第371話 マーカスの行方
「えぇっと…あの、それはその…お、お二人はマーカス様はどういったお知り合いなのですか?」
「リーズ公爵家のマーカスとシェルブルック王家の私たちは、小さな頃から交流がありますから♪」
「リ、リーズ公爵家っ!?」
「あ、でもマーカスがいるということは、ゾーイさんとクレアもここに?」
「ふんっ!誰よ、それ?」
カリナは、ようやく母の手を払った。
「サラサさん…」
「はい!なんでしょう!」
シャノンに呼ばれたサラサは、本能的にピンッと背筋を伸ばして返事をした。
「では、マーカス様どこに?」
「あ、あの…それは…」
「会わせていただけますよね?」
「あぁ…はい」
サラサは諦めたようにそう返事をして立ち上がる。
「では、こちらに…」
「ちょっと!お母様っ!」
カリナは目の前を通り過ぎようとする母の服をとっさに掴んだ。
「…仕方ないわ、カリナ」
サラサはカリナの手を一度握ってから離し、アンナとシャノンを部屋の奥にあった下へと続く階段に連れていく。
「大木の上にある家に地下が?」
「はい。もちろん実際には地下ではなく、木の幹の中が部屋になっております」
「…な、なんでマーカスが地下に?」
若干ビビりながら、アンナは暗い階段を二人の後について下っていく。
「アンナ様、下にあるからといって地下牢というわけではありませんよ」
そう言いながら、サラサは扉をあけた。
「ですよね♪確かに、ここは普通…」
アンナの言う通り、扉の中はベッドやテーブルのある普通の部屋だった。
「うー!ふぁっ!ひゃのん!ふぁんなっ!」
そしてその部屋の端にあるベッドに、マーカスがブリーフっぽいパンツ一丁で縛りつけられている。
「…じゃないですっ!ちょっとマーカス!なにやってんですかっ!?」
「ふぁだかなのふぁ、ふぉくのせいじゃないよ!それよりも他に気にすることがあるでしょ!」
もがいているうちに猿ぐつわが外れたマーカスは、アンナに向かって助けを求めた。
「あ、すいません…けど、それはホントにマーカスの趣味じゃないんです?」
アンナはスッと真顔になってそう聞いた。
幼馴染の男の子に隠れた性癖を聞くのは、アンナにとって予想以上に辛かったのだ。
「ちがうよっ!よりにもよってシャノンちゃんの前で何を言ってんの、アンナ!」
「それ…本当ですか?」
その上、このところ夫の意外な性癖を目の当たりにしているアンナとしては、その辺りに対して疑り深くなっていた。
「本当だよ!本当!」
「わかりました。ちょっと待ってくださいね…」
アンナはマーカスに近づき、足を拘束している革のバンドを外し始める。
「…では、この状況を説明していただきませんか、サラサさん」
「えぇっと、あの…そのですね…」
シャノンに問い詰められたサラサは、青ざめた顔で必死に言い訳を考える。
「大丈夫です。なにか事情があるのであれば話して下さい」
「…わかりました。それには私たちの村の状況を見ていただくのがいいかと…」
「……アナ、それでいいですか?」
「え〜と、ちょっと待ってください…これ、なかなか外れなくて…」
アンナは、まだ一つ目のバンドと格闘していた。
「ひとまずマーカス様はそのままでいいでしょう」
それを見たシャノンは、迷わずそう言う。
「あ、はい。そうですね♪」
「えっ!ちょ、アンナ!?」
アンナはあっさり手のバンドを外すのを諦め、シャノンの元へと戻ってきた。
「では、行きましょうか」
「はい。では、私の後に…」
「えぇっ!君たち、本当に僕を置いていくつもり…」
「じゃあマーカス、あとでゆっくり外してあげますから♪」
三人はそのまま階段を上がり、建物の外に出る。
「お母様…どうなったの?」
とそこで、背後からカリナが声をかけてきた。
「カリナ、私はお二人にこの村の状況を説明してきます」
「…そう」
「あなたはここでおとなしく待ってるのですよ」
「わかったわ」
そうして三人は、カリナをその場に残して目の前の橋を渡り始める。
「まずは一軒目です…」
「…まずはですか?」
「えぇ、アンナ様。まずはです」
サラサは隣の家の扉をノックする。
「はい〜」
「すみません。サラサです」
「サラサ様?ちょっと待ってください…」
そうして扉を開けたのは、四十代ぐらいの女性だった。
「サラサ様、なにかご用でしょうか?」
「よその国からいらしたお客様に、この村の状況を見てもらおうと思いまして…」
「あぁ…でしたら、どうぞ…」
女性は三人を中に招き入れ、部屋の中を見せた。
「ウチは私の妹と、娘の三人暮らしなんです…」
「ありがとう。では、次にいきましょう…」
「ほぇ?これだけですか?」
これといって説明もなく出ていこうとするサラサに、アンナが聞いた。
「えぇ。次です…」
