第272話 二人のお気に入り
そうして二人は、すぐさま馬車に乗ってアークエイリを出発した。
「でも、まさかアンナ様たちが引っかかるなんて思わなかったわ…」
「マルコ様とクレア様はどこにいるのかしら…?」
「色々準備はしてたけど、私の方に来た感じはしなかったわよ」
ミンがリンと別な場所に泊まっていたのは、母の嗜好を知るマルコが高級なホテルにいると判断した時の為だった。
「それにしても、あの可愛いメイドさんたちが本当はメイドじゃなかったなんてね」
「そうね。全員ゾーイ様と同じ人のお嫁さんだわ」
「ねぇリン、ゾーイ様の旦那様ってどんな人だったの?」
ミンは今朝ラーメン屋にいたアフロ店主が、その人だとまったく気づいていない。
「ん〜?一瞬だからよくわからなかったけど、後ろ姿からしてたぶん格闘技をしてる身体つきだったわ」
「あのね…そうじゃなくて、私は顔の印象なんかを聞いてるの」
「顔…顔…どうだったかしら?」
「もうっ!リンっていっつもそうね!」
と、ミンは頬を膨らませる。
「そうって…どうってこと?」
「男の人を体で判断するの」
「か、体って…」
「だってそうでしょ?」
「まぁ、ちゃんと鍛えてる人は好きだけど…」
「ほらね、だからゾーイ様の旦那様の顔も覚えてないのよ」
「す、少しなら覚えてるわ」
「じゃあどんなだったの?」
「や、優しそう…?」
正直、リンは幹太の広背筋以外、まったく覚えていなかった。
「優しそうかぁ〜」
しかし、そんな妹に慣れているミンは一切気にせず話を続ける。
「ゾーイ様、旦那様の前でちゃんと女の子してるのかな?」
「えっ!それはムリよ」
と、即答したリンは、小さな頃お転婆なゾーイと姉のコンビによく泣かされていたのだ。
「だよね。
けど、ゾーイ様が大丈夫な人なら私ももらってくれないかしら?」
「驚いた…姉さん、結婚したかったの?」
「アンナ様の旦那さんだったら、王族でしょ?
そりゃしたいわよ」
「あ、そういうことね…」
「旦那様はいなかったけど、屋台のお料理もおいしかったしね♪」
結局、今朝ラーメン屋台を訪れたミンの目には、三人の可愛いメイドしか映っていなかったのだ。
「確か…ラーメンだったっけ?」
「そーよ。リンは食べたことある?」
「クレア様のお店で食べたわ」
「リーズの?」
「そうよ、紅姫屋ってお店。オルガ様と二人で…」
「何それ!ズルい!
それって私がゾーイ様を見張ってる時の話でしょ!」
「…まぁそうなるわね。
でも、姉さんだって今朝ラーメンは食べたんでしょ?」
「ラーメンは食べたけどそうじゃなくて、私はオルガ様とお食事したかったの!」
「姉さんが食べたのはどんなラーメンだったの?」
「えっと…端的に言うと、スープに入った麺のお料理よ」
「それね。リーズのもそうだったわ。
私、姉さんなら作れそうって思った」
「ん〜?細かいレシピはわからないけど、時間があればアレに近いものはできると思うわ。
それにあれって、色々アレンジできると思うのよね…」
「アレンジって…姉さん、さっき初めてラーメンを食べたのよね?」
「そうだけど…リンはどう?とりあえず似たようなものは作れそうかしら?」
「わ、私は姉さんみたいにはできないよ…」
ミンとリンは、ロシュタニアのお屋敷で調理を担当している。
「感じを掴むためにできればもう一度食べたいところだけど、今日の屋台以外にシェルブルックにお店はないのかなぁ〜?」
「…姉さん、本当にオルガ様の話を聞いてなかったのね」
「どういうこと?」
「これから行くジャクソンケイブはラーメンが名物らしいわよ」
「あ、そうなんだ♪」
オルガがリーズ出発前に二人にした指示は、アークエイリの次はジャクソンケイブ村に行けという簡単なものだった。
「ねぇリン、オルガ様とゾーイ様はジャクソンケイブにいるかな?」
「どうだろう…けど、追手と一緒にジャクソンに行ったらマズイでしょ?」
「ん〜?つけられているかどうかはマメに確認してるんだけど…」
そう言って、ミンは御者台の上で立ち上がって振り返る。
「あ…だからさっきから隠れて休んだり、変な道を通ったりしてるのね?」
「うん、そう。とりあえずいまのとこ尾行はされてないみたい♪」
と、ミンは笑顔でリンの方へと向き直った。
「フフッ♪さすが姉さんね♪」
色々と抜けている所はあるが、それを補って余りある器用さや勘の良さを姉のミンは持っていた。
「私が明日まで宿にいるって教えたから、まだアークエイリにいるのかしら?」
「あっきれた、そんなことまで教えちゃってたの?
