第三十四話 村おこし
収穫祭の日ではあるが、もともとの人口が少なくお年寄りの多い村なので、麓の大きな町のお祭りほどの盛り上がりはない。
「「はーい♪いらっしゃいませー!」」
まだ人もまばらな屋台の並ぶ広場でソフィアとアンナが呼び込みをしていると、そこへパットとティナがやって来た。
「幹太さ〜ん♪来ましたよー♪」
「ソフィアー!頑張ってるかー?」
「ティナさん、パットさんいらっしゃいませ♪」
「お父さん、お母さん、いらっしゃい。
メニューは一つしかないからそれでいいですか〜?」
「えぇ、それで大丈夫よ。
よろしくね、ソフィア」
「はーい!では幹太さん、ラーメン二つお願いします〜」
「はいよ〜!」
幹太は二人の来客に合わせて、すでに味噌タンメンを作り始めていた。
色々なラーメンの中でもタンメンは作るのにかなり時間がかかる。
メニューが一つしかない今日の姫屋ならば、やってきたお客の人数分を早めに作り始めても問題はない。
「まずは野菜を炒めて…っと」
幹太はコンロに火を着け、中華鍋でキャベツ、人参、玉ねぎ、豚バラ、さらにこの村で手に入れたタケノコを一度煮たものを炒める。
「キャベツを焦がさないように気をつけて…」
そして野菜がまだ少し硬いうちに、その中華鍋に二人分のラーメンのスープを入れて茹で始めた。
タンメンは炒めた野菜を出来上がったラーメンに乗せるわけではない。
炒めた具を一度ラーメンのスープで煮ることで、野菜にしっかりとスープの味を染み込ませるのだ。
「これがあるから、やっぱりタンメンは手間がかかるな」
幹太は額に汗を浮かべながらスープの中に味噌を入れ、お玉で優しくかき混ぜている。
「幹太さーん!麺入れちゃって大丈夫ですかー?」
ソフィアと共に接客をしていたアンナは屋台の中に戻り、幹太の隣で麺を茹でる準備をしていた。
「あっ!そうだ!ごめん、アンナ。
よろしくお願いします!」
幹太は久しぶりのタンメン作りで麺を茹でるのをすっかり忘れていた。
「はーい♪では麺いきまーす♪」
アンナはダボと呼ばれる網ごと麺をお湯の沸く鍋に入れ、自分の作った麺がお湯の中でほぐれていくのを楽しそうに眺めている。
そんなアンナの姿を見た幹太は、彼女に新しい仕事を任せることにした。
「アンナ、今日は麺揚げを任せていいかな?」
実際、手間のかかるタンメンを幹太一人でいくつも作るのには無理がある。
なのでアンナに麺を担当してもらい、自分はスープ作りに集中することにしたのだ。
「はい!私で良ければ喜んで!
アンナ、頑張ります!」
アンナはそう言って菜箸を持ち、腕まくりをして気合いを入れた。
まだお客が二人しかいないこともあり、ソフィアがテーブルに座る両親に出来上がったラーメンを運ぶ。
「はい。お待たせ、お父さん、お母さん、これがラーメンですよ〜」
「ありがとう。おぉっ!こりゃうまそうだ!」
「ありがとう、ソフィア。それじゃいただきますね♪」
パットとティナ前には、茶色いスープに野菜がたっぷり入った味噌タンメンが湯気を立てている。
「すごくいい匂いなのね…」
「そうだな。これはこのスープの匂いなのかな?」
そう言って、二人はさっそくラーメンを一口啜った。
「あら、美味しい♪」
「うん。こんな独特の歯ごたえの麺を食べるのは初めてだ。
あとはこのうちの野菜だが…」
続けてパットは、スープに浮いたキャベツを食べた。
「うん。ちゃんとキャベツのシャキシャキ感が残ってる。
