第287話 和風
そして数時間後、
「で、結果こうなったってわけ?」
クレアは先ほどの食堂の前でため息を吐いていた。
「はい♪」
「あなたたち…新婚旅行中だってわかってる?」
「ですけどクレア、こんなに立派なキッチンが空いているなら…」
「大きなキッチンが使われてないからって、新婚旅行中に食堂を開く夫婦なんて、私は聞いたことないけど?」
あれからアンナは船長室に向かい、自分の身分をフルに使って厨房の使用許可を得ていた。
「ですよね♪それは私もないです♪」
「…何で嬉しそうなのよ」
と、クレアは再びため息をつく。
「せっかくゾーイを幹太と二人きりしてあげようと思ってたのに…」
「クレア様、私は大丈夫ですから…」
そう思ったクレアがゾーイを引き連れて幹太を探している途中、ハツラツとキッチンで試作をしている幹太とアンナを見つけたのだ。
「まぁ麺も少ないですし、すぐ終わりますよ♪」
「うん。スープも少ししかないしな」
と、ラーメン馬鹿夫婦は自信ありげに言い切る。
「まぁ船の中でラーメンの試食会っていうのは、いい手だと思うけど…」
幹太とアンナはここで商売をするのではなく、お椀サイズのラーメンを先着順に配るという試食会を開こうとしていた。
「きっとまだラーメンを食べたことのない人もいますからね♪」
二つの大陸を行き来する船の中で試食会を行えば、必然的に両方の大陸に住む者たちがラーメンを食べることになる。
「実は私、お兄様に言って向こうの大陸にも紅姫屋を出店しようと思ってたのよね…」
「フフッ♪だったらちょうどいいじゃないですか♪」
アンナはあっさりとそう言う。
「ちょうど良いって…向こうで姫屋はやらないの?」
と、クレアは幹太に聞いた。
「今のところ離れた場所でやる気はないですね…」
それはこの世界にラーメンを広めると決めてから、幹太が考えていたことだった。
「それはどうして?」
「ん〜、自分たちの屋号の店は直に見たいからってのが一番の理由です」
「あぁ、なるほど…それでなのね」
と、クレアは頷く。
「そういえば、他のお店も小姫屋で紅姫屋なんだね」
「ジャクソンの食堂の名前も温泉食堂のままですから、姫屋はまだ一つだけですね〜♪」
と、クレアに続いて、幹太を探しに来た由紀とソフィアもその事実に気がつく。
「たぶん俺には二店舗が限界です」
「二店舗…そうですかね?」
アンナは今の屋台の他に店舗やるなら直営でやりたいという幹太の気持はうすうす気づいてはいたが、それほど少ないというのは意外だったのだ。
「それに今だと一店舗はアンナに任せないといけないって感じだし、慣れるまではソフィアさんもそっちに行くことになるだろ。
だったら今は、屋台の姫屋だけでもいいかなとも思ってるんだ」
「わかるわ。アンナが店主じゃ不安なのね?」
「いえ、そうじゃなくて…」
「ほぇ?幹太さん、私にお店を任せるのは不安じゃないんですか?」
「そりゃそうだよ。
今のアンナは俺が屋台を始めた時よりもよっぽどしっかりしてるし、不安ってのはないさ」
「フッ…フフッ…だったら、何でアンナじゃダメなの?幹ちゃん♪」
そう聞く由紀は、なぜかニヤニヤしていた。
「どうしてです?」
アンナも幹太に顔を近づけてそう聞く。
「アンナとは…こっちに来てからずっと一緒に店をやってきただろ?」
「はい」
「ソフィアさんも、出会ってからずっと一緒に働いてくれてるし…」
「はい〜♪」
「だからさ…たまに別になるのはいいけど、それが毎日っていうのはなんとなくしっくりこないというか…」
「つ・ま・り・二人がいないと寂しいんだっだって、幹ちゃん♪」
「……」
由紀は幹太の肩に腕を回し、真っ赤なった頬をつつく。
「でも、懐かしいな…正蔵おじさんと美樹おばさんのお店」
「そっか…由紀にはわかるんだな」
「もっちろん♪」
屋台を始めた頃から幹太が理想としているラーメン屋は、幼い頃に見た両親が仲良く働いていた実家の店なのだ。
「フフッ♪ありがとうございます♪
私も一緒に働ける方が嬉しいですからね♪」
「私もです〜♪」
アンナとソフィアは、真っ赤なまま固まる幹太に真横から抱きつく。
