第372話 結界
「お待たせしました…」
「……」
サラサとカリナは、三人の前に座る。
「サラサさん、聞いていいですか?」
「はい。なんでしょうアンナ様…」
「この村には女性と子供しかいないというお話でしたが、大人の男性はどこに行ってしまったんです?」
「はい。まずはそこからお話しましょう」
カリナは一度立ち上がり、先ほどの地図を持って戻ってくる。
「あれは数ヶ月前のある日でした…」
そして地図をテーブルに置いて語り出す。
「この村の周囲に、大きくて凶暴な熊が何頭も現れたのです」
サラサは、先ほど指した村を中心に指で大きく円を書いた。
「…熊って、この熊かい?」
マーカスは両手を上に挙げ、ガォーっと吠えるマネをする。
「えぇ…それが何頭も」
「何頭…?熊って、徒党を組んだりするっけ?」
と、マーカスに聞かれたシャノンは首を横に振る。
「…普通はしません」
「私たちもそう思ったわ!けど、本当に何匹もいて、ときどき村の食糧なんかを荒らすようなったのよ!ね、母さん?」
「えぇ…最初はそうでした。しかし、だんだん頻繁に村に来るようになって、ついには…」
「そうね。最初はウチのおじいちゃんだったわ…」
そう言って、親子は悲しげに目を伏せる。
「まさか…おじいちゃん、食べられちゃったんですか!?」
アンナは、思わず立ち上がってサラサに聞いた。
「あぁ…いいえ。その時はなんとか逃げたんですけど…」
「…そうか。けど、その後、食べられてしまったんだね」
この天然王女と天然王子は、どうしても熊におじいさんを食べさせてあげたいらしい。
「いいえ。それがキッカケなって、男衆で山狩を行うことになったんです…」
「…男性の皆さんでですか?」
「はい。シャノン様」
「アンナわかりました。それで全員食べられてしまって、男性がいなくなってしまったんですね」
「なるほど、それは残念だったね…」
どうやら熊に豊富にエサを与えたい派らしきアンナとマーカスは、深刻な顔で腕を組んで頷く。
「あ、いえ。そうではなくて、実はそこからがよくわからないのです…」
「よくわからないとは…?」
「山狩に行った全員が突然、消えてしまったんです」
「消えた?カリナさんたちの目の前でということでしょうか?」
「はい。私と数人の女性の前でです」
「人が消える…」
シャノンはそう呟きながら、マーカスとアンナを見た。
「ん〜?シェルブルックが持ってる魔法ならあり得る…のかな?」
「確かに、ムーアの転移魔法ならできそうですけど…」
そう言って、アンナはサラサに向き直る。
「その時に男性は何人ぐらいいたんですか?」
「全員ですから…三十人ほどです」
「なるほど、そのぐらいならムーアの転移魔術でなんとかできそうですね。でも…」
アンナは再び振り返り、マーカスとシャノンの方を見た。
「うん。ムーア様にやる理由がないね…」
「はい。導師がやる理由がありません」
二人は声を揃えてそう言った。
「ですです。どう考えても別の人ですよね」
「えぇ、それはそうでしょう」
もちろんカリナも、音に聞く大魔導師がこんなことをするとは思っていない。
「それに、かけられている魔術はそれだけではありません」
「ですね。それだと、住人以外の男性もいない理由がわかりません」
シャノンの言う通り、住人が消えただけなら、仕事などで外から来る男性はいてもいいはずなのだ。
「それなんです。その事件以来、なぜか他の男性も村に寄れないようになってしまって…」
「他の男性もって…」
そう言って、マーカスは自分を指差す。
「じゃあ、なぜ僕はここにいられるのかな?」
「わかりません。ですけど、マーカス様さえよろしければ、試してみたいことがあるのですが…」
「僕で?」
「はい。どうしてマーカス様をこの村に連れてきたのかも、そこでお話しますので…」
「わかりました。行きましょう」
と、なぜかアンナが返事をして、五人は再び蔦の橋を渡り、村の境界ギリギリまでやってきた。
「ここが村の端よ」
カリナは赤いヒモがかけられた木を触りながら言う。
「この印がある木で村を半円状に囲ってるの」
「半円?」
「マーカス、反対側は砂漠と森の境界なんです」
と、マーカスの疑問にアンナが答える。
