第319話 あの頃
「そっか…そうだよな…」
「はい♪そうでしたね♪
ありがとうございます、アルナさん」
「ううん…いいの。けど…」
そう言うと同時に、アルナの体がゆっくりと傾いていく。
「アルナさんっ!?」
「もう…眠くて限界…」
そうなのだ。
スープの出来上がりを待っていたこともあり時間はすでに早朝。
普段のアルナなら寝ているどころか、そろそろ起きる時間になっていたのだ。
「すっかり付き合わせちゃったな…」
幹太は寝息を立て始めた小さなアルナをお姫様抱っこする。
「でも困りましたね、お家はわかりませんし…ひとまず、私たちのお部屋に連れていきましょうか?」
「だな」
そして翌日。
「そういうワケだったんだ。
起きたらアルナさんがいるからビックリしたよ」
「アルナさんはもう帰ったの?」
幹太は由紀と二人でオアシスの湖畔を散歩していた。
「うん。今日もお仕事だからって言ってたよ」
「そうか。そりゃ悪いことしたな…」
「けど、また来るって言ってたから、幹ちゃんといるのは楽しかったんじゃないかな♪」
「だといいけどな」
「それで、ラーメンはできたの?」
「うんにゃ、まだ」
「やっぱりそう簡単にはいかないか…」
「いや、けっこうイイ線はいってるんだよ」
「そうなの?ちなみに、昨日の何ラーメン?」
「鶏塩コーン…」
「ほほ〜う、けっこう定番じゃん…よっと!」
そう言って、由紀は湖畔でストレッチを始めた。
「やっぱりそう思う?」
「うん。塩ラーメンは幹ちゃんとこでよく食べてたし…で、幹ちゃんは何が納得いかないのかな?」
「あぁ…やっぱりわかる?」
「う〜ん、散歩に誘いにきた時にそうかなって…」
「いや、だから美味しいラーメンなんだよ」
「うん。そりゃいつも作ってたラーメンだもんね」
「…ロシュタニアのコーンも入れたんだけど、それもなかなか美味しくてさ」
「そうなんだ…」
「けど、やっぱりなんかちょっと物足りない気がするんだよな」
「日本じゃ当たり前のラーメンだから?」
「まあな。
けど、これまでのご当地ラーメンだって定番で作ってないわけじゃないんだけど…」
「ん〜?塩コーンならバターは?」
「ここでも売ってはいるし、ちょっと使ってみたんだけど…」
「けど…なぁに?」
「牛のバターはめっちゃ高い!」
「あぁ、そりゃダメだねぇ…」
「うん。それは俺の主義に反するんだよなぁ〜」
今回の料理の勝負に勝っても負けても、幹太は自分の作ったラーメンのレシピをこの国に誰かに置いていくつもりでいた。
「特徴が欲しいってのもあるけど、やっぱりラーメンとして常識的な単価で出せないのはダメなんだよ」
「お金持ちなのはこの国だけなんだもんね」
「あぁ…この国に立ち寄る人たちみんなが裕福なワケじゃないからな」
「だよねぇ…ほっ!」
由紀は最後にブリッジの姿勢をとって立ち上がる。
「んじゃ、アイディアで出るまでもうちょい歩こっか♪」
「あぁ…」
そうして二人は湖畔を離れ、大きな邸宅が集まる辺りへとやって来た。
「フフッ♪」
「なんだよ、いきなり笑って…」
「なんか、地元を思い出すなって♪」
そう言って、由紀は久しぶりに幹太と手をつなぐ。
「おぉ…そう言われてみると、駅の向こう側の雰囲気に似てるな…」
「でしょ。なんだか二人で登校してた頃みたい♪」
「二人で登校してた頃って、日本いた時はずっと一緒だったじゃん」
「そう♪大学の後半以外はずっと幹ちゃんと一緒だったね♪」
「考えてみたら、登校してる時の景色は変わっても、ゆーちゃんが隣りにいるのはずっと変わらなかったんだよな…」
「そうだね♪私も登校してる時の風景って、幹ちゃん越しの景色なんだよね♪」
そう言いながら、由紀は自分の右側にある幹太越しの景色を眺める。
「…あれがゾーイさん家だよね?」
そして、一際大きな家を指差した。
「だな」
「フフッ♪どれだけおっきいか、ちょっと一周してみよっか♪」
「お、そりゃ俺も興味あるな」
「よーし、じゃあ行ってみよー♪」
そうして二人は再び湖畔側へ向かい、先日訪問したライナス家の壁沿いの道を歩く。
「なんか…本当に日本みたいだな…」
「だからそれは、私と一緒に歩いてるからじでしょ?」
そう言いながら、由紀は幹太とつないだ手を振る。
