第七十六話 それぞれの想い
『近くで見ると、この人めっちゃカッコいいな…』
衝撃の初対面から落ち着くための時間を経て、今、幹太の前にはイケメン王子としか形容しようがないマーカスが座っている。
サラッサラの金髪に大きな青い瞳、スッと通った鼻筋と血色の良い唇、その全てが高次元でバランス良く配置されていた。
そんなイケてるマーカスが、目の前で縮こまっているクレアに向かってお説教を始めていた。
「だいたいこんなに近くにいて、どうしてバレないと思ってたんだい、クレア?」
「それは…宮殿の裏だから…」
「君の学園から連絡をもらったら、僕たちがここを探すのは当たり前だろうに…」
「でもお兄様、最近ここへは来てくれなかったわ…」
クレアは俯き、寂しげにそう言った。
「クレア…」
「だから…だから今日も大丈夫かなって…」
「そうか…寂しい思いをさせてしまってごめんね、クレア。
このところお父様のお仕事をいくつか引き継いで忙しかったんだ。
でも、アンナの婚約者を攫ったのはいけない事だよ」
「うん。ごめんなさい」
クレアは驚くほど素直に謝った。
「ええっと、芹沢幹太君だったかな?
妹が迷惑をかけて、本当に申し訳ない」
マーカスは一度立ち上がり、幹太に向かって頭を下げた。
「そんなっ!お兄様っ!?」
「殿下っ!?」
「ダメだよ、二人共。
これは国家間の問題になりかねない事件なんだ。
この国の王子として、きちんと謝罪しないと」
マーカスはそう言う間も頭を下げ続ける。
「頭を上げて下さい、マーカス様」
と、幹太はそんなマーカスに歩み寄った。
「確かにクレア様に攫われて始まったラーメン作りですけど、今では俺自身もやってみたいと思ってます。
ですから、マーカス様に頭を下げてもらう理由は何もないんです」
「幹太…」
「マーカス様、できたらこのままこの街でラーメン作りをやらせて下さい。お願いします。」
そう言って、今度は幹太がマーカスに向かって頭を下げた。
「…君は本当にそれでいいのかい?
こちらとしては、もっとちゃんとした賠償を考えてたんだけど…」
「賠償…」
クレアは今さらながら、自分がしでかした事の重大さに気づく。
「それでしたら出店する場所と設備をお願いします」
「もちろんそのぐらい何とかなるけど…それだけかな?」
「ありがとうございます。俺の方はそれで十分です」
「ほ、本当にそれだけでいいの?」
「うん。他には必要ない…と思う」
「そんな!それじゃ私は何もしてないわっ!
な、なにか他に欲しいものはない…?」
と、クレアが幹太の両肩を掴んだところで、
「わ、私が芹沢様のものになりますっ!!」
いきなり立ち上がったゾーイがそう叫んだ。
「ゾーイ!何言ってるの!?」
「わ、私一人で責任を取れるとは思いませんが…芹沢様、どうでしょうか…?」
「ゾーイさん…」
幹太は俯くゾーイを見つめた。
どうやら相当思い切って言ったらしく、スカートを握る彼女の手はブルブルと小刻みに震えている。
「そっか…それじゃゾーイさんをもらおうかな?」
「ええっ!?そんなっ!幹太!?」
「幹太君…君は四人も…」
思いもよらない幹太のゲスい発言に、クレアとマーカスが動揺する。
「えっと…さっきは要らないって言っちゃったけど、せめてこの国で商売をしている間はゾーイさんに手伝ってもらわないと、とてもじゃないけど人手が足りないかなってさ♪」
そう言って、幹太はニッコリ笑う。
図太いクレアはさて置き、自分がこのまま何も求めなければ、責任を感じているゾーイは色々と気にしてしまうだろう。
だったら期間限定のアルバイトとして、彼女に手伝ってもらおうと考えたのだ。
「あ、ありがとうございます、芹沢様」
「あぁ…なんだ、そういう事ね♪」
「いや、びっくりした。
これは急いでアンナに報告しないとと思ってしまったよ」
「えぇっ!?そんなに俺って信用されてないのっ?」
「だって…ねぇ、お兄様?」
「ははっ♪そうだね。
王女も含めて三人の婚約者がいるってなかなかだと思うよ♪」
「せ、芹沢様?やっぱり手伝いって、お仕事だけじゃないんですか…?
