第268話 メイド来店
そしてその機会は、開店直後に訪れた。
「か、幹太さん…」
「マジか…」
「…注文はどうすればいいのですか?」
突然のことに驚くアンナと幹太の前には、昨日の露出度の高いメイドが座っていた。
「はい。ゆ、ゆーちゃん、注文だって…」
目の前にいるのだから自分で注文を受ければ良いのだが、動揺している幹太はなぜか由紀に接客を頼む。
「お客様、お待たせしました。何になさいましゅか?」
どうやら由紀も動揺があるらしくちょっぴり噛んでしまっていた。
「この…トウキョウ?ラーメンの大盛りでお願いします」
「かしこまりました。幹ちゃん、東京ラーメン大盛りです」
「ほい。麺いくぞ、アンナ」
「はい。了解です」
注文を受けた二人は仕事モードに移行し
、しっかりと調理を始める。
「すいません、お嬢さん達のその服はこのお店の制服なのですか…?」
そして注文後、先に話かけてきたのは露出度の高いメイドの方からであった。
「これですか?」
由紀はヒラヒラのエプロンをつまみあげて聞く。
どうやら彼女は由紀たちの着ているメイド服が気になるらしく、カウンター席に座ってからも落ち着かない様子で三人を見ていた。
「はい。本来はメイドさんの服なんですけど、今日はこれでお仕事することになったんです」
「やはりメイド服ですか…」
「そうですね。私の国だとこういったメイド服で給仕するお店がたくさんありますから、本当に使用人の人が着るメイド服かと言われると、ちょっと微妙なんですけど…」
「つまり…ここ以外にその服で給仕をするお店があると?」
「あ、ヤバ…」
ちなみにこちらの世界にメイド喫茶はまだない。
「それは興味深いですね…」
「は、はい…」
幸いメイドはそれ以上、深く聞いてくるようなことはなく、横に立つ由紀のメイド服を食い入るように見つめている。
「メイド服、お好きなんですか?」
カウンター越しにそう聞いたのはアンナだ。
「はい。好きです。愛してます」
と、ビキニメイドはカブり気味に即答する。
「フフッ♪見たところ、お客様もどこかでメイドをしてらっしゃるんですか?」
「えぇ、まぁ…」
「少し変わったメイド服な気がしますけど…」
「私の国は砂漠のど真ん中にあるので、必然的にこういった服装になるのです」
「砂漠の国…?珍しいですね。
どちらからいらしたか聞いてもいいですか?」
と、アンナが聞くと同時に、由紀はビキニメイドから見えないように小さくガッツポーズする。
「もしかして…私の国に興味が?」
しかし次の瞬間、メイドは鋭い目つきをして立ち上がり、カウンター越しにアンナの手を取った。
「でしたらすぐに行きましょう!」
「えっ、えっ!行くって、メイドさんの国にですか?」
アンナは突然のことに戸惑いつつも、明確な答えを聞くためになおも質問を続けた。
「はい!あなた方をロシュタニアに招待いたします!」
一方その頃、ゾーイはというと。
「あ、あの…お母様?」
「…なに、ゾーイ?」
とある場所で、やはり母と一緒にいた。
「これ、いつまで剥けばいいんですか?」
と、ため息を吐くゾーイの前には、皮むきされたジャガイモが山のようにバケツに入っている。
「ん〜?そうね、もうちょっとかしら」
「ま、まだ剥くの…」
ゾーイは再びため息を吐き、皮剥きのしすぎで凝り固まった手首をさする。
「で、お母様、ここはどこなんです?」
ゾーイは目隠しされた馬車に乗り換えさせられ、この場所に連れて来られていた。
「それは秘密」
「秘密って…せめて向かっている場所ぐらい教えてくれてもいいじゃない」
「ダーメ。昔からゾーイは抜け出すのが得意なんだから♪」
そう言って、母はゾーイにウィンクする。
「それにそうしていつも抜け出していたから今こうなってるんでしょ。
自業自得よ」
「そ、それはそうだけど…花嫁修行するなら芹沢様のいる場所でやってもいいでしょ!」
攫われる前から幹太と離れ離れだったゾーイは、幹太欠乏症になりかけているのだ。
