第280話 恩恵
「あ、戻ってきたんですね〜♪」
「ソ、ソフィアさん?」
「ほぇ?アンナ様、なんですか〜?」
「アンナ様って…ソフィアさん、もしかしてお酒を?」
「ソフィアおねえちゃん、あのひとにおさけのまされたの」
そう言ったのは、先ほどアンナに花を贈った女の子だった。
「やっぱりそうなんですね。あの人って、どの人ですか?」
と、アンナはしゃがんで女の子に聞く。
「あそこの、わさ〜ってかみのひと…けっこんしたならおいわいよ〜って」
「わさって髪…」
アンナが女の子の指差す方を見ると、食堂の真ん中付近にボリュームある髪の浅黒い肌をした美しい女性が席に座り、ビールジョッキ片手に村人達と楽しそうに話している。
「なんだか雰囲気のある人だな…」
「…幹太さんもそう思いますか?」
「うん。いいとこの人って感じ…」
毎日屋台で色々なお客の相手をしていた幹太は、その辺りの勘が鋭いのだ。
「アンナの時もそう思ったんだけど、ちゃんと当たってたし…」
「まぁ私はれっきとした王族ですからね、そりゃ滲み出ちゃうってなもんです」
「……」
と、誇らしげに胸を張るアンナを見た幹太は、危うく口にするところだった最初の印象と違ってかなりポンコツだったという言葉をなんとか飲み込んだ。
「…お、あの人ご当地ラーメンも食べてるな」
「ってことは、観光で来た人でしょうか?」
謎の女性の前には、空になったラーメンの丼も置かれていた。
「しかし、こりゃどうしたもんかな…」
「ですね。もう収拾がつかなそうです…」
アンナと幹太は、ソフィアの周りを囲んで宴会を始めた村人たちを少し困った顔で眺める。
「まぁシャノンさんの指示もあるし、止める必要もないか…」
「ひとまず私たちも座りましょうか」
二人はソフィアのいる場所から少し離れたところに座り、ジャクソンケイブのご当地ラーメンを注文して待つことにした。
「アンナ様、幹太様、おまちどうさまです」
そして数分後、すぐにジャクソンケイブのご当地ラーメンはやってきた。
「うん。そうだよ、これこれ」
幹太はそう言いつつハシを二膳取り、一膳をアンナに手渡す。
「はい♪久しぶりに見ますけど、やっぱり美味しそうですね♪」
そして二人はさっそくご当地ラーメンに箸をつけた。
「うん!やっぱり美味い!」
まずはあんかけ野菜の具を食べた幹太がそう言い。
「はい♪麺も美味しいです♪」
続いて、麺を食べたアンナもそう言う。
「どうです?味は変わってないですか?」
「変わってない…っていうか、野菜は前よりも美味しい気がするな」
「えっ!本当に?」
「うん…このキャベツ、パリッとしてて俺が作った時よりも絶対に美味しいよ」
とそこへ、先ほど二人が厨房で話した料理長の男性がやって来た。
「アンナ様、幹太様、どうでしょうか?」
「あ、はい、美味しいです。
けどこれって、具の方も何か改良していませんか?」
「やはりお判りになりますか…」
「えぇ、まぁ…前よりもキャベツの歯ごたえよくなって、味も濃い感じがしたので…」
「さすがです、幹太様」
「何を変えたんです?炒める時間ですか?」
ほぼほぼ野菜炒めを作ったことのないアンナとしては、あんかけ野菜の歯ごたえを良くする方法はそれしか思い浮かばない。
「なるほど…やっぱり野菜を作ってる人には敵わないってことだな」
幹太としても最高のタイミングで炒め終えているつもりであったが、野菜の知識がある者は何かもっといいタイミングを知っているのではないかと思ったのだ。
「いいえ、炒める時間は芹沢様の言われたタイミングでやっていますよ」
「えっ!じゃあ何が違うんです?」
「私たちは野菜自体を改良したのです、アンナ様」
「あ!なるほど!」
と、幹太は思わず手を打っ。
「元から美味しい野菜をさらにラーメン用に改良したってことか!」
「正解です。
元々私たちの村で作るキャベツは火を通す料理に向いた品種だったのですが、それの葉をもう少しだけ厚くしたのです」
「葉を厚く?そんなことできるものなんですか…?」
