第359話 迫る危機
「それでアンナとシャノンさんは?」
部屋まで呼びに来たアルナと手をつないでキッチンにまで来た幹太は、由紀にそう聞いた。
「外の様子を調べに行って、まだ帰ってこないんだよね」
「う〜ん…アンナはシャノンさんと一緒?」
第
「うん。だから大丈夫だとは思うけど…」
「…まぁそりゃそうか」
幹太は匂いをたどり、湯気が立ちのぼる鍋の中を見る。
「これがスープ?」
「うん」
「あ、こりゃ、フライドチキンのスープじゃないか?」
「そうそう。幹ちゃんが前に作ったの思い出してさ♪」
「そっか、そういや豚骨も鶏ガラもなかったっけ?」
「そうだよ♪なかったからそうしたの♪」
「うん。そりゃいい案だな」
幹太はお玉を手に取り、スープを味見する。
「お!これ、けっこう上手くいってるぞ!」
驚いた幹太は、再びスープを飲んだ。
「お〜!鶏のダシもちゃんと出てるし、あと…この野菜はソフィアさんが?」
「はい〜♪どうでしょうか〜?」
「うん。味噌ダレって話だし、このスッキリした鶏のスープに玉ねぎとジャガイモはいいと思う…けど…」
幹太はお玉をスープに入れてかき混ぜ、大きな肉の塊を取り出した。
「このチャーシューっぽいのはなんだろ?」
「それ…アンナ様がこっそり入れてた…」
アルナはアンナがヒモで縛った脂たっぷりの豚肩ロースを、こっそりスープに入れた瞬間を目撃していた。
「アンナ、あれだけお肉を食べてまだ食べたりなかったの…?」
頬を引きつらせながらそう言う由紀の倍ほど、アンナは肉を喰らっていたのだ。
「でも、この鶏スープで煮たチャーシューがどんな味なのがちょっと気になるな…」
幹太はスープから豚ロースを取り出し、ヒモを解いてスライスしはじめた。
「えっ!勝手にやって大丈夫かな?」
そう聞いたのは由紀だ。
「う、うん…まぁ確かにアンナの肉に勝手に手を出すのは怖いけど、これ以上煮たら肉がダメになっちゃうからさ。ヒモで縛ってるってことは、たぶんダシじゃなくて食べる用だと思うし…」
「うん。そうじゃないと、アンナ様もこっそり入れたりしない…」
「そうそう。アルナさんの言う通りだよ」
「ん〜?でもアンナ、どうして戻ってこないんだろ?」
そう。
由紀の言う通り、アンナが肉の存在を忘れるなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。
「由紀はどこに行ったか知らないのか?」
幹太の問いに、由紀は首を横に振る。
「二人も知らない?」
続いて聞かれたソフィアとアルナも、首を横に振った。
「ん〜?さすがにちょっと気になるから、探しに行こっか?」
幹太は鍋の火を止め、三人にそう聞いた。
「うん」
「ですね〜」
「そうした方がいい…」
そうして四人は、アンナとシャノンを探しに出た。
「まずはロビー?」
「だな」
先にキッチンを出た由紀と幹太はロビーに向かう。
「幹ちゃん、宿の人に聞いてみよう」
「あぁ」
二人が受付カウンターに行くと、宿の女主人が立っていた。
「すいません。あの…アンナを見ませんでしたか?」
「アンナ…あぁ、お姫様なら、軍服の人と外に出ていったよ」
「えっ!外ですか!?」
「あぁ。ずいぶん前にだけど…」
「わかりました。ありがとうございます」
由紀は幹太と手をつないで、宿の正面入り口へと向かう。
「幹ちゃん、外…なんか音しない?」
「音…?」
幹太は由紀の隣を歩きながら耳を澄ませた。
「…うん。なんかゴーって感じの音がするな。さっきまでこんなの聴こえてたか?」
「キッチンにいた時はわからなかったけど、このロビーに来てからはしてるかも…」
「こりゃ外か…?」
「うん。そうだと思う…」
そしてそのままテントを出て、外の景色を見た二人は思わず言葉を失った。
「「えっ?……」」
宿の前は激流ではないものの、かなり水量のある幅が十メートルほどの川になっていたのだ。
「こ、これって、流れがこっちに来たの!?」
由紀は驚きのあまり、幹太の腕を抱きしめる。
「そうだと思うけど、それよりアンナとシャノンさんだよ!」
