第八十二話 結ばれる縁
幹太が宮殿の離れに帰ると、アンナとソフィア、シャノンの三人が部屋の前で待っていた。
「幹太さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です〜」
「ただいま。待っててくれてありがとう…」
「あ、由紀さんはちょっとお疲れだったみたいで、宮殿のお部屋で待っているそうです。
私達とお話した後で行ってあげてください」
「…そっか、分かった。
とりあえず中で話そう」
幹太達が離れに入ろうとすると、後ろにいたゾーイが四人に声をかけた。
「それでは皆さま、お食事の時に呼びに参ります」
そう言って、ゾーイはしきりに耳を気にしながら宮殿へと戻っていく。
彼女は市場から出発する前にピアスを付け替えていた。
その際ゾーイは、
「どうでしょう?似合いますか…?」
と、かなり勇気を出して幹太に聞いたのだ。
「うん。やっぱりよく似合うよ、ゾーイさん♪」
幹太はそう返したのだが、それから宮殿に帰るまで彼女は俯いてあまり会話をしてくれなかった。
『あれ、やっぱりお気に召さなかったのかな…?』
相変わらずの幹太は分かっていないが、もちろんゾーイは彼からのプレゼントをこの上なく気に入っている。
不機嫌に見えたのは、彼女がどうしてもユルんでしまう顔を必死に取り繕っていたからだ。
四人はそんなゾーイを見送って、離れの中へと入った。
「心配かけてごめんっ!」
部屋に入って早々、幹太はそう言ってアンナ達に深々と頭を下げた。
「今回は本当にすまなかった。
俺、これからはもっと身の回りに気を付けるよ」
結局のところ一晩中考えても、そう素直に謝ることぐらいしか幹太には思いつかなかったのだ。
「そうですね…ラーメンに夢中になるのもいいですけど、これからはもうちょっとだけ気をつけて生活してください」
「わかった。気をつける」
「ア、アンナさん…私、もう…」
「まだですよ、ソフィアさん。
えっと、それから幹太さん…」
「うん」
「私も昨日はすみませんでした。
幹太さんは誘拐されてここまで連れて来られたというのに、キツく当たってしまって…」
「でも、それは俺のせいだから…」
「違うんです。そうじゃなくて…」
今回の場合においてだけを言えば、マーカスに頼めばすぐにシェルブルックと連絡は取れる。
実際、マーカスは幹太を発見した時点でシェルブルック王国側へ連絡はしていた。
「私も一晩冷静になって考えてみました。
そうしたら、その…日本人の幹太さんに連絡を求めたのは軽率だったなって…。
ましてや、本当の悪人に誘拐されたとしたら、それどころではないはずなんです…」
アンナは前日、幹太を叱ったことを後悔していた。
なまじ腕っ節が強いだけに、この先彼が事件に巻き込まれた時に自力でなんとかしようなどと思ってしまったら、余計な危険を招きかねないのだ。
「私達もこれからはもっと幹太さんと一緒にいるつもりです。
とりあえず結婚するまでは、私達三人が交代でブリッケンリッジの幹太さんお部屋にお泊りすることにしました」
婚約者三人の誰かが幹太と一緒にいたところでそれほど防犯になるとは思えないが、とにかくそういうことになったらしい。
「もちろん私が泊まる時はシャノンも一緒ですから…」
アンナがそう言うと、三人の様子を少し離れた場所で見ていたシャノンが頷いた。
幹太は忘れかけていたが、シャノンはアンナの護衛である。
「そっか…そんじゃまたみんなと暮らせるんだな」
「はい♪」
「あ、そうだ!お詫びと言ってはなんだけど、アンナ達のお願いをなんでも一つ聞こうと思っ…」
とそこで突然、アンナが幹太に抱きついた。
「…幹太さん、会いたかったです」
そう言いながら、アンナはグリグリと顔を幹太の胸に押し付ける。
「うん。俺もだよ、アンナ」
幹太もアンナを抱きしめ返す。
「今、なんでもお願いを聞いてくれるって言いました?」
アンナはしっかり抱きついたまま、顔だけ上に向けて聞いてくる。
間近でそんな仕草をされた幹太は、自分の顔が赤くなっていくのがわかった。
『ア、アンナって本当に可愛いな…』
ピタッとしがみ付くようにくっついて自分を見上げるアンナは、まるで子リスのような愛らしさだ。
「それってホントになんでもですか?」
「う、うん。俺に出来る事なら…」
「ですって♪ソフィアさん♪」
アンナが幹太の背後に向かってそう言った。
「えっ!?」
「はい〜♪」
幹太が首だけで振り返ると、そこにはニコニコ顔のソフィアがいた。
アンナが幹太に見えないところで、手招きしていたのだ。
「ソフィアさんはどうしますか♪」
「そうですね〜。ちょっと考えてみてもいいですか〜?」
「えぇっ!?そ、そうですか…てっきりソフィアさんは幹太さんの体を…」
「そっちはそのうちなんとかなります〜♪」
ソフィアは元々、そちら方面は自力でどうにかするつもりだった。
「な、なんとかって…?ソフィアさん?」
幹太の脳裏には、昼間の妖艶なソフィアの印象がハッキリと残っていた。
しかも自分は、あの時ソフィアに言われたお仕置きをまだ受けていないのだ。
「それはまだナイショです〜♪」
「ひぅっ!」
ソフィアが再び耳元でそう囁き、幹太の背中がビクッと仰け反る。
「でしたら私もゆっくり考えてみます。
っと、そうです!幹太さん…」
「ん?なに?」
「ちゃんと由紀さんに会いに行ってあげて下さいね♪」
「あぁ、わかった。このまま由紀のところに行くよ」
「では一緒に行きましょう♪」
そうして四人は宮殿へと向かった。
アンナ達が部屋へと戻った後、幹太は一人、由紀が使っている部屋の前で立ち止まる。
「すぅ〜はぁ〜、よしっ!」
コンッコンッ!