と、アンナはラーメンに載ったキャベツを箸でつまみながら聞く。
「はい。食感を良くするために葉を厚くするのはそれほど難しくありません」
「つまり…元々美味しいキャベツだからできたってことですか?」
「そうだと思います。葉の厚みが変わっただけでキャベツの旨味も濃くなりましたから」
「それってどうやって葉を厚くしたか聞いても大丈夫ですか?」
たまらずそう聞いたのは幹太だ。
「えぇ、大丈夫ですよ。
単純に一年中涼しい場所に畑を作ったのです」
「一年中涼しい?えっと…それってここよりも涼しいってことですか?」
と、幹太は床を指差す。
夏は灼熱の東京に住んでいた幹太にとって、高原であるジャクソンケイブは、民家が並ぶこの辺りでも夜になると少し肌寒いぐらいである。
「もちろんです。
なんていってもその畑は氷河の近くにありますから」
「ジャクソンの氷河…そういえば、お祖父様からそのようなお話を聞いたことがあったような…」
「はい。我々も先代の国王様のお気に入りの場所だった聞いています」
今、様々な人たちが行き交うバルドグラーセン山脈を越える街道は、アンナの祖父である先代シェルブルック王国国王と、ジャクソンケイブ村の村長が中心となって整備したものなのだ。
「よろしければ今から行ってみますか?」
「「はい!ぜひ」」
そうして二人は楽しそうに村人たちや正体不明の女性と話すソフィアを食堂に置いて、厨房の男性の案内で氷河に向かった。
「アンナ様と幹太様は前回お越しになった時にソフィア…えぇっと、困ったな…なんて呼べば…」
「いつもの呼び方で大丈夫ですよ。
たぶん、ソフィアさんもそうして欲しいでしょうし」
「ありがとうございます。
でしたらそのように…前回来た時にソフィアに案内してもらわなかったのですか?」
「前回は塩湖だけでしたよね、幹太さん?」
「うん。あと洞窟は案内してもらったかな…」
「村の名の由来になったジャクソンケイブですね。
まったくあの子は、村を案内するのに氷河が行かないなんて…」
「フフッ♪料理長さんもソフィアさんとは昔からのお知り合いですか?」
「そうですね。私は以前からあの食堂で働いていましたから、村の子はだいたい知っているのです」
「ソフィアさんって、子供の頃はどんな女の子だったんです?」
「あの子はかなりのお転婆で、村の森で迷子なったり、崖から転がり落ちて怪我をしたりで大変でした。
正直に言わせていただきますと、あの子が王家の方と繋がりを持つようになるとは、この村の人間は誰も想像してなかったと思いますよ」
「大丈夫ですよ。直系のアンナだって相当なお転婆なん…グェッ!」
と、アンナは迂闊なことを口走ろうとした幹太の首を即座にキュッと絞める。
「見えましたよ。あそこです…」
そう言って立ち止まった料理長の指差す先には、一面の氷原が広がっていた。
「あれが氷河…」
氷河がなどテレビでしか見たことのない幹太は、見た瞬間その大きさに圧倒された。
「はい。バルドグラーセン山脈…いや、シェルブルック王国唯一の氷河です」
「すごいな…なんていうか、巨大って言葉しか浮かんでこないって言うか…」
「わかります。大迫力ですよね…」
幹太とアンナはぽけぇ〜っと口を開けたまま巨大な氷河を見つめる。
「で、こちらが畑になります」
続いて料理長が案内した畑は、谷を埋め尽くす氷河のそばの小高い岡の上にあった。
「こりゃ涼しいなんてもんじゃないな…」
「えぇ、めっちゃ寒いです」
あまりの寒さにシャツ一枚のアンナは腕をさする。
「あそこはなんです?」
幹太が指先したのは、畑の隣りにある一軒家ほどある大きな山小屋だった。
「あれは畑を世話するための山小屋で…おや?小屋に明かりがついてますね…」
「何か変なんですか?」
そう聞いたのは、寒さのあまり幹太にピッタリとくっ付いているアンナだ。
「はい。この畑は村長の一家が管理しているのですが、今は牧場の方にいる時間のはずですから…」
そう話しながら、三人は山小屋に近づいていく。




