第362話 万能食材?
「なんだかこんな人数で寝るのって久しぶり♪」
「ワクワクしますね〜♪」
「ごめん、殿下…私、夢中になってた…」
「あ、あぁ…大丈夫…」
そして風呂の後、食事を終えた幹太たちは、ふたつのベッドに二人ずつで寝ることにした。
「大きなベッドでよかったね、幹ちゃん♪」
由紀は隣で横になる幹太に微笑む。
「しかし、由紀の寝るのっていつ以来だ?」
そう幹太に聞かれた由紀は、ボンッと一気に顔を赤くした。
「あ…あの…それは…この間、結婚式の後…」
「えっ!あっ!そ、そうだったか…」
幹太はてっきり子供の時までさかのぼると思っていたのだが、二人は結婚式の後に初夜を過ごしている。
「ご、ごめん…ゆーちゃん。忘れてたワケじゃないんだけど…」
「大丈夫だよ。あれはなんていうか…い、一緒に寝たって感じじゃなかったし…」
結局その日、二人は朝まで眠っていなかったのだ。
「うん。こうしてやすみなさいってのは久しぶりだよな…」
「そうだね…」
幹太と由紀は、布団の中で顔を見合わせる。
「…フフッ♪」
「ゆーちゃん、なんかおかしかった?」
「いや、本当にこういうの久しぶりだなって思って♪」
「うん。なんか昔を思い出す…お、なんだ?」
とそこで、幹太たちが掛けていた布団がモゾモゾと動き、二人の間からアルナが顔を出した。
「殿下…由紀…」
「お、おぉ…びっくりした」
「フフ♪…なぁにアルナさん?」
由紀は、小さくて暖かいアルナの体に手を回して抱きしめる。
「なんか楽しそうだったから…きちゃった」
「なるほど、そうですか♪」
「うん…」
「アルナさん、ソフィアさんは?」
「ソフィアならもう寝てる…」
そう言われて幹太が隣のベッドを見てると、膨らんだ布団の中からすやすやとソフィアの寝息が聞こえる。
「…そっか、ソフィアさん、やっぱり気を張ってたのかな?」
「そうだね。ジャクソンケイブも昔、すごい洪水があったらしいし…」
ソフィアは先ほどラーメンを食べている時に、由紀にその話をしていたのだ。
「由紀、いま川の音は聞こえる?」
「ううん。アルナさんは?」
「うん…まだ聞こえる…」
「そっか…明日になったら引いてるといいな…」
「しっかし、ラクダのことを忘れるなんて、アンナとシャノンさんもけっこうテンパってたんだな…」
「フフッ♪確かに、シャノンらしくないかも…」
とそこで、二人の間から寝息が聞こえ始めた。
「あ、幹ちゃん…アルナさんが…」
「うん。じゃあ俺たちもそろそろ…おやすみ、由紀…」
「は〜い。おやすみ、幹ちゃん…」
そうして幹太たちが眠りについたその頃、アンナとシャノンも仮眠を取るために馬車の中で横になっていた。
「なんだか最近、お姉様とばっかり寝ている気がします」
「フフッ♪確かにそうかもしれませんね…」
周りに誰もいないということあり、シャノンもいつもより穏やかな声でそう返した。
「まぁいいではないですか、シェルブルックに帰ればアナたちは別の屋敷に住むのですから…」
「えぇっ!そうなんですかっ!?」
と、アンナは思わず起き上がって姉に聞く。
「導師の話を聞いてませんでしたね、アナ…」
そんな妹の顔を見て、シャノンはため息をついた。
「ほぇ?ムーア、なんか言ってましたっけ?」
「あなたたちがいつまでもあの店から帰ってこないから、ムーアが王宮にあなたたち用の家を作るって言っていたじゃないですか…」
「そ、そうでしたっけ?」
「王宮では居にくいと思ったのでしょう。
まぁ、幹太さんがあの店に入り浸るのはなんとなくわかりますが…」
シャノンが言っている店とは、幹太が譲り受けた、ブリッケンリッジの市街地にあるローラ王女の元実家、つまりシャノンの祖父母の店舗兼家である。
「外から見た目はかなり違いますけど、中の雰囲気が日本の芹沢家と似た感じがしますからね♪」
「しかし、あれだけ毎日ランニングしていて、お母様の庭園の端に新しい屋敷を作っていたのに気づきませんでしたか?」
ラーメンプリンセスになって以来、体重が増加し続けているアンナは、最近、由紀に相談してランニングをはじめていた。
「そういえば…なんだか建ててるなぁ〜とは思いましたけど…」
「それです。あれがあなたたちの家ですよ」
「えぇ〜!あれは立派すぎます!私、あっちのお店の方がいいです!」
アンナは不満げに頬を膨らませる。
「あなたたちの安全のためです。
それにあんなに立派なお家がイヤなんて、贅沢を言ってはいけませんよ、アナ」
「うっ…そ、それはごめんなさい」
