第六十二話 歩んできた道は
このお話との繋がりを考え、前話を改訂致しました。
よければご確認下さい。
引き続き宜しくお願い致します。
ビクトリアはそのまま多くの軍勢と共に姫屋の屋台の前までやってきた。
突然現れた軍服の集団にバザーに来ていた人々は驚き、辺りは騒然した雰囲気に包まれる。
「芹沢幹太!貴様などに絶対アンナを渡さんぞ!」
ビクトリアはいつもの制服姿でひらりと馬を降り、指を突きつけてそう幹太に宣言をする。
「あの…ビクトリアさ…」
と幹太が何かを言いかけた所で、
「お姉様!こんなに多くの兵士の方々を連れてくるとは何事ですか!
だいたいバザーの間は馬の乗り入れも禁止です!
ちゃんと通りの外に繋いできて下さい!」
珍しく怒った表情のアンナが幹太とビクトリア間に立ち、そう彼女に向かって言い放った。
「いや、しかしアンナ、その…入り口は遥か遠くに…」
「いいからっ!駐めてきて下さい!」
「はうっ!はい…」
アンナのあまりの剣幕に、ビクトリアはすごすごと馬を伴って一旦この場を去った。
「まったくお姉様はっ!
子供達もたくさんいるのですから、ちゃんと決まりは守ってもらわないと!」
「そ、そうだな、決まりは大切だな。
しかしあの人達を残して行っちまったが…」
残された兵士達が直立不動で整列しているため、サンタクルス大通りは、今だに異様な雰囲気である。
「大丈夫です。たぶんすぐに戻ってきます。
戻って来たら、お姉様のお話しを聞きましょう」
どうやらアンナは本当に決まりを破った姉に怒っているだけのようだ。
「か、幹ちゃん…アンナって怒ったら怖いんだね…」
「だ、だな。いつも能天気ににニコニコしてるから、俺も気づかなかったよ」
アンナは唐突に最愛の男性に軽くディスられる。
「アンナさんは幹太さんとの婚約の事で怒っている訳ではないのですか〜?」
ソフィアが屋台に戻ってきたアンナにそう聞いた。
「えぇ、まぁ…姉様が私の結婚に反対するのは仕方ないですしね。
それに、婚約に条件をつけたのは、ローラお母様であって姉様ではありません」
「言われてみればそうですね〜」
「ですからお姉様が何を言ったって、私達は正々堂々お母様に課せられた条件をクリアする事だけを考えていればいいのです!」
「そっか、そうだね♪
お母さんを納得させる事が出来れば、私達は幹ちゃんとの婚約を許されるんだね♪」
「そうです!お母様達を味方につければ、ビクトリア姉様など恐るるに足らずです!
なので何が起ころうとも、バザーの売り上げ一番目指して頑張りましょう!」
そんな話をしていると、ビクトリアがゼイゼイと荒く息を吐きながら姫屋の前に戻ってくる。
「こ、これで文句ないだろう、アンナ。
さぁアンナちゃん!仕切り直しだ!」
ビクトリアはコホンと咳払いをして、姫屋の前に並ぶ兵士達へと振り返る。
「みんな、今日は昼ご飯は私の奢りだ!
このバサーで好きな物を食べて良いぞ!
ただし、この姫屋以外でだ!」
ビクトリアは大声でそう叫んだが、それを聞いた兵士達は戸惑いを隠せない。
「やったっ!久しぶりの外飯だ!
でも…」
「うん。なんでここじゃいかんのだ?」
「アンナ様もいるし、由紀殿も一緒だぞ…」
「俺、このラーメンってのが気になるんだが…」
兵士達の中にはアンナ付きの衛兵も混ざっているようで、どうやら他の屋台には行きづらい様だった。
「ん〜!とにかく!何を食べても良いがこの姫屋という店以外でだ!でなければ奢らんっ!」
と、戸惑う兵士達を前にビクトリアは焦った様に言う。
「「「りょ、了解です!」」」
兵士達はそう言って、他の屋台へを向かってバラバラに歩いて行った。
「ちょっ!皆さんっ!
姉様ひどいっ!せめて皆さんの自由にさせてあげて下さい!」
アンナは姫屋の屋台から飛び出し、ビクトリアの肩を掴んでそう言った。
「いいや、これだけはアンナちゃんのお願いでも譲らん。
私は永久に妹達と暮らすのだ!」
そう言うビクトリアの瞳には、グルグルとドス暗い欲望が渦をまいていた。
「シャノンさん…お姉さん本気かな…?」
その様子を屋台から見守っていた幹太は、呆れたようにそうシャノンに聞いた。
「えぇ、本気でしょう。
とりあえず私達の結婚を邪魔しておいて、跡取りの問題などは後々どうにかするつもりなんです」
「でも…お子さんはどうするつもりなんでしょうか〜?」
ソフィアが王族において、至極もっともな質問をする。
「養子を迎えるか、ご自分だけ結婚なさるのかのどちらかでしょうね。
アナや私に子供が居なくても、王家としては問題ありませんから」
「お、お姉さん…凄いね、幹ちゃん」
「お、おう。権力を持ったシスコンって凄いな…」
現代の日本人である幹太と由紀は、引きつった笑顔を浮かべる。
「でも幹ちゃん、これからどうするの?
