第285話 乙女の不思議
「はい!アンナ、帰ってきました!」
「「「「………」」」」
そして翌日、芹沢たちは変わり果てた姿で帰ってきたアンナを見て言葉を失った。
「ほぇ?皆さんどうしました?」
「アンナ…だよね?」
ゴクリと息を呑んで聞いたのは由紀だ。
「はい。私ですけど…どうしたんです?
もしかして、変装した偽物とでも思ったんですか?」
「いや、そうじゃなくて…」
「もー♪本物ですから大丈夫ですよ、由紀さん♪」
「ちょっ!わっ!」
と、ふざけて身体を預けてくるアンナを支えきれず、由紀はアンナと折り重なるようにして地面に倒れた。
「重っ!ちょっとアンナ!重たいよー!」
そう。
半日にぶりに再会したアンナは、見事にポッチャリ化していたのだ。
「あ、あれ…?なんだか起きれないんですけど…」
「くっ!苦しいから上で暴れないで!」
「…アンナ、昨日どんだけ食べてたんです?」
幹太は変わり果てた姿の妻に若干引きつつ、隣に立つシャノンに聞く。
「アナは今朝方までずっと食べていましたよ」
「…っていうか、案外すぐ帰してくれたんですね?」
「アナが同意したとはいえ、あまり長く引き留めると国同士の問題になりかねませんからね」
「あぁ…昨日クレア様にもそうするか聞かれました」
「でしょうね。私もクレア様の立場だったら、シェルブルックに知らせると思います」
「フフッ♪メイドさんお料理、そんなに美味しかったんですか〜?」
ソフィアはシャノンにそう聞きつつ、ポッコリと出たアンナのお腹をつついた。
「はい。私もいただきましたが、あれは魔性の肉料理かと…」
「やっぱり予想通りだったね、お兄ちゃん…」
「う、うん。でも、さすがにアンナ様の見た目がここまで変わるとは思ってなかったよ」
「アンナ様…おいたわしい…」
アンナの肉欲は、クリーブランド夫妻の想像を遥かに越えていたようだ。
「ちょっとアンナ、早くどいてよ〜!」
「ちょ…ちょっと待って下さいね…ん〜よいしょっ!」
「グェッ!」
アンナは由紀をすり潰すように回転し、ようやく彼女の上から降りる。
「しかし、どうやったら一日でそんな体型になるんだよ?」
と、幹太は起き上がるアンナに手を貸しつつそう聞く。
「そりゃ〜もう、めっちゃお肉食べましたからね♪」
「太ってく自覚があるのに食べたのか!?」
「もう幹太さんっ!新妻に太ってって…」
とそこで、アンナは初めて自分の下っ腹を見下ろす。
「まぁ確かに今はそう見えますけど…」
「そう見えるって…実際は違うのか?」
「ん〜?でしたら、ちょっと待っていてくださいね♪」
アンナは何かはわからない脂でテッカテカな顔でウィンクをし、お腹をさすりながら部屋を出てどこかに行ってしまう。
「アンナ…どうしたんだ?」
呆気に取られてポカンとする幹太は、隣で同じ顔をしている由紀に聞く。
「さぁ?もしかして、服がキツくてシャノンのを借りにいったとか?」
「私の服でもあれはムリですよ…」
アンナよりもだいぶ背の高いシャノンだが、ウェストの幅はそれほど変わらない。
そしてそれから十数分後。
「はい♪どうですか、幹太さん♪」
姫屋のTシャツといつものデニムのスカートに着替えたアンナは、皆の前でクルリと一回転する。
「アンナ、いつも通りに戻ってますか♪」
「戻ってるけど…一体どうなってんだ?」
わかりやすくスッキリとした顔で部屋に戻って来たアンナは、いつも通りスマートな体型に戻っていたのだ。
「フフッ♪それは乙女の秘密です♪」
「……」
そう言われてしまうと、男の幹太にはそれ以上何も聞けない。
「それでアンナ、ゾーイさんのお義母さんからの連絡は?」
由紀もそれで納得したらしく、話を本題へと進める。
ちなみにアンナがいなくなっている間、隣の部屋から何度か水の流れる音がしていたのだが、幹太はそれに気づいていない。
「あ、はい。そうでしたね…」
アンナはスカートのポケットから手紙を取り出し、ゾーイに渡した。
「ありがとうございます、アンナ様」
受け取ったゾーイはすぐに手紙を開く。
「あれ?これってアメリアの字だよね、お兄ちゃん?」
「そうだね。たぶんアメリアが母さんの言ったことを書いたんじゃないかな?」
「そうですね。肉神様からゾーイさんに渡して下さいと言われましたから」
「お兄ちゃん…?今、アンナ様が変なこと…」
「うん。やっぱりちょっとおかしくなってるかもしれない…」
