第307話 異世界スライダー
それからゾーイの友人二人に、幹太がアンナの夫であると証明するためしばらく話をし、幹太たちはホテルの部屋へと戻った。
「…これはどういうことなの、ゾーイ?」
「すいません、クレア様」
と、クレアは帰ってきたばかりのゾーイの前でため息をつく。
「ク、クレア様や…紅姫のクレア様がおる…」
二人の背後で跪くスピカは、なぜか泣きながらクレアを拝んでいた。
「ちょ、ちょっと、ゾーイちゃん…」
「どうしたのフィリア?」
スピカほどではないが、それなりにテンパってるフィリアは部屋の隅にゾーイを連れていく。
「ど…どうしてアンナ様に会いに来たのにクレア様がいるわけ?」
「えっ!言ってなかったっけ?私、クレア様の護衛官をしてて…」
「そんなのぜんぜん聞いてないわ!」
「あれ?そうだっけ?」
「当たり前でしょ!あなた、ずっといなかったじゃない!」
「あ、そういえばそうだね…」
と、ゾーイはポケッとした表情で言う。
「ちょっとゾーイちゃん…?あなた、結婚したからかずいぶんと気が抜けて…」
「で、ゾーイ、この子たちは、あなたのお友達なのよね?」
「はい。泣いてるのがスピカで、こっちの怒っているのがフィリアです、クレア様」
「そう…じゃあ♪」
「あ、あの…」
クレアはスピカの手を取って立ち上がらせ、フィリアと並んで立たせた。
「はじめまして、クレア・ローズナイトよ♪」
そして二人の前に立ってロシュタニアンの腰布の端を持ち、見事な所作で二人に礼をした。
「フィリアとスピカだったわね♪これからよろしく♪」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
「ク、クレア様が…クレア様が私によろしくって…」
「フフッ♪いいわね♪こういう反応、久しぶりだわ♪」
幹太たちは普通に接しているが、こちらの世界の王女の中で、クレアとアンナは人気を二分する存在なのだ。
「…そういえばアンナは?」
とそこで、三人のやり取りを見ていた幹太は、この部屋にアンナがいないことに気づいた。
「あれ?私、幹ちゃんと一緒に市場に行ってると思ってたんだけど」
「いや、市場はゾーイさんと二人で…って、そういやシャノンさんもいないな…」
「アンナさんなら、ちょっと前にプールに行きましたよ〜」
二人にそう言ったのは、ソフィアだ。
「えっ!そうなの?
後で私も行こうと思ってたのに…」
「フフッ♪だったら、今から行きませんか〜♪」
「よし!そうしょう♪
クレア様とゾーイさんたちはどうする?」
「もちろん、私も行くわ♪
フィリアとスピカはどうするの?」
「ご一緒していいのなら、ぜひ私たちも!」
「よ、よろしくお願いします!」
「よし♪決まりだね」
そうしてゾーイの友人達を加えた女性陣は、ホテルにあるプールへと向かう。
「すっごいじゃん!」
そしてプールに到着してすぐ、由紀は思わずそう叫んだ。
「これってもう、私たちの世界のプールと同じじゃん!」
なぜならマルコのホテルのプールの規模が、日本の遊園地にあるような巨大なものだったからである。
「さすがはオアシスの国ですね〜♪」
そう言うソフィアは、この施設を囲うように作られた輪っか状の大きなプールに、さっそく浸かっている。
「フフフッ♪あ〜♪なんか流れちゃいますよ〜♪」
ソフィアは笑顔のまま水流に流され、由紀たちから遠ざかっていく。
「あ、本当だ!これ、流れるプールだよ!」
「フフッ♪実はそうなんですよ、兄のアイデアで作ったんですけど…」
「本当にすごい!これって魔法でどうにかしてるの?」
「そうですけど…もしかして、日本にもあるんですか?」
「あるにはあるけど、そんなにどこにでもあるわけじゃないよ」
そう話す三人は、それぞれ由紀がオレンジの花柄、ソフィアがえんじ色、そしてゾーイが黒いビキニを着ていた。
「あ〜♪日本から水着持って来てよかった〜♪」
「私も向こうで買って良かったです〜♪」
「わかります。向こうの世界の水着って着心地がいいですよね♪」
「あ、いましたよ、シャノン♪」
「はい」
と、そこでプールを楽しむ三人の前に、アンナとシャノンが流れに乗ってやって来た。
「お買い物お疲れ様です、ゾーイさん♪」
「お疲れ様です」
「はい。ありがとうございます♪」
「もー!二人ともどうして声かけてくれなかったの?」
棒状のフロートに掴った由紀は、頬を膨らませながらそう言う。
ちなみにアンナとシャノンは、アンナがグラデーションの入ったスカイブルーのビキニを着ており、シャノンは黒に赤いラインの入ったビキニに同じ色のパレオを巻いていた。
「すみません、由紀さん。
幹太さんたちの後を追って買い物に行こうとしたんですけど、シャノンの体調が…」
「えっ!大丈夫、シャノン?」
「…申し訳ありません。ロシュタニアの暑さはシェルブルックで付与した軍服の冷却魔法では足りないようで…」
「確かに砂漠に入ってからずっと暑いけど…珍しいね、シャノンが体調崩すなんて」
「お姉様は小さな頃から暑いのが苦手でしたからね。
むしろ、ここまでよく頑張ったって感じです」