そうしてサラサは二人を同じように何軒かの家や店に案内し、住人を紹介してすぐに出てくるというのを繰り返した。
「あ、あの…サラサさん?」
「はい。なんでしょう?」
「さっきからあまり変わったことがない気がするんですけど、これってどういう意味があるんですか?」
「アナ…」
「シャノン、なんです?」
「わからなかったですか?」
「わからなかったって…何がです?」
「たとえば…」
シャノンはスッと腕を伸ばし、目の前にある広場を指差した。
ここはこの村にして珍しく、木の上ではなく地面にある小さな市場のような一角である。
「サラサさん、この市場や広場もそうですよね?」
「はい」
「シャノン?どういうことです?」
「アナ、この辺りを歩いている人をよく見て下さい」
「歩いている人…」
アンナは、目の前を歩く人たちをジッと観察する。
「…別に皆さん普通な…あ!」
とそこで、アンナは気がついた。
「女性と子供しかいません!」
「…はい。たぶん、それが理由です」
そう言って、シャノンはサラサの方へと振り返る。
「そうなんです。アンナ様とシャノン様に見てもらった通り、今、この村には女性しかいないんです」
そうして村の現状を見た二人は、サラサと共に村長の家に戻ってきた。
「…シャノン、この様子だと、どうやらゾーイさんとクレアは逃げたっぽいですね…」
アンナはサラサが奥の部屋に行った隙に、ヒソヒソ声でシャノンに話しかける。
「カリナという少女の口ぶりからすると、そうでしょうね…」
「そういえば、ずいぶんあの子を警戒してましたよね?」
「えぇ。あの子は私が名乗る前にシャノンという名前を口にしてましたから…」
「そうでしたか…?」
「はい」
「つまり、マーカスから聞いたんですかね?」
「うん。そうだね…」
と、そこで突然、マーカスが手首をさすりながらアンナの隣に座った。
「あ♪手枷を外してもらったんですね、マーカス♪」
サラサに拘束を外してもらったマーカスは、キチンと服を着てこの階に上がってきたのだ。
「ははっ…そうだね。さっきアンナが外してくれなかったからね」
「良かったです♪」
「うん。まぁ…良かったよ」
と、満面の笑みで自分を見つめるアンナに、マーカスは苦笑で返す。
「ごめんね。彼女たちに捕まる前に、二人の王族を探しているって話してしまったんだよ」
「それは…いつもマーカス様らしくないですね?」
シャノンは珍しく驚いた顔でそう聞く。
「だよね。たぶん君たちが遭難したと聞いて、僕も焦っていたのかもしれない…」
「ん〜?でも、なんでマーカスは捕まっていたんです?」
アンナは先ほどの状況を見ても、どうしてマーカスが捕まっていたのかよくわからなかった。
「それが、僕にもさっぱりわからないんだよ。気づいたらこの家に連れてこられていたから…」
「そうですか…」
「そういえば、マーカス様の護衛はどこに?」
「えぇっと…それは…」
シャノンにそう聞かれたマーカスは、なぜか目を泳がせた。
「どうしました?」
「その…シャノンちゃんは聞いても怒らない?」
マーカスは、幼い頃のような口調でそう聞いた。
今となっては真面目な王子のマーカスではあるが、幼い頃はそれなりにワンパクで、お転婆なアンナと二人でよくシャノンに怒られていたのだ。
「…場合によります」
そう答えながらシャノンは立ち上がり、背後からマーカスの肩に手を置く。
「そ、そっか、じゃあやめ…わかった!話す!話すよ!実は、君たちの捜索に全員を向かわせていて…」
両肩に置かれた手に、徐々に力が入ってくるのを感じたマーカスはすぐさま自白した。
「…それで、マーカス様自身は王子だと思われなかったんですね」
「まぁこの格好だしね」
そう言って、マーカスはアルナが着ているのと同じような探検服の胸元を引っ張る。
「二人の王族を探してるどこぞのお偉いさんだとは思われてたみたいだけど、身分を明かす前に縛られてしまったからね」
「護衛を全員なんて…マーカス、そんなに私たちのことを心配してくれたんですね♪」
「あ、いや、アンナっていうか、主にシャノンちゃんが心配…って、痛った!いだだだだっ!」
「マーカス様、余計なことは言わなくていいです」
「はい…すいません…」
マーカスは肩を押さえ、テーブルに突っ伏す。
「まったく…いくら心配でも、王子が自分の護衛をよそに回してはダメでしょう…」
「いいや。僕の判断は間違ってないよ」
シャノンの言葉に、テーブルから顔を上げたマーカスはハッキリそう答えた。
「君たちが遭難したのならそうするのは当然さ。それに護衛なら、捕まる寸前までゾーイがいたからね」
「そうです!マーカス、ゾーイさんとクレアはどうしたんです?」
「それなら大丈夫♪二人ならこの村の近くにいると思うよ♪」
ガチャ
とそこで、サラサとカリナが部屋に戻ってきた。




