第370話 大樹の村
「とりあえず、そっちに行ってみます?」
「え、えぇ、い、行きましょうか…」
とは言ったものの、なぜかシャノンはその場から動かない。
「シャノン…?」
「は、はい。なんでしょう…?」
「だから行きま…あ!そうでした!お姉様、高い場所が苦手なんでしたね」
「えぇ、まぁ…はい」
デキる護衛ナンバーワンのシャノンの唯一の弱点は、高い所が苦手なことである。
「でしたら、今回は私が先頭に立ちます♪」
アンナはドヤ顔で、最近、ちょっとだけ主張が強くなった胸を張る。
「…すいません、アナ。今だけ、よろしくお願いします」
「大丈夫。任せて下さい♪」
久しぶりに姉に頼られたアンナは、おっかなびっくり後ろを歩くシャノンに両肩を握られた状態で、揚々《ようよう》と先頭を進んで行く。
「しかし、すごいですね。これだけ橋をかけるのは大変だったでしょうに…」
アンナはキョロキョロと辺りを見回しながら、案内のとおりに橋を渡っていく。
「し、下を見ても地面に道がないですからね…」
と、どうしようもない恐怖で足がすくんでいるシャノンも、最低限、周りを確認しながら進んでいる。
「あ!シャノン!あれ!」
とそこで、アンナは薄暗い森の先に明かりを見つけた。
「あれは…見張り台、ですか?」
「わかりませんけど、とにかく小屋みたいです♪」
アンナは姉を従えながら、スキップするように橋を渡り、鳥の巣箱を大きくしたような形の小屋の扉に近づいた。
キィッ!
と同時に、小屋の扉についた丸窓が開き、若葉のような緑色の髪をした目つきの鋭い女性が顔を覗かせた。
「…なんの用ですか?」
「私たち、砂漠の鉄砲水に流されてこの森に来てしまった者で…あの、ここってラパルパなんでしょうか?」
「えぇ。ここはラパルパですけど…ちょっとそこにいてください」
「あ、はい」
女性は窓を閉め、扉のかんぬきを外して外に出てくる。
「それで…流されてきたのは、あなたたち二人だけですか?」
小屋から出た女性は、軽装の鎧を身につけ、弓矢を背負っていた。
「え、えぇ。私たち二人だけですけど…」
アンナは女性の姿に驚きながらも、そう返事をする。
「もしかして、あなた…どこかの国のお姫様だったりします?」
鎧の女性は、アンナの後ろにいたシャノンに向かってそう聞いた。
「いいえ。それは私でなく、こちらの方がシェルブルック王国のアンナ姫様です」
「あぁ…こちらが…」
鎧の女性はアンナを横目でチラリと見て、フンッと鼻をならす。
「…それがなにか?」
シャノンはその視線を遮るように、アンナの前に立った。
「…いえ。それで、あなたたちはこれからどうしようと?」
「できれば、ロシュタニアのライナス家に連絡をとりたいのですが、なにか手段はありませんか?」
「すぐに連絡を取るのは無理ですが…」
そう言いながら、女性は小屋の外に張られていロープを引いた。
「それは?」
「村への連絡用ロープです。これが村にある鳴子に繋がっています」
「そうですか」
「はい。では、ひとまず村までおいで下さい」
女性は何度かヒモを引いた後、小屋の外にかんぬきをかけてから、二人の前を歩き始めた。
「…シャノン、どうします?」
「とりあえずはついて行きましょう」
シャノンは先ほどまでとは違い、アンナの前を警戒しながら歩いていく。
「…で、なにか気になることでもありましたか?」
アンナは目の前を歩くシャノンにだけ聞こえるようにそう聞く。
「…あの兵士、アナがシェルブルックの王女て知っても、あまり態度を変えませんでした」
「それが何か?」
「敵意のない兵士なら、どこぞ姫と聞けばもう少し丁寧に対応するはずです」
「…彼女には敵意があるってことです?」
「敵意とまでは言いませんが、何かこう…気に入られてないといった感じはしますね…」
「あ、それは確かに…」
先ほど横目で見られた時に、アンナはそれを感じていた。
「ん〜?けど、ラパルパはシェルブルックの友好国のはずですよ?」
「そうですけど、国民全員が友好的とは限りませんよ、アナ」
それからアンナとシャノンは女性兵士の後をしばらくついて歩き、集落に到着した。
「ここで少しお待ち下さい」
女性兵士にそう言われたのは、二人がこれまで見た中で一番大きな木の上に作られた、立派な家の前だった。
「わぁ〜♪」