「いや…なんてゆーか…あっ!」
そこで幹太は急に立ち止まった。
「えっ!どしたの、幹ちゃん?」
「これ、下校の時の匂いだ…」
幹太は辺りを見回しながら、鼻をヒクヒクさせる。
「下校って…あぁ、この晩御飯を作ってる時の匂い…?」
そう言われてみると、由紀の鼻にもなんとなく調理中の晩ごはんの香りがする。
「って、幹ちゃん!これってちょっと日本っぽすぎじゃない!?」
「お、おう…今、俺もそう思ってた…」
二人は頷き合い、匂いのする方へと歩いて行く。
「幹ちゃん、ここって…?」
「た、たぶんゾーイさんちのキッチンじゃないかな?」
二人は中にライナス家のキッチンがあるであろう扉の開いた裏口付近に立ち、思い切りその香りを吸い込んだ。
「か、幹ちゃん…これって?」
「うん…こりゃぁ絶対カレーだな」
そう。
ゾーイの家のキッチンから漂ってきた香りは、日本人の二人が嗅ぎ慣れたカレーの香りだったのだ。
「ちょっと覗いてみようかな…」
由紀は静かに裏口近づき、中を覗き込む。
「ゆ、ゆーちゃん、何か見える…?」
「うん…メイドのアメリアさんと…あれは…ナーマルさん?」
「そうか。こりゃ決まりっぽいな…」
そして二人は、ホテルに帰ってすぐに皆にこのことを話した。
「えっ?カレーですか?」
「そうなんだよ」
「うん。しかも、なんか日本のカレーっぽい匂いだったの!」
「カレーですか…」
頬に手を当てながらそう言うゾーイも、前回日本に行った時に固形ルーのカレーを食べている。
「あれ、美味しいですよね♪」
そしてその結果、辛いもの好きのゾーイは、あるメーカーの激辛ルーがお気に入りになったのだ。
「ねぇ、あなたたち大丈夫なの?」
そう聞いたのはクレアだ。
「ほぇ?何がです、クレア?」
「だって、相手はカレーよ」
と、クレアはポケッとするアンナに向かって、ため息混じりにそう言う。
「さすがはクレア様ですね…」
「フフッ♪そうでしょ♪」
「どういうことですか〜?」
幹太にそう聞いたのはソフィアである。
「つまり、ラーメン対カレーの対決になったってことだよ」
「それだと何か都合が悪いんですか〜?」
「都合が悪いっていうか…なんというか…」
「あのね、ラーメンとカレーは日本じゃどっちも同じぐらい人気のあるお料理なんだよ、ソフィアさん」
と、幹太の代わりに由紀が説明する。
「えぇっと〜、つまり強敵ということですか〜?」
「うん。そうなるな」
以前、昼限定でカレーを屋台で出そうとした幹太は、そのバラエティの豊富さからメニューに加えることを断念したことがあったのだ。
「しかし、クレア様はどうしてそんなこと知っていたんですか?」
「日本にいる時にテレビで観たのよ♪」
クレアが観たのは、日本のラーメンとカレーのどちらが好みか外国人観光客に質問し、投票してもらう番組だった。
「すごいのよ♪ラーメン屋さんもいっぱいあるんだけど、それと同じぐらいカレー屋さんもいっぱいあるの♪」
「…そういえば、吉祥寺にもたくさんありましたね」
と、アンナもクレアの言葉に頷く。
確かにどこの街にも専門店があり、店ごとに味や具も様々というのは、ラーメンとカレーに共通する特徴であろう。
「まぁラーメンとカレー、二つともあるラーメン屋もあるぐらいだからな」
「あ!それって、駅向こうの商店街の細い路地のとこ?」
「そうそう。そういや、由紀も行ってたんだっけ?」
「うん♪」
「どっちも庶民に身近な食べ物みたいだったから、気になってたのよね♪」
つまりクレアは、リーズでカレー店ができないかと考えていたのだ。
「た、確かに…紅姫カレーってありそうですね…」
アンナは頬を引きつらせながらそう言う。
「そうだね♪クレア様がキャラクターになって宣伝したら、日本やってもめっちゃ人気なりそう♪」
「クレア様、私、お手伝いします♪」
「私も食べてみたいです〜♪」
そんな三人の様子を見たアンナは、隣りに座る幹太の耳に顔を寄せる。
「…やっぱりカレーは強敵っぽいですね」
「まぁな。けど、相手が何を作ろうと俺たちのやることは変わらないさ」
「フフッ♪でしたら、さっそく行きます?」
「おう」
そして二人は立ち上がり、さっそく厨房へと向かった。




