第八十四話 一杯のラーメン
急性扁桃腺というものにかかりました。
しばらくラーメンは食べれそうにありません。
無念です。
「ま、待って、幹太!ご当地ラーメンって二つもあっていいの!?」
「うん。美味しけりゃなにも問題はないよ。
お客さんの選択肢が増えるだけだから、ご当地ラーメンが二つあってもぜんぜん大丈夫」
「でも幹太さん、どうしてもう一つ作りたいんですか…?」
アンナが再び幹太の手を握って聞いた。
「その…今回のやつはつけ麺だっただろ」
「あ、そういうことか♪」
最近、幼馴染に対する勘が冴え渡っている由紀は、彼のその一言でピンときた。
「幹ちゃん、ひょっとして普通のラーメンが作りたいんでしょ♪」
「…うん」
「どういうこと、由紀?
あなた達の普通のラーメンってどんなものなの?」
「俺がこの前作った、一つのどんぶりに全部入ってるやつだよ、クレア様」
クレアとゾーイは先日、幹太が作った試作品のラーメンを食べていた。
「ちょっと待って…それじゃつけ麺ってラーメンじゃないの?」
「そんなことないよ。
私と幹ちゃんの国だと、つけ麺もちゃんとラーメンの仲間だよ」
「あっ!私、わかりました!」
と、思わず手を挙げたアンナは、日本で何度かつけ麺を食べたことがあった。
「そう言われてみれば、どこのお店にもラーメンとつけ麺がありましたね♪」
「そうなんだよ。だいたいどこも両方やってんだよな〜」
現につけ麺で有名な池袋の名店でさえ、メニューの中には中華そばがある。
「こないだ作ったスープでそのまま出せばいいんだろうけど…」
「そうね。つけ麺にする前のラーメンだって十分美味しいかったわ♪
ね、ゾーイ?」
「はい。芹沢様、あれはあのまま出しても大丈夫なのでは…?」
「ん〜そうかもしれないけど、やっぱりあのラーメンは未完成品感があるんだよなぁ〜」
ラーメン馬鹿、ここに極まれりである。
ついに幹太は、感覚をいう不確かなものにまで完璧を求め始めたのだ。
「ベースは一緒でもいいんだけど、なんかあと一工夫が欲しいんだ…」
幹太にとって、そこが先日試作したラーメンをお客に出す譲れない一線であった。
「…でも、それだと時間がないわ…」
クレアは指を噛み、深刻な様子でそう言った。
「…時間?なにか期限があるのですか、クレア?
私達なら、この国でラーメンを作る時間はたっぷりありますけど…」
第二王女は基本的にヒマなのだ。
「はぁ…アンナ、あなた聞いてないの?
各国大使の集まる経済交流会議が月の終わりにこの宮殿であるでしょ?
シェルブルックの代表はあなたになってたけど…もしかして知らなかった?」
「…シャノン?」
「えぇっ!私ですかっ!?」
全く知らなかったアンナは、護衛兼秘書である姉に責任転換を図る。
「国王様に婚約の報告をマーカス様にしなさいと言われたはずです。
それは覚えてますか…?」
「うっ、それは…確かにそんなことも言われたような…?」
「その時に経済交流うんぬんと言ってらした気が…」
実はアンナのスケジュールを管理しているシャノンの方も、完全にうろ覚えであった。
「…まぁいいわ。
とりあえずここにいるんだから、あなたはちょっと顔を出すだけで十分よ」
「ちょっとってクレア!?私、国の代表ですよっ!?」
「私はあなたじゃなくて、ビクトリア様に出席して頂きたいのっ!」
クレアはリーズの学園でビクトリアと交流があった。
幹太にとってはポンコツとしか思えない彼女も、学園の、特に女生徒達には憧れの存在なのだ。
「…それにそうしてくれれば、私はお姉ちゃんとパーティに出れるし…」
「クレア…」
二人とも幸せな家庭に引き取られたとはいえ、クレアも姉であるクロエと離れ離れに暮らしているのはやはり寂しいのだ。
「まぁそういうことなら、私はぜんぜん構いません」
「ホントにっ!?アンナ♪」
クレアは珍しく笑顔でアンナの手を取った。
「最初から面倒くさ…ゲフン、ゲフン…失礼しました、政治や経済はビクトリアお姉様の得意分野ですからね。
なのでぜひ、お姉様に出てもらいましょう」
「じゃあそれで決まりね♪」
「えぇ、私からビクトリアお姉様に伝えておきます。
でも、なぜ経済交流会までにラーメンを…あぁ、もしかしてお披露目ですか?」
クレアと同じように、ラーメンで国を活気づけたいと考えているアンナにはすぐにその理由がわかった。
「そうよ!うちの国にはこんな食べ物があるのよって、各国に知らせるチャンスじゃない!」
「えっと…クレア?
