第366話 天幕にて
そして翌日の朝。
「大丈夫、アルナさん?」
幹太、由紀、ソフィア、アルナの四人は、テントの宿とライナス家に借りたラクダで、北に向かって移動していた。
「大丈夫…」
そう元気なく返事をしたアルナは、相変わらず由紀と二人乗りでラクダに乗っている。
「とりあえず、アンナさんたちが最後に見られた場所に行くんですか〜?」
「そうだな。まずはそこに行くとして…」
幹太はソフィアに返事をしながら、辺りを見回す。
「あ〜、こりゃアルナさんの言う通り、ガイドがいないとヤバそうだ…」
今、幹太たちの周りは、見渡す限りの砂丘である。
「あっという間に道がなくなったからね〜」
と、幹太と同じ砂丘を見ながら、由紀は苦笑した。
どうやらロシュタニアからプラネタリア大陸に渡る港に向かう南方面よりも、ラパルパなどに向かう北側の道の方が整備されていないらしい。
「大丈夫…任せて、殿下」
「ってことはアルナさん、砂漠の移動は慣れてるの?」
由紀は、アルナの頭にアゴを乗せてそう聞く。
「ん〜と、実はそんなに慣れてない…」
「えぇっ!それじゃあ…」
「けど、このまま真っ直ぐいけば、たぶんうちの村には着く」
探検服の胸ポケットから方位磁石を取り出したアルナは、真っ直ぐ前を指差した。
「真っ直ぐって…越えられない砂丘なんかがあったらどうすんだ?」
「それも大丈夫ですよ〜♪最初に方向がわかっていれば、方位磁石でルートを修正できますから〜♪」
「へっ?ソフィアさん、方位磁石の使い方知ってるの?」
そう聞いたのは由紀だ。
「使えますよ〜、使えないと危ないですから〜」
ジャクソンケイブ村から大樹の森を越えて海辺の町まで野菜を卸しに行っていたソフィアは、それなりに旅の知識があるのだ。
「で、アンナたちが目撃されたはこの先なのかな?」
「そう…けど、その手前に小さいけど村があるはず…」
アルナは地図を開き、方位磁石をその上に乗せる。
「ズレてない…でしょ?」
アルナはラクダを寄せて地図を覗き込むソフィアに聞いた。
「えぇ、大丈夫ですよ〜♪」
「えぇっと、村ね…ってことは、よっと!」
由紀はラクダの背に手を置き、スッとコブの上に立ち上がって辺りを見回す。
「あ〜?すんごい先に、なんか…建物がある?」
「で、殿下…ゆ、由紀、落ちる…」
突然寄りかかる先をなくしたアルナは、グラグラと揺れながら幹太に助けを求めた。
「由紀なら大丈夫だよ、アルナさん。ほら…」
幹太は片手でアルナを支えながら、アゴで後ろを指す。
「え…?」
アルナが背後を振り返ると、由紀はラクダのコブの上に片足で立っていた。
「ゆ、由紀、どういうバランス感覚してるの…?」
「けど、何で片足立ちなんだ?」
「コブの上だと、両足乗せられないからね」
「あ、なるほど…」
由紀は片足で立ったまま、手で日差しを作りつつ遠くを眺めている。
「とりあえず、このずっと続いてる濃い砂の跡がアンナとシャノンが流された川の跡なのかな?」
「俺にはずっと先は見えないけど、ハミッシュさんが言うにはそうみたいだな」
ハミッシはアンナたちの馬車を見たという目撃者の情報を精査して、アンナたちが流されたと思われる川を特定したのだ。
「周りに折れたヤシなんかも転がってるから、流れがあったのは間違いないんじゃないか?」
「うん。この跡が消える前に二人の馬車も見つかればいいんだけどね」
「ハミッシさんの話だと、すごい勢いで流れてったみたいだからな…」
「そっか。まだこの辺りじゃないかもってこと?」
「うん」
四人はそのまま砂漠を進み、昼前にロシュタニアの隣村にたどり着いた。
「あれ…?幹ちゃん、あの人たちって…」
そして村に入ってすぐ、由紀リーズ公国の軍服を着たガタイの良い一団に目を止めた。
「あ、あれって、マーカス様の護衛の人だな」
「うん。だよね」
「もしかして…」
とそこで、護衛の一人が幹太たちに気づいた。
「これは、芹沢様、奥方様方…皆、整列」
護衛隊員たちは幹太たちに近づいて整列をし、一斉に頭を下げて礼をする。
「私どもはマーカス殿下より、アンナ様とシャノン様の行方を探すよう賜った殿下直属の部隊の者です」
「はい…マーカス様が二人を捜索してくれていることはライナス家で聞きました。それで、何か二人の行方についてわかっていることはありますか?」
「それが、まだ何も」
