第九十三話 既成事実
投稿が遅れて申し訳ありません。
仕事に加え、これまでの人生最大の引越し作業をしておりました。
引き続きよろしくお願い致します。
「ありがとうございます!ビクトリア様!」
「ハッハッハ♪いいんだクレア♪
元々、私もあの男のことは気に食わなかったからな!」
ビクトリアはシェルブルックの代表として、すでにあちらこちらの国々を回っている。
そんな中で、彼女はすでにジェイクと知り合っていたのだ。
「お姉様っ!久しぶりにかっこよかったですっ♪」
アンナは笑顔でビクトリアに抱きついた。
「ア、アンナちゃん!?ひ、久しぶりって!?
ま、まぁいっかっ♪そーれ、アンナちゃん♪ギュー♪」
「ふふっ♪お姉様、目が回ってしまいます♪」
ビクトリアはアンナを背中から抱きしめ、クルクルとその場を回る。
幹太のことでは対立する二人であるが、根本的には仲良し姉妹なのだ。
「しかし、どうやって作り方を知ったんだ…?
仕込みはほとんど離れでやってたのに…?」
「幹ちゃん、やっぱりラーメンって専門の知識がないと作れないものなの?
こっちの料理人が幹ちゃんのラーメンを試食して、一から作るってのはら無理?」
「あ〜無理とは言えない…かな」
ある一定の料理の技術を持つものが、専門的な知識なくラーメン屋に転向してそこそこの物を作ってしまう場合がなくはない。
日本では、和食や洋食の料理人の始めたラーメン店が、瞬く間に人気店になったりするのだ。
「でも…さすがにまだこの世界で、俺以上のラーメンではないはずだよ」
「それはそうですよね〜♪」
そう言いつつ、ソフィアはスッと自然に幹太の隣に座る。
そしてグルッと幹太の方へ振り返り、彼の両腕をがっちり掴んだ。
「それで幹太さん…ゾーイさんの事ですが〜?」
「えっ!あ、はい…」
自分の腕を掴むソフィアの力強さに、幹太はあっさり観念した。
「結婚して欲しいと言われました…」
「やっぱりですか〜」
「それで?幹ちゃんはなんて返事したの?」
「いや、ちょっと待って欲しいって言ったけど…」
「ふむ。となると…先ほどの話はゾーイが機転を利かせたということか…?」
ビクトリアがアンナを後ろから抱きしめたままそう言った。
「お姉様…?」
珍しく幹太に怒鳴らない姉を、アンナは不思議そうに見上げる。
「芹沢幹太、とりあえずその辺りの事情はうやむやにしておけ」
「でもビクトリア様、それでいいのでしょうか…?」
「あぁ、時にはそういうことも必要だぞ。
私はお前とアンナちゃんとの婚約をまだ認めたつもりはないが、今回の事に限ってはお前の味方をしてやろう」
ビクトリアは幹太が思った以上に、ジェイクのことが嫌いなようだ。
「それで、現時点で幹太さんはゾーイさんをどう思っているのですか…?」
入り口付近で話を聞いていたシャノンが幹太にそう聞いた。
「どうって…そりゃ悪くは思ってないけど…」
プロポーズされた時にも思ったことだが、何しろ話が性急すぎる。
「あとどうするにせよ、三人にも話さないとと思ったしな…」
と言って申し訳なさそうに、幹太は目の前にいる三人の婚約者を見た。
「ん〜でも、それは幹ちゃんが決めないとダメだよ」
「えっ?」
「私もそう思います〜」
「えぇ!?ソフィアさんも?」
「はい〜♪」
ゾーイの事を考えるにあたって、幹太はまず婚約者の三人にお伺いを立てなければと思っていた。
「いいですか、幹太さん…」
アンナが力強く自分を抱きしめ続けるビクトリアを、なんとか振りほどいて幹太へ近づく。
「ゾーイさんと幹太さんの関係に私達が口を出す訳にはいきません。
