第三十六話 異世界遺産?
ご当地ラーメンを作るため、幹太とアンナがまず始めたのは、とにかく一から村を見て周ることだった。
「あまり見所はありませんが、案内させていただきます〜」
そう言って先頭を歩くソフィアの後ろを、二人はのんびりついて行く。
「本当に畑しかない感じだなぁ〜」
「そうですね〜、あとは牧場があるぐらいでしょうか。
村の八割ぐらいの方はそのどちらかを生業にしていると思います〜」
「残りの村の方は何をしていらっしゃるのですか?」
「商店や飲食店、あとは温泉の運営のなんかのお仕事をしていますね〜」
「しっかし、本当に涼しい村だな。
この間まで真夏の海に居たのが信じられないよ」
今朝、寒くて起きた幹太とアンナはソフィアの両親から上着を借りて村の散策をしている。
「あと二ヶ月もすれば、この村は雪に閉ざされてしまいます。
なのでこのぐらいの時期から、みなさん冬支度を始めていますね〜」
そう言われた幹太が周りの家を見てみると、確かに各家の庭には大量の薪が積まれていた。
「寒さと雪か…。そうか、これもこの村の特徴ってことだな」
幹太はフムフムと頷きながら、ポケットから取り出したメモ帳に書き留める。
このメモは幹太が日本にいる時も、いつラーメンのアイデアが閃いても良いように普段から持ち歩いているものである。
「幹太さん、温泉はポイントになりませんか?」
アンナが幹太のメモを覗きながら言う。
三人が向かう先には、先日ソフィアの家族と入った温泉の大きな木造の建物がある。
「ん〜、そりゃ温泉はお客を呼ぶポイントなんだろうけど、俺たちが作るのは村の名産品を使ったラーメンだからな。
さすがに温泉を使ってラーメンを仕込む訳にはいかないしね」
「雪深い村で暖かい温泉と野菜を使ったラーメンという感じでしょうか?」
「うん。そう、そんな感じだな」
「少ないですけど、冬でもわざわざこのジャクソンケイブの温泉に観光で来る方々もいますね。
静かで綺麗な雪景色を眺めながら、温泉に入るのは最高の気分ですから〜」
「それは冬になったら行ってみたいですね、幹太さん」
「あぁ、とりあえずは王宮まで行かなきゃダメだけど、冬になったらまた温泉に入りに来よう」
「ぜひぜひ、来て下さい♪
では温泉は又にして、次にいきましょう。
次はこの村の周りをぐるっと囲む森ですね〜」
三人は村の田畑の中を歩いて行き、細い木が鬱蒼と茂る森に入った。
「昼でもこんなに薄暗いんだなぁ〜」
「はい。この辺りは自然林ですからあまり日が入りませんね〜」
ジャクソンケイブは、幹太達が山越えのために進んでいた街道を脇に逸れて下った、少し標高の低い場所ある。
「この森があるお陰で、ジャクソンケイブは湧き水や山の幸に恵まれています。
姫屋のラーメンに使ったタケノコも、この辺りに生えていたものなんですよ〜」
「おぉ!確かによく見ると所どころに竹が生えてるな。
だったら、水煮でもメンマでもタケノコは使うとして…ソフィアさん、後はどんな物がこの森で採れるのかな?」
という幹太の質問に、ソフィアは眉を寄せて考える。
「ん〜?木の実とかキノコでしょうか…?
木の実は季節季節で違うんですが、キノコは採って乾燥させた物を一年中食べていますね。
うちに何種類か保存してあるので、あとで見てみて下さい〜」
「うん。そいじゃ帰ったら見てみるよ。
ありがとう、ソフィアさん」
「お水もこの村の水は美味しいですもんね♪
私、ここに来て初めて飲んだ時に驚きました♪」
「そうだなぁ〜。何を仕込むにせよ美味しい水に越したことはないな。
日本じゃ特に蕎麦なんかが有名なんだけど、美味しい水のある場所には、美味しい麺類が多いよ」
「そう考えると…この村には美味しい物がたくさんありますね、ソフィアさん」
「そうかも知れませんね。
私はいつも当たり前に食べているので気づきませんでした〜」
アンナの言う通り、この村では麓の町でなかなかお目にかかれない新鮮な食材が多くある。
しかし、
『ん〜でも、これっていう物がないんだよなぁ〜』
と、二人の会話を聞きながら幹太は思っていた。
「そろそろ森を抜けますよ。
次はこの村の名前の由来になった場所です〜」
先頭を歩いているソフィアにそう言われ、幹太が正面を見てみると、目の前にある山の岩肌に大きな洞窟がポッカリと口を開けていた。
「ここがジャクソンケイブです♪
その昔、ジャクソンさんという方が発見した洞窟なんです〜♪」
「なるほど…だからジャクソンケイブなんですね。
私、この国の王女なのに知りませんでした」
「ははっ♪王女だからって、全ての村の名前の由来は覚えるのはちょっと無理がないか?
