第348話 決着
「あ、あの…由紀?」
「フッ…フフッ…な、なぁに、幹ちゃん?」
由紀は笑いを堪えながらそう聞く。
「あ、あの…先頭にいるのってナーマルさんだよな?」
「う、うん…そうだね」
「なんか、ビキニ…っていうか、ロシュタニアン着てない?」
「うん。着てるね♪」
そうなのだ。
オルガに呼ばれてステージに上がったナーマルは、若草色のビキニに、レモン色の腰巻のロシュタニアンを着ていたのだ。
「えぇっと、それって…あ、」
幹太はそこで、ナーマルの胸部に女性らしい膨らみを見つけた。
「つまり、ナーマルさんは…」
「そうだよ♪ナーマルさんは女の子なんだよ、幹ちゃん♪」
「えー!!!」
「な、なんでそんなにボクの胸をジッと見てるのっ!」
ナーマルは両手で胸を隠しながら、驚く幹太に向かってそう怒鳴る。
「あ、いや、ごめんなさい。
アンナよりぜんぜん…ぜんっぜん豊満だったから、つい…っていうか!ナーマルさん、女の子だったのっ!?」
幹太はナーマルの胸から全く目を逸らさずににそう聞く。
「そ、それは…そうだけど…」
「…わかりました。ナーマルさん、ちょっと待ってください…」
あまりの出来事に混乱した幹太は、そう言いながらナーマルに近づき、グルリと一周、彼女を観察して回った。
「マ、マジじゃん!マジで女の子じゃん!!」
「だからそう言ってるだろ!!」
「だ、だって、結婚するって!ナーマルさん、ゾーイさんと結婚したいんじゃないの!?」
「う、うん…?それは僕が女の子だと何か問題があるの?」
「え…あ、そりゃ…」
「もうっ幹ちゃん!いい加減、ナーマルさんから離れて!」
「だ、だってゆーちゃん、ナーマルさんが…」
「あのね、ロシュタニアでは同性婚がオッケーなの!」
由紀は幹太をナーマルから遠ざけつつそう言う。
「あ、あぁ…なるほど、同性婚…っていうか、ゆーちゃんたちは知ってたの?」
「ナーマルさんが女の子だってこと?」
「うん。それも含めて全部…」
「うん♪実は知ってた♪」
「なんだ、そうなのか。だから最近、ちょっとソワソワしてたんだな」
「うん。まぁ私たちも最近知ったんだけどね」
「あ、あれ?でも、ナーマルさんとゾーイさんは幼馴染なんだよね?
なのになんでゾーイさんは、最初に言ってくれなかったんだ?」
幹太は隣にいたゾーイに聞く。
「わ、私…てっきり皆さんはわかってると思ってたんです…」
「あ、なるほど…ゾーイさんにとっちゃ、ナーマルさんの性別も同性婚も当たり前だったってことかな?」
「はい…だって、普通はこんなに可愛いナーマルを男の子だって思いません」
「あ…確かに…」
ゾーイにそう言われた幹太は、再びナーマルのじっくり観察する。
「も、もうっ!キミはまたそうやって!」
「た、確かにめっちゃ可愛い…俺はどうしてこんなに可愛い女の子を男の子だと…?」
「か、可愛いって!?
そ、それは僕がそう振る舞ってたからっ!」
「えっ?なんでそんな無駄なことを…?」
幹太は不可解な面持ちでナーマルを見る。
「それは…その方が対等な勝負をしてくれそうかなって…」
「な、なるほど…確かにこの可愛いさなら油断しかね…」
「…幹太さん」
とそこで、瞳孔ガン開きのアンナが、ゆらりと幹太の背後に立った。
「あれだけ自分のできることを全力でって言っていたのに、可愛い子だと油断するんですか?」
「あ、いや…それは、ないような…あるような?」
「それに、先ほどナーマルさんのお胸を見て何て言いましたか?」
アンナはそう言いながら、幹太の腰に手を回す。
「えっ!ちょっと、アンナ?」
「…幹太さん、アンナ、さっきなんて言いましたかって聞きました」
「えぇっと、た、確か…アンナと同じぐらい豊満って…」
「残念、ダウトです」
アンナはそのまま幹太の腰をがっちりホールドし、超低空のバックドロップを繰り出した。
「ぶげへっ!!」
「はっ!」
そしてブリッジ状態になったアンナは、舞台に突き刺さった幹太から手を離し、銀髪をなびかせながら華麗に立ち上がる。
「あ、あのアンナ様…?」
「はい♪なんですかゾーイさん♪」
「い、いつの間にそんな技を?」
「これはいつか使う日のために、ローラお母様から伝授された必殺技です。
なんでも、小柄な人が大きな人を投げ飛ばすにはちょうどいいらしいですよ♪」
ローラもアンナもこの世界では小柄な女性であるが、ローラは家事全般、アンナは日々のラーメン家業によって、その見た目とは似つかない腕力を手に入れている。
「しかし…もしかしてとは思っていましたが、ナーマルさん、やっぱり女性だったんですね」