「それもダメよ。まずナーマルとキチンと話さないとダ〜メ」
「ナーマル…お母様、ナーマルは元気なんですか?」
「フフッ♪気になる?」
「それは…はい」
一方的に婚約を破棄する形になってしまったが、少なくとも国にいる間、ナーマルとゾーイは仲の良い幼馴染だったのだ。
「大丈夫。元気…そうね、めちゃめちゃ元気だわ…」
オルガはなぜか、憂いのある顔でそう言う。
「…良かった」
ゾーイはそれに気づかず、ホッとした顔でジャガイモの皮むきを再開した。
「…ねぇゾーイ」
「はい…」
「みんなから習い事するの、そんなに嫌だった?」
「ん〜?べつに嫌じゃなかった…よ」
ゾーイは皮むきに集中しつつ、そう答える。
「だったら、どうしていつも習い事から逃げてたの?」
「たぶん、お兄ちゃんといることの方が楽しかったからだと思うけど…」
「お兄ちゃんって、マルコ?」
ゾーイには、マルコも含め上に二人の兄がいるのだ。
「うん」
「フフッ♪そういえばあなた達っていっつも一緒にいたわね♪」
「だって、マルコお兄ちゃんって物知りだから、お話が面白かったの…」
「そうだったわね。あの子、本読むのが好きだったから…」
「えっ!そうなの?」
「そうよ〜それに体は弱かったけど、マルコは何をするにも器用だったから、習い事でも苦労したことなかったわね」
「えぇっ!お、お兄ちゃん…ちゃんと習い事してたの?」
と、ゾーイは皮むきの手を止めてオルガに聞く。
「うん。いっぱいしてたわ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいお母様…つまり、習い事に不真面目だったのって…」
「あら、今頃気づいたの?
そうよ、あなたが一番不真面目だったわ」
「そんなまさかっ!?」
ゾーイは包丁を離し、調理台に両手をついて項垂れた。
「あっきれた…本当に知らなかったの?
あのね、マルコがあなたに色々と教えてあげていたみたいだから、お父様も私もあんまりうるさく言わなかったのよ」
「…お兄ちゃんが私に?」
「そうよ。覚えてない?」
「えぇっと、どうだったかな…?」
母にそう聞かれたゾーイは、幼い頃の記憶を懸命に掘り起こす。
『ゾーイ、今日は二人で本を読むぞ!』
『え〜!お兄ちゃん、わたしお外で遊びたい!』
『よーし!だったら、一緒に本を読んでくれたら、後で外にいこう!』
『うん♪』
その後二人して読んだ本の内容を、ゾーイは少しだけ覚えていた。
「あれは確か…船で旅する旅人のお話だったかな…」
「じゃあその本が、何かの役に立ったことはない?」
「役に立つって…本の内容が?」
「そう。思い出してみて…」
「そういえば、食べ物の栄養のことは役に立ってるかも…」
その本の中では、長い航海中に必要な栄養や料理などがかなり詳しく書かれていたのだ。
「でしょ♪」
「お母様、あれってもしかして勉強だったの…?」
「フフッ♪どうかしら?
理由としては、初めてできた妹のあなたが可愛くてしかたなかったっていうのが最初だと思うけど」
「それはウソ。マルコお兄ちゃん、ちゃんとみんなを可愛がってた」
「フフッ♪それは二人ともある程度大きくなってからよ。
それまではあなたにばっかりかまってたわ♪」
「…そうだったかな?」
「そうよ。だから家を出る時に、あなたが一緒に行くって言っても嫌がったりしなかったでしょ?」
「うん…ちょっと困った顔はしてたけど、しょうがないなって連れて行ってくれたよ」
「お母さん、あれだけ気ままに旅したいって言ってたマルコが一緒に連れて行くなんて、相当だと思ったわ」
「そ、そう言われると…そうなのかも」
サースフェー島でハンナとお付き合いを始めた兄と離れて一人旅になったゾーイであるが、実を言うとそれは自ら望んでのことだったのだ。
「あら♪それって、お兄ちゃんを取られた当てつけかしら?
ゾーイ、二人に心配させちゃおうって思ったの?」
「ち、ちがうもん!」
とはいえ、咄嗟にそう叫んだゾーイの顔はかなり赤かった。




