第295話 それぞれのやり方
「それはどうして?」
「えぇッと…クレアはこの前ブリッケンリッジに来た時に何か気づきませんでしたか?」
「この前って…あなたたちの結婚式の時よね?」
「はい」
「そうね…」
クレアは頬に手を当てて考える。
「前よりもブリッケンリッジに活気があったわ」
「フフッ♪いい感じですよ。あと、他には?」
「そういえば…あなたたちとは関係なさそうなラーメン屋さんがあったわね」
「正解です。それにブリッケンリッジだけじゃなくて、シェルブルック国内にいくつかラーメン屋さんが出来ているみたいですよ♪」
それは地方に視察に行ったビクトリアからアンナが聞いたことだった。
「つまり、あなたたちがやらなくても他の人がやるからいいってわけ?」
「はい♪私も幹太さんも元々そう思ってラーメン屋さんをやってましたから♪」
とそこで、幹太が二人のいるキッチンの方へと顔を向けた。
「うん…アンナも同じ考えでいてくれて良かったよ」
「アンナもってことは、幹太も同じなのね?」
「はい。正直、何軒も経営とかフランチャイズとか俺には無理だなって思ってましたから…」
「そうなの?」
「はい。多店舗経営はクレア様のような方がやったほうがいいかと…」
「確かに私はお店に入るより、運営の方が楽しいけど…」
「クレア、日本でそういう本ばっかり読んでましたからね」
「経営の本ね♪こっちにはああいう本はないから、すっごく勉強になったわ♪」
と、クレアは心底嬉しそうにそう言う。
「…やっぱり、クレア様の方が向いてますよ」
「そうしら?私、幹太なら何店舗だってできる気がするけど…」
「俺は新しいラーメンを作るので精一杯ですから」
「こっちに来てから、めっちゃ作ってますもんね、幹太さん♪」
「そうなんだよな…自分でもちょっと驚いてる」
「あら?日本にいる時は、こんなに作ってなかったの?」
「屋台を始めた頃はたくさん作りましたけど、それはお店で出す基本のラーメンを作るためでしたから…」
そもそも幹太が東京でやっていた屋台のラーメンの味は、同じスープの味噌、塩、醤油の三種類のラーメンしか出していなかったのだ。
「ラーメンの味を突き詰めるための改良はしてましたけど、変わった具とか、スープを全く違うものにするとかはぜんぜん頭になかったんです」
「そうなんだ…意外だわ」
「それに…この世界で作ったラーメンは、この世界に来たからこそ出来たラーメンですから」
「私たちのこの世界に来たからこそのラーメン?」
「そうです。例えば、一番わかりやすいのはジャクソンケイブのラーメンですけど…」
「フフフッ♪あれはウチの村でないとできませんね〜♪」
と、ラクダの扱いに幾分余裕の出てきたソフィアは嬉しそうに頷く。
ジャクソンケイブのご当地ラーメンは、全てジャクソンケイブ村で生産された食材で出来ているのだ。
「けど、それだからこそご当地ラーメンでしょ?
