
短時間で広場と離れを往復したクレアとゾーイは、幹太達の後ろで息を切らせている。
「ね〜すごいよね♪
馬車の上に屋台ってのも一緒だよ、幹ちゃん♪」
「あぁ。しかし、どうやってここまで…?」
幹太達の目の前に停まっているキッチンワゴン方式の屋台は、シェルブルックに置いてある姫屋を参考にして作った幹太達の屋台と、見た目がほぼ一緒だった。
「ん〜中はどうなってんだろ…?」
幹太はそう言って、馬車の後ろ側に回る。
「おぉっ!こっちも似てるっ!」
幹太が遠目に覗いた馬車の中も、自分達のキッチンワゴンの厨房とほぼ一緒であった。
別な場所といえば、料理人の好みなのか調理台とコンロの位置が左右で真逆になっている。
「こりゃ左利きかな?」
先ほどまで呆気にとられていた幹太であったが、すでにこの新しい屋台に興味深々である。
「ちょっと幹太っ!そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわよっ!
こんなに私達の真似をするなんて、絶対許さないわっ!」
クレアはその燃えるように赤い髪を逆立てて、文字通り烈火の如く怒っていた。
「芹沢様…これは絶対にジェイク様の仕業です…」
そんなクレアの隣に立つゾーイも、静かに怒りに燃えていた。
昨日の出来事の後だけに、クレア達もジェイクが幹太のマネをしてラーメンをやっているとは分かっていたが、ここまで露骨だとは思っていなかったのだ。
「まぁだろうな…」
と言いつつも、幹太は屋台の厨房に釘付けだ。
「えぇ!それだけ!?
幹太、あなた怒鳴り込んだりはしないの?」
「しない、しない。
そうだな…とりあえず食べてみようぜ♪」
「「はぁっ?」」
と笑顔で振り返った幹太に、クレアとゾーイが驚きの声を上げる。
「まぁ、幹太さんならそうですよね♪」
「うん♪だから私、幹ちゃんが来た時点で並んだもん♪」
「幹太以外のラーメンってどんななんでしょ〜♪」
一方で、幹太の反応はアンナ達とって慣れたものであった。
「慣れって怖いわ…そのうちゾーイもああなるのね…」
「が、頑張ります…」
ゾーイはそう言って、小さく拳を握る。
「ほら、クレア様達も早く行こうぜ♪」
「ちょっと幹太、本当にそれでいいの?」
と、再三クレアに聞かれた幹太は、アゴに手を当てて改めて考える。
「う〜んそうだな…やっぱまずは食べてみないと。
それでウチと同じなら、ちゃんと文句を言うよ。
でも…たぶんそうはならないと思うよ」
幹太とて飲食業の末席に名を連ねる者だ。
丸パクりは絶対に許さない。
しかし、この屋台の厨房を見た幹太は、それはないだろうと考えていた。
全く幹太達のマネをするのならば、屋台のレイアウトも模倣するはずだ。
この店の人間のように、初めから自分のやり易いように変更したりはしないだろう。
「はぁ…わかったわ、それじゃ食べてみましょう」
「おう、そうこなくちゃ♪」
クレアはあきらめ顔で、アンナ達の待つ屋台の列に並んだ。
前半の寿司屋の一件は、実際にあったことを参考に脚色したフィクションです。