「そ、そうだよね。けど、まさか…」
「お…ゆき…かん…こっちでーす!」
そして、由紀が最悪な想像をしたその瞬間、どこからかアンナの声が聞こえた。
「アンナー!シャノンさーん!」
幹太は力一杯叫びながら、辺りを見回す。
「ゆーちゃん!あそこ!」
そして、少し離れた川の対岸にアンナとシャノンの姿を見つけた。
「あぁ良かったぁ〜!あれ、アンナとシャノンだよ!」
由紀は持ち前の視力を発揮して、二人の体を確認する。
「…大丈夫。ケガもないみたい」
「なら良かった。けど、こりゃどうしたもんかな?」
「とりあえず、二人の前まで行こうよ」
幹太と由紀は足下を確認しながら、慎重に川べりまで進む。
「幹太さーん!由紀さーん!」
「アンナ!シャノンさん!無事か?」
「はーい!シャノンも無事でーす!」
アンナがそう言うと、後ろにいたシャノンが大きく手を振る。
「けど、どうしてそんな場所にー!」
「ロシュタニアからいらした人たちにこの辺りの様子を聞いてたら、目の前に突然水が流れてきたんですー!」
そう言われて二人がよく見てみると、確かにアンナたちの後ろには、数人の旅人とラクダが見える。
「…なるほど。あの人たちに状況を聞いているうちに、ここが川になったのか」
「けど、どうしよう、ここじゃ渡れないよ…」
「そうだな…」
幹太は流れる水を見ながら考える。
「…とりあえず、ちょっと下流の方を見てくるよ」
「えっ!幹ちゃん一人で?」
「うん。由紀は川から離れて待っててくれー!」
そう言いながら、幹太は川の下流へと走っていってしまった。
「ち、ちょっと!幹ちゃん、危ない…って、もうっ!アンナー!幹ちゃんが下の方を見てくるってー!」
「はーい!」
「とりあえず、なにかそっちで必要なものってあるー?」
「でしたら、先ほどのお鍋からチャーシューを…」
「わかったー!ないのねー!」
アンナにそう伝えた由紀は、幹太に言われた通り、川からだいぶ離れた位置まで下がった。
「しかし、これからどうしましょう?」
そして由紀が川から離れたのを見届けたアンナは、振り返ってシャノンにそう問いかけた。
「どうにか宿に戻れればいいのですが…」
「アナ、それですが…」
「シャノン、なにか良い案でも思いつきましたか?」
「良い案…といえばそうですけど…」
「はい♪」
「ひとまず、私だけでロシュタニアに戻るというのはどうでしょうか?」
「えぇっ!なぜです!?」
「ここには馬車がありますし、ここからロシュタニアまでの道を遮っていた川はなくなったという話ですので…」
シャノンとアンナがロシュタニアから来た旅人にその話を聞いている時に、宿の目の前に突然、水が流れてきたのだ。
「なにより、この状況で危険をおかしてまで宿に戻る必要はないです」
シャノンはアンナの肩に手を置き、しっかりと目を合わせてそう告げる。
今、二人がいる場所も宿の建っている場所も小高い丘の上ではあるが、先ほどのように水量が急激に増えれば、この場所もどうなるかわからないのだ。
「で、でもっ!宿には幹太さんや皆さんが…」
「…アナ、私はあなたの護衛です。冷たいように聞こえるかも知れませんが、いざという時は、あなたの身を一番に考えなければなりません」
アンナは辛そうにそう言う姉を見て、コクリと頷く。
「…わかりました。では、一刻も早くロシュタニアに戻って、この状況をハミッシュさんに伝えましょう」
「はい」
アンナはシャノンから対岸に目を移し、由紀に手を振る。
「由紀さーん!」
「なにー?アンナー!」
「私たち!このままロシュタニアに戻りますー!」
その言葉を聞いた由紀は、少し考えてから頷く。
「ってことは、そっちの道は大丈夫なのねー?」
「そうみたいですー!」
「わかったー!じゃあ、私たちとはゾーイさんのお家で待ち合わせするってことでいいかなー?」
由紀の言葉を聞いたアンナとシャノンは、お互いに顔を見合わせて頷いた。
「はい!そうしましょう!」
そうしてアンナとシャノンは、急いでロシュタニアへと向かった。