例えば…そうですね…幹太さんは私達が反対したと言う理由で、ゾーイさんのプロポーズを断わるとこができますか?」
「あ、それ無理だ…」
「ふふっ♪そうでしょう♪」
アンナはそう言ってニッコリと笑う。
自分が好きになった人は、決してそのようなことをしないと分かっていたのだ。
「ゾーイさんの気持ちには、幹太さん一人の気持ちで答えなければなりません。
私達がどうするのかは、その後考えるべきことなんです」
「そっか…そうだよな…」
そう言われてみれば、アンナ達と相談してゾーイのこれからを考えるなど、傲慢以外の何者でもない。
「そうだよな。わかった、ちゃんと考えてみるよ…」
「はい♪そうして下さい♪」
「よし。ゾーイさんの事はそうするとして、後はラーメンなんだけど…」
「何かいい手があるの?幹ちゃん?」
「あぁ、ちょっと考えはある」
「えっ!そうなの?」
「うん」
由紀の記憶では、少なくとも今日の屋台の営業終了までは幹太は頭を悩ませていたはずだ。
「だから明日は一日中ラーメンの試作をしようと思ってさ」
明日は幹太達が出店しているブルーガレリア全体の休日だ。
鉄の骨組みにガラス張りのアーケードがあるブルーガレリアは、点検のため半期に一度は休みがある。
幹太はそれを見越して、今日ゾーイと市場へ行ったのだ。
「できたらみんなにも手伝ってもらいたいんだけど…いいかな?」
「もちろんです♪」
「うん。私も手伝うよ、幹ちゃん」
「私も頑張ってお手伝いします〜♪」
そうして翌日の予定も決まり、それぞれがそれぞれの部屋に戻った。
「しっかし…どんなラーメンを作ってくるのかな…?」
サッとシャワーで汗を流し、幹太は一人ベットの上でジェイク達が作ったというラーメンの事を考えていた。
「独占とか考えなければ、いい方向に向かってるのに…」
結局のところ、料理の発展というのはそれを扱う店舗の数で決まると言ってもいい。
「クレイグ公国にはニコラさんの小姫屋、シェルブルックにはうちの店…リーズにはクレア様の店舗…」
このプラネタリア大陸にある三ヶ国それぞれにラーメン屋があれば、幹太が何もしなくとも徐々にラーメンは大陸中に広がっていくだろう。
「やっぱり独占ってのは阻止しないとな…」
現在の日本におけるラーメンの発展は、様々な土地で自由にラーメンを作ってきたからこそのものである。
欲に目が眩んでいるジェイクは分かっていないだろうが、独占などというものは後々必ず、自分の首を絞める行為なのだ。
「明日のスープはあるだろ…あとは…」
コンコン!
と、幹太が明日の仕込みを検討し始めたところで、部屋の扉がノックされた。
「…芹沢様、ゾーイです。
まだ起きていらっしゃいますか?」
「えっ!あ、はい。今開けます」
幹太は急いで扉を開ける。
扉の向こうに立っていたのは、薄手のガウンを着たゾーイであった。
「こ、こんな夜中にどうしたの、ゾーイさん?」
「芹沢様…私…」
ゾーイは震える唇でそう言って、幹太の前でスルッとガウンを脱いだ。
「ゾ、ゾーイさんっ!?」
幹太は驚いた。
ガウンを脱いだゾーイは、その浅黒い肌によく似合う紫色のランジェリーしか身につけていない。
「わ、私…」
「ゾ、ゾーイさん!と、とにかく中へっ!」
何かはわからないが後ろめたいものを感じた幹太は、急いで床に落ちたガウンでゾーイを包んで部屋に引き入れた。
「ちょ、ちょっとそこに座ってて!」
幹太はゾーイをベッドに座らせ、自分は下の階に降り、保冷庫に入った水を持って再び部屋と上がる階段を登る。
『ど、どうしたんだゾーイさん…?