幹太は一度大きく深呼吸をして、扉をノックした。
『由紀…怒ってるよな…』
正直に言えば、アンナやソフィアよりも幼馴染の由紀に会うのが一番恐ろしかった。
「は、はいっ!幹ちゃんだよね!?」
「…うん」
「い、いま開けますっ!」
「由紀…?」
と、なにやら扉の向こうにいる由紀の様子がおかしいと幹太が思った時、ガチャリと音がして扉が開いた。
「ゆ、由紀っ!?おまっ!なんて格好でっ!?」
「か、幹ちゃんっ!いいから早く中に入って!」
扉を開けた由紀は、シェルブルック王宮の女性衛士達からプレゼントされた、ほぼ体の前面しか隠せないセーターを着ていた。
しかも、体勢を前かがみにして扉を開いたために、唯一隠せていた部分のセーターが垂れ下がり、彼女の胸からショーツにかけてが幹太から丸見えであった。
「ででで、でも!いいい、いっぱい見えちゃってるよっ!?」
「幹ちゃんっ!お願いだから早くっ!」
由紀は胸元を抑え、真っ赤な顔で叫んだ。
「はっ、はいっ!」
幹太はそれまでの緊張感をすっかり忘れ、由紀の部屋に入った。
「じゃ、じゃあ幹ちゃんはベッドに座ってて」
「う、うん」
そう言われて素直にベッドに座ってたものの、幹太の目は由紀に釘付けだった。
さすがに見慣れた由紀とは言え、彼女のこんなにセクシーな姿は見た事がない。
「え〜と、あ〜、わ、私、ちょっとお水入れてくるね」
『ブッホッ!ゆ、由紀!パンツがっ!』
水を取りに振り返った由紀の背中は、ほとんどハダカの状態であった。
背中は完全に露出しており、透け透けの紐パンも、大事なところ以外はすべて見えている。
「は、はい。幹ちゃんお水…。
そ、それじゃあ私も隣に座っちゃおぅかなぁ」
そう言って由紀は幹太に水を渡し、ぎこちない動きで彼の隣に座った。
『い、一体どうしたんだ?
ど、どういうつもりでこんな格好を…?』
それはそうだ。
今、由紀の隣に座る幹太からは、由紀の豊満な横乳、というより、ほとんどオッパイが見えていた。
「ふぅ〜はぁ〜、よし。
お話だよね、幹ちゃん」
由紀は見えている全ての肌を赤く染め、しかし、それでもなんとか落ち着いて話を始めた。
「うん。そうだったな…」
幹太もなんとか平静を装い、話を始める。
「ゴメン、由紀。
俺、またお前に心配かけちまった」
幹太は由紀の方を向いて頭を下げた。
「うん。これからは気をつけないとダメだよ、幹ちゃん」
「あぁ、そうする」
「なら、もういいよ」
由紀は幹太の両手を優しく握った。
「本当に?」
「うん。だって、今回は仕方ないよ」
由紀はブリッケンリッジを出る前からそう思っていた。
「…幹ちゃんが誘拐されたのって、アンナの婚約者だからでしょ?」
「そう…だと思う」
クレアはラーメンを作る幹太だから攫ったようであったが、たぶん最初のキッカケはアンナの婚約者として目が止まったからであろう。
「だったら、日本人の私達がいきなり王族って言われも、すぐに変わるのはムリだよ」
日本でも、一般の人間が皇族などと婚姻を結ぶ例はあるが、それは極めて希なケースである。
そしてたぶんそのような場合には、キチンとレクチャーを受けるのだ。
「そうか…だったら由紀と俺はもっと気をつけないとだな…」
「うん♪今回はそれでいいよ♪」
由紀はニッコリと笑い、幹太の手を再び強く握った。
と、それがキッカケになり、由紀のおっぱいがセーターの横から大きくハミ出る。
「ちょっ!やだっ!