でもこりゃ本当に大きな洞窟だな」
「私、小さな頃はここを探検するのが大好きだったんです〜♪」
今ではおっとりとした印象のソフィアも、幼い頃はかなりアクティブだったようだ。
「この洞窟を発見したジャクソンさんは、その後この村の初代村長さんになりました。
今の村長さんはそのジャクソンさんの子孫の方なんですよ〜」
ソフィアはそう言って、二人を洞窟の中へと案内する。
「今は村のみんなの保管庫と後は…少し野菜も作ってますね〜」
洞窟と野菜というキーワードを聞いた幹太はピンと来た。
「ソフィアさん、それはもしかしてモヤシか?」
「モヤシ?幹太さんの世界ではモヤシと言うのでしょうか?
あそこで育てているんですが…」
と言って、ソフィアが指差す先にはいくつもの木の棚があり、その上では日本で言うモヤシが大量に育っていた。
「私の村ではファッジスプラウトという野菜なんです。
季節に関わらず、日陰でもよく育つのでこの村ではよく食べられているんですよ〜」
「幹太さん、確かモヤシって…?」
「あぁ、そうだな。
日本で屋台をやっている時に、味噌ラーメンに入れていたやつだよ」
幹太が日本でやっていた屋台では、味噌ラーメンのみに茹でたモヤシが載っていた。
「炒め野菜にモヤシは欠かせないからなぁ〜。
う〜ん、もうちょっと早く出会っていれば、こないだのラーメンにも入れられたのに…」
「えっと…このファッジスプラウトもラーメンの具にするんですか〜?」
つい先日ラーメンを食べたばかりのソフィアは、まさかこれがラーメンの具になるとは思っていなかったようだ。
「うん。組み合わせにもよるけど、有力な候補には間違いないよ」
「はぁ〜そうなんですかぁ〜。
やっぱり、何がラーメンに使えるかなかなか分かりませんね。
そうですね…でしたらこの先もなるべく詳しく説明していきましょう〜」
三人が先に進んでいくと、洞窟の空間が大きく広がったホールの様な場所に出た。
そのホールの壁はなぜか白く、至る所から水が滲み出ている。そしてそれが洞窟の中央に集まり、小川となって流れていた。
「ソフィアさん、この壁が白いのはなんでなんですか?」
と、アンナが白い洞窟の壁を触りながら聞いた。
「それは岩塩です〜。
この山の一部は大きな岩塩で出来ているんですよ〜」
「えぇっ!?って言うことは…」
幹太はしゃがんで川の水を舐めてみる。
「ペッ!うわっ!やっぱり塩っからい!」
と、幹太が思わず吐き出すほど川の水はしょっぱかった。
「そうですね〜ここの水の塩分はすごく濃いですから〜」
「う〜ん、これはラーメンのタレに使えそうだけど…これを精製するやり方がわからないからなぁ〜」
今回のラーメンの改良は、日本で使っていた味噌ダレを、何か他の物にできないかという事がメインである。
幹太とアンナが、これまで案内された場所にはラーメンの具に使える物はあったが、タレに使える様なものはまだ無かった。
「あぁ、精製ですか…。
ん〜でも幹太さん、それならなんとかなるかも知れませんよ。
とりあえずこの先へいきましょう〜」
ソフィアはさらに洞窟の先へと進んでいく。
途中、高さのある岩場を登る時に先頭のソフィアのスカートが思いっきり捲れ上がり、後ろの幹太がモロに下着のお尻を見るというハプニングがあったが、三人は概ね順調に洞窟を進み、外の日が差し込む場所までやってきた。
「さぁ、出口ですよ〜♪
幹太さん、アンナさん、見て下さい〜♪」
そう言って、洞窟の出口で立ち止まったソフィアが指差す先には、白く眩しく光り輝く湖があった。
「すごい!ソフィアさん!この湖の水はなんなんですか!?」
今まで見たこともない風景に、アンナは興奮気味である。
「これは塩湖ですね。お塩で出来た湖です〜」
「塩湖ですか!?これが全部塩…!?」
「ジャクソンケイブの人達はここのお塩を使って生活しています。
えぇっと…ほら、あそこで塩の精製をしているんですよ。」
ソフィアが言うように、塩湖の上では数人の男達が塩を山にする作業をしていた。
「ここってそんなにすごいですか?