しかし…ものすごい下着だったな…って、いかん!』
幹太もやはり男の子。
あの一瞬で、しっかりとゾーイの下着姿を目に焼き付けていた。
「お、お待たせ、ゾーイさん。
はい、これお水…」
「あ、ありがとうございます」
幹太が下に降りている間に少し落ち着きを取り戻したゾーイは、彼から水を受けとってコクコクと可愛らしく飲む。
「一体どうしたの…?」
幹太はそう聞きつつ、そちら方面では明らかに奥手なゾーイがこのような手段を取る理由は一つしかないと思っていた。
「クレア様のため…かな?」
幹太にそう聞かれたゾーイはコクリと頷く。
「私が芹沢様と結ばれれば、この勝負にウソがなくなります」
せめて対決前に結婚を決めてしまおうと、ゾーイはそう考えた。
「でも…私には芹沢様とアンナ様達のような絆がありませんから…」
「それでそんな格好で俺の部屋に?」
「…はい。既成事実を作ってしまおうと…」
「はぁ…そっか…」
幹太はため息を吐いてゾーイの方を見た。
よほど勇気を振り絞ったのか、グラスを持つ指先がまだ少し震えている。
それを見た幹太は、ある方法を思いついた。
「よし!それじゃ作っちゃうか、既成事実!」
とそんなゾーイに向かって、幹太はワキワキと指を動かしながら近づく。
「えぇっ!?せ、芹沢様っ!?」
今まで紳士的だった幹太の突然の行動に、ゾーイは仰け反って驚く。
そして、仰け反った拍子にガウンを落としてしまい、再びどエロい下着姿を幹太の前に晒してしまった。
「あ、いけないっ!」
「うわっ!ゾーイさんっ!?」
焦って座った姿勢からガウンを拾おうとしたゾーイはバランスを崩し、正面にいる幹太の股間の辺りに思い切りタックルを決めた。
「あ、あたた…ゾーイさん、大丈…」
「はい。大丈夫で…えぇっ!?」
と言ったゾーイは、自分が幹太の上に馬乗りになっていることに気づいた。
さらには下から見上げる彼の視線が、自分の胸の辺りにしっかりと固定されている。
「芹沢様?何か…?」
そう思って自分の胸を見てみると、スケスケのブラジャーが捲れ上がり、思いきり片方の胸がムキ出しになっていた。
「うそっ!?いやぁ!み、見ないで!芹沢様っ!」
「ご、ごめんっ!ゾーイさんっ!」
幹太はなんとか首だけでソッポを向いた。
「でも…やっぱり無理だったろ?」
「えっ?」
「ゾーイさんはそんなこと出来ないって思ってたから…」
「あぁ、それでいきなり…」
当たり前だが、幹太はゾーイに襲いかかる気など無かった。
少し残念な気もするが、彼女に思い留まらせるためにワザと襲いかかるフリをしたのだ。
「あのさ、こんなの嫌かもしれないけど…ゾーイさん、俺と婚約してくれないか?」
「…それはとりあえず今の間だけってことですか…?」
「わからない…。
だけどもうこれ以上、ゾーイさんを追い詰めるのも嫌なんだ」
プロポーズした相手とは言え、下着姿で男性の部屋を訪れるなど、奥手なゾーイとっては決死の覚悟だったに違いない。
「あ、あと正直、これ以上そんな格好のゾーイさんと一緒にいたら、自分が何するかわからない…」
どうやら幹太の方もテンパっているらしく、真っ赤な顔をしてゾーイにそんな言わなくてもいい事を言い始めた。
「へっ?芹沢様?」
「だ、だから早く俺の上からどいてくれると…」
今のゾーイはちょうど幹太の股間辺りにお尻を乗せている状態だ。
エキゾチックな魅力を持つ美女が、セクシーな下着姿で自分の上に乗っている。
普通の健全な男子とって、長く耐えられる状況ではない。
「ふふっ♪芹沢様♪」
幹太の言葉にすっかり安心したゾーイは、困った顔で自分を見上げる彼がなぜかとても可愛らしく見えてきた。
「既成事実…しちゃいます…?」
と言って、ゾーイは幹太の頭の両脇に肘をつき、覆い被さるように彼の顔を覗き込む。
半裸のゾーイの体がピッタリと幹太の体にくっつき、彼女の柔らかな感触が彼の全身を支配していく。
「お、お願いしま…って!ゾーイさん、何を言ってっ!?」
「あっ♪でもアンナ様より先にって不敬でしょうか?」
「い、いや、アンナはそんな事…って!だからゾーイさんっ!?」
言葉の端々からもわかるように、明らかに幹太の理性はギリギリである。
「ふふふっ♪ウソです♪
残念ですけど、今回はここまでにしておきましょう♪」
そう言って、ゾーイは彼の胸を押して軽やかに立ち上がった。
「芹沢様、続きは本当に婚約を決めてからですよ♪
では、おやすみなさい♪」
そうしてガウンを着たゾーイは、ウィンクをして幹太の部屋から出て行く。
「は、はい…。おやすみなさい…」
気がつけば、幹太はすでに閉まった扉に向かってそのような返事をしていた。
「わ、私は何を…?恥ずかしい…」
そして一方のゾーイはというと、先ほどまでの自分の行動を振り返り、顔だけでなく全身を真っ赤にして、しばらく廊下でしゃがみ込んでいた。