あれだけの兵隊さん達が他のお店に行ったら…」
そう言って由紀と幹太が辺りを見回と、姫屋の周りの飲食系の屋台にはズラリと兵士達の列が出来ている。
「うん。こりゃさすがにヤバい。
今までは周りの店に負けてなかったと思うけど…。
まぁつっても、これからできる事は限られてるか…」
幹太はそこで少し考えた。
「よし…奥の手を使おう。
アンナと由紀はこれを持って呼び込みに行ってくれ。なるべく端から端まで」
幹太はそう言って、アンナと由紀に紙の束を渡す。
これは以前、幹太がアンナと銀座へ行った時のラーメン屋の看板をヒントに作ったビラだった。
「そんでソフィアさんはシャノンさんと外回りを交代して、厨房で俺とラーメン作りを。
シャノンさん、食器を片付けながら声掛けもお願いします」
「「「「「はい!」」」」
姫屋の女性陣はそう歯切れよく返事をして、一斉に自分の持ち場へ向った。
「す、凄いお客さんの数です〜」
それから三十分後、姫屋の前にはお昼時と変わらない行列が出来ていた。
「幹太さん、なんでこんなにお客さんが来たのですか〜?」
ソフィアは次々と上がるラーメンに角煮を乗せながら、そう幹太に質問した。
「ん〜、まずはあのビラかな。
絵でラーメンってのを分かりやすく説明してあるんだ。
それならこっちの世界の人でも、ラーメンって食べ物の味が想像しやすいだろ」
幹太は外国人向けのラーメン屋の看板をヒントに、あらかじめシャノンに頼んでビラを作ってもらっていた。
シャノンが昼から合流したため、朝は配る事が出来なかったのだ。
「それに加えてビラを配っているのがアンナと由紀だしなぁ〜。
アンナはこの国の王女様だし、由紀はビラ配りのベテランだからな」
ブリッケンリッジ以外の町では、なかなか王女と気づかれなかったアンナも、この町の人ならば顔を知っている。
王女が作るラーメンとはどんな食べ物なのか、この町の人ならば気にならない筈はない。
そして由紀。
彼女は幹太が日本で屋台をやっている頃から手伝いでビラを配っている。
由紀のような美人が笑顔で配るビラを、普通の男性ならば断る事はできない。
さらに彼女は同性や家族連れにも受け入れられやすい、ハツラツとした爽やかな印象の持ち主なのだ。
「それは受け取った人のほとんどがこの店に来るでしょうね…」
屋台裏で食器を洗っていたシャノンがそう締めくくる。
「他の屋台も忙しそうだからまだ分からないけど、いい勝負はできる筈だ」
幹太は額に流れる汗をタオルで拭いながら、向かいにある米粉麺の店を睨む。
そうしてしばらく忙しい時間が続いた後、
「幹太さん!ビラなくなっちゃいました!」
「幹ちゃん!こっちももう無いよ!」
そう言って幹太が思うよりも早く、アンナと由紀が屋台に戻って来た。
「そっか、俺が急に頼んだから数が足りなかったんだな。
前もって考えていれば…」
幹太、ここへきて痛恨のミスである。
「せっかくここまでお客さんが増えたのにな…」
幹太は目の前の行列を見つめながら呟く。
「大丈夫だよ、幹ちゃん!
ビラがなくても私とアンナで呼び込みするからっ!
ね、アンナ!」
「はい!由紀さん!」
そう言って二人は姫屋の前に立ち、呼び込みを始めた。
「シェルブルック王家!アンナ・バーンサイドの作るラーメンです!いかがですかー!」
「ちょっ!?アンナ、それ大丈夫なの!?」
由紀は思わずツッコミを入れた。
アンナはすでに形振り構わなくなってきている。
「ワタシ、オオゾク、メン、ツクッタ!オーケー?」
切迫詰まっているプリンセスは、なぜか片言で答えた。
「う、うん、そうだね。確かにそうだった…。
まぁもうそれでいっか!いらっしゃいませー!ラーメンはいかがですかー!」
由紀もすぐに切り替えて呼び込みを続けた。
しかしその間にも、だんだん姫屋の前の行列は少なくなっていく。
「さすがにこりゃマズイぞ!」
「は、はい〜他のお店の方が忙しそうです〜」
しばらく経つと明らかに他の店の行列の方が長くなってきた。
店に立つ幹太とソフィアは焦る。
それは他の三人も同様だ。
「こうなったお父様を脅して王権でなんとか…シャノン!」
「えぇアナ、そうですね…お父様がお母様達に隠れて飼っているワンちゃんを人質に…」
と、二人の娘によって国王の可愛い愛犬にピンチが迫ったその時、
「アンナ〜シャノン〜!来たわよ〜!」
と、人混みを掻き分けてアンナとビクトリアの実母、ジュリア王妃が通りの向こうからやって来た。
その後ろには大勢のご婦人達を連れている。
「はーい到着!