山の窪地になっていて洞窟からしか来れないので、名所にもならないと思っていたのですが〜」
この村で育ったソフィアには、何故アンナがそんなに興奮しているのか理解出来ないようだ。
「あの…ソフィアさん、ここは充分名所になりますよ…。
ですよね、幹太さん?」
「あぁ…こりゃ凄い…。
地球でも塩湖ってのは珍しいし、一生に一回は行ってみたい場所言われるぐらいだからな」
幹太とアンナは緑の山あいに白い湖が浮かぶという、この幻想的な風景にすっかり心を奪われていた。
「あと、ソフィアさん…」
幹太は呆然したままフラフラとソフィアに向かって歩き、ギュっと彼女の両手を握った。
「たぶんこれでタレの問題も解決するっ!
ありがとう、ソフィアさん!」
彼はそのままソフィアの両手を大きく上下に振る。
「そ、そうですか。それは何よりです〜」
幹太にされるがままのソフィアの顔は真っ赤だ。
「はいっ!ストップですっ!」
と、そこで不穏な気配を察知したアンナが二人の間に割って入った。
「もう、幹太さんっ!とりあえず落ち着いて下さい!」
「あ、あぁ悪い…ソフィアさん」
「あっ… はい。大丈夫です」
幹太に手を離されたソフィアは、なぜか一瞬寂しそうな顔をする。
「で、でも塩だけでそんなに変わる物なんですか〜?」
「あぁ、かなり変わる。
天然の塩を使ったラーメンはそれはもう美味しいんだ」
幹太は日本でラーメン屋台をやっている時に、イスラエルの死海の塩を使ってラーメンを作った事があった。
「なんて言うか、その…トゲトゲした塩っぱさもないのに、スープに負けない力強い塩味って感じなんだよ」
幹太がその時作った塩ラーメンは、薄味になりがちな塩ラーメンとは思えないほど深い味わいがあった。
「ただその時はコストの面で使えなかったんだけどな」
天然の塩は、人工の塩よりも価格が倍以上高い。
幹太の屋台で使うには、ラーメンの値段を上げるしかないような価格だったのだ。
「でも生産地のここならば、安く使えるかもしれない…」
「そうですね。これと言って高くはないです〜」
ソフィアはいつも家で使っているここの塩の値段が、麓の町で売っている普通の塩の値段と変わらない事を知っていた。
「良かった♪じゃあ安心だ♪」
「では新しいものを貰いに下に降りましょう〜」
「うん、そうだな。
帰ってさっそく、その塩でラーメンを作ってみよう」
そうして三人は塩湖に降りて、職人達から出来立ての塩をもらい、再び洞窟を通ってソフィアの家に戻った。
「では早速、新しいラーメンのスープを作ってみよう!」
幹太はソフィアの家に戻ってすぐ新しいラーメンの試作に入った。
「ベースのスープは前回のアゴ出汁スープにして…」
「幹太さん、名物なのに海の物をを使うんですか?」
隣に立って仕込みを見ていたアンナは、不思議そうな顔でそう質問した。
「うん。まぁある程度は仕方ないよ。
出来るだけこの村の食材を使って、あとはせめてこの国の物で作るって形でいこうと思うんだ」
確かにいくらご当地のラーメンを作るからと言っても、全てをこの村の食材で作るというのは不可能に近い。
そして、野菜との相性もいい事もあり、アゴ出汁はそのまま使おうと幹太は決めた。
「でも味噌の時とは量を変えて…今回は昆布を増やさなきゃな…」
幹太は固く絞った手ぬぐいで大きな昆布の表面を丁寧に拭う。
塩ダレのラーメンには昆布の出汁が良く合う。
「あとは野菜だけど…玉ねぎを剥いて…」
玉ねぎをラーメンのスープに入れるとスッキリと甘い出汁が出る。
さらには豚や鳥のしつこさも消してくれるので、塩ダレとは相性が良いのだ。