と、ゾーイとニコラはヒソヒソ声で話す。
アメリアの料理に魅了されすぎたアンナは、妙な宗教の信者になっていた。
「中身はなんて書いてあるんですか〜?」
「あ、はい。ちょっと待って下さいね…」
隣にやってきたソフィアにそう聞かれたゾーイは、ひとまずは兄と共に手紙を読み始める。
「もうっ!お母様、何考えてるのっ!」
そして読み終えた途端、ゾーイはそう言って怒り出す。
「一体なんて書いてあったんですか〜?」
そう聞きつつ、ソフィアは手紙を覗き込む。
「えぇっと〜、この度は私たちの都合でご迷惑をおかけして申し訳ありません。
とはいえ、正式な申し入れもなく結ばれた娘の婚姻をライナス家としては認めることはできません。
だそうですよ〜」
「や、やっぱりそうか…」
案の定、手紙の内容を聞いた幹太は頭を抱えた。
「で、ナーマルさんとの対決もあるから、ロシュタニアに来いって書いてあるね…」
と、項垂れる幹太の頭を撫でながら由紀が続きを読む。
「なによ!結局、ロシュタニアに行かなきゃいけないんじゃない!」
そう言って部屋に入ってきたのは、たった今起きたばかりのクレアだ。
「あ、おはようございますクレア様」
「おはよ、ゾーイ。
それじゃ何?ゾーイもアンナもいるのに、ロシュタニアに行かなきゃわけ?」
「あ、確かにそうですね。
だったらもう、ロシュタニアに行かなくても…ってそりゃムリか…」
と、幹太の顔を見た由紀は苦笑する。
「まぁ結局、私も行かなきゃダメなのよね…」
元々ゾーイの故郷に行きたいという希望もあったクレアだが、今回は兄であるマーカスと共に正式な外交でロシュタニアに行く予定だった。
「そっちはみんなで行くんでしょ?」
「もちろんです♪なにせ新婚旅行ですからね♪」
「…ヨダレが垂れていますよ、アナ」
「あ、ヤバ…」
「ですね〜♪私もまだ実家に帰っただけですから〜♪」
「私もできれば旅を続けたいかなぁ〜♪」
ようやく全員が揃い、芹沢家の女性陣にも本来の笑顔が戻る。
「よし♪幹ちゃんもそれで大丈夫なんだよね?」
「…うん」
「両親とナーマルとのことでしたら私がなんとかしますから、旦那様がイヤなら無理にロシュタニアに行かなくても…」
「そうだね。行く気になっている皆さんには悪いけど、僕も無理せず他の場所に新婚旅行先を変えるのはアリだと思うよ。
何せロシュタニアは母さんとナーマルのホームだから、何か策を立てているかもしれないし」
「けど、幹太はそれじゃ納得しないでしょ?」
そう聞いたのはクレアだ。
「はい。それに…」
「それに…?ロシュタニアに行きたいのに他に理由があるわけ?」
「いや、その…実はゾーイさんが攫われる前に考えていたことがあって…」
「ゾーイが攫われる前?
それって、本来の新婚旅行の計画ってこと?」
と、クレアはアンナに聞く。
「ほぇ?本来って…観光を楽しむ他に何かありましたっけ?」
アンナは、他の妻たち三人に聞いた。
「最初の計画でしたら、まずは私の実家に行って…」
「それにオアシスのプールで泳ごうって言ってましたね〜♪」
「ん〜?そんなもんだったかな?
あとはあっちの大陸の名物料理を食べようって…」
「「「「「「あ!」」」」」」
とそこで、幹太の妻たちとシャノン、そしてクレアが幹太のやりたかったことに気づく。
「そっか…幹ちゃん、ロシュタニアでラーメン作りたいの?」
「う、うん…」
両親への挨拶も済んでない内からそんなことを考えていたとバレてしまった幹太は、申し訳なさそうにそう返事をする。
「あぁっ!なるほど!ロシュタニアのご当地ラーメンか!」
「ご当地ラーメンって…食材は揃うの?
ロシュタニアって砂漠の国なんでしょ?」
と、ハンナはロシュタニア出身の二人に聞く。
「そうだね。たくさんはないと思うけど、大丈夫だと思うよ」
「………」
気まずそうに沈黙する妹とは違い、それなりに料理の出来るマルコはなんとなくラーメンに使える食材の想像がつくのだ。
「新婚旅行ですらご当地ラーメンを作りたいなんて、あなたたちの夫って相変わらずラーメン馬鹿なのね…」
そう言って、クレアはため息を吐く。
「フフッ♪そうなんです、私たちの旦那様はいつだってラーメン馬鹿なんですよ、クレア♪」
「なんで誇らしげなのよっ!」
そうして幹太たち一行は、改めてロシュタニアを目指すこととなったのだ。