忙しいところにごめんなさいね、幹太さん。
初めましてよね?私はジュリア。
アンナとビクトリア、そしてシャノンの母よ♪」
ジュリアはいたずらな笑顔で幹太に挨拶をした。
言われみれば幹太は、まだジュリアとまともに会った事がなかった。
「は、初めまして、芹沢幹太といいます…」
とカウンターを挟んで、幹太はジュリアに頭を下げて挨拶をする。
「ローラが様子を見に行って言うから来たけど…」
そう言って、ジュリアは周りを見回した。
「ん〜なんだかピンチ?」
「お、お母様!助けて下さい!」
とそこへ、アンナが二人の間に割って入り、ジュリアの手を握って懇願する。
「助けてあげたいけど、ローラが贔屓しちゃダメだって言うのよ♪」
「そんなっ!?お母様!」
「大丈夫よ、アンナ♪」
ジュリアは汗だくで泣きそうな顔をする自分の娘の頭を優しく撫でる。
そして自分の連れて来たご婦人達に向かって大声で叫んだ。
「それでは皆さん!ご自分の気の向くまま、お好きなお店でお食事をして下さい!
お代は恵まれない子供達に寄付されるので、めいいっぱい食べてねー♪」
ジュリアがそう言うのに合わせ、煌びやかな服装のご婦人達は一斉に姫屋の列に並び始めた。
「私、気になってたのよね。
さっき息子がこのお店のビラをもらって来たのよ」
「あら、私は市場に行った時にこのお店を見たのよ」
「私はストラットンって町で同じ屋台を見たわ♪」
「王都に来る時にジャクソンケイブの温泉に寄ったんだけど、そこにもこのラーメンってお食事を出すお店があったわね」
「餃子ってどんな食べ物なのかしら?」
どうやらご婦人達は元からこの店に興味があったようだ。
実はローラが自分でなく、ジュリアをバザーに向かわせたのには訳がある。
料理以外の事にあまり興味がないローラは、根本的に人付き合いが苦手である。
しかしもう一人の王妃であるジュリアは違う。
国王の片腕として、国政に関わる仕事も引き受けるジュリアは人付き合いも上手く、その人脈は驚くほど広い。
「お友達にローラのバザーに行こうってお話しをしたら、国中からこんなに集まっちゃった♪
忙しくしてしまってごめんなさいね、アンナ♪」
ローラはそれを狙ってジュリアにバザーへ行くように頼んだのだ。
「あぁ…ありがとうございます、お母様…」
アンナは涙を流しながら、ニコニコと微笑むジュリアにお礼を言う。
「いいえアンナ、私は皆さんにここでお食事をしてなんて一言も言ってないわ。
あなた達がこれまで頑張って作り上げたラーメンの味が、こうして皆さんを惹きつけたのよ♪」
「これが…私たちの頑張った証だと?」
「えぇそうよ、アンナ♪
だからアナタは早くお仕事に戻りなさい。
これからとっても忙しくなるわよ〜♪」
ジュリアはクルリと優雅に一回転して、アンナにウィンクをする。
「はい!お母様!
それではソフィアさん!交代です!
ソフィアさんは私と代わって、呼び込みをお願いします!」
「はい〜♪」
そう言ってアンナは涙を拭い厨房に入った。
そこからは再び怒涛の時間が訪れる。
朝と同じように、幹太とアンナはラーメンを作り、由紀は餃子を焼くマシーンと化す。
「幹太さん!角煮豚骨五つ、餃子三つです!」
「幹ちゃん!餃子三つは追っかけでいけるよ!」
「分かった!よろしく、由紀!」
「うん!」
そして外回りを担当していたソフィアが会計を担当し、
「お会計、八シルバになります〜♪」
「由紀さん!餃子のお皿ここに置きます!」
シャノンがソフィアに代わり、外回りと洗い物を担当していた。
そうして出しても出しても終わらない注文に、幹太達が限界を迎えようとしていたその時、
「幹太さん!麺、最後の箱に入りました!」
とアンナが叫んだ。
一般的に麺箱に入る麺は四十個である。
「了解!シャノンさん!あと四十人で終わりです!」
「はい!では…イチ、ニイ…
幹太さん!今並んでるお客さんでちょうど終わりです!」
「ナイス!それじゃここまででおしまいですー!」
幹太は大きく声で列に並ぶお客にそう声をかけた。
「それじゃこれでラスト!アンナ、よろしく!」
「はい!」
瞬く間に麺はどんどん減っていき、ちょうどバザーの終わる頃に幹太はそう言って最後の麺の湯切りを終えた。
「終わったね、幹ちゃん♪」
幹太が振り返ると、白いTシャツを汗で透けさせた由紀が笑顔でそこに立っていた。
「あぁ、これだけ売ったら悔いはないな」
「アンナやりました!でも今日はもう動けません」
「まだ片付けがありますよ、アナ」
「わ、私も疲れました〜」
「ははっ♪
そうだな…結果はどうあれ、最後もう一踏ん張りして帰ろう」
「「「「はーい♪」」」」
そうして五人の嵐のような一日が終わった。