その丸太で組まれた家の大きさは、少なくとも店舗兼住居の一軒家である、日本の芹沢家よりもひと回り大きい。
「素敵です♪木の上にちゃーんとしたお家がありますよ、シャノン♪」
アンナは先ほどまでの緊張感も忘れて、木の上のログハウスの前でピョンピョン飛び跳ねる。
「わぁ〜♪すごい♪すごいです♪」
そして、家の土台にもなっている丸太のウッドデッキの端まで走り、柵から身を乗り出するようにして、自分のいる巨木から周りを見た。
「木の上にお家がたくさんあります♪本当におとぎ話の世界みたい♪」
アンナの言う通り、この村は二人がいる一番大きな木を中心に、あちこちの木の上にさまざまな形のログハウスが建っていた。
「えぇ。確かにこれはすごいですね…」
さすがのシャノンも、この非現実的な風景に驚く。
「もしかしてここって、アルナさんの故郷だったりするんでしょうか♪」
「どうでしょう?この辺りの村はたぶんみんなこんな感じでしょうし…」
「あの…」
とそこで、先ほどの女性兵士が二人の前にやって来た。
「では、家の中にどうぞ」
「…ここは誰のお家なんですか?」
「村長の家です」
「やっぱりそうなんですね♪」
「浮かれてはダメですよ、アナ」
「フフッ♪もちろんわかってます♪」
そう言いつつ、アンナはスキップで女性兵士の後をついていく。
「では、お二人で中に…」
「ハーイ♪失礼します♪」
「もうアナ!…失礼します」
兵士について二人が中に入ると、そこは大きなテーブルが中央に一つだけ置かれた広い部屋だった。
「えっ!ちょっと…二人ともすごく綺麗じゃない!」
「こらっ!カリナっ!」
そしてそのテーブルの一番奥に、青い髪の小柄な少女と、青髪に白髪が混じった中年の女性が立っていた。
「礼儀を弁えず、申し訳ありません」
青髪の少女を叱った女性は、二人に向かって頭を下げる。
「初めましてアンナ様、私はこのカリナの母で、セ・ベッラ・カリナの村長をやっております、サラサと申します。ほら、カリナもご挨拶して」
「はーい、私はカリナでーす。で、どっちがシャノン?」
「カリナ!いい加減にしなさいっ!」
「ちょっ、お母様、痛いっ!痛いっ!」
サラサはカリナの首ねっこを捕まえて、むりやり頭を下げさせる。
「初めまして、私はシェルブルック第二王女のアンナ・バーンサイドです」
「…私は護衛のシャノン・ランケットです」
シャノンはアンナのすぐ後ろに立ち、カリナという少女から目を離さずに頭を下げる。
「アンナ様、どうぞこちらにお掛け下さい」
「はい。ありがとうございます」
サラサにそう言われた二人は、アンナがサラサの前に、そしてシャノンが不機嫌そうな様子のカリナの前に座った。
「それで、アンナ様はどういった事情でこちらに?見張りの兵士からは、緊急の訪問という知らせだけでしたので…」
鳴子はある程度の内容を、村に送れるものだったのだ。
「シェルブルックに帰る旅の途中に、砂漠で鉄砲水に遭ってしまって…」
「まぁまぁ!それはご無事で何よりでした」
「ありがとうございます♪」
「…それで、アンナ様はこれからどのように?」
「ひとまず、ロシュタニアのライナス家に無事と連絡をしたいのですが、できますか?」
「ロシュタニア…そうですか…」
カリナは一度立ち上がり、部屋の壁に額装して飾られていた地図を外して持ってくる。
「アンナ様、今、私たちがいるのはこの辺りです…」
サラサはラパルパらしき日本の本州の形によく似たその地図の一番上、つまり日本でいうと青森あたりを指差した。
「そして、ロシュタニアに直接連絡できる魔道具があるのがここです…」
サラサはそう言いながら、日本でいうと岡山あたりを指差す。
「えぇっと…サラサさん?」
「はい」
「その距離は、ロシュタニアに戻るのとどっちが近いんです?」
「ロシュタニアです」
サラサは、アンナの質問にカブり気味にそう返事をする。
「で、でしたら、ラクダか…あ!手紙でも…」
「そんなの認めないわっ!」
大声でアンナの言葉を遮ったのは、先ほどからずっとシャノンを睨んでいるカリナという少女だった。
「だって、この人たちに連絡させちゃったら、マーカス様の居場所も…」
「カリナっ!!」
とそこで、サラサが焦ったようにカリナの口を塞ぐ。
「え?マーカス…?マーカスもここにいるんですか?」
アンナはちょっぴり嫌な予感がしつつも、あばれるカリナを押さえるサラサに聞いた。




