第277話 温泉にて
「でも…オルガ様はなぜジャクソンケイブに?」
と、村長の家へと歩きながらミンはアメリアに聞く。
オルガたち一行はリーズに来る際、バルドグラーセン山脈を通らずに来ていた。
「そうですね。私も最初はそう思いましたけど…」
「「けど…?」」
「ジャクソンケイブには高地には珍しく温泉があるんです…」
「「あぁ〜!なるほど〜!」」
それはオルガを知る者なら、誰でも納得する理由だった。
「私が調べたところによれば、現在のジャクソンケイブはアンナ様たちが作ったご当地ラーメンと美しい塩湖、そして温泉が湧く最高の観光地だそうです」
アメリアは以前、ライナス一家の旅のお付きとして今より寂れたジャクソンケイブに来たことがあった。
「アメリア様…私、私たちの国よりもシェルブルッククやリーズの方が豊かな感じがします…」
アメリアから気を抜かずいるよう言われていたにも関わらず、ついついミンが可愛いメイドにうつつを抜かしてしまうほど、アークエイリの街は活気に満ちていた。
「そうかもしれませんね。
物質的な豊かさならロシュタニアも負けてはいませんが、人々の活気という面では明らかにこちらの国々の方があると、私も思いますよ」
「…ってことは、頑張れば私たちの国でもできるってこと?」
と、リンはミンに聞く。
「そうね。きっとできるわ♪」
そうして話しているうちに、三人は村長の家までやって来た。
「話し声…?」
アメリアがドアをノックしようとすると、中から年配の人の声と、若い女性の声がする。
「…いちおう確かめておきますか。
リン、ミン、あなたたちはそちらの茂みに…」
「「はい」」
アメリアは裏から庭に入り、家に近づく。
「でしたら、村長…明日はそのようにお願いします」
「あぁ、わかった…」
庭に入ったアメリアが忍び足で窓に近づいて中を確認すると、服装から村の娘らしき二人の背中が見える。
「…追手ではないようですね」
と、いちおう確認したものの、アメリアは村娘が帰ってから村長の家を訪れることを決めた。
「はあ〜♪いいお湯〜♪」
「はい…」
一方、ハーラから話を聞いた由紀とシャノンは宿で温泉に浸かっていた。
「ゾーイさんのお母さん、ジャクソンに来てたんだね」
「はい。今はどこにいるかわからないと言ってましたが…たぶん、あれは知っていましたね」
あの後ハーラは、昨晩オルガが突然家を訪ねてきたと二人に話していた。
「うん…そんな感じだったね。けど、なんで隠すのかな?」
「たぶん、ゾーイさんのお母様が罪に問われると思っているからでしょう」
「あ、そっか!そういうこともあるんだ!」
以前幹太がクレアに攫われた時も、シェルブルック側がクレアを罪に問うようなことはなかったが、リーズからはしっかり謝罪を受けている。
「で、この後どうしょっか?」
「明日、明るくなったら村を探してみましょう」
村長の家を出た時にすでに辺りが薄暗くなっていたため、二人は捜索をやめて宿に戻ってきたのだ。
「やっぱり…まだジャクソンにいると思う?」
「はい。やっぱり…ということは由紀さんもそう思っているのですね?」
「うん。ハーラさん言うには、オルガさんって尋常じゃない温泉好きなんでしょ」
「しかし、攫ってきたゾーイさんを連れてですよ?