「そうね。正解よ」
「つまり僕以外の男性はここで弾かれるってわけだね…」
そう言いながら、マーカスは印のついた木と木の間を行き来する。
「…どうしよう、僕、男性じゃなかったかな?」
そして、困った顔をして幼馴染の二人を見た。
「フフッ♪マーカスは男の人ですよ。ずっと昔にその証も見てますし…」
「ちょ、ア、アンナ…?なにを言って…」
「何って…王剣、見せてもらいましたよね?あれって確か、リーズの公爵様と王子しか触れないんじゃなかったでしたっけ?」
「あ、あぁ…リーズの王剣ね。確かにそんなこともあったね…」
「それによく水遊びの時、プランプランさせてました♪」
「バッ!乙女がそんなこと言っちゃダメだよ!アンナ!」
幼馴染なのだから当たり前だが、アンナはしっかりそっちも見ていたのだ。
「ゴホンッ!ち、小さな頃の話ですし、それはいいでしょう…」
シャノンはうっすら頬を赤くして、マーカスに近づく。
「マーカス様、もしかして、魔術や呪いの類いを解除する魔道具などを持っていませんか?」
「あ!そういえばあるよ!」
マーカスは右手の袖を捲って皆に見せた。
「この腕輪は他者からの魔術や呪いを一切受け付けないってやつなんだけど…」
「マーカス、これって…」
アンナはその腕輪に見覚えがあった。
「うん。これも君たちの導師様の魔道具だね♪」
「では試しに、このヒモが巻いてある木の外ではずしてみてください」
「えっ?ちょ、ちょっと、シャノンちゃん!?」
シャノンはマーカスの背中を押して、境界の外へと押し出す。
「「「「………」」」」
「じゃあ、いくよ〜」
そして四人の目の前で、マーカスは腕のリングを外して地面に置いた。
「「「「!!」」」」
その途端、マーカスの姿が四人の前からスッと消える。
「お、お母様…」
「そうね。まだ魔術は生きてるみたいだわ」
カリナとサラサはゴクリと息を呑む。
「こ、これ…マーカスはどこに行ったんでしょう?」
「「「あ!」」」
アンナがそのことに気づくまで、他の三人は消えたマーカスがどうなるかまで考えていなかったのだ。
「よし!」
しかし次の瞬間、マーカスは先ほど消えた位置と同じ場所に現れた。
「マーカス、すごい汗…どうしたんです?」
アンナは肩で息をするマーカスに近づいて声をかける。
「あ、あぶなかった!この場所の魔術は村に入れなくするだけじゃないみたいだよ!」
「えっ!何か他にあったんですか?」
「うん。どうやら、どこか他の場所に飛ばされる魔術も重ねてかけてあるみたいだ…」
マーカスは飛ばされる寸前に、素早く腕輪を付け直したのだ。
「なるほど、これが男性がいない理由ですか…」
「まぁ僕が知る限り、この魔道具を持ってる男性はあと二人しかいないからね…」
「村にかけられている魔術はまだあるわ。私たちも外に出れないのよ」
カリナはそう言ってアンナの隣に並び、スッと正面に腕を伸ばす。
「アンナ様だっけ、私と手を重ねてみて」
「手を…こうですか?」
アンナは言われた通りに、カリナの手の甲に自分の手を重ねた。
「いくわよ…」
そしてカリナは、その状態で境界の外へ腕を伸ばそうとする。
「…ほら、わかる?」
「え、えぇ、はい…何か…柔らかい壁みたいな感じですか?」
確かにアンナが触れているカリナの手は、一定の場所で何かに跳ね返されていた。
「そう。それよ」
「つまり男性は村に戻れず、村の女性は村から出れない…というわけですか?」
シャノンはサラサに聞いた。
「はい」
「では、なぜマーカス様のような魔道具を持たない私とアナが、こうして行き来できるのでしょう?」
「それはたぶん、お二人がこの魔術が使われた時にこの村にいなかったからです。
その条件があるおかげで、私たちはまだこの場所で生きられています」
「なるほど、村に必要なものは行き来できる女性が持ってくるということですね?」
「はい」
「で、マーカスを村に連れてきた理由はなんなんです?」
アンナは重ねた手をニギニギしながらカリナに聞いた。
「そ、それは…」
「「「それは…?」」」
「マーカス様には、わたしのお、お婿さんになってもらおうと思って…」
カリナは顔だけでなく、素肌が出ている場所ぜんぶを真っ赤に染めてそう言った。




