第374話 アルナの誤算
「ふぁ〜?」
「ふぁ!ふぁれ!?」
由紀とソフィアは、そのまま大木の裏側に連れてこられた。
「しー!大丈夫だから静かにして、由紀…」
「って、その声は…」
由紀は振り返って、後ろを見る。
「やっぱりクレア様!」
「えぇ、そうよ」
由紀の口を塞いだのは、クレアだったのだ。
「でしたら私の方は〜」
「はい。私です」
「やっぱりゾーイさんです〜♪」
そして、ソフィアの口を塞いでいたのは、ロシュタニアを出発した時の軍服とは違う格好をしたゾーイだった。
「けど、どうしてロシュタニアンなんですか〜?」
「ちょ、ちょっと色々事情がありまして…」
コッコッコッ…
とそこで、大木の反対側から人の足音がした。
「…ここで話すのはまずいわ。ひとまず下におりましょ」
クレアがそう言い、四人は隣の木まで静かに移動して下に降りる。
「ふぅ…二人ともちょっとぶりね」
「はい。でもクレア様、なぜお二人がここに?」
「それは私たちのセリフだけど…まぁいいわ。まずは私たちの話からするわね」
クレアは木の切り株に座り、三人も同じように座った。
「お兄様がアンナとシャノンの捜索を手伝ってるっていうのは知ってる?」
「はい。ロシュタニアで聞きましたし、探してくださっている衛兵の方にも会いました」
「そうなのよ。ラパルパの首都に行く途中で連絡がきてね。それを聞いたお兄様が衛士隊をみんな捜索にまわしたから、こっちは私たちだけで行動することになったんだけど…」
「本当に三人だけで行動してたんですね」
「ゾーイもいたし、あの二人が行方不明ならそうするのは当たり前だわ」
クレアはあっさりとそう言う。
「で、首都に行くのは後にして、とりあえずロシュタニアの方から洪水が流れてくる先に向かうことしたの」
「水のない渓谷ですか?」
「そうそう。それでそこに向かう途中、通る村に一つ一つ寄って、二人が来てないか確かめてたんだけど…」
「そういえば、マーカス様はどこにいるんです〜?」
そう聞きながら、ソフィアは辺りを見回した。
「お兄様はその最中に攫われたわ」
「「えぇっ!」」
「しっ!だから二人とも静かに…」
「「……」」
クレアに正面から口を塞がれた二人は、コクコクと頷く。
「さ、攫われたってどういうことですか?」
「理由は知らないわ。けど、私たちの先を歩いてたお兄様が突然、攫われたの」
「えっ!ゾーイさんがいるのに?」
そう言って、由紀はゾーイの方を見た。
「はい…」
ゾーイはシェルブルックの衛士隊にも所属しているため、由紀はゾーイの護衛としての優れた実力を知っている。
「本当に申し訳ないです…」
「お兄様ったら、ゾーイが私と一緒にいてって願いしてるのに、ぜんぜん言うことを聞かなかったの…」
「あ、なるほど…」
「それだけアンナさんとシャノンさんのことが心配だったんですね〜」
付き合いの浅い由紀とソフィアでも、必死で二人を捜索するマーカスの姿は容易に想像できる。
「でも、クレア様とゾーイさんは無事だったんですね?」
「そうね。ゾーイがとっさに私を薮の中に引きずり込んで隠れたから…」
「その時に私のスカートが破れてしまったんです」
「だからロシュタニアンなんですね〜」
オアシスの国の民族衣装なだけあり、ロシュタニアン姿のゾーイは森の中でかなり浮いていた。
「はい」
「つまり…ぱっと見だと、マーカス様は一人で森をウロウロしてるって感じだったんですか?」
「まぁそうなるわね…」
「う〜ん…」
「けど〜、どうして攫われたんでしょ〜?」
クレアの話を聞いた由紀とソフィアは、揃って首を傾げる。
「わかりやすい理由だと、身代金目当てとか…マーカス様、王子ってバレてたのかな?」
由紀はゾーイに聞いた。
「バレていないと思います。マーカス様がラパルパを訪問するのはまだ公表されてませんし、旅の間はずっと普通の格好でしたから」
「そうね。宮殿にいる時みたいにヒラヒラキラキラではなかったわ」
「じゃあどうしてだろ?」
「わからないわ。それに今、お兄様がどこにいるかもわからないの…」
「えぇっ!この村じゃないんですか?」
由紀は小屋があった方を指差す。
「攫われたのはこの辺りなんだけど、村の周りに衛兵がいて、なかなか中まで行けないのよ」
「あぁ…それで木の上にいたんですね」
「なにか気づいたことはないんですか〜?」