久しぶりに姉に叱られたアンナは、素直に頭を下げた。
「よろしい。では、寝ますよ」
「は〜い。おやすみなさい、お姉様」
そうしてそれからしばらく時間が経ち、アンナがグウグウといびきをかきはじめた頃、
「……」
当然、起きていたシャノンは、外に人の気配を感じた。
『一人…いいえ、二人…ですかね…』
シャノンは音をたてずに馬車の窓の下まで移動し、外の様子をうかがう。
『あ、あれは…昼間に会った女性…?』
馬車の外にいたのは、アンナとシャノンにロシュタニア側の川がなくなっていると教えてくれた旅の商人の娘と父親だったのだ。
『これは、ひとまず…』
そう思ったシャノンは、手にしていたシングルアクションの拳銃の撃鉄を戻し、日本で由紀の父に貰った軍用の懐中電灯を持って外に出た。
「あの…何かご用ですか?」
「あぁ…良かった。やっぱり昼間に会った旅の人だわ」
シャノンが気づいた女性は、そう言って父親と共に馬車の方へと歩いてくる。
「…なにかあったんですか?」
「それが…私たち、この少し手前の砂丘の上で野営しようと思っていたんですけど…」
とそこで、シャノンは二人の服が泥で汚れていることに気がつく。
「…その汚れはどうしたんですか?」
「それがちょっと前に鉄砲水に遭ってしまって…」
「えぇっ!それでお二人は無事だったんですか!?」
「それは、はい…私も父もこの通り無事です」
「二人まとめて流されたところに、偶然、馬車が流れてきまして、娘と必死にそれに掴まったんです…」
とはいえ、そう話す娘も父親もよく見れば擦り傷だらけである。
「でも、お二人ともケガを…」
「大丈夫。二人ともたいしたことはありませんし、ラクダも無事です。
それより…」
「でしたら、せめて傷の消毒ぐらいはしましょう。
確か…馬車に備え付けの救急箱が…」
と、シャノンが振り返って馬車に向かおうとしたところで、父親がシャノンの腕を掴んだ。
「あの…」
「…それより聞いて下さい。先ほど私たちを襲った鉄砲水は、おそらく、どこか大きな砂丘の窪地に溜まった水が、砂が崩れて一気に流れ出したものと考えられます。
ですから…」
親子やシャノンたちのいるこの辺りは、砂丘に囲まれた窪地がたくさん点在する場所だったのだ。
「つまり…ここもそうなるかもしれない…と?」
「「……」」
二人が黙って頷いたのを見たシャノンは、踵を返してアンナが眠る馬車へと駆け出した。
「ありがとうございます!お二人も早くロシュタニアに!」
「「はい!そちらもお気をつけて!」」
そう言って手を振る親子の無事を祈りながら、シャノンは御者台へと駆け上がって手綱を打った。
「アナ!」
「ふ、ふぇ…?ど、どうしました?」
そしてシャノンが馬車の中へと声をかけ、寝ぼけまなこのアンナが窓から顔を出したその時、近くの砂丘の上から、ものすごい轟音ともに大量の水が大瀑布のごとく流れ出した。
「お…お?えっ!あっ!お、お、お、お姉様ー!あれはなんですっ!?」
頭上から迫る大量の水を見て一気に目を覚ましたアンナは、シャノンの肩を叩いて絶叫する。
「鉄砲水です!あの勢いではこの砂丘も飲み込まれます!」
「てててて、鉄砲水って!なんでっ!?」
「砂丘の砂が崩れて…あー!と、とにかく!私しっかり捕まって下さい!アナ!」
「わかりました!では…」
そう返事をしたにも関わらず、アンナはなぜか一度馬車の中へと戻り、しばらくして戻ってきた。
「お姉様!いまからこれで私とお姉様を縛ります!」
戻ってきたアンナは御者台へと上がり、自分とシャノンを何かで縛りつける。
「アナっ!これはなんですっ!」
そう聞きながらも、シャノンはなんとなく先ほどのブランケットか何かだろうと思っていた。
「昆布ですっ!」
「コ、コンブって!ダシの昆布ですかっ!?」
「はい!昼間に親子の商人さんから買いました!」
アンナは自分がラープリであるにも関わらず、ダシ系乾物を一つも持っていないことがとても不満だったのだ。
「大丈夫です!なぜか偶然、めっちゃ柔らかくなってますから!」
「む、結ぶならもっとマシなものがあったでしょう!?」
「フフフッ♪知らないんですかお姉様、ラッコは海で寝る時に、海藻を自分の体に巻きつけて寝るんですよ♪
ですから、私たちもこれで縛れば…」
アンナがドヤ顔でそう話しているうちにも、濁流は馬車の背後にどんどん迫ってくる。
「このバカアナっ!そんな豆知識語ってる場合じゃないでしょー!」
というシャノンの叫び声と共に、二人が乗った馬車はあっという間に鉄砲水に呑まれた。