よ、夜とかなのかな…どうしよう…私、そっちの方はぜんぜん…」
「し、仕事っ!お仕事だけです!」
「わからないわよ〜♪
ゾーイ、どうするの〜?そのお仕事っていうのが幹太の部屋で…」
クレアがゾーイの耳元でヒソヒソと囁く。
「で、できるだけがんばります…」
そう言って、ゾーイはキュッと両手を握りしめる。
ゾーイはやればできる子なのだ。
「ゾーイちゃん!それ以上聞いちゃダメよ!」
幹太は思わずオネェ言葉でツッコんだ。
「あぁ!そうだ!」
とそこで、三人の様子をにこやかに見つめていたマーカスが突然大声をあげた。
「ど、どうしたんです!?お兄様?」
「そういえば、今朝シェルブルックから連絡がきたんだよ」
「お、お兄様、連絡って…まさかアンナ・バーンサイドからですか!?」
「うん。
彼女、どうやら婚約者を取り返しにこっちに来るみたいだよ」
「えぇっ!?あの子、どうやって私の仕業だって知ったの!?」
「クレア様、相手は転移魔法すら使うのです。
婚約者の居場所を掴むなど造作もないかと…」
「そ、そうよね、ゾーイ。まったく恐ろしい国だわ…」
「ハハッ♪さすがに魔法じゃないと思うけど、アンナって時々すっごく勘がいいんだよなぁ〜」
「いや、君たち…?ちょっと調べれば分かる事だと思うよ」
マーカスはド天然三人のやり取りに頭を抱えた。
そもそもクレアとゾーイは、きちんと身分を証明して国境を越えている。
その時点で二人がシェルブルックに来ていたのは丸わかりであったし、さらシェルブルック衛士達の引き続きの聞き込みでは、幹太の部屋の近所の人達が、クレア、ゾーイと呼び合う二人の女性を度々目撃していたのだ。
「そっか〜アンナ、来ちゃうんだ…」
「あら幹太、婚約者に会うのが嫌なの?
まさか!本当にゾーイことが好きになっちゃった?」
「クレア様っ!?」
「うーん…いいや、もちろん会いたいよ。
でも俺、ラーメン作りに熱中すると周りが見えなくなるからなぁ〜」
幹太は頬を掻いて苦笑した。
「それで…たったそれだけ事でアンナ・バーンサイドにこっちに来ないで欲しいって…あなたはそう思うの?」
と、なぜか幹太の言葉を聞いたクレアの表情が一気に険しくなった。
「はぁ…あなた馬鹿なの?芹沢幹太」
「えぇ!なんで!?」
「アンナ・バーンサイドが好きになったのはそういう情熱を持ったあなたなのよ!
さっき話を聞いたばかりの私でもそんな事はすぐに分かるわ!」
クレアは椅子を倒して立ち上がり、力強くテーブルを叩いた。
「誘拐した私が言うのも変だけど、今のアンナ・バーンサイドなら嬉々としてあなたのラーメン作りを手伝うでしょうよ!」
幹太の言葉に、アンナと同じく恋する乙女のクレアは黙っていられなかった。
そもそも先ほど話を聞くまでは、幹太達がそんなに苦労して関係を築きあげてきた事など知る由もなかった。
大方、王家が適当に当てがった婚約者に、たまたま商才があったぐらいのものだろうと、クレアは勝手に思い込んでいたのだ。
事情を知ってさえいれば、彼女の性格的にアンナに協力を求めることは無くとも、誘拐とは違う方法を取っていた可能性はある。
「そうですよ、芹沢様。あなたは馬鹿です」
「お、おう。そっか、そうだよな…」
両側に座る女性陣からの容赦の無い言葉に、幹太はシュンとする。
「ハハッ♪女心は難しいよね、幹太君。
僕もどうしていいか分からないことだらけだよ」
「あぁ、マーカス様…」
そうフォローをするマーカスに、オネェ化している幹太は抱かれてもいいと思った。
「そ、それでね!これは一応っ!一応君に聞いておきたいんだけど!」
「はい。なんでしょう?マーカス様?」
「き、君の婚約者の中には、シャノン・ランケット王女も含まれるのかい?」
と、マーカスはイケてる顔を真っ赤にして幹太に聞いた。
先ほどの幹太に対するフォローは、この質問へのただの伏線だったのだ。
「いえ、違います…」
オネェ幹太は一瞬にして平静を取り返す。
「あぁ!そうか、違うんだ!良かった〜♪」
「お兄様っ!あんまり人前で情けないところを見せないで下さいっ!」
「あぁゴメンよ、クレア。
でも、本当に良かった〜♪」
「それでマーカス様、アンナ達はいつ頃こっちに来るんですか?」
「どうだろう?今朝来るって聞いただけなんだ。
連絡がきた時の様子だと、すぐにでも出発しそうな勢いだったけど…」
「ま、まさか転移して…?」
「クレア様っ!危険です!すぐに芹沢様から離れて!」
「いや、空間転移は莫大な費用がかかるからね。
さすがのアンナでもこの国までなら馬車で来ると思うよ」
「お、お兄様、知っていらしたんですか?」
「うん。アンナ達とは幼馴染だから、さすがにね♪」
やはりアンナの言う通り、転移魔法は秘密というわけではないようだ。
