第265話 アークエイリにて
「こ、この部屋、かなり凄くない…?」
そして今日宿泊するアークエイリのホテルの部屋を見た由紀は、あまりの豪華さにちょっぴり引いていた。
「だって、いち…にい…さん…よん…四部屋って普通必要?」
「全部の部屋にでっかいベッドがあるし、たぶん要らないな…」
「す、すごいです〜」
東京のど庶民の二人とシェルブルック王国の村民一人は、高級すぎる客室に怯えつつ各部屋を見て回る。
「そうなんですか…?お姉様たちと泊まる時は、だいたいこんなお部屋ですよ。
ね、シャノン」
「はい」
やはり王族というだけはあり、アンナやシャノンは慣れた様子で荷解きを始めていた。
「そっか…考えてみたら、ブリッケンリッジのお城だってこんな感じだよね」
と、由紀はフゥッと肩の力を抜く。
「だけど、ゾーイさんのお義母さんはここに来るかな…?」
「えぇ、たぶん」
とはいえ、シャノンはゾーイを攫った者たちは、確実にここへ来るだろうと思っていた。
『まぁライナス家の奥様なら、間違いなくここを選ぶでしょう…』
先ほど由紀が言った通り、ゾーイの実家であるライナス家は、あまりロシュタニアと交流のないシェルブルック王国内でも名の知られた名家である。
数ある宿から泊まる場所を選べるとしたら、それなりに費用はかかるが色々サービスの充実したこのホテルを選ぶだろうと、シャノンは確信していた。
「ねぇシャノン、ちょっとホテルの中を見てみない?
もし本当にゾーイさんが来たとしたら、その時のこと考えなきゃでしょ?」
「…そうですね。このお宿には離れがあるようですから、そちらも確認しないと」
そうしてそれから半日ほど経った頃、ホテルの中を色々と確認していたアンナと由紀とシャノンの耳に何か言い争う声が聞こえてきた。
「もう一度聞きます…私たちの部屋がないというのはどういうことです。」
「いえ…ですから、空いている部屋はございます。
ですが、こちらの建物の最上階のお部屋は先着された方がご宿泊されていますので…」
「つまり…このお宿で一番良い部屋に私たちは泊まれないと?」
「そうではごさいません。
広いお部屋でしたら離れの方が空いております。
お部屋に格式をお求めでしたら、そちらも充分におすすめできるお部屋でございます」
声がするホテルのロビーにやって来た三人が壁際からこっそり受付の方を覗いてみると、支配人と思われる男性と極めて露出度の高い服を着た女性がカウンターを挟んで話していた。
「シャノン…あのメイド服って…」
「え、えぇ…間違いなくゾーイさんの国の方ですね」
二人が見る先にいるメイドと思われる女性は、頭にブリムと呼ばれるメイドカチューシャと紺色に白の縁取りがされたビロード素材のビキニの上下を身につけ、なぜか正面の部分だけ開いているスカートのようなものを腰に巻き、手首にはバニーガールがよくつけるカフスを巻いていた。
「見て下さい由紀さん、支配人の方の耳…」
「ま、真っ赤だね…」
「はい。ですけど、なんとか女性の顔だけを見て話そうとしているところにプロ根性を感じますね…」
「もしかして、あの格好でお料理とかしてるのかな…?」
「どうでしょう…だとしても、エプロンをつけるんじゃないですか?」
「あ、あの格好にエプロンかぁ〜」
たぶんあの格好でエプロンをしたら確実に裸エプロンに見えるだろうと、由紀は思った。
「けど、ゾーイさんの姿が見当たりませんね…」
そう言ったのは、由紀の下から顔を出したアンナだ。
「ん〜?逃げられると困るから、馬車にいるんじゃないの」
「あ、なるほど。そうかもしれませんね。
でしたら…」
「はい。厩舎の方に行ってみましょう」
そうして三人は厩舎へと向かう。
「そういえば…姫屋ってバーンサイド家の紋章が入ってなかった?」
厩舎へと向かう途中、由紀はアンナにそう聞く。
「えぇ、ですから姫屋は別の場所に停めて…っていうか、別の場所に行ってます」