アンナはジャクソンケイブで攫われた辺りから、ナーマルは女性なのではないかと思っていたのだ。
「まぁ、ちょっと見過ぎだったよね、幹太ちゃん…」
由紀はそう言いながら、地面に刺さったままピクリとも動かない幹太を指でつついた。
「みんな揃ったわね♪
じゃあ結果を見てみるわよ〜♪」
そこでオルガが、そんな状況を気にすることなく結果発表を始める。
「まずは投票の壺を持ってきてちょうだい」
オルガが舞台袖に向かってそう言うと、ライナス家のメイド二人が、それぞれ大きな壺を台車に載せて運んできた。
「二人共、灰色の壺をナーマルたちの方に、紫の壺を菫屋チームの前に置いてちょうだい」
「「はい」」
二人のメイドはオルガに言われた通り、灰色の壺をナーマルの前に、そして紫色の壺をアンナの前に置く。
「さて、じゃあこれから数えていくわよ♪」
「あ、あのオルガ様…」
とそこで、ナーマルの前に壺を置いたメイドが手を挙げた。
「なぁに?」
「こ、こっちの壺はもう札がハミ出してるんですけど…」
「オルガ様、こっちもです…」
そう言ったのは、アンナの前に壺を置いたメイドだ。
「これを数えるには、かなり時間が…」
今日の試食会には、ハミッシュやオルガが予想していた以上の人が集まっていたのだ。
「フフッ♪それでもいいじゃない♪」
「だね。僕も手伝うから、みんな交代で数えよう」
そう言ったのは、いつ間にかステージに上がっていたハミッシュである。
「じゃあいくわよ〜♪まずはイチー!」
オルガがマイクを使ってそう言うと、二人のメイドが壺から一本札を取り、横に置かれた木箱に入れる。
「あ、こういうやり方なんだ…」
そう言ったのは、運動会やテレビ番組などでこのカウント方法に見覚えがある由紀だ。
「はい。こうすれば不正もないからってお母様が…」
「あ〜、確かにこれだと不正のしようがないね」
「でも、こりゃ不正防止っていうより、盛り上げるためにやってんだろ」
頭にどデカいたんこぶを付けた幹太は、次々と札が木箱に入れられる様子を見ながらそう言う。
「も、もしかして…これって、先になくなった方が負けになるんじゃないですか?」
「アナ…今、それに気づいたんですか?」
「はい。っていうか、これだけの人たちの前でやったら、今日の勝敗がこちらの大陸中に広まってしまうんじゃ…」
「あ〜なるほど、そういう狙いもあるのか」
「…けど、本当にまだまだ終わらなそうね」
そうして皆が見守る中、札のカウントはしらばく続いた。
「ちょっとゾーイ、寝てる観客がいるわよ」
そう言ったのは、先ほどから自分もあくびばかりしているクレアだ。
「クレア様、マーカス様も…」
「あ、本当ね♪お兄様も隠れてあくびしてるわ♪」
「ならば仕方ありません…シャノン、すぐに先ほどのロシュタニアンに着替えて…」
「着ませんよ、アナ」
「フフッ♪冗談ですよ♪
けど、本当に時間がかかりますね」
「「あっ!」」
アンナがそう言った直後、メイドに代わって札をカウントしていたオルガとハミッシュが、壺に手を入れた状態で声を上げた。
「ハミッシュ、こっちはあと数枚って感じよ♪」
「うん。こっちもそろそろだね」
「じゃあ最後、いくわよ♪」
「そうだね♪」
「「三百四十、三百四十一…」」
二人は声を合わせて、カウントを続ける。
「えぇっと…残りは…あ!こっちはもうないよ!」
そしてまず、ハミッシュが数えていた方の壺の札がなくなった。
「こっちはまだ…三百四十五…三百四十六…三百……三百五十!こっちもこれで終わりよ♪」
そしてそれから数枚差で、オルガの方の壺も空になる。
「じゃあ、あとは審査員の分だけど…」
「ハミッシュ、その発表はマーカス様にお願いしましょう♪」
オルガからそうお願いされたマーカスは立ち上がり、隣に座っていたライナス家の執事からメモを受け取る。
「では、僕たちの投票だね。
まずは菫屋からだけど…こっちは僕と執事…あとはメイドや使用人が数人で、百五十票だった…」
マーカスはメモをテーブル置き、先ほどの執事からもう一枚メモを受け取る。
「次にナーマルのチームだけど、こっちはハミッシュとオルガ、それにあとは…ライナス家のコックたちや庭師が投票してる。
で、こっちも同票の百五十票だね」
マーカスがそう言った途端、一瞬、会場全体が静寂に包まれる。
「ア、アンナ様…っていうことは、つまり…」
「私たちの勝ちですっ!やりましたよ、ゾーイさん!」
アンナがそう叫ぶのと同時に、菫屋の女性陣が一斉にゾーイを抱きしめた。