「ふぅ…じゃあそろそろ僕はお父様にクレアを見つけたって伝えてくる。
クレアも後でキチンとお父様に報告するんだよ」
「はい。わかりました、お兄様」
「あと、幹太君」
「はい」
「君の部屋は本邸に用意するかい?どっちにしろ食事は本邸でする事になるんだけど…」
「いえ、クレア様さえ良ければ、ここがいいです」
幹太にとって色々な職人の息吹きを感じるこの空間は、なぜだかすごく居心地が良かった。
なによりラーメンの試作をするなら、キッチンのあるここで寝泊まりをした方が都合も良い。
「えぇ、もちろん私は構わないわよ」
「ならそうしよう。
それじゃあ三人ともまた後でね」
「「「はい」」」
マーカスは手を振って、爽やかに宮殿へと戻って行った。
一方、その頃シェルブルック王宮では、リーズ公国に出発しようとしていたアンナ達一行が、正門前で足止めを食っていた。
「お姉様…」
「なんだアンナちゃん?」
原因は門の前で仁王立ちするビクトリアである。
「どうして私達と一緒にリーズ公国に行くのですか?」
「実はなアンナちゃん、お姉ちゃんは今回の事でめちゃめちゃパパ上に怒られたのだ」
ビクトリア王女は妹の婚約のショックから、ちょっと口調が変わってしまっていた。
「えぇ、それはそうでしょう」
当たり前であるが、妹の婚約者の部屋に刃物を持って侵入し、裸に剥いてちょん切ろうとするなど、一国の王女がする事ではない。
「とりあえずちゃんと反省するまでは、リーズの学園に戻ってしっかり勉強しろと言われた」
妹の事となるとポンコツなビクトリアだが、学業の方は優秀であり、リーズの国立学園では政治学の博士号を持っている。
「それで私達と一緒にリーズ公国へ行くと?」
「うん」
そうやって二人が話す姿を、馬車の中から由紀、ソフィア、シャノンの三人が見守っていた。
そしてビクトリアの後ろには、彼女の護衛であるクロエが馬を連れて立っている。
「お姉さん、私達と一緒に行くのかな?
どう思う?シャノン?」
「…確実に一緒に来ますね」
「旅は大人数の方が楽しいです〜♪」
「だよね、ソフィアさん♪私もそう思う♪」
ラクロスというチームスポーツをやっていた由紀は、基本的に大人数で行動する事が大好きなのだ。
「姉様…それならば、別に一緒でなくてもいいでしょう?」
「ま、待つんだ、アンナちゃん!私とクロエならば護衛にも…」
「シャノンがいれば十分ですっ!」
「アンナ様…」
追い縋るビクトリアを置いてアンナが馬車へ戻ろうとすると、後ろからクロエが声をかけてきた。
「クロエ、どうしました?」
「アンナ様、ビクトリア様は私の事を考えてリーズに戻ると言って下さったのです」
「あぁ、それで…」
ビクトリアの護衛であるクロエは、幹太を誘拐したクレアの実の姉である。
妹の事が気になっているのに、自分の護衛の仕事をしなければならないクロエのために、同じ妹想いのビクトリアが一肌脱いだのだ。
「ごめんなさい、クロエ。
私、あなたの気持ちも考えずに…」
アンナはそう言って、クロエの手を握る。
「そんな…アンナ様。
こちらこそ妹が申し訳ありません」
そう言って、クロエは頭を下げた。
「クロエに責任はありませんよ。
お姉様!お姉様もそれならそうと早く言って下さい!」
「い、いや!ち、違うぞアンナちゃん!
私はあくまで!可愛い妹達と旅がしたいだけなんだからねっ!」
ビクトリア、いまさら渾身のツンデレであった。
幹太の件では取り乱したビクトリアではあるが、基本的には部下想いで家族想いの立派な王女なのだ。
「でしたら、馬に乗るお姉様達が先行でよろしいですか?」
「あぁ」
「はい。アンナ様」
「では、決まりですね」
そう言ってアンナは馬車へ戻り、手綱を握るソフィアの隣に座った。
「ビクトリア様、ご一緒なさるんですか〜?」
「はい。クロエも一緒です。
今までに比べたら短い道中ですが、気をつけて行きましょう」
「そうですね〜♪
でも私、早く幹太さんに会いたくて、なんだか体がゾクゾクするんです〜♪」
「えぇっ!ソフィアさん!?昨日と言ってることが…」
「なので全速力でいきます。
皆さん、どこかに掴まって下さい〜♪」
そう言うと同時に、ソフィアは思いっきり手綱を打つ。
「ヒッヒーン!!」
前回の旅から十分な休養をとり、飼い葉をたらふく食べた馬達が爆発的なスタートダッシュを見せ、馬車は一気にトップスピードまで加速する。
「ソソソ、ソフィアざんっ!スピードっ!スピードを落としてぇー!」
「えー?なんですかー?アンナさん〜♪」
「あははっ♪シャノンー!なにこれー!ちょー速いよーっ♪」
「由紀さん!そんなに身を乗りだしては危険です!早く何かに掴まって下さいっ!」
馬車はガリガリ石畳みを削りながら、一路リーズ公国へ向かって走り去っていった。