しかも、この茶色いスープの塩味と野菜の甘みがすごく良く合うな♪」
「そうね。人参や玉ねぎもスープの味が染みていてとっても美味しいわ♪」
どうやら姫屋の新しいラーメンは、この二人にも好評なようだ。
「美味しいでしょう?私が食べたのは他のラーメンだったけど、それもすごく美味しかったんですよ〜」
二人の横に立つソフィアも、姫屋のラーメンを両親に食べてもらうことができて満足気だった。
「どうやら大丈夫みたいですね♪」
「あぁ、パットさん達が育てた野菜をちゃんと使えて良かったよ」
ソフィアの両親の様子を屋台の中から心配そうに覗いていた幹太とアンナも、美味しそうにラーメンを食べる二人を見てホッと胸を撫で下ろした。
そこへ、
「おーい、注文を頼むよー!」
と、ようやく新しいお客がやってくる。
「はーい♪いらっしゃいませー!」
アンナはそう返事をして、カウンターから顔を出して注文を取った。
お祭りの日とはいえ、街道の要所でもないこの村では、いつものお昼のように姫屋にお客が押し寄せ行列を作るようなことはない。
しかし、ラーメンという新しい料理に興味を持った人達が、一人また一人と姫屋の屋台を訪れる。
「あら?ソフィアちゃんのウチのお店なの?」
「ん〜?パットの奴、そんなこと言ってとかな…?」
と言うように、お客のほとんどは収穫祭で仕事を休んだ農家の人かその家族で、外の町から来た人はあまりいないようだった。
「おー!これは美味しいっ!」
「ウチらの野菜にもこんな美味しい食べ方があったんだなぁ〜」
などと、大部分のお客さんに味噌タンメンは好評であった。
「おっ!もう終わりかな?」
「えぇ。そろそろ日が暮れますから〜」
夕方になり収穫祭が終了すると、屋台の並ぶ広場からはアッと言う間に人がいなくなる。
この村の人々は、日が落ちる前に家に帰ることが習慣になっているのだ。
「幹太さん、アンナさん、ありがとうございます。
私、この村の人たちにラーメンを食べてもらう事ができて嬉しかったです〜♪」
ソフィアは心底嬉しそうに、幹太とアンナの手を握った。
「うん。俺もパットさんや村のみんなに食べてもらえで良かったよ」
幹太も自分達のラーメンが概ね好評だったことにホッとしていた。
「はい…。確かに皆さん美味しそうでした。
ですが…」
そんな中、アンナだけが浮かない顔をしている。
「アンナ、大丈夫?ちょっと疲れたかな?」
「いえ、大丈夫です。
ひとまずお片づけをしちゃいましょう」
「あ、あぁ。でも、辛かったらちゃんと休むんだぞ」
「はい。ありがとうございます♪」
幹太はそんなアンナの様子が少し気になったが、笑顔でそう返事をする彼女を見て、それほど心配しなくても大丈夫だろうと思っていた。
「幹太さーん」
屋台の片付けを終えソフィアの家に帰った後、幹太が一人で馬車に残り食材の確認をしていると、そこへアンナがやって来た。
「おー、アンナ。今日はもう一人でできるから先に休んでていいよ」
幹太はいつものように、アンナが仕事の手伝いに来たと思っていた。
「えっと…幹太さん、ちょっとお話をしてもいいですか?」
「うん?….分かった。
こっちはもう少しで終わるから、しばらくそこに座って待っててくれ」
「はい。では…」
アンナは言われた通りに馬車の入り口に腰掛け、幹太の仕事が終わるのを待つ。
幹太はテキパキと棚卸しをして、すぐにアンナの所に戻ってきた。
「よーし、終わった!
それで?話ってなにかな?