「そうなんだ。今はもう大丈夫?」
「はい。すっかり良くなりました」
「フフッ♪なら、良かった♪」
そうして芹沢家奥さんズ、プラス一名は一緒に流れるプールを流れていく。
「…そういえば、クレアはどうしたんですか?」
しばらく流された後、由紀と共にフロートに掴まったアンナはゾーイに聞いた。
「クレア様なら、私の友人たちと先に着替えて来ているはずですけど…」
そう言ってゾーイが辺りを見回すと、いつもの赤いビキニを着たクレアが、自分の友人二人と共に大きな木製のやぐらの上にいるのを見つけた。
「あ!あそこにいます!」
「すごい!あれってスライダーじゃん!」
「スライダーって、なんですか〜?」
由紀にそう聞いたのはソフィアである。
「おっきな滑り台だよ♪」
と、由紀が言った瞬間、クレアが勢いよく滑り台を滑り落ちた。
「わー!クレア様っ!?」
「わ〜♪めっちゃ速い!」
「すごい速いです〜♪」
そしてもの凄いスピードでスライダーを滑り終えたクレアは、満面の笑みでアンナたちの方へと猛ダッシュしてくる。
「なにボーっと見てるのアンナ!あの滑り台、めちゃくちゃ楽しいわよ!」
クレアはやぐらの上から、アンナたちを見つけていたのだ。
「えっ?あっ!クレア!?」
クレアはガッチリとアンナの手を掴み、プールサイドに引きずり上げる。
「ちょ、ちょっとクレア、私、ああいったお腹ヒュッとする系のものは…」
「知ってるわ、苦手なのよね♪」
クレアは小さな頃のアンナが、ブランコが苦手だったことを覚えていた。
「し、知ってるのになぜ連れていこうとっ!?」
「大丈夫だって♪滑っちゃえば楽しいから♪」
「…そうですか」
絶叫系アトラクションが得意な者によくある根拠のない自信を目の当たりにしたアンナは、これ以上の抵抗は無駄なことを悟り、なすがまま引きずられていく。
「あ〜連れていかれちゃったね」
「えぇ…」
「アンナ、大丈夫かな?」
「大丈夫って…由紀さん、アナがああいうのが苦手なことを知って…?」
「うん、知ってるよ。
日本にいる時に、幹ちゃんと三人で遊園地に行ったから…」
「あぁ…そういえば、そう言ってましたね」
アンナはシャノンが日本に来る前に、由紀と幹太と共に都内にある遊園地に行ったことがあるのだ。
「まぁプールのスライダーぐらいならなんとかなるか…」
「あれは…あまり怖くないんですか?」
「ん〜?私は大丈夫だけど…よし!」
由紀は手をついてプールサイドに飛び上がり、シャノンとソフィアの腕を掴んだ。
「じゃあ一緒に行こうよ♪」
「いいですね〜♪」
「あ、あの由紀さん、私は高い場所が…」
「……」
そうしてスライダーに向かっていく三人を、出遅れたゾーイがしばらくプールの中から見ていると、後ろの方から聞き慣れた声がした。
「あれ?ゾーイさん一人?」
「あ、旦那様♪」
ゾーイに声をかけたのは、サーフパンツとTシャツに着替えた幹太だった。
「うん。みんなはどうしたの?」
「あそこに…」
ゾーイが指差す先には、スライダーのやぐらを駆け上っている由紀とソフィアと、その後ろからゆっくり登っているシャノンの姿が見える。
「おぉ…すごい…ありゃスライダーか?」
「旦那様たちの世界風に言うとそうみたいですね♪」
「ははっ…ゆーちゃん、あれ大好きなんだよな…」
そう言って、幹太は苦笑する。
「あの、旦那様…」
「ん?どうしたの、ゾーイさん?」
「今日のお買い物はどうでしたか?」
「うん?ゾーイさんのおかげで楽しかったけど…」
「フフッ♪ありがとうございます♪
それで、何かラーメンに使える食材はありましたか?」
「あぁ、それね…」
幹太はプールサイドに腰掛け、足をプールに浸けた。
「ラーメン使えるものあったけど…」
「けど、なんです?」
「ちょっと難しそうって感じかな…」
「…難しいって、ラーメンの食材にするのがですか?」
「ん〜?美味しいラーメンは作れても、ご当地ラーメンってなると難しいって感じ…」
「そういえば…ロシュタニア産の物ってあまりなかったですもんね」
「うん。まずそれが問題」
幹太の記憶では、先ほど市場にはあれだけ豊富に食材があったにも関わらず、ロシュタニア産の野菜や肉などはほとんどなかったのだ。
「やっぱり砂漠のど真ん中にある国だから、農産物が少ないのかな?」
「それはそうですね。周りが砂漠でオアシスの周辺も土地が限られてますから、農業をやっている人自体が少ないんです」
「なるほど…けど、そんな国なのに意外と魚介類が豊富だったのはなんでだろ?」
「それでしたら、ロシュタニア以外の国は海に面してますから、周りの国の商人の皆さんが海のないロシュタニアに売りに来るんです」
つまりこちらの大陸中から、ロシュタニアに魚介類が集まってきているということだ。
「それはさっき見たお肉も一緒?」
「お魚ほどではないですけど、豚や牛も他国産が多いと思いますよ。
鶏肉ならロシュタニア産もあるんですけど…」
「鶏…鶏肉…ガラ…あ〜も〜!」
幹太は頭をガリガリと掻きながら、突然、流れるプールへとダイブした。