そうして幹太は、乾物と玉ネギや他の野菜を一緒に麻袋に入れた。
「あとは鳥ガラと豚骨だけど、今回はしっかりアクを取らないと…」
これも塩ダレに合わせるため、いつもより時間をかけてアクを取る。
普通のラーメンならば風味となる多少の油やアクも、塩ダレだと臭みになりかねないからだ。
なので幹太は二時間ほど寸胴鍋の前に立ち、アクを取り続けた。
「これでよし!」
そうして納得のいくまでアクを取った寸胴鍋の中には、豚骨や鶏ガラが入っているとは思えないほど澄んだスープが入っていた。
「よし!あとはこれを合わせて待つだけだ!」
幹太はその澄んだスープに、先ほどの野菜と乾物の入った麻袋を入れて煮込み始める。
「すごいです!もう美味しそうな匂いがしています!」
アンナの言う通り、すでに姫屋の屋台の周りには野菜の甘いスープの香りがしていた。
ラーメンのスープと言うよりも、高級な洋食料理店のコンソメスープという様な香りである。
そのまま数時間煮込んで新しいスープが出来上がり、ダウニング一家も交えての新ラーメンの試食会が開かれる事となった。
「ひとまず今回はスープと麺だけで食べてみてください」
麺は前回と同じくアンナが打ったものだが、幹太が製麺機の出口に工夫を加えて縮れ麺ができる様になっている。
「こりゃ今回のラーメンも美味しそうだな♪」
「そうね♪澄んだスープだけどすごく美味しそうな香りがするわ♪」
「お父さん、お母さん、今日ラーメンはジャクソンケイブの塩を使っているんですよ〜♪」
幹太とアンナ、そしてダウニング一家の前に並んでいるラーメンは、幹太が仕込んだ素のスープに、ジャクソンケイブの塩湖の塩を大さじ一杯加えただけのシンプルな塩ラーメンだ。
ほぼ透明なスープの中に黄色い縮れ麺が沈んでいる。
「「「では、いただきます♪」」」
五人はそう言って一斉にラーメンを食べ始めた。
「うん、いける!」
と、最初にスープを飲んだ幹太言った。
「ですね♪スープに塩味がしっかり付いてます。
本当にお塩だけで、こんなに濃い味が付くんですね」
同じくスープを飲んだアンナがそう付け加えた。
「麺も美味しいですよ。
ちょっと変わるだけで、こんなにスープがしっかり絡むんですね〜♪」
そう言うソフィアは、フウフウと麺を冷ましながら啜っている。
「うん、美味い…。
やっぱり俺はこの村の野菜の味が大好きなんだな…」
「そうね。私もなんだかホッとしちゃうわ♪」
この野菜を育てたパットとティナも、塩ラーメンの味に満足している様だ。
「パットさん、どうですか?
この味を村の名物ラーメンの基本にしようと思っているんですが…?」
幹太は緊張気味にパットに聞いた。
この村で農業をするパットが愛せない味では、このラーメンをご当地ラーメンにすることなど出来ない。
「うん、いいと思うよ。
野菜と塩だけでも、十分にこのジャクソンケイブ村の味がしてる。
こちらこそ、是非このラーメンを名物にして欲しいな」
パットは笑顔でそう言って、再びラーメンを食べ始める。
「やりましたね!幹太さん!」
「うん!良かった!これで基本は決定だ!」
「ふふっ♪お二人とも、本当に仲良しなんですね♪」
とティナに言われ、幹太とアンナは自分達が抱きしめ合っていることに気付いた。
「あ、俺また…。ごめん、アンナ」
「い、いえ、今回は私も悪かったです」
「えっと、とにかくベースはこの塩湖の塩ラーメンでいこう!」
「で、ですね!」
とりあえずはそういう事になり、残る問題は上に乗せる具だけとなった。