ソフィアはゾーイに聞いた。
「ん〜?これといって普通でしたよ。村に向かう人も出てくる人も、ガラが悪かったりもしてないです」
「あ、でも、ちょっと不思議なことはあったわ」
「へっ?クレア様、不思議って?」
「あら、ゾーイは気が付かなかったの?」
「はい…」
「あの村に出入りしてる人って、女の人しかいなかったのよ」
「「えぇっ!」」
「あ!言われてみれば、確かにそうでした!」
クレアと共に様子をうかがっていたゾーイも、なんとなく違和感を感じていたのだ。
「女の人だけ…?何か理由があるのかな?」
「理由ならありますね…」
と、そこで背後から由紀の言葉に返事をしたのは、軽装の鎧をつけた見知らぬ女性であった。
「ひとまず村まで来ていただけますか?」
「…私たちが素直に従うと思いますか?」
声をかけられる前に女性に気づいていたゾーイは、女性と由紀の間に立ちはだかる。
「危害を加える気はありませんし、あなたたちの探している人物に心当たりがあります。それでもついてきませんか?」
「…わかったわ。あなたについていけばいいのね」
とそこで、クレアがゾーイの隣に立った。
「クレア様、いいんですか?」
ゾーイは、鎧の女性から目を離さずにそう聞く。
「えぇ、大丈夫よ。だって、ゾーイが一緒なんだから♪」
そしてその頃、幹太とアルナも砂漠と森の境界まで来ていた。
「えぇっと…アルナさんの故郷はこの森の中なの?」
そう言って、幹太は森の中を覗き込む。
「そうだけど…殿下」
「うん?なに?」
「きょ、今日はこの辺りで休んだ方がいいかも…」
アルナは歯切れ悪くそう言う。
「この辺りって…村までは遠いの?」
「うん。そうだったかも…」
「…よし、わかった。じゃあそうするか」
「殿下…いいの?」
「うん。もうずいぶん暗くなってきたし、俺には夜の森はキツいだろうからさ」
この辺りが故郷のアルナはともかく、日本の都会育ちでアウトドア的な趣味もない幹太は、これまで夜の森で行動したことなど一度もなかった。
「そ、そう。じゃあ準備をしなきゃ…」
アルナはラクダから荷物を下ろし、テキパキと野営の準備を始める。
「由紀たちはどうしてるかな…」
アルナと天幕を広げていた幹太は、そう呟いた。
「大丈夫…じゃないかな。地図にも村の場所を書いたし…」
「そっか」
「あ、でも、周りに似たような村がたくさんあるから、もしかしたら間違えるかもしれない…」
「あ〜そりゃあるかも…」
ソフィアはともかく、由紀が方向音痴なことは幹太は身をもって知っている。
「村を間違えたら、なんか危険とかってことはある?」
「ん〜?別に危険とかはない…と思うけど…」
「けど?」
「もしかしたら、しばらく村から出してもらえなくなるかも…」
「えっ!それはどうして?」
「殿下、前にラパルパの森の人は、ずっと木を切ってるって言ったの覚えてる?」
「あぁ、覚えてるよ」
「私たちの村はそれを売って生活してる。けど、周り村も同じことをしてるから…」
「あ、もしかして、縄張り争いをしてるとか?」
「そう。近く村同士で質の良い木の生える場所を取り合ってる」
「そうなんだ」
「うん。だから、どこらへんに生える木の質がいいとかっていうのも、お互い秘密にしてるの…」
「…それで、どうして村から出れなくなるの?」
「私が村にいた頃は、見知らぬ人がきた時に、もしかしたらどこかの村のスパイかもってなって、取り調べしたりしてたから…」
「おぉ、そりゃキツ…っていうか、けっこう本気の縄張り争いなんじゃん!」
「うん。だから、由紀たちに私の証を預けた…」
「そっか…ありがとう、アルナさん」
幹太はそう言って、アルナと共に完成した天幕の下に座った。
「あれ?ちょっと待てよ…それって、もし村を間違ちゃうと余計にまずい事にならない?」
「えっ!ど、どうして?」
「だってさ、もし由紀たちが違う村にアルナさんの村の証を持って行ったら、なんかもっとややこしいことに…」
幹太がそう話すにつれ、アルナの顔がどんどん青ざめていく。
「わ、私、そこまで考えてなかった…」
そして、体をプルプル震わせながらそう言った。
「えぇっ!それじゃ、由紀とソフィアさんが違う村に行ったら…」
「う、うん、殿下。ちょっとマズいかもしれない…」
幹太たちは建てたばかりの天幕を片付け、急いでアルナの故郷の村に向かった。