そんなにのんびりしてますかね?」
「これだもん♪絶対近くにいるよ♪」
そう言って、由紀は青白く濁ったお湯を両手で掬う。
「だとすると、温泉を見張るのがいいですかね…」
「けど、温泉ってこの宿だけじゃないよね?」
以前、シャノンと由紀がこの村に来た時は、この宿の温泉にしか入らなかった。
「ちょっと待ってくださいね…」
そう言ってシャノンが頭に乗せたタオルを湯船の縁に広げると、そこには地図が描かれていた。
「あ、ジャクソンの地図じゃん♪」
「そうなんです。使えると思って、先ほど宿の売店で買いました」
「えぇっと…共同浴場が二つにこの宿と…あ!塩湖の方にもある…あれ?温泉のマークって日本と同じなんだ」
「アナの提案でこの国の温泉マークはこれに統一されましたからね」
「えぇっ!本当にっ!?」
「はい。他にも非常口のマークなども日本のものと似たものに統一されましたよ」
「アンナ、ラーメン以外にもそういうのやってたんだ…」
ラープリの称号を持つアンナだが、クレアよりも先に色々と使える文化を日本から持ち帰っているのだ。
「けど、これだと一日中張り込むワケにはいかないか…」
「ですね。二人では人手が足りません」
「やっぱり足を使って回るしかないかなぁ〜」
と、由紀は広い湯船で仰向けになって浮く。
「あ!すいません!」
そして案の定、湯船の端で湯気に隠れて見えなかった人にぶつかった。
「フフッ♪やりたい気持ちはわかるけど、周りには気をつけなきゃダメよ♪」
「は、はい!ごめんなさい…」
と、優しい声でたしなめられた由紀が振り返ると、ビックリするほど美しい女性が湯船に浸かって笑っていた。
「ねぇ、あなたはご旅行?」
「は、はい…そんな感じです」
「そうなのね♪私も久しぶりの旅行♪」
女性はスーっと近くに寄り、由紀の隣に座った。
「娘と一緒に来たんだけど、今は私一人なのよね〜♪」
「…娘さんですか?」
そう言って、由紀はお湯の上に出ている女性の胸から頭の先までをじっくりと観察する。
「そ♪」
「ほ、本当に娘さんがいらっしゃるんですか?」
由紀が思わずそう聞いてしまうほど、女性は小柄で若々しく見える。
「そうよ〜♪それにね、子供は娘だけじゃないのよ♪」
「ウソ…」
「フフフッ♪本当よ♪」
「あなたはまだ独身?」
「い、いえ、新婚です」
「じゃあさっき話してた人がお相手なのかしら?」
「さっき話してたって…?」
「内容までは聞こえなかったけど、誰かとお話してたでしょ?」
「えぇっ!シャノンのことですかっ!?」
「えぇ♪もしかして新婚旅行?」
「わ、私は幼馴染の男の子と結婚して…」
「わぁ〜素敵♪私も夫とは幼馴染よ♪」
女性は由紀と両手を繋ぎ、ブンブンと上下させた。
「あなた、お名前はなんていうの?」
「わ、私はユ…アリサ!アリサです!」
と、なぜか由紀は咄嗟にウソをつく。
「フフッ♪アリサさんね♪私はそう…エリザよ♪」
そう言って、エリザはウィンクした。
「エリザさん…」
「ハイ♪アリサさん。
で、お友達は誰さんかしら?」
エリザは振り返り、湯気の中から現れたシャノンに聞く。
「…私はシャノンといいます」
「シャノン♪素敵な名前ね♪」
「ありがとうございます。
アリサ、そろそろ上がりましょう」
「う、うん。そうしょっか」
「あら、残念だわ♪もうお話はおしまい?」
「ごめんなさい、エリザさん。
私たち、この後ご当地ラーメンを食べに行く予定なんです」
と、由紀は顔の前で両手を合わせつつ立ち上がった。
「ご当地ラーメン…もしかしてそれって、この国のお姫様が作ったやつかしら?」
「はい。それです」
「ふ〜ん…それって美味しいの?」
「えぇ、とっても♪
良かったらエリザさんも娘さんと一緒に食べてみてください。きっと気に入りますから♪」
由紀は笑顔でそう言って、シャノンと共に脱衣所へと向かう。
「なんか…すっごく素敵な雰囲気の人だったね、シャノン」
「えぇ、とてもお綺麗な方でした…」
そして、エリザに聞こえるか聞こえないかぐらいの微妙な声で話しながら、脱衣所へと入っていった。
「確かラーメンって、旦那様も関わって作ったやつよね。
さて、どうしようかしら…」
二人が脱衣所に入るのを見届けたエリザは、再び湯船に深く浸かりながらそう呟く。
「決めた♪義理の母として、旦那様の料理の腕前をチェックしなきゃだわ♪」