「そうね。もうあなたたちは儲からなくてもいいのよね…」
クレアの言う通り、アンナと結婚した以上、これから幹太やその家族が金銭的に困窮することはないのだ。
「だったら幹太は今のまま、いろんな場所のご当地ラーメンを開発して回るのがいいのかもしれないわ♪」
「…はい。できたら俺もそうしたいです」
「で、今回はどんなラーメンなの?」
そう言って、クレアは客席側からキッチンを覗いた。
「急にやるって決めたんで、今回は乾物メインのスープと麺だけのラーメンです」
「乾物…ってもしかして、日本の市場で買ってたヤツ?」
クレアは日本に行った際、幹太やゾーイと共に地元の市場に行っていた。
「そうです」
そう返事をして、幹太は様々な乾物を調理台の上に並べた。
「カツオ節に昆布に煮干し…これじゃまるでお味噌汁みたいだけど?」
ソフィアと共にキッチンに入ってきた由紀は、小さな煮干しをつまみ上げる。
「そう。試食だし、できるだけ和風のラーメンに挑戦しようと思って…」
それは幹太が、いつか作ってみたいと思っていたラーメンの一つだった。
「それにこの間日本に帰った時にさ、意外と増えてたんだよな、こういうラーメン屋」
「こういうって…和風ダシのラーメン屋さん?」
「うん」
「鷄とか豚は入らないんですか〜?」
これまで幹太のラーメン作りを側で見ていたソフィアは、ラーメンのスープには必ずそのどちらか、又は両方が使われるものだと思っていた。
「そう。今回はナシなんだ」
幹太自身も、鷄ガラや豚骨を使わずにラーメンを作るのはこれが初めてだった。
「とりあえず、身内の人数分を作るから食べてもらえるかな」
そうして久しぶりの試食会は始まった。
「うん。私は好き♪」
開始早々、まずはお椀サイズの器に盛られたラーメンを一瞬で麺を食べ切った由紀がそう感想を言う。
「でも…お味噌汁とちょっと味が違う気がするのは麺が入ってるからかな?」
「中太にして縮れ麺にしましたけど、配合はいつもと同じですから、味は変わらないと思いますよ」
急ということもあり、今日アンナが仕込んだ麺は、太さと縮れ方以外、水も小麦粉もいつもの街道ラーメンと同じ配合の麺であった。
「でも、なんかやっぱりラーメンスープっぽいんだよね…」
「おダシじゃなければミソの方ですかね〜?」
「あ♪ソフィアさん正解です♪
ね、幹太さん?」
「うん。さすが勉強してるだけはあるな」
ソフィアは日本に行って以来、その時買ってきた本で日本料理の勉強をしているのだ。
「お味噌に何を混ぜたんですか〜?」
「味噌に混ぜるっていうか、味噌ダレと一緒にニンニクと生姜、あとはちょっとだけラー油を入れてみたんだよ」
「なるほどね♪そりゃお味噌汁よりもラーメンっぽくなるはずだ」
そう言って、由紀は残ったスープを飲み干す。
「まぁラーメンに入れる食材としては定番中の定番だしな」
「お味噌自体に工夫はしてないの?」
「お、いい質問だぞ、由紀」
「イェイ♪やたっ♪」
「前に作ったピリ辛挽肉の味噌ダレを参考にして、白味噌と赤味噌…それに豆板醤を混ぜてみたんだよ」
急に決まった試食会ではあるが、幹太は今持てる経験と知識の全てを駆使して、全力でこの和風味噌ラーメンのスープを作ったのだ。
「なんか…腕上がってない?」
キッチンの中で新しい味噌ラーメンついて語る幹太を見ながら、クレアはそう呟く。
「ほぇ?旦那様がですか?」
「うん。元が元だけにアンナの成長の方が目立ってたけど、考えてみれば幹太の方もこっちに来てから色々経験してるのよね…」
「そう…ですね。サースフェーからシェルブルックまで旅をして、そこからリーズですから…」
「それにこのラーメン、このままお店に出せる味よ」
仮に紅姫屋の新メニューのベースとして幹太がこのラーメンを出してきたら、間違いなくクレアは採用するだろう。
「これはやっぱり…ゾーイに頑張ってもらうしかないかしら?」
「わ、私が頑張るって…もしかしてクレア様、まだ旦那様を…」
「そ♪諦めてないわ♪
ゾーイに頑張ってもらって、どうにか幹太をリーズに住まわせないとね♪」