姉さん、本当にあのメイドさんたちのことが好きになっちゃったのね…」
「まぁアンナ様やゾーイ様と同じ人のお嫁さんだっていうのなら、勝ち目はないけどね」
「うん。でも、確かに綺麗な人だったな…」
「フフッ♪リンが好きなのは黒くて長い髪の方のメイドさんでしょ?」
「うん」
ゾーイと同じく全体的に小柄なリンは、ソフィアのように長身でスタイルの良い女性に憧れがあった。
「私は断然ミニスカートのメイドさんだったなぁ〜♪」
「たぶん、その人が旦那様と同じ異世界出身の人よ」
「すごい!シェルブルック追っかけてきちゃったんだ!
ますます好きになっちゃう♪」
「相手は既婚者だってば…」
「でもそっか…だとすると、あのラーメンは異世界のお料理っぽいわね」
「姉さん、そっちも気に入ってない?」
「うん。実はそうみたい…」
そう言うミンの頭の中には、先ほど話をしてからすでに一つラーメンのアレンジが浮かんでいる。
「ジャクソンケイブの名物ってことは、今朝の屋台のとは違うってことよね…」
ミンはラーメンを説明してくれたミニスカメイドから、これはトウキョウという地方のラーメンだと聞いていた。
「ジャクソンのラーメンはアンナ様と旦那様が提案して名物になったんだって。
なんでもご当地ラーメンって言うらしいわ」
「そうなんだ」
「それにクレア様のお店のラーメンもご当地ラーメンって言ってたから、たぶんこれからも色々な場所のご当地ラーメンができるんじゃないかしら…」
「なるほどね…つまり、ロシュタニアのご当地ラーメンっていうのもありなワケだ♪」
と、二人は早くも幹太がこちらの世界を選んだ理由に行き着く。
「…ねぇリン、うちってシェルブルックとは仲が良かったかしら?」
「うちって…ロシュタニアが?」
「うん」
「そうね。シェルブルックとリーズとはちゃんとした国交を持ってるけど…」
「けど…?」
「今回のことで、どうなるかわかんなくない?」
「そうだった…そういえば私たち、シェルブルックの王族の一員になった人をリーズの宮殿から攫ったんだったわ…」
そう言って、ミンは手綱を持ったまま器用に頭を抱えた。
「もー!オルガ様が穏便な手段をとってくれれば旦那様からレシピを聞けたかもしれないのに〜!」
「そうね。だいたいオルガ様はなんでゾーイ様をいきなり攫ったのかしら?」
「どうせ大した理由はないと思うけど…」
と、そこでミンはなぜか切なそうな表情をする。
「…もし何かワケがあるとしたら、ナーマル絡みだと思う」
「あ…そういえばナーマル様ってゾーイ様にゾッコンだったもんね」
「うん。大きくなってからはめちゃくちゃ一方通行だったけど…」
「懐かしいなぁ〜♪昔は四人でよく遊んだもんね♪」
「…そうね。
まぁ無駄話はこれぐらいにして、山に入る前にもう一度追手がいないか確認してみましょ」
「は〜い、了解」
そうしてミンは一度大きな橋の下に馬車を停め、しばらく様子を見てから再びバルドグラーセン山脈へと出発した。