すでにウチの国でやってますが…?」
「私の村の名物もご当地ラーメンですよ〜♪」
何気に幹太達がその土地の特産品を一番多く取り入れたのは、ソフィアの村、ジャクソンケイブの塩五目あんかけラーメンである。
「ハハッ♪そういやけっこう作ってきたよな、ご当地ラーメン」
始まりはさて置き、幹太達の努力の甲斐もあって、すでにラーメンはシェルブルックで一定の知名度がある。
これは幹太達が、たくさんの人々が行き来する街道沿いで姫屋を営業していたということが大きい。
「お隣のシェルブルック王国ならばなんとかなるわ。
実はリーズが最初だったって言い切ればいいのよ!」
日本でもよくある元祖と本家の争いのようなものが、この異世界で始まろうとしていた。
「いや…まぁ最初はクレイグ公国なんだけ…あだっ!」
幹太がクレアに真実を告げようとしたところで、由紀が彼の脇腹をヒジでつついた。
「幹ちゃん!そんなのクレア様が聞いたら、またややこしくなるでしょ!」
「…それはどういうこと?幹太?」
そうなのだ。
幹太とアンナがこの世界で初めてラーメン屋台を出したのは、シェルブルック王国でもリーズ公国でもなく、クレイグ公国のサースフェー島である。
「えっと、前に俺とアンナの旅の話をしたろ。
あの時話した一番最初の島が、クレイグ公国の島だったんだよ」
「懐かしいですね♪」
「だよな。小姫屋、繁盛しているといいけど…」
「リンネちゃんがいるから大丈夫ですよ、幹太さん♪」
そう言いつつ、アンナはまだ幹太とのやり取りがぎこちなかった島での生活を思い出す。
「そーいやあの島にいる時に、ちょっとモメたりもしだんだよなぁ〜」
「えぇ、ありましたね。
でも、あの時はお互いに疲れきっていましたし、仕方なかったです♪」
「いや、それでもあれは反省しなきゃダメだよ。
女の子に怒鳴るなんて…あんときゃごめんな、アンナ」
「やん♪幹太さんっ、気にしないで下さい♪」
アンナはそう言って、幹太の胸板を指先でグルグルとなぞる。
「…ゾーイ、もうダメ。私、限界…」
「ク、クレア様、殺るならアンナ様を…」
「…私達が一生懸命探してたっていうのに、なんだか二人はラブラブしてたみたいよ、シャノン…」
「由紀さんっ!?とりあえず割れたビンは捨てましょう!」
「私も幹太さんに怒鳴られてみたいです〜♪」
ソフィアはそう言って、アンナとは反対側の幹太の腕にすり寄った。
「えぇっ!?ソフィアさんにそんなことできないよ!」
「えぇ〜たまにはいいじゃないですか〜♪
試しに、『ソフィア!教えたやり方と違うぞ!』って言ってみて下さい〜♪」
「よ、よし。
ソフィア、教えたやり方と違うぞ!もっと優しく…」
と、なぜか幹太はソフィアに言われるがままに小芝居を始める。
「はい♪申し訳ありません、旦那さま〜♪」」
「ウソでしょっ!?本当にやっちゃってるわっ!?
ちょっと!もういい加減にしてっ!」
いきなり目の前で始まったバカップルの寸劇に、クレアは真っ赤な顔で怒鳴った。
「はいっ!ごめんなさい、クレア様!」
ソフィアに優しく乳首を撫でられていた幹太は、その声でなんとか正気に戻る。
「えっと…それでクレア様、なんの話だっけ?」
「もうっ!普通のラーメンを作る時間がないって話よっ!」
「各国の人に、幹ちゃんの作ったラーメンを食べてもらうってこと?」
「そうよ、由紀。
そうすればいちいち宣伝しなくても、周りの国にリーズ公国のラーメンの噂が広がるでしょ♪」
「おぉ!そりゃいいな!
なんたって宣伝するのが一番大変だからな。
だったら、なおさらそれまでに普通のラーメンも作らないと」
ハッキリ言ってしまえば、幹太はこの世界でのラーメンの元祖がどこであろうと構わないと思っている。
「色んな国にご当地ラーメンがあれば、みんなが競いあってもっと美味しくなるだろうし…」
さらに言ってしまえば、そろそろ自分が関わる以外のラーメン屋が現れることさえ、彼は望んでいるのだ。
「だからこそ、こっちの世界にラーメンを持ってきた者として、最初の土台はきっちり作っておかないと…」
だけに、この世界のラーメンの伝道師たる幹太としては、ラーメンが全国的に普及している日本ならまだしも、その国で初めて作るご当地ラーメンがつけ麺のみというのは不安があるのだ。
「ふ〜ん、やっぱり幹太って、ラーメンのことだけは真剣なのね…」
「そうですよ、クレア様♪
ラーメン屋さんを始めてから、幹ちゃんはずっとラーメンにだけは真剣なんです♪」
そもそも幹太がここまでラーメンに情熱を燃やす人間でなければ、一から食材を探さなければならないこの世界で、これまでの様に日本で食べるようなラーメンを作ることは出来なかっただろう。
ただ売るだけならば、元々この世界にある麺を適当なスープに入れてラーメンだと言ってしまえばよかったのだ。
しかし、それでは幹太やアンナが目標とするラーメンの普及とは言えない。
「その、できたらみんなに手伝ってもらいたいんだけど…いいかな?」
幹太はそう言って、日本からここに来るまで一緒にラーメンを作ってきたアンナ、由紀、ソフィア、シャノンの顔を見る。
『そっか…積み重ねていくってこういうことなんだな…』
これまで共に苦労を重ねた彼女達が一緒にいてくれれば、どこに行っても絶対に美味しいラーメンが作れると、幹太は自信を持って言える。
「はい♪もちろんです♪」
「アナがやるならば、私もお手伝いさせていただきます」
「うん♪私も久しぶりに幹ちゃんのラーメン作りを手伝いたい♪」
「私も頑張ります〜♪」
「わ、私もお手伝いします…」
「みんなありがとう♪
ゾーイさんも、改めてこれからよろしくな」
こうして幹太達による、レイブルストークご当地ラーメンの開発は再び始まった。