う〜、幹ちゃん…見ちゃった…?」
「み、見てない…」
ウソだった。
もちろん幹太はしっかりと見ている。
最近色々とあって耐性はついてきているが、彼も健康な一人の青年なのだ。
「ゆ、由紀、なんでそんな格好を…?」
幹太はなんとか理性を保ちつつ聞いた。
「あのね…キスを…」
「キ、キス…?由紀と俺が?」
「うん…幹ちゃんにキスをしてもらいたくて…」
「だからその服を着たのか?」
目の前で恥ずかしそうに話す由紀を見て、幹太は一度自分の浮かれた気持ちを抑えることにした。
真面目な由紀がここまでするには、それ相当の理由があるはずなのだ。
「わ、私、幼馴染だし…女の子っぽくないから…」
「……」
「せめて、格好だけでもこうすれば、幹ちゃんに女の子って意識してもらえるかもと思って…」
そう言う由紀は、恥ずかしいのか悲しいのか、目に涙を溜めている。
「…ゆーちゃん…」
「なに?幹っ!」
幹太は強く由紀の手を引いて、その唇を奪った。
彼はそのまま力強く由紀を抱きしめて、より深くキスをする。
『あっ、か、幹ちゃん…?』
それからかなり長い間キスをされ、ようやく唇が離れた頃には、由紀は恍惚としていた。
「ふ、ふぁ…も、もうお終い…?まだもうちょっと…」
幹太はそんな由紀の肩をつかんだ。
「ゆーちゃん…ゆーちゃんは俺にとって、ずっと昔っから可愛い女の子だよ」
「…ホントに?」
「そーだよ」
事実、幹太は幼い頃から由紀をキチンと可愛い女の子であると思っていた。
キッカケは父の正蔵の言葉である。
「いいか幹太、由紀ちゃんはお前が守るんだぞ」
「うん」
幹太は幼い頃の父の言い付けを守り、一番近くにいる女の子をずっと大事にしてきた。
幼馴染という間柄から、もちろん男女の垣根が低い事もあったが、幹太は日に日に女の子らしくなる由紀ことを、ずっと魅力的な女の子だと思って生活をしていたのだ。
「俺がいつからゆーちゃんの部屋に入ってないか、よく考えてみて」
由紀は今だにボーっとする頭で、なんとか記憶を掘り起こす。
「中学生ぐらいから来てない…」
「だろ。だってゆーちゃん、下着とか置きっぱなんだもん。
まったく…おれがどれだけ辛かったか。
ゆーちゃんが寝巻きで遊びに来た時なんか、ドキドキして大変だったんだぞっ!」
由紀の寝巻きは、キャミソールにスエットのショートパンツであることが多い。
「そ、そうなんだ…」
気がつけば由紀は、さっきまでとは違う理由で泣いていた。
「よかった…私、ちゃんと女の子って思ってもらえてたんだ…」
「当たり前だろっ!
ゆーちゃんはちゃんと可愛いよっ!」
「あっ♪それ懐かしい♪」
幹太が幼い頃よく口にしていた言葉に、ようやく由紀は笑顔を見せた。
そしてその数秒後には、
「ねぇ幹ちゃん♪もう一回チューして♪ね?いいでしょ♪」
「し、しかたねぇなぁ〜♪」
「あっ!でも、それで幹ちゃんへのお願い事はおしまいになっちゃうの?」
「いいや、それは別かな〜♪」
「やったぁ〜♪それじゃあ幹ちゃん、チュー♪」
といった調子で、二人はバカップルぶりを発揮していた。
どうやら今まで二人の間で抑えていたものが一気に解放され、タガが外れてしまったのだ。
「プハッ!ゆ、ゆーちゃん、これ以上はダメだ!本当に我慢できなくなっちゃうよ!」
「ん〜?だって幹ちゃん、もう我慢しなくていいんだよ♪ほらっ♪」
そう言って由紀は最後の理性を振り絞る幹太の手を取り、自らのセーターの隙間へと誘った。
「…すっげ…こんなに柔らかいんだ」
幼馴染の誘惑に、一瞬で幹太の理性は遠くサースフェー島沖へと飛んでいく。
「あんっ♪やだ♪そんなにギュッて揉まないで、幹ちゃん♪」
「ゆ、ゆーちゃん…も、もう!どうなっても知らないからなっ!」
「きゃ〜♪私、どうされちゃうの〜♪」
と、バカップルのテンションがマックスに達したその時、
バンッ!!
という音と共に扉が開き、クレアが部屋に飛び込んできた。
「ちょっと幹太っ!今日の報告はどうなって…あら♪」
彼女はベッドで抱き合う二人を見てニヤッと笑う。
「フフッ♪お二人ともお邪魔してゴメンなさいね♪
それにしても…由紀、すごい服ね♪」
クレアはそう言って扉を閉め、鼻歌を歌いながらスキップして部屋から離れていく。
突然の出来事に一瞬フリーズしていた幹太と由紀は、その扉が閉まった音で意識を取り戻した。
「えっ!あのっ!クレア様ー!?
ど、どうしよう!幹ちゃん!?」
「いや…こりゃもうどうしようもないだろ…」
「…だよね」