「別の場所に行ってって…アンナ、それってまさか…?」
「えぇ♪私たちの旦那様は姫屋を営業しに行ったんですよ♪」
そうなのだ。
ホテルの探索に幹太とソフィアが加わっていないのは、このアークエイリの街で姫屋を開店するためだった。
「…だったら、アンナは行かなくて良かったの?」
「アナと私は顔が知られているかも知れませんからね。
ですので、ホテルの調査係です」
「あ、だからアンナも一緒に来たんだね」
アンナは幹太と営業に行くつもりだったのだが、シャノンがそれを引き留めていたのだ。
「フフッ♪自分で言うのもなんですけど、さすがに以前のように町の衛兵さんたちにも知られてないなんてことはないでしょうから」
最近結婚したということもあり、アンナの容姿は以前旅をした時よりも広く国中に知れ渡っている。
「なるほどね…私、幹ちゃんとソフィアさんは、街の方でゾーイさんを探してるのかと思ってたよ」
先ほど由紀が自分に割り当てられた客室の自室から出てきた時には、幹太とソフィア
はすでに部屋にはいなかったのだ。
「けど、幹ちゃんとソフィアさんだってけっこう顔は知られてない?」
幹太たちの結婚式の写真は、当然だがこちらの新聞にがっつり載っている。
「アナと私よりはマシでしょう。
それに、ソフィアさんはこの街の市場にもお野菜を卸していたそうで、知り合いに色々と話を聞いてくるそうです」
「つまりラーメン屋さんと市場で情報収集か…」
「えぇ」
「うん。なんかいい情報が集まりそう♪」
そしてその頃、街に出た二人は繁華街に隣接する市場前の広場に到着していた。
「今日来て夕方からの営業許可が取れるって、やっぱり王族ってすごいな…」
「フフッ♪ここでお店を出す許可なら、すぐ出るのが普通ですよ〜♪」
「えっ!そうなの?」
「私も朝来て夕方には余ったお野菜を露店売ってましたから〜」
「そうか…こっちは飲食の屋台も露店も許可は一緒なんだな」
「えぇ〜」
そんな風に話ながら、二人はテキパキと屋台の開店準備をしていく。
「今日は街道ラーメンですよね〜?」
「そう。情報収集もあるから、一品だけの営業だな」
「ゾーイさんの情報ありますかね〜」
「そうだな…まだ開店まで時間もあるし、足りない物もあるから先に市場に行ってみようか」
「は〜い」
そうして開店準備を終えた幹太とソフィアは市場の中へと入る。
「やっぱりブリッケンリッジの市場とは違うんだな…」
「この辺りの市場はお野菜とお肉がメインですからね〜」
「そうか…魚があんまりないんだ」
山脈に近いアークエイリの町では海の魚を食べる習慣があまりないのだ。
「ですね〜」
二人はそのまま市場の中を進み、香辛料の店の前で立ち止まった。
「えぇっと、胡椒と塩と…あ、これジャクソンケイブの塩だ」
と、幹太は大きな塩の袋を手に取る。
「そんじゃ俺はこれを買ってくるよ。そんで会計する時に色々と聞いてくるから…」
そう言って、幹太は店の奥に歩いて行く。
「あ、はい〜」
幹太を見送ったソフィアは、なんとなく隣の金物店に視線を向けた。
「あ、あら〜?今、何か…」
何かこの場にそぐわないものを見た気がしたソフィアは、思わずその女性を追ってその金物店に入った。
『い、今のお洋服…どこかで見た気が〜』
と思った瞬間、かなり大きめの鍋を持った女性がソフィアの視界に入ってきた。
『や、やっぱり…この人、絶対にゾーイさんの国の人です〜』
その女性は、先ほどアンナたちが見つけた女性と同じく露出度の高いメイド服を着ていたのだ。
『っていうことは、ゾーイさんもこの市場に!?
でしたら、早く幹太さんに知らせないと〜!』
そう思ったソフィアは急いで店を出て、隣の店の店主と話していた幹太を引きずるようにして金物屋に戻った。
「えっ!こ、ここにゾーイさんがいたの!?」
「本人ではないんですけど、たぶん関係者の方が〜」
しかし、二人が店中を探しても先ほどの女性はどこにもいなかった。