「そうですか…」
「申し訳ありません」
隊員たちは、再び一斉に頭を下げる。
「いいえ。こちらこそ、二人を探していただいてありがとうございます」
幹太がそう言って頭を下げるのと共に、由紀とシャノンも護衛隊員に向けて頭を下げる。
「それで、できれば芹沢様の持っている情報と、我々の持っている情報のすり合わせをしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです」
そうして幹太たちは隊員たちの建てた天幕に呼ばれ、ハミッシから聞いた情報をひと通り伝えた。
「なるほど…二人は無事だろうというのと、行き着いた場所がまだわからないというのは一緒なんですね?」
「えぇ。しかし、芹沢様たちの情報のおかげで、アンナ様たちの馬車がもっと先でも目撃されていたというのはわかりました。
これで他の隊員にも指示が出せます」
「…他の隊員の方も探してくれてるんですか?」
「はい。全部隊を三人ずつに分けて探しております」
マーカスは、全員で二十人ほどの護衛隊と共に旅をしていた。
「あ、ありがとうございます〜。それで今、マーカス様は〜?」
屈強な護衛隊員が淹れてくれたお茶を受け取りながら、そうソフィアは聞いた。
「隊員全員でお二人を捜索せよとのことでしたので、ゾーイ護衛官…あ、いや、失礼しました…ゾーイ様がお一人でクレア様とマーカス様の護衛についております」
「マーカス様、大丈夫かな…?」
由紀は思わずそう呟く。
「はい。我々も少なからずその心配はしましたが、クレア様が懸命に殿下を励まされて、今はずいぶんと持ちなおしております」
「そっか…すごいね、クレア様」
と、由紀は少し切ない顔をしてソフィアに言う。
「…はい〜」
クレアをよく知る二人の乙女は、今の彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。
「…芹沢様は、この後どうするおつもりですか?」
とそこで、これまで話していた護衛隊員とは別の隊員が幹太にそう聞いてきた。
「まだ明るいので、とりあえず二人の馬車が流された方へ下るつもりなんですけど…」
「わかりました。では出発する前に、食事はいかがでしょうか?
これからここで作るつもりでしたので…」
どうやらエプロンを付けたこの隊員は、調理担当のようである。
「えっ?あ、はい。ご一緒させていただけるのなら、ありがたいですけど…」
護衛隊員からの突然の誘いに戸惑いつつも、幹太はそう返事をする。
「では、ぜひご一緒に。すぐにできますので、ここに座って少々お待ち下さい」
そうして護衛隊員は幹太を折り畳みのイスに座らせ、天幕の中にある調理場へと歩いていく。
「なるほど、だからこんなに大きな天幕張ってたんだね」
由紀は幹太の隣に座りながら言う。
「うん。自衛隊みたいに現地で調理するんだな」
「温かいご飯…助かる…」
そう言いながら、アルナも席につく。
幹太たちは数日分の食事や水をハミッシからもらっているものの、そのほとんどが調理のいらないドライフルーツや干し肉などであった。
「ってことは、他の衛兵の人もここに来るんだよな?」
「けど、どうやってここに集まるの?私たちの世界みたいに無線とか携帯はないでしょ?」
「ほぇ?普通に時間と場所で待ち合わせしてるんじゃないですか〜?」
「「それだ!」」
ソフィアの簡潔な答えに、通信面で便利すぎる社会に慣れきった二人が声を上げる。
「しかし…ありゃ何を作ってるんだ?」
とそこで、幹太は先ほどの隊員が大きな鉄板で何かを炒めているのに気づいた。
「ん〜?あの感じは野菜炒めじゃないの?」
そう言う由紀の目には、宙を舞う人参やキャベツがハッキリ見えている。
「俺もそう思ったけど、それにしちゃ量が少ないような…?」
「もしかしてロシュタニアンドライカレーですかね〜?」
昨日、ホテルで食べて以来、ソフィアはロシュタニアンドライカレーの虜になっていた。
「ソフィア、あの人、お米は炒めてない…」
そしてそれは、残念そうにそう言うアルナも一緒である。
「あ…けど、後ろでなんか蒸して…って、幹ちゃん!あれってもしかして!?」
隊員がモクモクと湯気の立ち昇る木製の蒸し器から、見慣れた何かを取り出すのを見た由紀は、ガクガクと幹太の肩を揺さぶった。