店閉めた後もなんだか様子が変だったけど…?」
「やっぱり気づかれてしまいましたか…。
実は私、ちょっと考え事をしていたんです」
アンナは俯き、膝の上で両手を握りながら話しを始める。
「あの…幹太さんは今日の味噌タンメンの評判をどう思いましたか?」
「そうだなぁ〜まぁラーメン自体は美味しいって言ってもらってたからなぁ。
客の入りはイマイチだったけど、それは村に住んでいる人の数が少ないってのが原因だし。
大成功とは言えないけど、そこそこ成功したとは言えるんじゃないか?」
と、幹太は極力客観的に今日の営業の評価をした。
「そうですよね…私の考えもほとんど幹太さんと一緒です」
「ん〜?なら、アンナはどこが問題だと思ってるんだ?」
アンナが改めて自分にこんな事を聞くのは、何か気になる事があるからだと幹太は思っていた。
「えっと…問題という訳ではないんですが…今回は村の人達にラーメンを知ってもらう為に姫屋をやりましたよね?」
「うん。ソフィアさんも、そう思って収穫祭で出店したらいいんじゃないかって言ってくれたからね」
「私はこれから先もラーメンをこのジャクソンケイブの名物にして、この村に人を呼ぶことができないか考えていたんです」
アンナはこのジャクソンケイブに来てからずっと、どうにかこの村を活気付けることができないかと悩んでいた。
そもそもアンナが日本に行った理由は、このシェルブルック王国の発展の為である。
山岳地帯にある過疎の村に来て、彼女が同じことを考えない訳がない。
『だから時々思い詰めた顔してたんだな…』
言われてみれば、ジャクソンケイブに到着した日にも、寂れた村の様子を見たアンナは深刻な表情をしていた。
「それで幹太さん…」
アンナは膝の上に置いた両手をさらに強く握り閉め、バッと顔を上げて幹太の目を見た。
「こんな事を言うのは失礼かもしれませんが…その…今の味噌タンメンではジャクソンケイブ村の名物にはできないのではないかと…」
と、アンナは勇気を振り絞って幹太に言う。
「う〜ん…確かにそうかもしれないなぁ〜」
しかし、アンナのそんな発言を幹太はあっさりと認めた。
「えっ!?幹太さん?怒ったりしないんですか?」
「うん?なんで怒るんだ?」
「いえ、あの…私はまだ姫屋をやってから少ししか時間が経ってないので…」
「新人だからって、一緒にお店をやってるアンナの意見を聞かない理由にはならないよ。
姫屋の為、村の為、アンナが一生懸命考えた事は、きちんと聞いて話し合わなきゃ。
ましてや、この世界の事情はアンナの方がよく知ってるんだ。
俺の方こそ、アンナに色々と教えてもらわないと姫屋はやっていけないよ」
アンナは今回の事で、大好きな幹太と心の距離が離れてしまうかも知れないと思っていた。
『そうですね…私の好きになった人はこういう方でした。
まったく、私は幹太さんのどこを見ていたのか…』
と、アンナは浅はかな自分の考えを反省する。
「今回はジャクソンケイブの村人向けに作ったけど…たぶん基本的な方向性は一緒でいいと思うんだよなぁ〜」
そんなアンナの隣で、幹太はすでに新しいラーメンの構想を練っていた。
「確かに美味しかったですからねぇ〜今回のラーメン♪」
アンナも幹太の隣で新しいラーメンについて考え始める。
いつも通りの二人並んで座ってのラーメン検討会だ。
「今は珍しい食べ物だから村の人達も興味をもってくれているけど、名物にするにはもっとみんなから愛されるラーメンでないと…」
「みんなから愛されるラーメンですか?」
「うん。だからこの村の野菜を使ってるってとこは外せないかな〜」
「なるほど…確か豚肉もここの牧場のものですね」
「そんじゃ、まずは味噌ラーメンってのをもう一度考え直してみるか。
とりあえず今日は日本で使ってた味噌をそのまま使ったんだけど…」
「まずはスープのタレから検討するという事ですね」
「あぁ、そういうことかな。
しかし、アンナもだんだんラーメンの知識が増えてきたな」
「幹太さんといういい先生が居ますからね♪
私、最近、新しい食材を見るとラーメンに使えるか考えるようになってしまいました」
「ははっ♪そっか、そりゃ頼もしいな。
それじゃ一丁、ご当地ラーメンでジャクソンケイブの村おこし!やってみますか!」
「おー♪」
とそこへ、タイミング良くソフィアが二人を呼びにやって来る。
「幹太さーん、アンナさーん、お食事の準備ができました〜!」
「はーい!分かりましたー!
では幹太さん、お家へ戻りましょう」
「そうだな。まずはご飯の時にソフィアさん達にも名物にするラーメンの相談をしてみよう」
「それはいいですね。地元の人の意見は大切ですから」
そうして、アンナと幹太によるジャクソンケイブ村の村おこしが始まった。