うちのご当地ラーメンだってそうじゃない」
「まぁそうなんですけど…例えば、小姫屋のパイコー麺だって魚介がメインじゃないけど、サースフェーが漁師の島だからこそ出来たわけだし…」
「フフッ♪あの時の幹太さん、ずっと島の人たちのことばかり考えてましたからね♪」
「あぁ。何せこっちに来てから初めてのラーメンだったしな。
まぁアンナとシャノンさんのおかげで、味覚だけはどっちの世界もかわらないって分かってたけど…」
「つまりその土地の食材を使わなくても、そこに住む人たちの為に作ったラーメンであればご当地ラーメンたり得るってわけね♪」
「はい。それもその土地独自のラーメンですから」
ご当地ラーメンの食材がその土地のものであることに越したことはないが、そうでなくてもご当地ラーメンであることは、日本でも多々ある。
「博多のラーメン屋だって、全てのお店が地元の豚骨を使っているわけじゃないですし…」
「今となっては、サースフェー島といえばパイコー麺ですからね♪」
「…そうね。小姫屋は島の観光案内にも書き足されてたわ」
クレアの言うサースフェー島の観光案内とは、連絡船乗り場の出口に立てられた大きな名所案内の看板である。
「…幹ちゃん、もしかしてこっちの大陸でもご当地ラーメンやりたいの?」
と、ようやく普通にラクダに乗った由紀がそう聞いた。
「あ!だからあの時姫屋で行こうって言ったのね!」
ノームの港でラクダの頭数が少ないためクレアの馬車か姫屋のキッチンワゴンのどちらか一つを選択する時に、珍しく幹太が姫屋で行きたいと主張したのだ。
「いや、最初は旅の道中でキッチンがあれば便利かなって思ったんだけど、そう言われると屋台を開くことも考えてたかも…。
それに…」
そう言って、幹太は辺りを見回した。
「…こっちの大陸だって、ご当地ラーメンの作りがいがありそうじゃないか?」
「作りがいって…今のところ港と普通の街並みしかないわよ」
と、クレアの言うように、ノームからここまでは赤土の道路の左右に木造の小さな民家があるだけである。
「ん〜、けど、ちょっと離れたところに高い建物とか牧場っぽいものも見えましたよ」
由紀は先ほどラクダの上に立ち上がった時にそれを見ていた。
「そうなの?相変わらずの視力ね、由紀」
「フフッ♪任せてください♪」
「まぁけど結局、姫屋は次の町に置いていくことになるんだけど…」
「幹ちゃん、屋台のなしのラーメン屋さんのアイデアは浮かんだ?」
「それがどう考えてもシャノンさんの案でいくしかないかなって…」
「私の案、つまり…」
「このラクダさんにうまく積むってこと?」
「そう」
「ふ〜ん…」
由紀は後ろを向き、自分の乗るラクダに積まれた荷物を見る。
「…これ以上はムリじゃない?」
「いいや。いま屋台を見ていて気づいたことがあるから、つぎの街で試してみるよ」
そうして夕方、到着した町のホテルの前で、幹太はいつものように姫屋の営業準備を始めた。
「だからスープを仕込んでたんですね♪」
そう言って、アンナはスープの入った寸胴鍋の蓋を開けた。
「うん。こっちの人の反応を見ようと思って仕込んでたんだけど、他にも調べたいことができたんだ」
「フフッ♪アンナ、幹太さんが何を調べたいかわかります。
ラーメン屋さんをやるのに最低限の調理器具を調べるんですよね♪」
「お、正解。さすが相棒」
「はい♪相棒で女房です♪」
そうして二人は、いつものようにテキパキと開店準備を進める。
「…本当に、どこでも迷わずに屋台を開くのね」
そんな二人を、クレアはホテルの窓から見下ろしていた。
先ほど移動中に由紀が見たのは、この町で一番高い建物であるこの石造りのホテルだったのだ。
「ゾーイは手伝わないの?」
「クレア様がよろしければ、あとで行ってきます」
「そう。
あそこがアンナと幹太の二人ってことは、ソフィアと由紀は部屋にいるのかしら?」
「由紀さんとソフィアさんはお買い物で、シャノンさんは…」
「護衛だからアンナの近くにいるのね。
じゃ、私たちはもうしばらく部屋でゆっくりしてましょ♪」
そう言って、クレアはベットに横になる。
「ほら、ゾーイも来たら♪」
「はい♪」
そして、ゾーイもクレアと頭をつけ合わす様にして横になった。
「…ねぇゾーイ、こっちにある食材でラーメンって出来ると思う?」
「旦那様ならできます♪」
「こっちって何か変わった食材とかもあるのかしら?」
「ん〜?それは皆さんと市場に行ってみないとですね。
私にとっては普通の食材だったりしますから…」
「けど、幹太はこの先どうするつもりかしら…」
「旦那様がどうしたんです?」
「あのね…屋台なしでラーメン屋をやるにはどうしようかって、ここに来るまでに話してたのよ」
「屋台なし…ですか?」
「そうよ。いくらラクダでも砂漠で姫屋を曳くのは無理だろうってなって…」
「あ、なるほど!そういうことですか」
「ゾーイはなにか案はある?」
「案…そうですね…」
少し考えたゾーイは、勢いよく起き上がった。
「ふぅ…クレア様、少し姫屋に行ってきてもいいですか?」
「フフッ♪もちろんいいわよ♪」




